第101話 カーマン王国ベール侯爵領チェダー市ガーリック男爵邸
いやあ、遂に飛行部隊の完成です。でも、飛行機が1機しかないのが気になります。その内、増えると思いますが、今はこれだけです。
(12月3日の午後です。)
ワイちゃんに乗るのに、かなり鞍の位置が高かったが、軽くジャンプして、鞍の取っ手を掴むと、簡単に乗ることが出来た。鐙に両足を掛け、しっかり固定すると、鞍に付けられているベルトを腰に回して固定する。
手綱は少し短いが、前かがみになって、手綱を持つと、ワイちゃんに合図を送った。
ワイちゃんは、最初はゆっくりと飛び上がったが、普通に飛んでも、大丈夫な事を確認してから、物凄い速度で飛び始めた。僕を背中に乗せて飛ぶのが面白いらしく、上に、下に、右に、左にと自由自在に飛び、最後は宙返りと急降下をして見せた。
僕は、割と平気だったが、急降下で地面が迫ってきた時は、ちょっと怖かった。途中、イフちゃんが、僕の前に座ってきて、何も固定していないのに、落ちもしないでケラケラ笑っていた。さすが、精神世界の存在だけのことはある。1時間位飛んでから、元の場所に降りた。
僕が、降りて全ての装備を外したら、ワイちゃんは女の子の姿になった。勿論、素っ裸だ。イフちゃんが、ワイちゃん用の洋服を出したが、すべて夏物だった。考えてみれば、寒くなってから買い物に行っていなかった。ワイちゃんは全然寒くないと言ったが、その恰好で街を歩かせるわけにも行かない。
まあ、ほんの少しは仕方が無いかと、半そでシャツとミニスカートのワイちゃんを抱っこして、町に戻った。抱っこしているから、目立たなかったが、子供服の店に入ったら変な顔をされた。10歳位の女の子が6歳の女の子を抱っこしていたら、誰だって不審に思うだろう。
真っ赤なセーターと赤色のショートスカート、毛糸のタイツ、ショートブーツ、それに羊の裏皮のジャケットを買った。あ、可愛かったので、ボンボリのついた赤い毛糸の帽子も買った。
先ほどの武器屋に行って、手綱を50センチほど伸ばして貰った。
ホテルに戻ったら、シェルさん達は、既に戻っていた。ビラは、イフちゃんとは初対面だったので、お互いに自己紹介をしていたが、ワイちゃんは、どう見ても6歳児、なんでこんな小さな子までいるのかと驚いていた。
この子と、イフちゃんがいるから『ロリコン』という評判が立っていることに全く気が付かないゴロタだった。
シェルさん達には、ワイちゃんに乗って飛んだことは内緒にしていた。これは、正月を過ぎても、エルフ国に着かなかった時のための保険のつもりだ。その時が来れば、皆を驚かせることが出来ると思う。
そう言えば、あの武器屋には二人乗り用の鞍も売っていたが、必要になれば買うことにしよう。
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(12月6日です。)
今日は、キオスク市を出発する日だ。昨日の内に、ファー極東郡長官ホイル3等上級認証官には、挨拶をしておいた。お餞別に、名産の蜂蜜をくれた。この人、いい人だ。
キオスク市から東に向かう駅馬車は、2日に1便しか出ない。国境まで、村が3つと町が1つで、各宿場の間で、それぞれ2~3回野営しなければならない。国境のエルフの森入口に到着予定は12月22日だが、そうすると聖夜を森の中で過ごさなければならない。途中、雪が降らなければ良いのだが。
東に向かうのは、隣村に帰る老夫婦と僕達8人だった。8人乗りの馬車と4人乗りの馬車の2台で出発した。警護の帝国軍は、10人の騎馬隊だけで、途中の唯一の街、イースト・エンド町までだった。輜重車は随行しないため、簡単なキャンプセットを背中に背負って、警護任務に当たっている。
最初の野営地に到着した時には、辺りは薄暗くなっていた。危ないので、枯れ枝拾いは僕だけが行い、シェルさん達は、テントの中で待機して貰った。ワイちゃんは、何が面白いのか、僕に付いて回っていた。今日の夕食は、昨日煮込んでおいた牛肉のトマトソース煮と乾燥芋のあぶり焼だった。温かいミルクに郡長官から貰った蜂蜜をたっぷり入れて飲んだら身体が温まった。
食べ終わってから、今日初めて、ビラが同じテントで寝た。僕の寝袋には、素っ裸のワイちゃんが寝ているので、隣の寝袋でコマちゃんと一緒に静かに寝るだけだったのだが。ビラは、その日あまり眠れなかったらしい。テントのシールドは、僕達のテントのほかに大型テントにも掛けていたのは当然である。
ワイちゃんは、基本的に変温らしく、寝袋の中で、暑い暑いと言っていた。
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(12月8日です。)
国境までの旅で、始めての村、イーストワン村に着いた。住民の半数は、帝国軍兵士で、村の近くに駐屯地があった。旅館は、1つしかなく、宿泊客は、僕達だけであった。キオスク市から一緒だった老夫婦はここまでであった。
旅館は、大きな温泉宿で、兵士さん達も、非番の日などに温泉に入りに来るそうだ。大浴場は、男湯と女湯に分かれており、ワイちゃんは、僕と一緒に入ったが、シェルさん達は非常に悔しがっていた。
食事は、宿に食堂が併設されており、魚と野菜を中心にした料理で、地味に美味しかった。シェルさんが、ワインを飲んでいると、ビラも飲み始めた。あまり強く無いらしく、直ぐに酔ったようで、僕に絡んできた。何故、自分とは話をしないのかとか、一緒に寝てもいいとか言ってきたが、僕は、何もいえないので黙っていた。
ノエルがジト目で見ていたが、ビラを見ていたのか僕を見ていたのか良く分からなかった。シェルさんも、酔っ払ってきて、二人で僕に絡んできたが、僕は、嫌だったので、席を動いて、ノエルの傍に座ったら、ノエルが嬉しそうにニコニコしていた。
その日、初めてビラと同じ部屋で寝たが、ワイちゃんが僕と一緒だったので、ビラはコマちゃんを抱いて寝ていた。酔っていたので、朝まで起きなかった。
次の日は、朝から雪だった。積もる前に行けるところまで行く予定だったが、野営地で雪に覆われたら、遭難の危険性があるので、少し様子を見ることにした。
僕は、暇だったので、ワイちゃんと近くの森に狩りに出かけたが、本当の目的は、飛行訓練だった。森の中の開けたところで、龍の姿になり、僕を乗せて、空高く飛び立った。これからの目的地、エルフの森の上まで飛んで様子をみたら、もうすでに木々は真っ白に雪を被っていた。
雪雲の様子を見てみると、厚い雲が西の方からどんどん流れてきており、雪が止む気配は上空からは感じられなかった。
元の場所に降りてから、飛行服を脱いで村に戻ったが、村では大変な騒ぎになっていた。雪の中、黒龍が飛んでいたのを斥候が見たと報告して来たのだ。シェルさんは、すぐ僕達の事だと分かったが、そんな事ではなく、何をしていたのかを知りたがった。
僕は、最初とぼけていたが、シェルさんの厳しい追及に負けてしまい、すべてを話してしまった。ワイちゃんの背中に乗って空を飛んだというと、吃驚していたが、僕君ならあるかもと納得してくれた。
しかし、直ぐに、あることに気が付いた。
「ねえ、もしかして、エルフ公国までも飛んでいけるの?」
あ、気が付かれた。観念した僕は、すべてを話した。イフちゃんを残して、僕だけが、ワイちゃんに乗ってエルフ公国に行く。向こうに着いたら、イフちゃんを呼ぶ、そうすれば、全員が一遍にエルフ国に行けるという計画を。
でも、それは最後の手段で、やはり馬車に乗って行くべきだという僕の主張は、完全に無視された。シェルさん、冒険者って、冒険するから冒険者なんですよ。
シェルさんは、僕以外の皆と相談して、クリスマスはシェルさんの郷で過ごすので、それまでキオスク市に戻っていましょうと提案された。
皆もそれに同意したが、クレスタさんからお願いがあった。僕をクレスタさんの両親に会わせたいので、ちょっとだけ帰っても良いかと。皆も、反対する理由が無いので、そうすることになった。
翌日、雪の中、駅馬車はキオスク市に帰って行った。
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(12月12日です。)
僕達は、キオスク市に戻った。この前まで泊まっていたホテルに泊まることにしたが、ホテルの受付の人が、余りにも早く帰って来たので、吃驚していた。雪がひどいので、駅馬車の旅行が中止になった、と言ったら納得していた。この世界では、冬の旅行は、原則あり得ない。野営して凍死したのでは笑えないからである。
次の日の朝、僕は、あの武器屋に行って、二人乗り用の鞍を買った。大きさもちょうど良く、皮ベルトも問題なかった。
僕と同じ服装になるように、クレスタさんの分を買ったが、当然、サイズは175センチの女性用だった。また、流石に、ミニスカで、鞍を跨ぐ訳にも行かないので、騎乗用のズボンをも買った。膝までの部分が膨らんでいるズボンだ。ついでに、シェルさん達用のセットも全員分買った。格好良かったので僕の分も買ってしまった。
買ったものをすべてイフちゃんに預け、郊外のあの場所に行った。そこにワイちゃんを呼びだし、鞍などをセットした。クレスタさんが、ミニスカから航空服に着替えたが、寒いので、シールドで囲って上げた。クレスタさん。ズボンに着替えるとき、こちらを向くの、おかしいですよ。
準備完了後、クレスタさんと二人でワイちゃんに騎乗した。
クレスタさんを、先に後ろの方に乗せ、その前の席に僕が乗った。クレスタさんが、僕の胴体に腕を回し、胸を背中にギュッと押し付けていたが、僕は気にしないことにした。
クレスタさんの出身国は、南のカーマン王国で、ベール侯爵領の地方都市チェダー市が両親のいる街だった。ワイちゃんは、6時間で着いてしまった。
この南大陸は、グレーテル王国とは季節が反対で、今は初夏の気候だ。チェダー市の郊外に降りた僕達は、そこで夏用の服装を整えたが、僕は、紺色の貴族服に着替えた。クレスタさんは、シルクのミニスカで、白いカッターシャツを着ていた。
2人は、正確には4人だが、歩いてチェダー市に入って行った。チェダー市の城門で、クレスタさんが身分を明かすと、すぐ中に入れてくれた。チェダー市は、結構大きな町で、人々も活気に溢れていた。
クレスタさんの実家は、街の中心にある、ガーリック男爵邸で、市の行政庁も兼ねていた。
門番の人は、クレスタさんを見ると、驚いたと同時に、涙を流しながら、屋敷の中に走って行った。すぐに、屋敷の中からワラワラと大勢出て来て、クレスタさんを迎えてくれた。クレスタさんも泣きながら、皆と抱き合っていた。
僕とイフちゃんとワイちゃんは、その様子を黙って見ているしかなかった。
クレスタさん、涙の再開です。婚約は上手く行くでしょうか?