キュナブール崩壊史
「つっても、どこから話すかなぁ⋯⋯」
「最初から話して。その方がわかりやすいでしょ?」
「まあ、結構長くなるけどな⋯⋯」
答えると、話し始める準備に口を潤そうと、ミランはカップに口を付けた。
「あっ、俺も口を火傷⋯⋯」
「そういうの、いいから」
「ちっ、ちょっとした冗談だろうが」
ミネルバに機先を制され、「ふんっ」と鼻を鳴らした後。
「まずは⋯⋯そうだな、謝罪からだな」
「謝罪?」
ミランの言葉を意外に思ったのか、ミネルバが眉を顰める。
それには答えず、ミランはクルーウッパスへと向き直り、頭を下げた。
「すまん、あんたたちユガ族には大変迷惑を掛けているみたいで」
すると、ガンツが飛び跳ねるように立ち上がり声を荒げた。
「マスター、あれはあなたのせいじゃ⋯⋯!」
ミランは手でガンツを制するようなジェスチャーをしたあと、首を振った。
「使うと決めたのも、失敗したのも俺だ」
「しかし⋯⋯!」
「ちょっと、二人で盛り上がってないで、ちゃんと話してよ」
ミネルバの言葉に頷く。
「ああ。とりあえずガンツ、座れ」
納得いかない表情で座り直すガンツと、入れ替わるように、クルーウッパスが言った。
「謝罪とは?」
クルーウッパスへと視線を移したのち、唾をゴクリと飲み込んだあと、意を決してミランは口にした。
「あの森が永久樹氷化したのは⋯⋯俺の仕業だ」
その瞬間──
テーブルの反対に座っていたピッケルが飛び上がり、食卓の上を飛び越え、ミランの左横に着地した。
そのまま、庇うようにミランの前に右手を出す。
しばらくピッケルとクルーウッパスは睨み合っていたが⋯⋯。
やがてユガ族の男は深く息を吐いたあと、目を閉じ、頭を下げながら謝罪を口にした。
「すまん、ピッケル・ヴォルス。殺気が漏れた」
「仕方ないけどさ、驚いたよ」
「いや、戦士が自制せず、殺気を漏らすなどあってはならない事だ」
戒律を語る神官のような面持ちでクルーウッパスは考えを述べたあと、目を開き、周囲の人間を見回しながら言った。
「お前たちには感謝している。本来なら俺は二度死んだ。そして、俺ではピッケル・ヴォルスの敵となり得ないのはわかっている、それでも──」
視線をミランで止め、ユガ族の男は静かに告げてきた。
「この男の話の内容によっては、再び戦うことになるだろう」
クルーウッパスの言葉に⋯⋯
この質問はしてはいけない、という自重を促す警告がミランの頭によぎる。
しかし、ミランは言葉を止められなかった。
「一応聞くが、何故だ?」
「簡単だ。俺は戦士だ。ユガ族の為に生き、ユガ族の為と思えば勝ち目の有無に拘わらず戦い、死ぬ。それが戦士の在り方だからだ」
警告は正しかった。
今もミランの思考、その冷静な部分が「やめろ」と繰り返している。
──それでも、自分を止める事が出来なかった。
ミランは差し出されたピッケルの腕を払いのけ──ようとしたが、ピクリとも動かないので、仕方なくかいくぐるようにして席を立ち、クルーウッパスの側へと歩み寄った。
「ミランさん?」
訝しさを滲ませるピッケルの言葉には答えず、クルーウッパスを殴り飛ばしそうになるのは流石に抑えながら(そもそも出来ないだろうが)、理性を総動員して、胸ぐらを掴むに留めながら言った。
「こんな事俺が言う資格ねぇのは、重々承知の上で言わせて貰うがな」
特に表情を変えないユガ族の男を、一方的に睨み付けながらミランは言った。
「おい、すぐ死ぬとか言ってんじゃねぇぞ? そりゃあ俺の前では禁句だ」
「相手を見て、言うべき事を変えるほど俺は器用ではない」
「は? 戦士ってのは無駄死屋か?」
「一族の為に戦い、結果死ぬことは無駄死ではない、取り消せ」
「アンタ程の男が死ぬことが、一族の損失だろうが! いやそうじゃねぇ、俺は死にたがりが許せねぇんだ⋯⋯!」
「あまり侮辱するな、戦士の義務と、死にたがりを混同するなどもってのほかだ」
そのまま、二人は睨み合う。
その膠着状態に待ったを掛けたのはミネルバだった。
「二人ともいい加減にして。クルーウッパス、まず聞きたいんだけど、ピッケルに恩を感じてるっていうのは、本当?」
「ああ」
「なら約束して。話を聞いて、それでもミランをどうにかしたいと思ったら、それでいいわ。でもこの場ではやめて」
「⋯⋯わかった、ユガ族戦士長として約束しよう」
「で、ミラン。とりあえず話して。あなたに非がないとわかったら、私達が守るわ⋯⋯それでいいわよね、ピッケル?」
ミネルバの問い掛けに、ピッケルが頷く。
そのままミネルバはミランの手に触れ、クルーウッパスから手を離すように促した。
「さあ。席に戻って戻って」
「⋯⋯ああ。すまねぇ、お前ら夫婦には世話になりっぱなしだな」
「あら。ちゃんと自覚してるのね。一年前より成長したんじゃない?」
「けっ、子供じゃねぇんだからよ⋯⋯」
憎まれ口を叩きながらも、ミランは心の中でミネルバに感謝した。
気を取り直し、席へと戻ったミランは話を始めた。
「俺の話のきっかけは、二十年ほど前。聖国の博物館から、二つの聖遺物が盗まれた」
「聖遺物?」
ピッケルは耳慣れない単語に思わず聞き返した。
ミランは頷くと、説明を続けた。
「聖なる遺物、聖遺物ってのは、神が残したとされる物や魔法具の総称だ」
「遺物⋯⋯ってことは神様って、死んでるんですかね?」
ピッケルの疑問に、ミランは肩を竦めた。
「さあ? なんせ神だからなぁ。ま、遺跡なんかと同じで、残された物って意味じゃねぇか?」
「なるほど、あ、話の腰を折ってすみません」
「いいさ。俺も話しながら内容を考えてるんだからな。ちなみにお前んちの裏に住んでるっていう白竜が回収した杖も、シダーガの推測だと、三天神の一柱、ストルクアーレが左手に持っていたと言われる『創魔杖』なんじゃねぇか、ってことだ。その推測が当たってるなら、つまりストルクアーレの聖遺物って訳だな」
「へーっ。帰ったらハクに聞いてみようかな」
「わかったら是非教えてくれ、興味がある。で、その盗まれた聖遺物なんだが、昨日ちらっと言った『漂流王墓』、元々はそこにあった物だ」
「漂流王墓って、二十三年に一度、大陸のどこかに姿を見せるっていう、あれ?」
ミネルバの言葉にミランは頷き、説明を続けた。
「ま、この辺は話すとキリがないんで、話を戻すぞ? 博物館から盗まれた二つのうち一つは剣⋯⋯いや、刀って呼ぶんだっけか? この辺じゃあまり使われないが湾曲した刃物で、まあとにかく武器だ。これはすぐに回収されたらしい。だが、もう一つは回収されなかった」
「もう一つって、何なの?」
「本だ。タイトルは『キュナブール崩壊史』。そして著者は──ピラディアーク」
「ピラディアーク!? それって⋯⋯」
「そう。天神の長、ノーイミールの長男にして長女、三天神の一人ピラディアークだ」
祖母が敬虔な天神教教徒なため、ピラディアークについてはピッケルも聞いたことがあった。
「確か、昼は学問を司る女神で、夜は鍛冶を行う男神⋯⋯でしたっけ?」
「そうだ。キュナブールってのは天神たちが元々住んでた世界だとされていてな⋯⋯ま、その辺も重要じゃない。問題は、この本が盗まれてしばらくした頃、ある物が出回り始めた」
周囲の反応を伺うようにミランが見回すと、ミネルバが少し苛立ったように声を上げた。
「最初から話して、といったのは私だけど、もったいぶった言い方してとは言ってないわ」
「オーケー、わかったよ、写本だ」
「写本? 写しってこと?」
「そうだ。本が回収されてない事をいいことに、大量の偽物が出回った。俺も学院にいる当時、写本の存在は知っていたし、何冊か見たこともあったんだが⋯⋯」
ミランはそこまで話すと、部屋の隅に置かれた棚の引き出しを開け、中から一冊の本を取り出した。
「立ち寄った古本屋で、気になる一冊を見つけた。ま、安かったし、話の種になればと思って買ったんだが⋯⋯師匠に見せたらバカにされたよ、見る目が無さ過ぎる、って」
そのままテーブルに戻り、本を置いた。
ミネルバは本を手に取り、パラパラとページをめくった。
「それって、この写本とやらの出来が悪すぎる⋯⋯ってこと?」
「いや、違う」
「え、じゃあ何で見せたのよ」
「原典なんだよ」
「え?」
「こいつが正真正銘、本物の『キュナブール崩壊史』だ」




