第115話 ブルー・ドラゴン 残念な青龍
ブルー・ドラゴンと会います。人と会うときは、事前のアポイントメントが大切です。でも、ブルー・ドラゴン、日本風に言うと。
(6月18日夕方です。)
午後6時のアポだったので、30分前には、湖畔の竜神神社に向かった。この神社は、昔の伝承により竜神を祀っている無人の神社で、参拝客などおらず、森に囲まれた閑静な神社だった。
トラちゃんが、湖に向かって『ニャーニャー』泣いていると、湖の波打ち際に、1匹の蛇が現れた。蛇にしては、形がおかしい。見た目は蛇に似ているが、色が真っ青で、足が4本、かなり前後に離れて生えており、頭には鹿のような角が生えている。それに長い髭が2本生えてるし。シェルさんが、この蛇を見て、
「え、これがブルー・ドラゴン?」
と、驚きの声を上げた。僕達が知っている竜種といえば、飛竜のワイバーンか地竜のレッサー・ドラゴン、後は古龍の黒龍などで、まあ、蜥蜴と蝙蝠の間のような恰好をしている。でも、このブルー・ドラゴンは、どう見ても蛇のようなのだ。その時、念話が飛んできた。
『誰が、ブルードラゴンやねん。わて、そんなんちゃいまんねん。』
あ、絶対、残念な守護神だ。そう、確信した僕であった。このまま帰ろうかと思ったが、約束しておいてそれでは、あまりにも失礼と思い、挨拶だけはしておこうと思った。
『こんにちは、ゴロタです。』
『あ、さいでっか。わい、守護神の青龍、言いまんねん。よろしく。』
青龍って、ドラゴンには見えないので、そういうと、
『ドラゴンちゅうたら、火吹いたり、牛食ったりってやっちゃろ。わては、この国の龍なんや。一応、東の守護神なんやで。ま、亀や雀よりはマシな恰好やろ。』
亀や雀が何なのか分からない僕であったが、ワイちゃんなんかとは、まったく別の龍みたいだということは分かった僕だった。
『わて、本当はごっつ大きいのやけど、それじゃここの人達が驚くさかい、コンパクトサイズで出て来たんや。なんか、白虎がえらいお世話になっているみたいで、わてからもお礼言わせといて。』
『トラちゃん、可愛いから大丈夫。』
『トラちゃん?なんや、お前ごっつ良い名前つけて貰うたやないか。なあ、ワイにも付けたりいな。頼むで、ほんま。』
しばらく考えて、僕が名前を呼んだ。
『アオちゃん』
青龍が青く光った。その光はすぐ消えてしまった。
『神獣を臣従させるとは大したもんやないけ。あれ、此処は笑うところでっせ。笑ろうたりいや。』
これは、本当に残念な竜だという事が、証明された瞬間であった。
青ちゃんが、羽も無いのに、フワフワ浮いてきて、僕の傍まできた。そこで、右手に持っている青い水晶玉を僕の頭に当ててきた。
『ふむ、ふむ。随分昔に会った者とよく似てるわ。あんさん、自分が全てを統べる者になるのに何が足りないか知っとるか。』
首を横にふる僕。
『ほなら、まず明日、アマヨロズ神社に行って、信託を聞きいな。それからやな。話は。』
アオちゃんは、極小サイズになって、僕の左胸ポケットに入ってしまった。蛇をポケットに入れるのはあまり好きではないが、しょうがないとあきらめた。
あ、このアオちゃん、トラちゃんと違って、天候を自由に操れるらしい。でも、地上の人達が困るので、必要最低限にしている。もっと、凄い能力もあるのだが、それは後からということで、能力的にトラちゃんと違い過ぎるのだが、これでいいのか分からない僕だった。
翌日、僕達は、アマヨロズ神社に参拝に行った。神社の宮司さんという人が、僕達に大願成就の祝詞を上げてくれたが、何を言っているのか全く分からなかった。それで、大銅貨5枚を寄進させられてしまった。まあ、神様と喧嘩してもしょうがないので、気持ちよく払うことにしたのだが。
神社を出たら、アオちゃんが、神社の裏に回るように言ってきた。裏に回ったら、山の上に上る参道があった。山と言っても鎮守の森に毛の生えたような小高い丘であるが、その頂上に小さな社があるらしい。普段は、誰も登らないところらしいので、下草が伸びて、道や階段も隠れがちであった。
山頂の社の前まで行ったところ、社の中に、かなり年配の女性がいた。白い着物を着て、紫色の袴を履いている。年よりの巫女さんといった感じだった。
社の前には、大きな岩が舞台のように置かれており、その巫女さんが、そこに横になるように言ってきた。
僕は、何か怖いのと、そんなところに横になるのは嫌だったので、聞こえない振りをしていたら、アオちゃんが、念話で話しかけてきた。
『おい、ゴロちゃん。早う寝ころびいな。この巫女さん、こう見えてもえらい方なんやで。だまされた思って、横になってみい。』
僕は、シェルさんに事情を話して、横になることにした。石舞台に仰向けになって寝てみると、石がひんやりして、冷たさが服を通して伝わって来る。
巫女さんが、全く理解できない言葉でブツブツ言いながら、白い紙を束ねたようなものに木の棒を付けたものを、僕の上で振っていた。
バサッ、バサッ、バサッ、バサッ、バサッ
紙の擦れる音を聞いているうちに、意識がかすれてきた。目の前の霧の向こうに、光るものが見えるような気がする。遠くで、女の人の声が聞こえる。
『全能の王にして世界を救う者よ。目覚めの時は来た。高き山を目指せ。』
『高き山って、どこですか?』
『和の国のフミ山の頂を目指せ。そこで、目覚めの印を手に入れるであろう。』
光が薄くなってきた。ふと目覚めると、巫女さんの皺だらけの顔が目の前にあった。非常に怖かったが、我慢して、ゆっくりと起き上がった。
巫女さんが、黙って手を差し出してきた。シェルさんが、銀貨1枚を手渡すと、それを袴のポケットにしまってから、社の中に入って行ってしまった。
僕達は、山を下りて、下の神社の宮司さんに、上の巫女さんの事を聞いたら、そんな巫女は知らないと言うのだった。アオちゃんに聞いたら、彼女は、人間の巫女ではなく八百万の神のうちの一人だという。どうもこの国では、大陸のように限定された神ではなく、至る所に神様がいるようだ。
神様なのに、寄進を欲しがるのは変だと思ったが、アオちゃんが言うには、神様だって美味しいものを食べたいし、お酒だって飲みたいらしい。特に、あんな誰も行かないような社にいる神様だったら、必ずお賽銭なり奉納金を欲しがるという。それが、この国の神様のデフォルトらしいのだ。
あの一言で銀貨1枚は高いと思ったが、それなら仕方が無いかと思う僕であった。
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6月22日の夕方、ミヤコ市に到着した。
ミヤコ市は、古い街で、木造なのに建立してから1000年以上の寺社・仏閣の多い街だった。
その中に於いて、他を圧倒するほどの存在感を示しているのが、女帝の居城であるミヤコ御所だった。周囲を深い堀に囲まれ、鬱蒼とした森で覆われていて、直接、御所を見ることはできなかった。
アオちゃんの説明によると、現レイ女帝は、15年まえに東のトウミヤコの女帝から帝位を禅譲されたとの事だった。レイ女帝は、現在、独身の41歳で亀の甲羅を焼いたときにできるヒビで吉兆を占い、国政を司っている。ただし、最近は、ウミガメの甲羅を海外から取り寄せることが禁止されているので、養殖した亀のものを利用しているのだが、甲羅の大きさが小さくなってしまい、細かい占いが出来ないそうだ。
どこの国でも、野生動物の保護は大変なんだなと思った僕だった。
もう、夕方だったので、市内で一番大きなホテルを予約した。このホテルも純和の国スタイルなのだが、従業員の接客は、最初に泊まった『カガ』ほどではなかった。きっと、観光客が大量に泊まるので、従業員の手が足りないだろうと感じられた。
しかし食事は、素晴らしかった。魚料理から野菜料理まで、細やかな職人の手が入り、素材のおいしさを引き立てる料理ばかりだった。また、お酒が最高で、近くに水の美味しいところがあり、その水を使って醸造したお酒は、今まで飲んだどんな酒よりも美味しかった。
美味しい料理に、美味しいお酒、シェルさんは、飲み過ぎで酔いつぶれてしまい、僕にベッドに運び込まれたのは言うまでもなかった。
翌朝、御所を訪ねて、レイ女帝に面会を求めたところ、真っ白にお化粧をした男性が奥から現れ『本日、女帝陛下に取り次ぐので、その返事を明日、ホテルにお届けする。女帝陛下へのお目通りは、早くても明後日以降になる。』との事だった。
シェルさんが、隣国の連合公国の大公閣下の名代として来ているので、もっと早くできないのかと聞いたら、
「どなたはんにも、待ってもらっておじゃるので、あんたはん達を特別には扱うことはできまへん。妾も急ぎまするので、辛抱してお待ちなさりませ。」
と、超ゆっくりの口調で言われた。きっと、これがこの国のしきたりなのだろうと思い、待つことにした。
今日と明日は、市内観光をする。見るところは、たくさんあって、きっと見切れないと思われたので、待たされることは何とも思わなかった。
最初に、ミヤコ市内を案内するハト馬車に乗ることにした。ハトが馬車を引くわけではなく、行き先へハトを飛ばして、あらかじめ歓迎の準備をさせるのでハト馬車と呼ばれているらしい。道理で、行き先々で、お土産品の売り子や、お休み所の客引きが集まって来るはずだ。
昼食は、流れる川の上に組んだ櫓の上で、川魚料理を楽しんだが、川に小さな魔物がいるらしく、店の警護の人が、時々、魔法を川に向かって撃っているのが、すこしウザかった。
崖の上に、今にも崩れるのではないかというような木の櫓を組んで、その上に建てたお寺とか、黄金作りのお寺とか、見るべきところを万遍なく回ってくれて、1日、銀貨2枚だった。それでも、今日は、ミヤコ市の南コースだけだったので、全コースを見るためには、最低でも4日はかかるみたいだ。
夜は、近くを流れる川で、黒い鳥が魚を捕るのを見物して、その鳥が吐き出した魚を焼いて食べるのだったが、シェルさんは、嫌がって食べなかった。
仕方がないのでラーメン屋さんを探して、ラーメンを食べたが、ポール市で食べたラーメンに比べて、コッテリ感が少なく、さっぱりしたラーメンだった。そういえば、この街の料理って、全体的に薄味で色味も薄いのはお国柄なのだろうか?
この世界では、神様も、神様の使いも何もかも残念なようです。その中で、ゴロタ君は、使命を達成できるのでしょうか?




