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ダジャレおじさん

 呪殺騒動の翌朝。

 夜が明けてもクルーウッパスはまだ目覚めない。

 彼が起きるのを待つ間、ガイが用意した朝食を摂ることになった。


 ミランの散財によって新しくなったギルドには広い食堂もあり、全員が座っても席が余る。

 それぞれが着席する中、ガイ自身はすでに朝食を終えたのか、それともあとで食べるつもりなのか、朝食の配膳や各人へと茶の用意などをそつなくこなしていた。

 朝から黒いスーツに身を固めたその姿は、商人というより執事のようだ。


「まずはこちらから。ニブーラ菜のサラダです」


 一品目に提供されたサラダを見て、ミランは思う所がありガンツと目を軽く合わせたが、特に何も言わず口へと運ぶ。

 しばらく食べ進めていると、ハイペースで食べていたピッケルが声を上げた。


「このサラダ美味しいですね!」

「ありがとうございます」

「メインの材料、この葉物は⋯⋯野趣溢れるという感じの味で独特ですね。畑で作る野菜ではなく、野生種ですかね?」


 ピッケルの感想に、待ってましたと言わんばかりにガイは頷いた。


「ご慧眼感服しました、そしてお口に合えば何よりです。このサラダのメインの材料であるニブーラ菜は、王都周辺では採取できない上にすぐに劣化するため、この辺りではなかなか生では頂けない希少品なのですよ」

「なるほど、確かにうちの近所でも見ないです」

「ご贔屓頂いてる方の好物でして。ロイ商会では常に搬入ルートを確保しておりますが、運搬時の保存においても魔法によって繊細な温度管理が不可欠なため、王都ではやや高価な食材です」

「貴重なんですね」

「ま、ある地方に行けばどこにでも生えている野草で、常食されている素材ではありますが。どうでしょうミラン様、お口に合いますか?」


 にこやかに聞いてくるガイに、ミランは溜め息をつきながら返答した。


「摘みたての味にはかなわねぇな。てか、オメーの魂胆はわかってる」


 ミランの言葉に、心外だと言わんばかりの表情でガイは反論した。


「魂胆などと。私としては皆様に喜んで頂きたい、それ以外の意図はありませんとも、ええ」

「魂胆って?」


 ガイの言葉を聞き流しながら、ミネルバが聞いてきた。


「こりゃあ、俺とガンツの地元の食材だ。コイツはこう言ってるんだよ『地元の味を気兼ねなく食べたけりゃ、さっさと時間経過遅延の魔法を開発しろ』ってな」


 ミランの感想に、如何にも心外だという(大層芝居がかって見える)表情でガイは非難の声を上げた。


「まさか、曲解ですよ。ニブーラ菜は滋味溢れる食材です。せめて長旅の疲れを、地元の懐かしの味で癒やして欲しいという、私なりの心遣いです」


 こちらに気を使っているかのような発言だが、内容的にはつまり、ミランのことを調べ上げていると白状したも同然だ。

 どこまで調べることやら、と思いながらミランは呟いた。


「ふん。こんな葉っぱ使って発破かけてきやがって」


 何となく発した呟きだったが⋯⋯。


「ぶはははははははっ!」


 突然大爆笑を始めたピッケルに、一堂の視線が集まった。


「ど、どうしたピッケル⋯⋯」

「いや、葉っぱと発破を掛けるなんて、流石ミランさん! 面白いです!」

「あ、いや、違う! 違うぞ、たまたま⋯⋯」

「また、ミランさん謙遜し過ぎですよ! ね! ミネルバ、面白いよね! 葉っぱと発破だなんて!」


 ウキウキとした様子で尋ねるピッケルに、夫の隣でマイペースにサラダを食べていたミネルバは、チラっとミランを見た後、ニヤッとした笑みを浮かべ⋯⋯。


「ええ、とても面白いこと言うわね、このダジャレおじさん」

「だっ、誰がダジャレおじさんだ!」

「私の地元では褒め言葉よ」

「嘘付け!」


 ミランは顔が熱くなるのを自覚しながら、ふとガイを見ると──いつもの済まし顔はなりを潜め、驚愕に目を見開いていた。

 各人へ給仕するために手にしていたポットは傾き、茶が零れている。


「うわ、お前何してんだよ!」


 ミランの指摘に、ガイは「ハッ」と表情を取り戻し、ポットの傾きを戻しながら言った。


「失礼しました⋯⋯しかし、驚きました」

「ん?」

「まさか、時間経過遅延魔法どころか、ダジャレ一つで時を止めてしまうとは⋯⋯」

「お前とは、いつか何かの決着を着ける必要があるな⋯⋯」


 助けを求めるようにミランがガンツを見ると、ガンツは楽しそうな笑みを浮かべてこちらを眺めていた。


「なんだガンツ、お前も俺をバカにしてんのか?」

「違いますよ。良いもんだな、と思って」

「何がだよ」

「ギルドが賑やかなのが。こういうの、最近無かったですから」


 何気ない発言なのだろう。

 だが、そう嬉しそうに語るガンツの様子に──心臓を「ギュッ」と掴まれたような気持ちになる。

 

 今は失われたが、過去には存在したギルドの喧騒。

 やや気勢を削がれる感じを覚えながら、ミランは言った。


「いや、このタイミングでしみじみとちょっと良いこと言うなよ⋯⋯」

「すみません、ダジャレおじさん」

「バカにしてんじゃねぇか!」

「俺の地元では褒め言葉ですよ」

「お前と俺の地元は同じだ!」

 

 ミランは文句を言いながらも、楽しそうにしているピッケル夫婦、ガンツを眺めながら⋯⋯


(ま、確かにギルドなんて賑やかに限るけどな、俺が多少からかわれる位でそうなるなら、御の字ってやつか)


 心の中ではガンツに同意していると⋯⋯。


「いい話の後で悪いけど、そろそろ教えてくれない?」

「教えろって、何をだ? ダジャレがワザとかどうかか?」


 ミネルバの問いに、ミランが思い当たる節もなく聞き返すと、彼女は首を振りながら訂正した。


「ケプラマイトがクルーウッパスを人質に取った時の話よ」

「ああ⋯⋯そうだったな」


 クルーウッパスをケプラマイトが人質に取った際、相手の言い分を聞くように願ったのはミラン自身だ。


 ケプラマイトがその単語を口にした瞬間、思い出されたのはミランの取り返しのつかない過失であり罪。


 永久樹氷。


 ミランはサラダを再度口に運ぶ。

 食べ慣れているはずの、懐かしの食材は、記憶より苦味が多い気がした。


 ──と。


「先に俺から話そう」


 いつの間に目を覚ましたのか、クルーウッパスが姿を見せ、話に割り込んできた。


「もう起き上がっても?」

「問題ない。すまん、また助けられたようだな、恩に着る」


 ピッケルの問いに答えると、クルーウッパスは空いている席へと座った。


「朝食は摂られますか? すぐ準備できますが」

「いや、いい。⋯⋯何か飲み物を貰えればありがたい」


 クルーウッパスの頼みを受けて、ガイはカップへと紅茶を注いだ。

 香気と湯気が立ち上る。

 喉が渇いていたのか、クルーウッパスは一気に飲み干すと


「⋯⋯ふぅ」


 と溜め息をつき、沈黙した。

 しばらく話の内容を考えているのか、黙考している様子だったが⋯⋯。





 流石にその沈黙が五分程度続いた所で、ミネルバが聞いた。


「⋯⋯で、話は?」

「うむ。我々ユガ族だが、茶は(ぬる)めと決まっていてな」

「そうなの?」

「うむ。それに比べればお前たちの茶は熱いな」

「そう? で、それが話に何か関係するの?」


 ミネルバの疑問に、クルーウッパスは首を振った。


「すまんが口の中を火傷した。錬金金属で薬を作成して治療中だが、こうして話してる今もめちゃくちゃ辛いから、先に話してくれ」


 助けを求めるような表情でミランを見てきた。


「⋯⋯まぁ、いいけどよ」


 何か締まらねぇなあ、と頭を掻きつつ、ミランは話す内容を考えることにした。



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