第106話 ノートン公国の依頼は朝飯前
ノートン公国の依頼は、朝飯前でした。でも、ノートン公閣下は、嫌な奴でした。
(1月8日です。)
朝、朝食後に行政長官の所に行って、依頼を達成したことを報告した。証拠の魔石を見せられては、行政長官も信じない訳には行かない。行政長官は、大公国に凄い冒険者が来たと言う噂は聞いていたが、今、初めてこの少年が、その冒険者だったのかと気付いた。
噂では、『A』ランクで、超絶美少年で、コミュ障で、ヒッキーのヲタクで、ロリコンの鬼畜と言う事だったが、あのトレント討伐が朝飯前とは!行政長官は、まだ朝食を食べていなかったのである。
僕達は、完了報告にサインを貰い、帰ろうとしたら、『公国のノートン公閣下に拝謁して頂けないか。』と言って来た。
連合公国のそれぞれの国の主は、国王でも皇帝でもない。昔は、自由に名乗ったらしいが、連合となってからは『公』と名乗ることが、ルール化された。公爵と紛らわしいが、爵位では無いので、単に『公』と呼称するらしい。僕は、当然、嫌だったが、シェルさんが受けてしまった。
実は、ここのノートン公閣下は、シェルさんの幼馴染みだそうだ。え、それって微妙に嫌だなと思った僕であったが、当然、黙っていた。最近は、シェルさんに何でも言えるようになったが、そう言うことは、まだまだハードルが高かった。
お昼前に、公閣下の屋敷に行ったが、直ぐ大広間に通された。そこには、大勢の人達の中に、若くて偉そうな人が一番奥に立っていた。その人は、超絶イケメンで、身長も180センチ以上あり、僕が持っていない物を、全て持っていると言う感じだった。
ノートン公閣下は、シェルさんの前まで来て、臣下の礼を取った。シェルさんは、当然のように右手を差し出して礼に応じた。行政長官は知らなかったが、内々に、各公国の公に対し、王女婚約の知らせが届いたのだ。なんと言っても、シェルさんは500年ぶりのハイ・エルフの誕生であった。その動向には、各公も神経を尖らせている。
去年、西の果てまで行くと言って消息を絶って以来、各公は血眼になって探していた。姫をいち早く保護すれば、公国連合でも発言権が増すし、上手くいけば、姫と結婚出来るかもしれないからだ。
グレーテル王国の王都で、爵位を授与されたと言うことで、早馬を飛ばしたが、到着した時には、既に帝国に出発した後だった。
帝国内には、密偵も入れないので、諦めていたのだが、姫が大公国に帰ってきて、婚約したと聞いて、機会があれば、婚約解消を迫り、自分と婚約させようと考えていたのだ。
シェルさんは、ノートン公が小さい時から嫌いだった。野心家で、イケメンを鼻に掛けて、次から次へと違う女性と付き合って。自分と結婚すれば、大公の地位は約束されたようなもの。他の公閣下達も皆、自分を狙っている。自分たちが結婚していることなど関係ない。エルフ国は、一夫多妻制だ。男性エルフは、3人に1人しか生まれないからだ。
父上が、大公になったのも、お母様と結婚したから。エルフ族とハイ・エルフは基本的に違う種族。ハイ・エルフは女性しかいない。女の子しか生まない。私が、成人したら、お母様は、死する定めのエルフになってしまうらしい。どれ位生きられるかは、記録がないので分からない。
そんな事より、こいつにゴロタ君の事を見せつけて、引導を渡してやるわ。シェルさんの目的も知らず、イケメン公にかすかに敵愾心を燃やしている僕だった。
シェルさんは、ことさら左薬指の指輪を見せながら、婚約者を紹介した。ノートン公は、僕を見て『人間など寿命の短い生き物。ふん、我は、次でも良いのじゃ。』と思い、余裕をぶっこいていた。
ノートン公は、僕を完全に見くびっていた。超絶美少年を超絶イケメンが見くびると、どうなるかは分からないが、自国の剣術指南役との勝負をさせて見たいと言い出した。
僕は、嫌な感じがした。敵意がありありと感じられる。こんな感じは、クイール市のバカ息子と、あのダンカン氏だけだった。でも、きっとシェルさんは受けるんだろうな。受けるんだろうな。ほら、受けた。
公国の指南役は、40歳位の痩せた人だった。いつもだったら、子供用の木刀にするのだが、今回は、普通の木刀にした。
指南役は、コジロウさんと言った。試合が始まったら、コジロウさんの身体が赤く光った。身体強化だ。
僕が警戒して飛び下がったが、そこへコジロウさんの上段打ちが降り下ろされてきた。避けられないと思った僕は、あえて右肩で受けた。
ボキッ。
右肩の鎖骨が折れた。
キャーッ!
シェルさんの悲鳴が聞こえる。しかし、僕は、構わず、右抜き胴でコジロウさんの脇腹を撃ち抜く。抜いた後、振り向き様に右肩、左肩と二段打ちをお見舞いし、最後に、相手の左小手を打ち据えた。
ズバン、ボキッ、ボキッ、ゴキュッ。
コジロウさんは、その場で気を失った。僕が、木刀を投げ出し、左手で右肩に『ヒール』を掛けていると、シェルさんが走り寄って来て、僕にキスをして、『治癒の力』を僕に流し込んできた。
『もう、大丈夫。』
と、モグモグしながら言ったら、シェルさんは、キッと、ノートン公を睨んで、
「剣術の試合にスキルを使うなんて、狡すぎるでしょ。殺し合いじゃないんだから。」
呆気に取られているノートン公以下を無視して、公屋敷を出ていった。外では、イフちゃんがニヤニヤしているだけで、他の皆は、事情を知らずに、日向ボッコリをしていた。
帰りは、コマちゃんの背中にエーデル姫、クレスタさん、ビラの3人が乗り、ノエルを僕の背中に縛り付け、シェルさんをお姫様抱っこして帰った。打たれた肩は、もう何とも無かった。気温は低かったが、雲一つ無い快晴だったので、少し汗をかいてしまった。
夕方、ギルドに行って、成功報酬とドロップ品の換金をした。トレントの魔石は、1個大銀貨2枚だった。
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(1月15日です。)
今日、大公閣下に呼ばれた。ヘンデル帝国との国境の森に、怪しい動きがあるそうだ。原則、冬の期間は、森を通過しようとする者はいないが、どうしても帝国や、その向こうに用事がある場合には、通過しようとする者もいる。最西部のレント公国に、旅行者の安全確保をお願いしているのだが、どうやら上手く行っていないようだ。そこで、大公国でも応援を出すのだが、婿殿にも支援して頂きたいとのことだ。
レント公国まで西に向かう街道を進むが、途中のゲン公国を通過して行くことになる。ゲン公国は、標高が高いところに公都があり、登るのに結構時間がかかってしまう。そのため、森に到着するまで『馬ぞり』で20日程かかってしまう。それから、森の探索に30日程掛かるので、大公国に帰ってくるのは、4月過ぎになるそうだ。
シェルさんは、『婿殿』と言うワードに、激しく反応してエヘラエヘラ気味の悪い笑いをしているだけで、役に立たない。僕達だけで、問題解決をしても良いが、大公閣下の威信を高める事にはならない。軍を率いて討伐に成功しなければならないのだ。
僕達は、調査・討伐軍を支援する事になった。部隊は300名、指揮官はドナル中将だ。部隊構成は、主力の抜刀隊が200名、アーチャーが60名、魔導師が30名、ヒーラーが10名だ。あと、輜重部隊が50名程付いて来る。
シェルさん達は、流石に雪の中、ミニスカートと言う訳にも行かず、泣く泣くズボンと雪用のブーツを買っていた。ブーツは、靴底に鉄製のピンが付いていて、滑らないようになっている物だ。
ビラだけが、今までの服装を変えようとしなかった。ただ、BB社のベージュチェックのマフラーを購入していた。銀貨2枚半だった。
出発は、1月20日となった。
前日、ドナルド中将と中隊長以上の壮行会があった。僕達も招待されたので、行ってみると、女性が半分以上だった。もともと、エルフ族は男性が少ないので、軍隊も女性が多いそうだ。
初年兵は成人直後の15歳で徴兵された者が多く、将校は、徴兵中に公国軍幹部養成学校を受験して合格したら、すぐに徴兵解除、幹部採用となるらしい。
シェルさんが、またまた嫌そうな顔をしている。エルフ族では、男性エルフの争奪戦が激しく、酔っ払わせても獲った者勝ちという風習で、軍隊では、それがもっと激しくなるらしい。軍を満期除隊となった女性エルフが、一人で帰ると、村の長に叱られるらしいのだ。
壮行会でも、僕の周りは女性将校だらけであり、色々触って来るのをシェルさんが、一生懸命ガードしていた。
壮行会の料理は、まあ普通の宴会用料理だったが、宴会の最後に出てきたヌードルスープはうまかった。鶏ガラの出汁と豚の骨から出る出汁がコラボして、絶妙の味を出していた。
シェルさん達女性陣は、皆、かなり飲み過ぎたようで、最後の方になると、僕が女性将校に触られまくっても、シェルさんは助けてくれなくなった。
ドナルド中将に助けを求めたが、憐みの目で見られるだけだった。中には、ズボンのベルトを外そうとする女性将校もいたので、さすがにそれはまずいと立ち上がって逃げた。
夜は、ビラと一緒のベッドだった。最近は、5日に1度はビラと寝るが、パジャマを着てジッとしているビラの横でぐっすり寝るのが習慣になってきた。毎日、ビラと寝たいと思う僕であった。
あ、ビラは、未だお休みのキスと、夜のセレモニーには参加していなかった。
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(1月20日です。)
いよいよ出発の日だ。僕は、外皮が革で内側が羊毛のムートン製ジャケットと、同じ素材のズボン、それに滑り止めの付いたロングブーツを履いている。防寒機能のある飛行帽と吹雪用に飛行眼鏡も付けている。飛行帽の耳あての内側には兎の毛を使っているので、耳が温かい。
女性陣は、どう見ても高級そうな小さな小動物の毛皮のロングコートに革製のズボンだ。ロングブーツも上縁に高級そうな毛皮を使っているみたいで、全装備セットで一人金貨2枚以上はかかっているそうだ。この人たちはきっと天然残念だと僕は思ってしまった。
ビラだけは、ミニスカ『せーらー服』で、分厚いウールのハーフコートを着ているが、外ではガタガタ震えていた。ああ、この子も、とても残念だと思う僕だった。
僕達は、8頭立の『馬そり』に7人と1匹で乗ることになったが、1名分の定員が余っていたので、若い女性将校が1名、相乗りしてきた。この将校は、スミさんと言って、階級は少佐だった。
これから、東へ向かうのですが、何も分からずに、ヘンデル帝国から森を横断していたら、危なかったかも知れません。ゴロタ達は、無敵でも、不死ではありませんから。




