第114話 豪華客船に乗ってみました。
新婚旅行で、豪華客船って普通ではなかなかできません。三等客室で、雑魚寝の旅ではありません。特等ツイン部屋です。まあ、新婚旅行だから許されます。
(6月13日です。)
船を、港から外へ出すのは、小さな舟に乗っている人達だ。水魔法で水流を起こし、ゆっくり押し出すみたいだ。舳先を回転させて、南東を向かせて、小さな舟は離れて行く。後は、風魔導師の仕事だ。順風の時は、仕事はないが、無風や微風の時は、大活躍だ。帆船は、向かい風でも、ジグザグに進んで前に進めるが、帆を切り替えなければならず、速度もそれなりになってしまう。そういうときは、横風を発生させて、風向きを変え、速度を稼いでいる。平均速度は、時速30キロ(約16ノット)なので、400キロの海路は、そんなに遠い訳ではない。しかし、14時間は長い。
出向して、直ぐに夜食が出た。僕達が、始めてみるものだ。米を炊いたものを、小さく三角に固め、周りを海草のシートでくるんでいる。『おにぎり』と言うそうだ。味噌スープと一緒だ。後、緑色のお茶。僕は、お茶と言うと、紅茶しか知らなかったので、緑のお茶は気持ち悪いと思った。おにぎりも、味噌汁もうまかった。おにぎりの中には、1個には魚の塩漬けを焼いたもの、もう一個には酸っぱい何かの身が入っていた。全部、美味かった。緑茶も、旨味があって美味しかった。見た目と味がこんなにも違うのが驚きだった。
寝る前に、シェルさんがやりたい事があると言って、デッキに出た。シェルさんは、マストの途中の見張り台まで登り、僕にも登るように手招きした。登ってきた僕を後ろに立たせ、腰を支えてもらう。シェルさんは、両手を左右に広げて、前に傾き、全身で風を受けていた。僕は、シェルさんのポニーテールが顔に当たってくすぐったいのと、夜だけど、ミニスカートの中が、下から見えるのではないかとヒヤヒヤした。
下に降りたら、船員さんから、しこたま怒られた。シェルさんのせいです。良い子は真似をしてはいけません。
翌朝、朝食を食べていると、警報が鳴った。何事かと見ていると、前方にクラーケンが現れている。触手は16本。本体は、海の中だ。魔導師が総出で、ウインドカッターを放っているが、届かない。見た感じ、風が渦を作っている程度で、あれでは届いても効果は薄いだろう。僕が、前に出ようとすると、シェルさんが、船長と何か交渉をしている。シェルさんは、ニコニコ笑いながら、昨日、登ったマストの一番てっぺんに登ろうとする。
いや、それは不味い。スカートの中が見えちゃう。え、スパッツ?シェルさんは、黒のスパッツを履いていた。デッキは、風が強いので用心のために昨日から履いていたそうだ。一人で見張り台に立ったシェルさんは、片手を真上に挙げて、長い詠唱を唱え始めた。身体が青白く光始めている。
「ウインド・カッター」
白く光る空気の渦が、クラーケンの触手の内の一番左側の触手を左側から切断し、その後、シェルさんの手の動きに従って、次々と触手を切断していった。16本全部の触手を切断した後、シェルさんの合図で、空気の渦は上空の彼方に消えて行ってしまった。
僕は、カギ鈎の付いたロープを投げ込み、クラーケンの触手1本を回収した。今日の昼食には、タコの唐揚げが出てきた。当然、お代わり自由だった。シェルさんの討伐報酬は、船賃の全額返済だった。エグいしズッコイと思ったが、黙っていた。登る必要のないマストに登り、全く意味のない長い詠唱を唱え、オーバーアクションの手の動作。やることが、狡すぎです。
午後、ツーガ港に入港した。和の国、ニッポニア帝国だ。入国手続きは、港を降りてすぐの事務所だったが、旅行目的を聞かれただけで、特に問題なく入国できた。今日は、ここツーガ市でも格式の高いホテルを予約することにした。
ホテルという事だったが、玄関で靴を脱いで室内履きを履く形式だった。ドアマンではないが、変な上着を羽織っているおじさんが、僕達の靴をどこかに持っていってしまった。着物を着た女性が、ニコニコしながら上履きを揃えて出してくれたので、そんな風習なのだろうと思うことにした。受付でダブルを取ろうとしたら、全室和室なので、ご用意出来ないとのことだった。仕方がないので、最上階である3階の海に面した2部屋続きの部屋を取ることにした。
3階に上がるときに、着物を着た女性が案内してくれた。まだ、部屋の鍵を受け取っていないんですけど。その女性の後について行く。荷物は、小さなバッグとごろたのリュックだけだったが、その女性が持って運んでくれた。
部屋に到着して驚いたんだ。廊下から引き戸のドアを開けて入ると、畳が4枚敷いてある玄関部屋になっていて、ここで室内履きを脱いで、裸足で室内に入るらしい。
部屋は、全て畳の部屋で、入って直ぐの部屋が何に使うのか分からなかった。その部屋だけで、いつものホテルの部屋よりも大きい気がする。この部屋は、余り使わない部屋だそうだ。
メインの窓際の部屋は、無駄に大きかった。それよりも、驚いたことに、案内の女性は、奧の部屋まで入ってきて、紙で出来ている室内ドアの前で正座して、両手を畳に付けて深々とお辞儀をした。
「よく、お出でくださいました。私、本日、お客様のお世話を致します『フジ』と申します。本日は、宜しくお願い申し上げます。」
と、自己紹介した。僕達も、自己紹介しなくてはいけないかと思っていたら、直ぐにテーブルまで近づいてきて、緑茶を淹れてくれた。それから、部屋や施設の説明と、食事の時間を確認していた。説明が終わっても、ニコニコしながら座っていたので、気がついたシェルさんが、大銅貨3枚の心付けを渡した。非常に喜んで、深々とお辞儀をして部屋から出ていった。
海の見えるベランダに露天風呂があった。ここは最上階で、前は海なので、覗かれる心配はない。もうお湯が張ってあり、チョロチョロとお湯が流れ込んでいた。お湯は、単なる井戸水ではなく、温泉だった。白く濁って、硫黄の臭いがする。室内にも、お風呂があり、1階には、大浴場が有るそうだ。
部屋には、部屋着が準備されており、サイズは何故かピッタリだった。
僕達は、大浴場にいってみた。男女別々で、大きな浴室だった。浴槽内にタオルを入れないように、との注意書があった。のんびり入っていると、シェルさんから、もう上がるよと、大きな声がしてきた。上がってみると、浴室の外の大部屋で、冷えた牛乳とリンゴジュースのサービスがあった。僕は牛乳、シェルさんはリンゴジュースを飲んだ。火照った身体に冷えた飲み物は物凄く美味しかった。何故、牛乳なのか聞いたら、理由はわからないが、和の国の伝統だそうだ。それに、牛乳を飲む時は、片手を腰に当てて飲むそうだ。変わった伝統だ。
部屋に戻ったら、フジさんが訪ねてきて、夕食の準備をすると言ってきた。男の人たちが入ってきて、大きな座卓は、控えの間に片付けてしまった。数人の女性が、小さなお盆のようなテーブルに載せた料理を運んできた。
フジさんが、飲み物を聞いてきたので、シェルさんがワインを注文したら、是非、和の国のお酒も飲んで見て下さいと言われたので、それも頼んだ。確か、以前、飲んだような気がしたが、どうも思い出せない。料理の準備が終わったので、フジさんが出ていくのかと思ったら、暫くすると鍋の準備があるので、まだ部屋にいるそうだ。
僕やシェルさんにお酒をお酌していたら、さっきの男の人が、コンロと大きな鍋を持ってきた。直ぐに、フジさんが、大皿を運び込んできた。大きなカニの脚だった。フジさんは、グラグラ煮え立っている鍋にカニの脚の身だけを潜らせて、直ぐに引き上げ、僕達の前のタレの入ったお皿に入れてくれた。
カニの甘味と歯応えが堪らなく美味しかった。最後に、冷えたご飯を入れて、溶き卵を流し込んで終わりだった。他の料理も美味しかったが、カニ料理がメインで、小さな皿に盛られていた天ぷらやお刺身は食べきれなかった。残しておいて、後で食べたいと言ったら、規則で出来ないと言われた。
夜食は、別に準備できると言われたので、お願いすることにした。フジさんが、お布団を準備するので、もう一度、お風呂に入って下さいと言われたので、階下に降りて大浴場にもう一度入った。今度は、暖かいお茶か、冷たい水がサービスされていた。
部屋に、戻ると、お布団が2組、くっついてセットされており、窓際に小さなテーブルが置いてあって、冷えた日本酒と、木の実や海草のおつまみが準備されていた。また、蓋をされたお茶碗が2つあり、魔火石で温められている緑茶とセットだそうだ。食べる直前に、茶碗の中のご飯にお茶を掛けるそうだ。シェルさんと、ゆっくり露天風呂に入り、冷えた日本酒を飲んでいると、時間の経つのも忘れてしまいそうだった。
翌朝、宿泊代を清算したら、二人で、大銀貨2枚半だった。若い職人の月収分くらいだが、納得の行く料金だと思った。このホテルの名前は、『カガ』と言い、予約の取りにくいホテルで有名なホテルだそうだ。
僕達は、大陸からの旅行者で、クラーケン討伐のお礼という事で、親会社のニッポン商船が、貴賓室を確保してくれたらしい。ホテルを出たら、どこかに行っていたトラちゃんが帰ってきた。
朝9時、駅馬車で、和の国の首都ミヤコを目指して出発した。ミヤコまでは、馬車で5日の旅だが、野営は無いそうだ。駅馬車の通る道は、街道となっていて、馬車で6時間走るごとに宿場町となっていた。また、宿場町の中間地点には、『道の停車場』があって、レストランや水飲み場等が整備されていた。
和の国ニッポニア帝国は、2つの領土に別れている。これから向かうミヤコと東にあるトウミヤコだ。2つの領土の間には、3300mの和の国の最高峰フミ山がそびえている。
現在、和の国全体を統治しているのは、ミヤコの領主レイ・ワノ・ヒミコ26世という女帝だった。概ね、30から50年単位で、ミヤコの領主とトウミヤコの領主が交代交代で和の国を統治しているとの事だった。今から、15年ほど前、ショウ・ワノ・ヒミコ25世が恒例のため、退位され、現女帝が即位したそうだ。
ツーガ市を出発して3日目、大きな湖の辺にある、イツモ市に到着した。ここには、この国の神様を祭っている大きな神社があった。神社は、湖を望む小高い山の頂上にあるのだが、麓が門前町となっていて、参拝客や観光客でにぎわっていた。神社の名前は、アマヨロズ神社と言って、全国の神社の総本宮となっている。明日、出発は午後となっているのは、この神社を参拝する時間の余裕を見ているようだ。
僕達は当然に参拝することにする。トラちゃんによると、この神社には、東の守護神がいるそうだ。この守護神も職務放棄が甚だしく、いつも近くの湖の中でウナギやニジマスを採って食べているらしい。もし、会いたいなら声を掛けて来るが、明日は神社に参拝するので、今日、これから会うことになると言われた。トラちゃんの紹介なら、会わなければいけないかなと思い、会うことにして、午後6時にアポを入れて貰った。
東の守護神は、ブルー・ドラゴンだった。
ブルー・ドラゴンが登場します。色のついた龍は、これが最後の予定です。ワイバーン特殊個体は、その都度色が変わっていますが、環境に依存しているので、許してください。