後日談① 怪我の功名 ~母性と嫉妬~
ミネルバがピッケルの求婚を受け入れたのち。
ミネルバからピッケルに要望が二つあった。
ギルドの引き継ぎに関しては、やはりメロンをポンと渡すことのような訳にはいかず、ピッケルの家に向かうのは二、三日待ってほしいとの事だった。
もう一つは
「私、もうあなたの奥さんになるんだから、さん付けはやめてね?」
といったものだった。
もちろんピッケルは了承した。
二、三日あるなら先に家に一度帰ろうかとも思ったが、父の言い付けを思い出し、大人しく王都で待つことにした。
待ってる間、ピッケルはふと礼を言う必要を思い出し、冒険者ギルド【栄光】を訪れた。
「ミランさん、おかげで嫁さん見つかりました、本当にありがとうございます」
実は、ミランは(ピッケルの功績のおかげで)パーティーに参加していたので、一部始終を見ていた。
会場に現れたピッケルの姿を認め、「ピ」あたりまで呼びかけた時に、ピッケルが全身から発するただならぬその雰囲気に、口を噤んだのだ。
ただ、自分のおかげだと言うのがピンと来なかったので、そのまま疑問を口にした。
「俺のおかげ?」
「謙遜しないでください。
ミランさんが言ったように、Sクラス冒険者になったおかげです。
女性に好きになって貰いやすいって教わった通りでした」
「⋯⋯おっ? おー! だろ?」
とっさに話を合わせながら、そんな返事をしていると、ミランの心に一つの懸念事項が浮かんできた。
ミネルバが自分のことをピッケルに何と話すか、だ。
いや、すでに色々と話してしまっているかもしれない。
こんなやり取りをしている間にも
「あ、そう言えばヴィンテージってのは嘘ってミネルバに聞いたので、取りあえずゲンコツしますね」
と、ピッケルに頭を殴られて人生が終わる可能性だってある。
そんな事が無いように、何かしら考える必要がある。
その為にもミランには確かめたいことがあった。
ピッケルの自分への評価がどの程度あるのか、だ。
「なあ、ピッケル。
お前、俺のこと、どう思う?」
「なんですか? 突然⋯⋯」
「いや、まあなんとなく気になって、さ」
そんなミランの突然の問いかけに、ピッケルは少し考えたあと⋯⋯
「⋯⋯そうですね、ミランさんに会ってから、俺には良いことばかり起きてます。
俺には兄弟はいないのですが、頼れる兄、と言ったところでしょうか」
結構高評価だった。
ミネルバはまだ、ミランについて何も話していない、と確信した。
これならイケる、ミランは頭をフル活動させて考えてから⋯⋯
「そうか、なら弟のお前の結婚生活がうまく行くように祈ってるよ、俺とは違って⋯⋯な」
含みを持たせて、そんな事を言ってみる。
「はい、ありがとうございます!」
だがそれに気がつかず、素直な返事をするピッケル。
いや「俺とは違って」のところに食いつけよ、もうっ! と思いながらミランは言葉を続けた。
「俺も、あの頃に戻れたら、間違いを繰り返さないんだけどな⋯⋯」
そう言って遠くを見つめる──フリをする。
「何か、過去にあったんですか?」
そんなピッケルの言葉に、内心で、よく食いついた! 偉いぞピッケル! と喝采をあげながら、ミランは話し始めた。
「母性と、嫉妬だ」
「え?」
まずは、印象的な言葉から。
ミランは、今はチンケな詐欺で投獄されている、彼の魔法の師匠の教えを実行しはじめた。
「母性と、嫉妬。
俺はこれを理解していなかった。
そのせいで、愛する者を失ってしまった。
お前は、そうなるなよ」
「⋯⋯あの、よくわからないのですが」
「仕方ない、本来なら俺の恥ずかしい過去だから言いたくはない。
でも、他ならぬピッケルの結婚生活のためだ、恥を忍んで話そう」
「ありがとうございます!」
よしよし。
かなり食いついてきたな。
ミランは手応えを感じながら、続きを話し始めた。
「いいか、ピッケル。さっきの二つは、女性の象徴だ。
そしてそれは、切っても切り離せない関係なんだ
ここまではいいか?」
「は、はぁ⋯⋯」
最初は考える間も与えず、話続けろ、ミランは教わった通りの事を実行する。
「まずは母性。
本来は、自分の子供を守る為のものだ。
だけどな、母性が強ければ強いほど、女性は、弱いものを見ると子供に限らず守ろうとするんだ。
俺の見立てだと、ミネルバはかなり母性が強い。
思い当たる節、あるだろ?」
『思い当たる節あるだろ? そう自信満々に聞けば、真面目なやつは、勝手にその節とやらを探す、いいか、自信満々に、だぞ』
師匠の言葉を思い出しながら、ミランが質問する。
「母性、ですか? うーん⋯⋯」
「しっかり、考えるんだ」
ピッケルはミランの言葉にしばらく考えてから、「あっ」と声を上げた。
「⋯⋯そういえば、最初に、市場で出会ったとき、見ず知らずの俺を助けてくれました」
確かにミランの言うように、ミネルバが母性から助けてくれたのだと思い、驚きながら思い出したことを話した。
はい『節』来たね、偉いぞピッケル。
そんな事を内心で思いながらミランは続けた。
「やっぱりそうか、良かったなピッケル、母性が強い女、これは嫁には絶好の相手だ。
お前の見る目は、間違っていない」
「ありがとうございます!」
「ただ! ただ、だ」
上げて落とす。
これは基本中の基本。
ミランは基本に忠実に、抜かりなく話を進めた。
「母性が強いと、必要以上に相手を庇護しようとする。
本来大したことの無いものを、大げさに捉えてしまうんだ。
そこは気を付ける必要がある。
ここまでは、良いか?」
「なんとなく、ですが、はい」
取りあえず、今は理解を求めなくていい、何となく感じさせれば良い。
ミランは次の話題に移ることにした。
「次に嫉妬。
これは愛情の裏返しだ。
愛情が深ければ深いほど、その対象は拡大する。
本来なら『ちょっと、今他の女の子見てたでしょ!』程度のはずが、嫉妬先が拡大し、本来嫉妬する必要のないものまで嫉妬してしまうんだ」
「⋯⋯よくわかりませんが、そういうものなんですか?」
「ああ、お前はあまり女性と接した事がないからわからないかも知れないが『仕事と私、どっちが大事?』といった本来比較する必要のない物を比較する、それが女だ」
「まさか、ミネルバに限って⋯⋯」
「まあ、そういう事もあるかも、って、覚えておけばいいさ」
そう言って、ミランは沈黙する。
沈黙、これが大事だ。
相手に考える時間を与える。
沈黙によって、本来こちらが思考を誘導したのに、自分で考えた気分にさせる。
話続けるのは、二流。
一流は沈黙を利用する。
これもまた、師匠の教えだ。
捕まってしまったが。
ピッケルが考え込んでいるのをしばらく眺めてから、ミランは再び口を開いた。
「で、もしかしたら、ミネルバは俺を悪く言うかも知れない」
「えっ!? どういうことですか?」
「さっきいったとおり、まずは母性。
小さな事も、大きく見せる。
そして、嫉妬。
お前と仲がいい俺に、嫉妬を感じてしまうんだ。
だから、たいしたこと無いことも、悪く捉えてしまう。
でもこれは、仕方ない。
それはミネルバが母性が強く、愛情深いからこそ起きることだ。
で、その場合、お前どうする?」
「もちろん、ミランさんはそんな人じゃ無いって、キチンと説明します」
そんなピッケルに対して
望んだ答えが来た!
そんな考えは表に出さないようにしながら、笑顔を浮かべミランは話し始めた。
「ありがとう、ピッケル。
ただ、俺はお前がそう思ってくれているだけでいいんだ。
でも、ミネルバがもし、仮に、俺のことを悪く言おうとしても、俺のことを庇ってはいけない。
母性と、嫉妬は、そうするとミネルバをムキにさせてしまうんだ」
「そ、それじゃ、どうすれば良いんですか?」
「⋯⋯そうだな、昔の俺には無理だったが、今なら言えることがある。
ただ、今から教える事は、あくまで、お前がちゃんと考えて、お前の言葉で話すんだ。
──約束できるか?」
そう言って真剣さをアピールして、ミランはピッケルの目をじっと見つめた。
そのミランの真剣な目に答えるように、ピッケルは
「わかりました」
そう言って強く頷く。
そんなピッケルに、満足そうに何度も首肯しながら、ミランは話し始めた。
「いいかピッケル、そういうときは────」
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貴重な話が聞けたと、満足そうに言いながら、ミランに対してピッケルが礼を言って立ち去ったあと。
しばらくして不意に、ギルド【栄光】の職員が口を開いた。
「マスター結婚したことあったんですね」
「俺にも、お前の知らない過去くらいあるさ」
「⋯⋯子供の頃から知ってますけど?」
「へっ。ならたぶん、赤ん坊の頃だろ」
ミランはそんな事を嘯いていた。
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その夜、ミネルバに招かれ、ピッケルは彼女の部屋で食事をしていた。
ミネルバの地元の郷土料理と言うことだが、その素朴で優しくも、未体験の味わいにピッケルは満足して何度もおかわりした。
「ミネルバは、料理も上手なんだね」
ピッケルのほめ言葉に満足しながら、ミネルバはピッケルに質問した。
「今日は日中、どうしてたの?」
「【栄光】に挨拶に行ってたよ」
ピッケルの返事に、ミネルバははっと思い出したように話し始めた。
「いい、ピッケル。
あまりミランと仲良くし過ぎちゃだめよ。
あの男は、変な噂も多いんだからね」
ミネルバのその言葉を聞いた瞬間、ピッケルの脳裏を昼間の話しが駆け巡った。
凄い。
ミランさんはやっぱり凄い。
言っていたとおりだ。
ということは、ミネルバは母性が強く、俺を深く愛してくれているんだ。
それを出会ったばかりの俺に、こんなにも向けてくれているんだ。
感動からピッケルは思わず、ミネルバの手に、自分の手を重ねた。
「えっ、どうしたの? ピッケル」
突然の行動に驚いているミネルバをよそに、ピッケルは話し始めた。
「俺の事を心配してくれるんだね、嬉しいよ。
ミネルバみたいな優しく、愛情深い人を奥さんにできるなんて、俺は本当に幸せ者だ。
求婚を受け入れてくれて、本当に、本当にありがとう」
そう心から嬉しそうにそう語るピッケルの言葉に──
ミネルバは衝撃を受けていた。
今までギルドのマスターとして、ギルドに所属する者達に数々の助言をしてきた。
素直に聞いてくれる者もいた。
中には、男のプライドからか、面白くなさそうにするものもいた。
ひどいケースだと、忠告を無視するものまでいた。
もっとも、そんな奴はたいてい早死にしたが。
しかしピッケルの反応は、そのどれとも違っていた。
ミネルバへの、深い信頼。
ピッケルの腕を通して、それが溢れる程に伝わってきたのだ。
勢いで決めた結婚だった。
不安がない、と言えば嘘になるだろう。
だがミネルバはこの時確信した。
私は、間違っていない。
こんなにも、私を肯定してくれる。
こんなにも、私と過ごすのを喜んでくれる。
こんなこと、この人の他にはありえない。
ミネルバは、今はただ、重ねられた手の暖かみを感じていたかった。
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こうしてピッケルを巡って始まった、今後も度々発生する駆け引き。
ミラン対ミネルバ。
初戦はミランに軍配があがった。
とはいえ、そのおかげで二人は幸せな夜を過ごし、絆が深まったのだから、それは怪我の功名と言えた。




