第108話 闇の脅威 レブナント
今回は、戦闘シーンが中心となります。森の中と言うのは、広範囲の強力殲滅魔法が使えないだけに、チートさが発揮できません。おかげで、大変なことになります。
(2月7日です。)
レント公閣下達は、まだ信じられなかった。西の王国に、『エリクサー』と言う秘薬が有るとは聞いていたが、それは古の魔術を使わないと作る事が出来ず、失われた秘法とされていた。しかも、最後にこの少年が使った魔法は、我々が知っている『ヒール』とも違うようだが。
一番、驚いたのは、隻腕の女性兵士本人だった。余りの嬉しさに、思わず僕に抱きつきキスをして来た。
シェルさんは、最初は、顔を引きつらせるだけで、我慢をしていたが、明らかに兵士が舌を入れているので、皆で引き剥がそうとした。しかし、兵士は、腕をしっかりと僕の首に回して、離れまいとしていたので、ほぼ修羅場状態になってしまった。
兵士が、退室してから、戦術会議を再開した。参謀が、口を開いた。
「おそらく、その魔物達は『リッチ』と『レブナント』と思われまず。『レブナント』は、300年前の帝国戦争の時の戦死者達ではないでしょうか?」
「今まで、現れなかったのが、ここに来て急に現れたのは、『リッチ』の高位魔術により、呼び出されたものと思われます。」
『レブナント』、こいつは、厄介だ。『リッチ』が、高位魔導師がアンデッド化したのに対し、『レブナント』は、上級戦士がアンデッド化したものだ。通常のゾンビとは、比較にならない位強敵だ。上級戦士がそうであるように、ある程度の魔法防御もできるだろう。
皆、黙り込んでしまった。
僕は、昼食として出されたサンドイッチをモグモグ食べていた。僕の考えは単純だった。切って駄目だったら、もう一度切る。焼いて駄目だったら、もう一度焼く。相手の耐性の上をいく攻撃をすれば良いと思っていた。思っていただけであったが。
戦術は、決まった。『レブナント』1匹に対し、こちらは兵士10人以上で対処する。『リッチ』は、僕達が何とかする。戦術としては、余りにも稚拙だが、それ以上の方法は、思い付かなかった。
部隊は、レント公の部隊が、500名、大公軍が250名である。レント公自体の部隊は、200名だったが、対帝国戦のために連合軍が5000名、常駐している。
しかし、森の中では、それほどの部隊は運用できないし、万一、森から魔物が出てきたら、国土を死守する最前線部隊となる訳だから、『全部隊投入』はあり得ない選択だった。
討伐軍出発は、明日の早朝と決まった。戦術会議が終了した後、ホテルに戻って、まったりしていたら、さっきの兵士が両親と一緒にホテルに来た。
驚いたことに、婚約者も一緒だった。僕に、感謝してもしきれない。お礼をしたいが、何も出来ないので、許して欲しいと言ってきた。娘への愛情たっぷりの両親と、誠実そうな婚約者だった。
明日、出発する兵士、一人一人にこんな家族がいて、恋人がいるのだろう。明日の戦闘で何人が死んでしまうか分からないが、こういう人達を一人も悲しませたくないと思うのだった。
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次の日、部隊出発前、僕は、将軍に頼んで、斥候兼先遣隊の役目をを申し入れた。僕達は、部隊の中心的火力である事から、作戦上あり得なかったが、わがままなシェル姫が言い出した事であるから、誰も反対出来なかった。
国境の森は、東西500キロ程だ。森は、鬱蒼とした樹々に覆われ、馬車は通れない。騎馬か徒歩となるが、騎馬も張り出した梢が邪魔をするので、荷物搬送用に同行させるだけだ。そのため、通常、1日で20キロ位しか進めない。
通常、公国軍は、森の半分までしか警護しない。それでも、往復、約1か月分の荷物を馬に背負わせて、旅行者と共に警護の旅をする事になる。旅行者は、兵士と別れた後は、数名の冒険者だけが頼りの綱だ。途中、魔物や野獣と遭遇して生き延びれるかは、運次第だ。そのような森の中へ、僕達は、全く荷物を背負わないで入って行く。もうスミ少佐は同行していない。
僕達のメンバーで、最も歩くのが遅いのは冒険者経験のないビラだったが、ビラはコマちゃんの背中に腹這いになって乗っている。シェルさん達は、交代交代で僕にお姫様抱っこをして貰っている。
ノエルは、背中におんぶだ。そのための、専用おんぶ紐を作った。大人用は、特注でなければ無かったからだ。エーデル姫が、羨ましそうに見ていたが、『お姫様抱っこ』とどっちが素敵か考えているようだった。
その日の内に、3日分、約60キロ程を進んだ。怪しい瘴気はない。レッサー・ウルフやファング・ラビット程度の小物が彷徨いていたが、僕の『威嚇』で追い払った。
次の日も、同じ位を進んだが、やはり何も無かった。僕達は、装備を外さずにテントで睡眠を取っていたが、深夜、突然、轟音がした。
ドゴーン!
イフちゃんだ。何時もだったら、事前に敵の接近を知らせてくれるのだが、今回は間に合わなかったようだ。念話で、状況を伝えて来る。
『ゴロタ、こいつらは不味い。炎が効かない。』
僕達は、飛び起きて、テントの外に出てみると、北の方から黒煙が漂ってきた。辺りには、瘴気が満ちていた。ノエルが、魔力を込めた魔光石をばら蒔いた。
いた。レブナントが3体、完全武装で北から近づいて来ている。右手には、黒光りのしているロングソード、左手には青く光っている大楯を持っている。シェルさんが、身体を真っ赤に光らせて弓矢を3本、同時に引き放った。真っ直ぐ、3体のレブナントの目を目指して飛んでいったが、大楯に阻まれて、跳ね返された。ノエルが、無詠唱でファイア・ボールを撃ったが、やはり盾に阻まれ、霧散してしまった。シールド機能付きの大楯だ。
レブナントは、フルアーマーとは思えない速度で横に散会し、3方向から黒の『斬撃』を飛ばして来た。クレスタさんと僕で2枚重ねのシールドを張った。レブナントは、自分達の撃った結果を確認せずに、続けて撃って来た。僕でも、そうしただろう攻撃を、敵全員がしてきた。極めて高い戦闘力だ。このままでは、危ない。
「ビラ、ノエル下がれ。」
戦闘力の低い二人を、まず下げて、敵の集中攻撃を分散しようとする。ビラとノエルは、コマちゃんに乗って下がって行った。僕は、シールドを纏いながら、ベルの剣を聖なる魔力で白く光らせる。
正面のレブナントに接近して上段から打ち据える。盾で防がれても構う事なく、次々と打ち込んで行く。レブナントの防御が間に合わなくなって来た。7〜8合も打ち合ったろうか。大楯の青白い光が消えた。その瞬間、ベルの剣が、大楯ごとレブナントのミスリルの鎧を切り裂いた。上下二つに別れたレブナントは、それでも死なずに別々に動き出そうとしたが、僕のフリーズで二つの氷柱になった。あとは、シェルさん達に任せて、エーデル姫が戦ってる、次のレブナントに向かう。
エーデル姫が、息を切らしながら、レイピアで『熱刺し』を打ち続けている。既にそのレブナントの大楯は、光を失い、大楯ごと本体が刺し抜かれているが、まだ倒れていない。僕は、白く光るベルの剣を、上段から振り下ろし、レブナントを左右に切り分けた。エーデル姫は、最後の『熱刺し』を、レブナントの急所に深々と刺した。2体目も動かなくなった。
最後のレブナントが剣を上に掲げた。それまで、黒光りしていたロングソードが、赤く光り始めて来た。
『不味い!』
僕は、その剣に向かって、斬撃を飛ばす。刹那、敵の斬撃が、エーデル姫を襲う。
バシュン。
エーデル姫の左腕が消滅した。
一瞬の差だった。僕の斬撃がレブナントの頭を破砕した。シェルさんの5本の矢が、四肢の付け根を吹き飛ばし、心臓を射抜いた。最後のレブナントも動かなくなった。
僕は、エーデル姫の傍まで行って、傷口を見た。熱で、傷口が焼かれたのか、出血は止まっている。エーデル姫は、自分の腕のあった場所を見て気を失った。皆も、近づいてきている。エリクサーを作っている時間が惜しい。すぐに治療を始めたい。
僕は、『気』を溜め始めた。身体の中心で、どんどん『気』が溜まって行くのを感じる。『気』が僕の力を奪っていくのを感じる。しかし、構わずに溜め続けた。これ以上『気』が溜まらないことを感じた僕は、自分の左手にその『気』を流した。左手が、オレンジ色に輝く。あまりの輝きに周囲までオレンジ色になっている。その輝きをエーデル姫の無くなった腕の付け根に当てる。
僕は、自分の『気』が、急激に減って行くのを感じた。目の前が暗くなってきた。おかしいな、オレンジ色に輝いているのに、何故暗くなっているのかな。僕は、そう思いながら、意識が遠くなっていくのを感じた。
シェルさんは、周囲に気を配っている。今、またレブナントに攻められたら、きっと全滅してしまう。
イフちゃんやコマちゃんも、手伝ってくれている。でも、『火』耐性が異常に強いレブナントの大盾、あれに対して、イフちゃんや、コマちゃんはあまり役に立たない。森が消滅するほどの業火なら分からないが、限定的にしか力を発揮できないこの状況では、最も相性の悪い敵だ。
エーデル姫の腕が、驚異的な速度で再生を始めている。きっと、ゴロタの『復元』スキルの効果だ。しかし、そのために気力を使い過ぎて、今、ゴロタは気を失いかけている。回復するのがいつか分からない。
シェルさんは、さっき、ゴロタにキスをして、『治癒』の力を流し込んだが、まだ気が付かない。どうしたらいいのだろうか。シェルさんは、涙が止まらなかった。皆も泣いている。あの、ワイバーン戦で僕が死んだ時以来だ。
イフちゃんがシェルさんに言った。
「もっと、『治癒』の気力を流し込むのじゃ。今の程度では、全く足りぬわ。」
シェルさんは、すでにスキル切れを起こしかけていた。少し休みたい。それを察した、イフちゃんはノエルに対して、
「お主の、『再生』の気力を流して見ろ。少しは、約に立つだろう。」
ノエルも、ゴロタにキスをした。口元が、かすかにオレンジ色に光っている。
ノエルは、気を失ってしまった。
次は、クレスタさんが、防御スキルをゴロタに掛けた。次々とかけ続けて行く。ゴロタが青白く光り始める。その光が、ゴロタに吸い込まれていく。
僕は、漸く目をさました。エーデル姫も、やっと気が付いたようだった。腕は、なくなった服の袖ごと、綺麗に元通りになっていた。
ゴロタは、大丈夫でしょうか。エーデル姫、腕が再生できてよかったね。これからは、エリクサーを大量に作っておきましょう。って、素材があまりありません。