雷神の腕
子供の頃、父とよくやった遊び──「錬金金属の変質対決」。
お互いが変質した錬金金属、それを元に戻す時間を競うだけの、シンプルな遊びだ。
クルーウッパスの体、その表面に施した錬金金属の変質は、父でさえ初見だと戻すのに30分程を要した、ピッケルの独自錬金だ。
予定した方法とは違っていたが、おそらく拘束には成功したはずだ。
この後は、予定通り剣士を排除して事情を聞き出そう⋯⋯と思っていると──
パスパスパスパス。
と、革手袋をしているせいで、少し間抜けな感じの拍手の音を鳴り響かせながら、ケプラマイトがピッケルへと歩み寄ってきた。
「いや、流石! お見事だ! クルーウッパスをこんなにあっさりと! ⋯⋯おっと、最初に言ったように俺は手を出すつもりはないぜ。こうなったら事情を話そうと思ってさ」
「⋯⋯本当に?」
「ああ、俺はそこのクルーウッパスより数段弱いんだ、お前みたいな奴相手に無理はしないさ⋯⋯実は今回の事は、君のご両親、つまりクワトロ殿とシャルロット様に頼まれたんだ」
「⋯⋯父や、母に?」
ピッケルが聞き返すと、ケプラマイトはマスクから露出している口元に笑顔を浮かべた。
「そう、君のご両親──」
「ピッケル! そいつを捕まえて!」
リヤカーの荷台からミネルバの声が響くや否や、ピッケルはケプラマイトの拘束に動いた。
突然の事に驚いたのか、ケプラマイトは剣を抜くこともなく、左手を前にして突き放すような動きで抵抗してきた。
ピッケルは相手の革手袋ごと左腕を掴み、そのまま背中に回して引き上げ、ケプラマイトを拘束した。
「痛たたたたっ!? オイ! いきなり何する!?」
ケプラマイトが非難の声を上げる。
ミネルバに言われるがまま動いたピッケルは、返事もせず剣士とミネルバの間で視線を往復させていた。
「カマかけて情報を引き出そうとしたくせに⋯⋯ピッケル、この男がご両親の知り合いな訳ないわ、声色から、私たちとそう変わらない年齢だし」
「いやいや、何を⋯⋯」
ケプラマイトが何か言い訳しようとしたが、聞く耳を持たない様子でミネルバは一方的に告げる。
「ピッケル、私が嘘だと判断したら合図するから、そいつの腕を折って」
「わかった」
ピッケルが同意すると、剣士の男はさらに非難じみた声を上げた。
「おおいっ! そんな野蛮な事にあっさり同意するなよ!」
「アナタ、適当言って、ピッケルとご両親の関係を確認したわね?」
「⋯⋯」
「ピッケル、コイツが私の質問に十秒以上黙ってた場合も同じようにして。もう一度聞くわ、ピッケルのご両親が誰か、確認したわね?」
しばらくケプラマイトは黙っていたが、十秒経過する前には口を開いた。
「⋯⋯ああ、そうだ。かなわねぇなぁ、もう」
つまり、ピッケルの出自を嘘をついて聞き出した、ということだろう。
この手のやり取りはミネルバに任せた方がいい、と感じ、ピッケルは拘束に集中することにした。
「なぜ私たちを襲ったの?」
「そこのクルーウッパスたちユガ族は深刻な状況でね。一族の危機って奴だ」
ミネルバが視線を移すと、クルーウッパスは頷いて肯定した。
「それが、なんで私たちを襲うことに?」
「ユガ族の危機に、対処⋯⋯まではいかないが、ある程度対応できる組織があってな。対応して貰う代わりに、お前ら⋯⋯つうか、ピッケル・ヴォルスの排除が条件だと言われたんだよ」
「組織って? 名前は?」
「悪いが、それは腕を折られようが、殺されようが言えねぇな」
「そ。じゃあピッケル、折って」
「まて、折るのは構わないがその前に言っておく事がある」
「何?」
「おたくらの魔法⋯⋯そろそろ解けるんじゃないか?」
ピッケルはその言葉に、金剛壁の様子を確認した。
男の見立て通り、金剛壁が消滅する。
──瞬間。
相手を掴んでいる腕に、ピリッとした痛みが走り、腕を開いてしまった──無意識に。
その隙にケプラマイトが拘束から抜け出しつつ、剣を抜き──その剣を、クルーウッパスの首元へと突き付けた。
少し残っている痺れを確認するようにピッケルは手を振ってみた。
「ちょっと痛いな、ピリッと来た」
「いや、牛とかあっさり気絶させる雷撃なんだが⋯⋯お前マジでどうなってるんだよ」
「その手袋⋯⋯魔法具なの?」
「ああ、魔法装具『雷神の腕』。結構レアものなんだぜ? ま、一日一回だから、また捕まれたらどうしょうもねぇけどよ。さて、というわけで一つ頼みがある」
「何?」
「クルーウッパスを助ける為に、俺を逃がしてくれねぇか? さっきも言ったように、俺は戦う気はないんだ」
「はあ? 何言ってるの? 何であなたの仲間を救う必要がこちらにあるの?」
ケプラマイトの申し出に、ミネルバが呆れたように声を上げた。
「確かに!」
と答え、ケプラマイトがはっはっはと笑い声を上げた。
「だけどな、ユガ族は可哀想な奴らなんだよ。襲ったのは仕方ないことなんだ」
「あなたは違うでしょ、襲わせた側⋯⋯でしょ?」
「そう。だから可哀想だろ? 利用されて、最後に殺される、なんて悲劇、俺も見たくないんだよ」
「だったら⋯⋯」
「ユガ族の危機は、『永久樹氷』のせいだ」
その言葉に──ミランとガンツがピクリと反応したのがわかった。
「ま、その辺の詳しい事情はクルーウッパスに聞いてくれ。もし俺を逃がしてくれるっていうなら、一旦離れてくれねぇかな?」
ケプラマイトの言葉に、ミランが申し訳無さそうに言ってきた。
「ピッケル、悪ぃがそいつの言うようにしてくれねぇか?」
「なぜ?」
「すまんお嬢、納得いかないのは分かるが⋯⋯あとでちゃんと話すから、頼む」
「⋯⋯全く。私はともかく、そんな言い方されたらピッケルがどうするかわかってるでしょ」
「ああ、すまない」
ミネルバは溜め息をついたあと、ケプラマイトへと言った。
「じゃ、一旦離れるけど。嘘ついてその男を殺したりしたら⋯⋯許さないわ、きっと、ピッケルは」
「そりゃあ恐ろしいねぇ」
あくまでも軽口を叩く男から一旦離れる。
──時間を置いて戻ると、クルーウッパスは無事だった。
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(まあ、出自がわかっただけでも『言い訳』は立つ⋯⋯か?)
与えられた任務は失敗に終わったが、ケプラマイトはそれほど落ち込んでいなかった。
「しかし、あそこまでの化け物とはなぁ⋯⋯本当に⋯⋯」
それよりも、喜びが勝る。
あのクルーウッパスをあっさりと下した実力。
動きの精度、速度、そして雷神の腕を食らっても平然としている耐久力。
どれをとっても、自分より上。
「斬り甲斐⋯⋯有りすぎんだろ!」
ピッケル、アイツを斬る。
『斬匠』ケプラマイトは零れる笑みを抑えられなかった。




