表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/78

キュナブール崩壊史

「つっても、どこから話すかなぁ⋯⋯」

「最初から話して。その方がわかりやすいでしょ?」

「まあ、結構長くなるけどな⋯⋯」


 答えると、話し始める準備に口を潤そうと、ミランはカップに口を付けた。


「あっ、俺も口を火傷⋯⋯」

「そういうの、いいから」

「ちっ、ちょっとした冗談だろうが」


 ミネルバに機先を制され、「ふんっ」と鼻を鳴らした後。


「まずは⋯⋯そうだな、謝罪からだな」

「謝罪?」


 ミランの言葉を意外に思ったのか、ミネルバが眉を(ひそ)める。

 それには答えず、ミランはクルーウッパスへと向き直り、頭を下げた。


「すまん、あんたたちユガ族には大変迷惑を掛けているみたいで」


 すると、ガンツが飛び跳ねるように立ち上がり声を荒げた。


「マスター、あれはあなたのせいじゃ⋯⋯!」


 ミランは手でガンツを制するようなジェスチャーをしたあと、首を振った。


「使うと決めたのも、失敗したのも俺だ」

「しかし⋯⋯!」

「ちょっと、二人で盛り上がってないで、ちゃんと話してよ」


 ミネルバの言葉に頷く。


「ああ。とりあえずガンツ、座れ」


 納得いかない表情で座り直すガンツと、入れ替わるように、クルーウッパスが言った。


「謝罪とは?」


 クルーウッパスへと視線を移したのち、唾をゴクリと飲み込んだあと、意を決してミランは口にした。


「あの森が永久樹氷化したのは⋯⋯俺の仕業だ」


 その瞬間──


 テーブルの反対に座っていたピッケルが飛び上がり、食卓の上を飛び越え、ミランの左横に着地した。

 そのまま、庇うようにミランの前に右手を出す。


 しばらくピッケルとクルーウッパスは睨み合っていたが⋯⋯。


 やがてユガ族の男は深く息を吐いたあと、目を閉じ、頭を下げながら謝罪を口にした。


「すまん、ピッケル・ヴォルス。殺気が漏れた」

「仕方ないけどさ、驚いたよ」

「いや、戦士が自制せず、殺気を漏らすなどあってはならない事だ」


 戒律を語る神官のような面持ちでクルーウッパスは考えを述べたあと、目を開き、周囲の人間を見回しながら言った。


「お前たちには感謝している。本来なら俺は二度死んだ。そして、俺ではピッケル・ヴォルスの敵となり得ないのはわかっている、それでも──」


 視線をミランで止め、ユガ族の男は静かに告げてきた。


「この男の話の内容によっては、再び戦うことになるだろう」


 クルーウッパスの言葉に⋯⋯


 この質問はしてはいけない、という自重を促す警告がミランの頭によぎる。

 しかし、ミランは言葉を止められなかった。


「一応聞くが、何故だ?」

「簡単だ。俺は戦士だ。ユガ族の為に生き、ユガ族の為と思えば勝ち目の有無に拘わらず戦い、死ぬ。それが戦士の在り方だからだ」


 警告は正しかった。

 今もミランの思考、その冷静な部分が「やめろ」と繰り返している。

 ──それでも、自分を止める事が出来なかった。


 ミランは差し出されたピッケルの腕を払いのけ──ようとしたが、ピクリとも動かないので、仕方なくかいくぐるようにして席を立ち、クルーウッパスの側へと歩み寄った。


「ミランさん?」


 訝しさを滲ませるピッケルの言葉には答えず、クルーウッパスを殴り飛ばしそうになるのは流石に抑えながら(そもそも出来ないだろうが)、理性を総動員して、胸ぐらを掴むに留めながら言った。


「こんな事俺が言う資格ねぇのは、重々承知の上で言わせて貰うがな」


 特に表情を変えないユガ族の男を、一方的に睨み付けながらミランは言った。


「おい、すぐ死ぬとか言ってんじゃねぇぞ? そりゃあ俺の前では禁句だ」

「相手を見て、言うべき事を変えるほど俺は器用ではない」

「は? 戦士ってのは無駄死屋か?」

「一族の為に戦い、結果死ぬことは無駄死ではない、取り消せ」

「アンタ程の男が死ぬことが、一族の損失だろうが! いやそうじゃねぇ、俺は死にたがりが許せねぇんだ⋯⋯!」

「あまり侮辱するな、戦士の義務と、死にたがりを混同するなどもってのほかだ」


 そのまま、二人は睨み合う。

 その膠着状態に待ったを掛けたのはミネルバだった。


「二人ともいい加減にして。クルーウッパス、まず聞きたいんだけど、ピッケルに恩を感じてるっていうのは、本当?」

「ああ」

「なら約束して。話を聞いて、それでもミランをどうにかしたいと思ったら、それでいいわ。でもこの場ではやめて」

「⋯⋯わかった、ユガ族戦士長として約束しよう」

「で、ミラン。とりあえず話して。あなたに非がないとわかったら、私達が守るわ⋯⋯それでいいわよね、ピッケル?」


 ミネルバの問い掛けに、ピッケルが頷く。

 そのままミネルバはミランの手に触れ、クルーウッパスから手を離すように促した。


「さあ。席に戻って戻って」

「⋯⋯ああ。すまねぇ、お前ら夫婦には世話になりっぱなしだな」

「あら。ちゃんと自覚してるのね。一年前より成長したんじゃない?」

「けっ、子供じゃねぇんだからよ⋯⋯」


 憎まれ口を叩きながらも、ミランは心の中でミネルバに感謝した。



 気を取り直し、席へと戻ったミランは話を始めた。


「俺の話のきっかけは、二十年ほど前。聖国の博物館から、二つの聖遺物が盗まれた」

「聖遺物?」


 ピッケルは耳慣れない単語に思わず聞き返した。

 ミランは頷くと、説明を続けた。


「聖なる遺物、聖遺物ってのは、神が残したとされる物や魔法具の総称だ」

「遺物⋯⋯ってことは神様って、死んでるんですかね?」


 ピッケルの疑問に、ミランは肩を竦めた。


「さあ? なんせ神だからなぁ。ま、遺跡なんかと同じで、残された物って意味じゃねぇか?」

「なるほど、あ、話の腰を折ってすみません」

「いいさ。俺も話しながら内容を考えてるんだからな。ちなみにお前んちの裏に住んでるっていう白竜が回収した杖も、シダーガの推測だと、三天神の一柱、ストルクアーレが左手に持っていたと言われる『創魔杖』なんじゃねぇか、ってことだ。その推測が当たってるなら、つまりストルクアーレの聖遺物って訳だな」

「へーっ。帰ったらハクに聞いてみようかな」

「わかったら是非教えてくれ、興味がある。で、その盗まれた聖遺物なんだが、昨日ちらっと言った『漂流王墓』、元々はそこにあった物だ」

「漂流王墓って、二十三年に一度、大陸のどこかに姿を見せるっていう、あれ?」


 ミネルバの言葉にミランは頷き、説明を続けた。


「ま、この辺は話すとキリがないんで、話を戻すぞ? 博物館から盗まれた二つのうち一つは剣⋯⋯いや、刀って呼ぶんだっけか? この辺じゃあまり使われないが湾曲した刃物で、まあとにかく武器だ。これはすぐに回収されたらしい。だが、もう一つは回収されなかった」

「もう一つって、何なの?」

「本だ。タイトルは『キュナブール崩壊史』。そして著者は──ピラディアーク」

「ピラディアーク!? それって⋯⋯」

「そう。天神の長、ノーイミールの長男にして長女、三天神の一人ピラディアークだ」


 祖母が敬虔な天神教教徒なため、ピラディアークについてはピッケルも聞いたことがあった。


「確か、昼は学問を司る女神で、夜は鍛冶を行う男神⋯⋯でしたっけ?」

「そうだ。キュナブールってのは天神たちが元々住んでた世界だとされていてな⋯⋯ま、その辺も重要じゃない。問題は、この本が盗まれてしばらくした頃、ある物が出回り始めた」


 周囲の反応を伺うようにミランが見回すと、ミネルバが少し苛立ったように声を上げた。


「最初から話して、といったのは私だけど、もったいぶった言い方してとは言ってないわ」

「オーケー、わかったよ、写本だ」

「写本? 写しってこと?」

「そうだ。本が回収されてない事をいいことに、大量の偽物が出回った。俺も学院にいる当時、写本の存在は知っていたし、何冊か見たこともあったんだが⋯⋯」


 ミランはそこまで話すと、部屋の隅に置かれた棚の引き出しを開け、中から一冊の本を取り出した。


「立ち寄った古本屋で、気になる一冊を見つけた。ま、安かったし、話の種になればと思って買ったんだが⋯⋯師匠に見せたらバカにされたよ、見る目が無さ過ぎる、って」


 そのままテーブルに戻り、本を置いた。

 ミネルバは本を手に取り、パラパラとページをめくった。


「それって、この写本とやらの出来が悪すぎる⋯⋯ってこと?」

「いや、違う」

「え、じゃあ何で見せたのよ」

「原典なんだよ」

「え?」

「こいつが正真正銘、本物の『キュナブール崩壊史』だ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
新作
是非こちらもご一読を!

俺は何度でもお前を追放する ~ハズレスキルがこのあと覚醒して、最強になるんだよね? 一方で俺は没落してひどい最期を迎えるんだよね? 知ってるよ、でもパーティーを出て行ってくれないか~

その他の連載作品もよろしくお願いします!

画像クリックでレーベル特設ページへ飛びます。 i443887 script?guid=on
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
[良い点] おぉ良い引き。 神は死んでいるのか、やっぱり生きてるのか。 聖遺物の刀は今どこに。 ミランの過ちとは一体。全て知りたくなる
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ