第104話 エルフ公国の聖夜
大公閣下との謁見は終わりました。「僕に、お嬢様を下さい。」とは言えませんでした。
ワイちゃんが、山に帰ると言ってきた。間もなく、聖夜なので、ママ達と一緒に過ごすそうだ。森には、雪が積もり始めたが、鹿2頭、猪4頭をお土産に渡した。一度に運べるように、全てをロープで結んだ。ワイちゃんは、1頭を鷲掴みして、空間移動で帰っていった。
夕方、大公閣下や公国軍の将軍達の前で、武術の披露をする事になった。最初は、『明鏡止水流』の20の型を披露した。時々、剣の軌跡が青白く光った。次に、50m位先の標的に向けて、『ベルの剣』を構え、白く輝かせてから、『斬撃』を放った。
ズバン!
標的は、粉々に砕けた。その次は、標的を10個、縦に並べ、『ベルの剣』を向けた。剣が白く輝く。瞬間、鋭い突き、『絶通』を放った。
白い一条の光線が、標的10本、全部を貫いた。
最後は、大きな岩を目標にして、『絶断』を放った。大きな岩は、真っ二つになった。
僕は、『ベルの剣』を納めた。
静かに、左手に力を込めた。紅い大剣が現れた。そのまま、『明鏡止水流』大剣の型を披露した。
見ていた者は、その威圧感により立っているのがやっとだった。少しだけ、漏らした者も何名かいた。僕は、『紅き剣』を消して、大公閣下の方を向いて一礼した。僕が元の場所に戻った後、将軍達は、やっと正気に戻った。
「いや、あれ程とは。」
「あの剣に対抗する術は、我が軍にはない。」
「ダブリナ市を殲滅したと言うのは本当じゃな。」
将軍達は、僕が敵で無かった事を、心の底から喜んでいるようだった。その日の夜は、歓迎会と婚約のお祝いだった。シェルさんは、僕に貰ったダイヤの指輪をして、正装で出席した。真っ白なドレスに、真っ赤なレースのショールを肩に掛けていた。頭には、ダイヤが並んだティアラを付けていた。
母上君が、エーデル姫とクレスタさんが、同じような指輪を左薬指にしているのに気付いた。会場の片隅で、シェルさんに、その事を尋ねた。シェルさんは、本当の事、つまり婚約者が複数いる事を話した。ゴロタ君と自分が知り合ってから後、次々と婚約しているが、それは全て相手側からの押しかけであること。そしてゴロタ君と一番最初に結婚の約束をしたのは自分であること。今でも、ゴロタ君は、自分を一番大切に思っていることを。
母上君は、シェルさんの本当の性格、見栄っ張りで我が儘だが、嘘は付かない娘だと言う事を知っているので、深いため息を付くのであった。次に、母上君は、チキンの唐揚げをモグモグ食べている僕のところへ来て、小さい声で尋ねた。
「あなた、シェルの他にも婚約者がいるの?」
頷く僕。
「一番最初に婚約したのは、シェルなの?」
頷く僕。
「誰が一番好きなの?」
「シェルさん。」
「他の子は、嫌いなの。」
首を横に振る僕。
「誰か一人を選べと言われたら、誰を選ぶの?」
「シェルさん。」
それだけ聞くと、ニヤリと笑って、他へ行ってしまう母上君だった。
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(12月24日です。)
僕は、朝から狩りに出ていた。本来なら、森にいないはずの七面鳥が大量に発生する日だからだ。もう既に3羽ほど買っているが、10羽は狩りたいと、森の中を探し回っている。町の男たちも全員、狩に出ている。いくら大量に発生するからと言っても、数に限りがあるのだ。グズグズしていられない。
お昼になった。10羽は狩れなかったが、もう帰らないと、料理が間に合わなくなる。帰りがてらハーブを採集しておいた。
今日は、朝からクレスタさんがノエルとともにケーキを作っている。僕は、ロースト・ターキーを作る役割だ。昨年、すでに作っているので、作り方は完璧だ。大きなオーブンも屋敷にはいくつもある。
森で、七面鳥の下拵えは済んでいる。あとは、具を詰めて、オーブンに入れて、イフちゃんに任せて終わりだ。
大公と宰相や将軍たちに2羽、婆やとメイドさん達に2羽、警護の衛士さん達に4羽、僕達に2羽と思ったが、9羽しか狩れなかったので、僕達は1羽にした。それでも、きっと食べきれないだろう。余った時間で、ビーフシチューと、ロブスターのチーズ焼きをつくった。
ケーキは、クレスタさんがデコレーション・ケーキを作り、ノエルが、スポンジ・ケーキをクルクル巻いて、チョコクリームでくるんだケーキを作っている。ブッシュド・ノエルというケーキらしい。名前がどういう意味かは知らないが、ノエルの最も得意なケーキだ。
僕達は、大公の屋敷の客室に泊まることになった。僕が1部屋で、あと2室にエーデル姫とビラ、クレスタさんとノエルの組み合わせだ。
シェルさんは、自分の部屋に寝ている。一昨日から夜のセレモニーとか、お休みのキスが一切ない。屋敷のメイドさんや警護の人達が、いつも廊下にいて、異常の有無を点検しているからだ。このままお城に泊まり続ける訳には行かないということで、公都のどこかに一軒家を借りようという事になってしまった。とりあえず、聖夜が終わってかららしい。僕は、今のままで平穏な眠りが得られていればいいんですけど。
料理が出来上がった。僕やビラでロースト・ターキーを配って歩いた。みんな、とても喜んでくれた。そして、僕の部屋で、シェルさん達と一緒に聖夜の晩餐会をすることになった。僕は、昨日、買っておいた高級なお財布を、全員にプレゼントした。P社とLV社のもので、金貨までなら、かなり入るようになっている。
パーティーが始まった。発砲ワインで乾杯し、後は、飲んでは食べ、食べては飲んでとワイワイやっていると、大公閣下や婆や、メイドさん達まで入ってきて、物凄い熱気になっていた。『婆や』と言っても見た目は30歳代だが、僕の所に来て、深々と頭を下げ、僕の手を握って、
「お嬢様のこと、よろしくお願いしますね。」
と言って、泣き始めた。いつまでも、僕の手を離さないので、シェルさんが引き離していた。それを見ていたメイドさん達が、ウソ泣きをしながら真似を始めた。中には、ハグをする振りをして、キスしようとするメイドさんもいたので、シェルさんが怒って、メイドさん達全員に部屋を出て行くように言っていた。でも、だれも出て行こうとしなかった。
夜、遅くなってきたので、解散をしたが、シェルさん達女性陣は、そのまま僕の部屋に残って、お休みのキスをした。皆、かなり酔っていたので、1回のキスが随分長かったが、最後にビラまで、どさくさに紛れてキスをしてきたので、シェルさんが、強引に引き剥がしていた。皆が、それぞれの部屋に帰って行った後、僕は一人で、お皿やコップを片付けていた。
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次の日、僕は、シェルさんに、この国の制度について聞いていた。この国は連合公国である。一番大きな公国がここ、イースト・フォレストランド大公国であるが、あと、大小の公国が13ほどある。という事は、14のエルフの部族や国があるという事だ。しかし、小さな国では、人間達に侵略されてしまうため、グリーンフォレスト連合公国という集合体をつくり、それを治めるのが唯一の大公であるシェルさんの父君と言うわけだ。
各公国は、政治的というより軍事的な結びつきの方が強く、軍事同盟を結んでいる多数国家という事になるようだ。勿論、大公閣下の命令に従わない場合は、戦争になってしまうが、過去300年、そのような事はなかった。
冒険者ギルドも、公立の冒険者ギルドは、大公国にあるギルドだけだ。あとは、あっても私設の独立したギルドという事になる。また、他の国のギルドとの結びつきが無いため、冒険者カードも独自のものを使っているらしい。シェルさんが冒険者になったときは、わざわざ、グレーテル王国まで来て、冒険者登録したみたいだ。
グリーンフォレスト連合公国は、領土の殆どが森林である。その森林は決して安全なところではなく、野獣や魔物が跋扈しているところが殆どである。しかし、本来、平和好きなエルフであるから、危険なところには積極的に出ないらしく、魔物討伐も依頼は少ないそうだ。危険なエリアでの薬草採集が多いみたいだそうだ。
僕達は、大公国内で一軒家を借りるために、冒険者ギルドに情報提供を求めに行った。ギルド内は、王国や帝国と違い、閑散としていた。受付にいくと、人間の冒険者がくることは無いのか、吃驚した様子で、
「い、いらっしゃいませ。イースト・フォレストランド大公国冒険者ギルドへようこそ。本日は、どのようなご用件でしょうか。」
シェルさんが、用件を言うと、暫く待たされて、冒険者用に貸し出している一軒家を紹介された。家賃は、週に銀貨2枚、借りる際に大銀貨1枚を保証金として入れるそうだ。部屋は4つの寝室と、1つのリビングがあり、大きな裏庭もあり、狩った獲物を解体するのに使うそうだ。場所は、大公屋敷から徒歩30分と、遠くもなし、近くもなしということで、すぐ借りることにした。
その家に行ってみると、大分そろえなければならないものがあった。まず、ベッドだ。大きいのが1つあるが、それだけだった。マットもかなり傷んでおり、新しくする必要があるようだ。シェルさんが、屋敷の不要なものを持って来るといったが、それは甘え過ぎのような気がして断った。
あと、毛布や布団、家具も必要だ。どっちみち、いつか必要になるんだから、買うことにした。必要な時っていつなんだろう。僕は、一人で顔を赤くしていた。家具屋さん、布団屋さん、そして道具屋さんと回って、かなり買い物をしたが、イフちゃんがいたので、気兼ねなく買うことが出来た。
ある程度。家具を配置したら、シェルさん達は細かいものを買いに行った。その間、僕は家の中を掃除する。特にお風呂場は長い間掃除をしていなかったようでかなり汚かった。トイレは、それなりだ。便器の底に洗濯石が置いてあり、定期的に魔力を流すと、暫くは排水を綺麗にしてくれる。僕達は、魔力に不自由はしていないので、一度流すたびに魔力を溜めるようにしている。別に、便器の底に手を入れる必要はない。手の平をかざすだけでOKなのだ。
家の中が終わったら、外回りの掃除だ。今は冬なので、殆どの雑草は枯れているが、春になっても生えてこないように、軽いファイアで焼き尽くしていく。それから道具屋さんで買ってきた、暖房石を、鋳物製のストーブに入れて、各部屋やトイレに置く。皆が帰ってくる前に部屋が暖かくなっているように魔力を込めておく。
最後に、昨日の残りのローストターキーで、簡単なフライを作っておく。あと、オーブンの中で、パン生地を一次発酵させておく。夕方、シェルさん達が帰って来た。買ってきたものをリビングに並べたら、物凄い量になったので、シェルさん達がお風呂に入っている間に、僕が片づけておいた。買ってきた荷物を開けるのはシェルさん達、片付けるのは僕と任務分担がキチンとしている。
ダイニングテーブルは、6人掛け用を買ったので、お皿や料理は十分に並べることが出来た。あと、リビングソファも2セットそろえて、6人がくつろげるようにしたが、僕が座る場所で、女性陣達で言い争いが始まった。当分、ソファには座らないようにしようと一人で思っていた僕であった。
クレスタさんが、トマトスープを作り、ノエルが魚の切り身をバターで焼いてくれたので、皆で食事にした。食事をしている最中、大公閣下と母上君がお忍びで来て、一緒に夕食を食べて行った。食事のメニューの豊富さとおいしさに吃驚していたようだ。
新年を迎えるまでは、掃除と家具のセッティングで忙しかった。僕だけが。
またまた、ハーレムが始まるのでしょうか?