第113話 神獣 白虎を臣従させました
白虎を討伐する予定だったのですが、戦闘になりませんでした。
(6月5日、白虎と面談です。)
え、白虎って、魔物じゃなかったら何?
イフちゃんに聞いたら、一応『神獣』扱いらしい。コマちゃんと一緒だ。ただ、コマちゃんみたいに、神の御座所の警護任務というわけではなく、伝説の守護神とされているらしい。
でも、長い間、任務を忘れて遊び呆けていたものだから、神威を失ってしまったらしい。でも神の仲間であることは間違いないらしいのだ。道理で、魔法が効かないわけだ。
本当は、方位の守護神で西を守る役目らしい。でも此処は一番東側、極東である。神獣の方向感覚っておかしくありませんか?それにまだ、南北と東に3種の守護神がいるらしいのだが良く分からなかった。
それは、ともかく此処で何をしているのか聞くと、なんでも物凄く偉い人が通るので、その人について行くことになっているらしい。え、それって誰が決めたの?白虎は、天上界の偉い精霊様だと言った。
シル、シルかも知れない。シルに会いたいと思ってしまった僕だった。
白虎に、待ってる偉い人はどんな人かと聞いたら、全く分からないそうだ。じゃあ、どうやって見つけるのかと聞いたら、物凄く悩んでいた。駄目だ。こいつは残念虎だ。
僕が、自分に付いて来るかと聞いたら、もう大分長く待っていたが、殺されそうになったのは、初めてだし、これ以上強い人はきっと人間界には居ないだろうから、ついて行くことにするという事だった。
白虎の能力について聞いたら、特に何も無いと言った。へ、お前、白虎だろう?白虎は、存在そのものが凶とされており、いわば神獣版不幸の手紙みたいなものらしい。能力としては、猫と同様、気配を消すことが得意で、後は、大したものは無いそうだ。
ほぼ、使えないという事が分かった。コマちゃんみたいに変身することはできるというので、漸く神獣らしさが見えてきた。火か何かを吐くことが出来るかと聞いたら、涎を垂らすこと位しかできないそうだ。
いろいろ聞いて分かったことは、このまま放置できないという事だったので、僕が名前を付けてあげることにした。さすがに白虎では不味いと思う。ネーミングセンスが全くない僕が付けた名前は、
「お前の名前は、『トラちゃん』だ。」
白虎の身体が白く光った。光が消えてから、トラちゃんが言った。
『神獣を臣従させるとは大したものだ。おい、此処は笑うところだぞ。』
ああ、はやくどこかへ行って貰いたい。
このままでは、連れて歩けないので、白いトラ猫になって貰った。生後3か月位の大きさだ。あざとい猫だ。一目見たシェルさんが、『猫ちゃん!』といって猫可愛がりを始めた。うん、このパターン、以前見たことがある。
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(6月12日です。)
1週間後、東の最果ての街、ポール市についた。ポール市は、海上交易で栄えている都市だ。特に、東の島国、大陸では、『東の国』、『ワジンの国』と呼ばれていたが、この街では、『和の国』と呼ばれている。そして、この和の国との交易が、7割以上を占めていた。
市の住民も、6割以上が和人だった。残りは、エルフ族が3割、後は人間族と亜人族だった。
町の家屋も、和の国風の家が多い。木造で屋根は瓦葺き、ドアは全て引き戸で、屋内も木と竹と紙で出来ている。ノエルの母親もそうだったが、黒髪で黒い瞳、身長は、大陸の人間族に比較しても10センチ位小さい。そのせいか、街全体が小柄に出来ている気がする。
この街でも、シェルさんは超目立ちまくりだった。女性の半分位は和の国風の着物を着ているし、残りの女性達も、殆どが脛くらいまであるロングスカートだったので、シェルさんのミニスカートは、宇宙人を見るような視線だった。僕は、エルフ国標準冒険者服だったので、大丈夫だった。
この街には、和の国の領事館がある。エルフ族には、和の国へ渡ろうという者は殆どいない。和人は、和の国の発行している旅券を所持していれば、入国許可証を貰う必要がないらしい。しかし、僕達は、グリンフォレスト連合公国の旅券しか持っていないので、別に入国許可証が必要となるのだ。
最初に、ホテルを探すことにした。和風旅館と大陸風のホテルがあったが、和風旅館は、きっと和の国で泊まることが出来ると思い、ホテルを予約した。ベッドがキングサイズの部屋だ。次に、代官所に行ってみる。入国許可証申請手続きの便を図ってもらうためだ。最初、受付の人に不審がられたが、シェルさんがアスコット大公の王女であると告げたら、すぐに代官が出てきた。受付の人が、『殲滅のロリコン』とか訳の分からないことを、他の人達に囁いていたのは無視した。
代官の話は、あまり参考にならなかった。と言うのは、入国手続きは、超事務的で、正規の旅券さえ持っていれば、フリーパスのように貰えるそうだ。ただ、和の国に入ってからは、幾つか注意しなければならないことがあるらしい。
例えば、家の玄関では、靴を脱がなければならないとか、挨拶はお辞儀で、握手やハグは習慣が無いので、余程親しく無ければしてはいけないとかだ。代官は、『初めての和の国旅行ガイドブック』という本をくれた。この人は良い人だと、僕は思った。
代官所を出た後は、隣のニッポニア帝国領事館に行って、入国許可証を貰うことにした。手数料銀貨1枚半だった。それよりも領事館で働いている人達の態度が素晴らしい。全員、和人だったが、全ての人が眼鏡を掛けていた。
そして、無駄口をたたいている人が一人もおらず、僕達が領事館に入って行くと、直ぐに女性の方が、用件を聞いて窓口に案内してくれる。シェルさんが、チップを渡そうとすると、『叱られるから。』と固辞して、絶対に受け取らなかった。
書類が出来上がるまで、待っていると、お茶は出してくれるわ、和の国の案内書をくれるわで、この人たちは、暇なんだろうと思っていると、そうでもなさそうだ。次から次へと、和人の人が来所して、色々と手続きをしている。きっと、処理するのが早いのだろうなと思っていたら、名前を呼ばれて、ニッポニア帝国入国許可証を貰うことができた。
領事館を出てから、港に行ってみた。大きな船や小さな船が沢山停泊していたが、港の入口のところに沢山、店が並んでいた。何の店かと思ったら旅行会社だった。
この港から、和の国で一番近い港までは、高速船で2時間だそうだ。しかし、そこは、和の国の本土ではないので、本土に直接行くのならば、高速船で14時間かかるそうだ。
驚いたことに、その高速船は、木の骨組に鉄の板を張って作っているらしく、100人以上乗ることが出来るようになっていた。進むのは、帆で風を受けるのだが、その風は、魔法で起こすらしく、風の魔導士が10人以上乗っているそうだ。
船は、今日の夜10時に出るそうなので、明日の切符をとることにした。客室のランクによって、船賃が違うそうで、僕達はSSランク個室Aにした。この船で一番良いランクだそうだ。一人、大銀貨1枚半もしたが、食事が夜食と朝、昼の3回、出るので、そんなものかなと思った。
今日は、もうホテルに戻ることにした。ホテルのレストランの隣に、変わった店が開いていた。大きな布のカーテンを、店の出入り口に掛けていて、引き戸を開けて中に入ると、カウンターだけだった。
カウンターの中では、和人の男性料理人が大きな鍋で何かを茹でていた。時間を図るために、砂時計がたくさんあった。
鍋の中には、小さなザルがあって、時間毎に引き上げて、数回、強く振って、床にお湯を切っていた。カウンターの手前には、スープの入った、大きな器があり、その中に、小さなザルの中身のパスタらしきものを移していた。
最後に、薄く切ったお肉らしいものと、見たこともない具材を入れて出来上がりだった。見ていると、他のお客さんは、色の濃いピラフも頼んでいたので、同じものを2人分、注文した。
「ラーメン、チャーハンセット、2人前ですね。」
丼を下げたり、氷の入った水を出してくれている人が、注文を確認していた。見ていると、最初に、濃い色をした液体を器に少し入れ、パスタを入れる直前に、白く濁ったスープを足していた。どうやら、あのスープが、味の決め手らしい。
出てきたセットは、美味しそうな匂いがしていた。カウンターの上には、木の棒が刺さった器があり、その棒1本を縦に割って、パスタらしきものを掴むらしい。
僕は、苦労せずに出来たが、シェルさんは、全く出来なかった。店の人が、見かねて、フォークとスプーンを貸してくれた。ピラフらしきものの方には、最初から、陶器製のスプーンが付いていた。
味は、素晴らしかった。癖になりそうな味だ。ピラフらしきものも、味、食感共にピラフとは大違いだった。
パスタのようなものを『ラーメン』、ピラフのようなものを『チャーハン』と言い、本来は、南の異国の料理だったのを、和の国で改良したらしい。毎日、1食食べるほど好きな人もいるらしい。
このセットで、1人前銀貨1枚でお釣りがあった。お釣りはいらないと言っても、そうはいかないと言って、銅貨20枚を返してくれた。銅貨は、枚数が多くなるので、嫌だったが、仕方がないので、受け取った。
夜、トラちゃんと一緒の部屋に寝る。シェルさん、いつものように迫ってきたが、トラちゃんは、興味がないのか、ソファの上で丸くなって寝ている。
次の日、出発時間の夜まで、市内観光をしていた。絶対にナマクラしか置いていないような武器屋で見たこともない剣が飾られていた。普通の鋼で出来ているみたいだったが、片刃で峰の方に湾曲している。刃には、綺麗な波のような模様がつけられており、見ていて飽きなかった。
値段が、大金貨2枚半と人を馬鹿にした値段が付けられていた。しかも、売られているのは、本体だけで、柄と鞘は別売りらしい。
僕は、買おうかなと思ったが、手持ちが無かった事と、和の国では、もっと素晴らしい剣があるらしいので、我慢した。
その日の夜、船は出発した。
白虎を臣従させたようですが、子猫を拾った程度の感覚です。和の国の方々の働き方、理想です。