第112話 白蛇山脈の白虎 なんか変です
東の国に行くついでに、ホワイト・タイガーを討伐することになりました。単に虎のアルビノ種とは違うようです。
(5月28日です。)
白蛇山脈の麓に着いたのは、5月28日のお昼過ぎだった。麓は、深い森になっていて、森から山頂の方は樹が邪魔をして見えない。
今から登り始めるか、此処で1泊してから登るか考えていたが、あと半日で、野営に適した場所があるかどうか分からないので、此処で1泊することにした。すぐテントを張って、野営の準備だ。
最近は、シェルさんも手伝うようになって来た。野営の場所を決めたり、テントの出入り口の方向を決めたりと。言われるがままに、テントを動かして固定するのは、僕の役目だった。料理も、味見をして最終的にゴーサインを出すのも、シェルさんがやるようになった。
僕は、木陰の人目の付きにくい所に、土魔法を使い縦2m、横1m、高さ1mの四角い壁を作った。中を硬化させると、シャワー石で、お湯を張る。踏み台も作っておいた。即席のお風呂である。追い炊きはできないが、熱いお湯を追加すると、幾らでも湯温調節ができる。
周りには誰もいないので、シェルさんは、僕の目の前でスッポンポンになる。何のために、人目につかない場所を選んだのか分からない。
お風呂に入るのだから、裸になるのは良いのだが、目の前で脱ぐのは、どうかと思うと言ったら、夫婦なんだから当然だと言ってきた。僕はどうも違うような気がする。
僕も、裸になって、一緒にお風呂に入った。
長いお風呂から上がったら、シェルさんは、とても疲れたようなので、テントの中でそのまま横になっている。僕は、手早く服を着て、夕飯の準備をはじめた。今日は、山鳥のローストチキンと、山菜と木の実の和え物、タケノコの先っちょだけを使った煮物にした。スープは、ジャガイモと海藻の味噌スープだ。この前、和人の店で買ったものだ。
食事の準備ができるとシェルさんがテントから出て来る。その時は、さすがにガウンを羽織っている。ガウンだけだが。結婚すると恥じらいが無くなってしまうようだ。
5月末といっても、夕方は冷え込むので、シールドを掛けて風を避けている。食事が終わると、食器とテーブルを片付けて、後は寝るだけだが、まだ、早いので、夕日が西に沈んで、満天の星空になるまでずっと空を見ている。シェルさんも隣に座って、肩をこちらに傾けて来る。僕は、そっと肩を抱いて、空を見続けている。シェルさん、どうして、この場面で、変なところを触って来るのですか。僕は、しょうがないので、立ち上がって、空を見続けた。
翌日からは、登山になる。ダラダラした坂道を登って行くと、広葉樹林の森は、段々と針葉樹林の森へと変化してきた。
お昼は、朝、作っておいたサンドイッチで簡単にして、もっと登って行く。途中、シェルさんが疲れたと言ってきたので、オンブ紐で背負って登り続けた。シェルさんは、お姫様抱っこを期待していたようだが、さすがに山登りにお姫様抱っこは無いでしょう。足元には、隠れた岩とか木の根がボコボコあって、真っすぐ歩くのが難しいのだから。夕方までに、野営に適した場所が見つかったので、そこにテントを張った。
お風呂を作るだけのスペースは無いので、洗濯石で綺麗にしようとすると、シェルさんに良い考えがあるという。何かと思ったら、シャワー石を木の上に引っ掛けて、その下でシャワーを浴びようというのだ。
僕は、提案を却下した。木の下なんて、色々な生き物がいて、裸になるなんて危ない事を理解していない。
僕は、近くの木の傍に行って、シェルさんに、それらの生き物を見せてあげた。ムカデ、ヤスデ、芋虫、毛虫、甲虫類、蜘蛛、スズメバチ、ヤマビル等もういいかな。シェルさんは、おとなしくテントの中で洗濯石を使い始めた。
夜、眠っていると、イフちゃんが警戒情報をくれた。大きな熊が近づいてきているそうだ。僕も探知した。
確かに、体長3mほどのヒグマだ。魔物ではない。僕が夕食のときに使った時の食材の余りを狙ってきたみたいだ。別に、捨てる食材だから、放っておくことにした。テントには、シールドを張っているので、近づくことが出来ないはずだ。用心のため、少し、シールド範囲を大きくしておいた。
針葉樹林の森を抜けるのに、2日程かかった。これからは、笹竹や高山植物だけの風景になる。標高1000m位か。登山道は、かなり険しくなってきたが、ザイルを使う程ではない。
シェルさんは、完全にオンブモードで歩こうとしない。オンブされながら、時々首筋をなめるのは、気持ち悪いからやめてください。
買っておいたピッケルと登山靴を出した。僕の分だけだ。シエルさんの分もあるが、必要なさそうだった。いよいよ、上りがきつくなってきた。僕は、『身体強化』スキルを少しだけ使う。膨大なスキルポイントから比較したら、全く問題にならないレベルだ。
上りが、九十九折で続くが、シェルさんがトイレと言うまでは、休まず上り続けた。周囲には、もう笹竹は生えていない。チングルマやオダマキ、キンロバイなどが小さく芽を出している。標高は1500m位まで登っているかも知れない。
九十九折の折り返し部分の所に、少し平らになっているところがあったので、此処で野営をすることにした。土魔法で、地面を盛り上げて平らな部分を広げた。そこに、さらにお風呂を作ってお湯を張る。
シェルさんが喜んで入ってくれた。雲海を下に見ながら、入るお風呂は格別だった。シェルさんが色々ちょっかいを掛けて来るが、好きにさせておいた。
次の日、頂上付近の雪庇が見えてきた。これから、稜線を渡って、山の向こう側を目指す。分水嶺超えだ。別に頂上を目指す必要はない。向こう側に行けば良いのだから。
しかし、シェルさんが、折角だから頂上に登りたいと言った。実際に登るのは、僕なのだが。仕方が無いので、分水嶺の向こう側に降りるのは諦めて、頂上を目指すことにした。頂上までは、1日かかった。標高3800m位だそうだ。頂上と言っても何もない。前に来た人が積んだ石の小山とか、岩に彫られた誰かの名前とかがあるだけだ。周囲には3000m級の山々が連なっている。
南の方には、霧に覆われた森が見える。北の方は、さらに高い山があるみたいだが、そこには稜線伝いには行けないので、別ルートで登ることになるようだ。シェルさんにはシールドを掛けているので、平気で景色を見ているが、気温は、マイナス5度位だ。風も強い。シェルさんは、きっと、山が寒いというのは分からないまま、下に降りてしまうんだろうなと思った僕だった。
僕は気にならなかったが、確実に空気が薄い。普通の人だったら、きっと気分が悪くなるだろうと思った。僕は、シールドの中に風魔法で、空気を送り込んでいたので、シェルさんは、空気の薄いことにも気づかないはずだ。
そういえば、白虎が現れない。山の向こう側にいるのかも知れない。
今日の野営地は、頂上から少し降りた雪の中だ。土魔法で、雪の山を盛り上げ、くりぬいてドームを作る。中にテントを張ると、雪山の中とは思えないほどの温かさだ。
夕食は、作り置きのカレーを温め、飯盒ご飯に掛けてカレーライスにした。山と言えば、これに限るとよく言われるが、僕には良くわからない。ご飯がすこし固かったのは、空気が薄いせいみたいだ。
次の日、雪が切れるところまで降りた。砂礫が、堆積している。一気に500m位、砂走りで降りた。今日は、下山道の途中にある山小屋に泊まる事にした。夏場は、営業しているようだが、今は休業中だ。ドアに鍵が掛かっていたが、解錠魔法で、無効化した。
屋内は、レストランと、宿泊施設になっており、お風呂もあった。僕は、まずお風呂を洗濯石で綺麗にしてから、シャワー石でお湯を張った。
キッチンで、平たいパスタをカボチャやキノコと一緒に煮て、味噌で味付けした。身体が温まって美味しかった。お風呂は、広くて、お湯を張るのに時間がかかったが、とても気持ちが良かった。本当に久しぶりに洗い場で身体を洗ったが、シェルさんが入ってきて、僕の身体を隅々まで綺麗にしてくれた。
さすがに、山小屋の毛布は、黴臭かったので、使わなかったが、ベッドは使わせてもらった。シングルしかなかったのに、シェルさんは構わず僕のベッドに入って来たので、僕は一旦起き上がり、隣のシングルをくっつけてダブルにして寝ることにした。
朝、起きて朝食を食べ終わってから、ベッドを直し、鍋やフライパンを綺麗にし、お風呂のお湯を抜いて洗濯石で綺麗にしておいた。作業中、シェルさんは、山小屋の外に出て景色を見ると言っていたが、寒いと言ってすぐ帰って来た。
本当は、利用料金を支払わなければいけないが、銀貨を置くところが見つからなかったので、サービスしてもらうことにした。ごめんなさい。
午後、針葉樹林の所で白虎に遭った。
イフちゃんがいち早く、白虎の存在を教えてくれた。白虎の方も、こちらの存在に気が付いたようで、反対方向に逃げて行った。ここで逃がしてしまうと、いつ遭遇できるか分からないので、イフちゃんに頼んで、退路を断ってもらった。
白虎は諦めたのか、少し、こちらに進んできてから、木の陰に潜んでいた。気配を消されてしまった。存在が分からない。どこだ。イフちゃんも分からないと言っている。
僕は、『熱感知』スキルを使った。気配を消しても、自分が発している熱まで消すことはできない。ヒマラヤ杉の間に赤黄色に光る大型猫を発見した。白虎だろう。『熱感知』は、熱のみを感知するので、杉の梢の形などは分からない。でも、白虎が見え隠れしているのは分かる。僕は、『ベルの剣』を抜いて、気を込める。すぐ殺す必要はないので、赤く光る程度の気を込めた。よし、『斬撃』を放とうとした瞬間、念話が飛んできた。
『待った、待った。勘弁してくれ。俺は何もしていないのに、そんなのをやられたら、真っ二つになってしまうじゃないか。』
え、白虎で魔物じゃなかったけ?
え、人間の言葉が分かるのって、高位の魔物か霊獣?高位の魔物の割には、全然、強くなさそうだし。