希少種
良い年したオッサンが、もっと良い年したジイさんに、頼み込むように服を着るようにせがむ姿は、マリーの目からは奇妙な光景に映った。
フォーサイスが渋々といった様子で服を身に付けたあと、ふと、思い出したように疑問を口にした。
「で、ピッケルとシャルロットは? 姿が見えないけど」
「シャルロットは、『チャレンジ』中だね。出掛けたのは三日ほど前だからそろそろかな。⋯⋯で、ピッケルなんだけど用事があって」
「ああ、作物の卸かな? そうかー、ピッケルも成人したんだもんねぇ、あの小さかったピッケルが大きくなったもんだ」
「あ、うん、それと⋯⋯」
(私の王子様は行商中ですか。入れ違い、うーん、焦らしますわね)
ここに来る前にフォーサイスと王都に寄ったのだが、もしかしたら彼も王都にいたのかもしれない。
とはいえ、マリーはピッケルの外見を知らないので、すれ違っていたとしても気が付かないが。
クワトロの話が途中だったが「チャレンジ」という言葉が気になり、マリーは話に割って入った。
「お話中すみません⋯⋯あの、チャレンジってなんですか?」
マリーの疑問に答えたのはフォーサイスだった。
「単純に言えば登山だよ」
「登山⋯⋯ですか?」
「秋になると冬眠の準備で、裏山のモンスター達がちょっと活発化してね。ヴォルス家ではこの時期になると、腕試しを兼ねて山頂を目指すのさ」
「腕試し! 面白そうですわ」
「上にいくほど強い奴がいるから、ヴォルス家では自分の強さを何合目まで行けたかで確認するんだ」
「なるほど⋯⋯剣術における段位のような物でしょうか」
「ま、そんな感じかな。ウチではそれを『合GOチャレンジ』と呼んでいるんだ」
「いや、呼んでるの父さんだけだから⋯⋯」
クワトロが呆れ顔で呟くと、フォーサイスは如何にも心外だと言わんばかりの表情で反論した。
「ええー? ひどいなあ! クワトロ。君も『あ、山の高さの合と、行くのGOを掛けてるんだね、お父さん面白いっ!』って誉めてくれてたじゃないかっ!」
「子供の頃、だけどね⋯⋯」
「⋯⋯」
ネーミングセンスにマリーは絶句してしまったが、気を取り直して聞いた。
「あの、おじさま。私ならどこまで登れるでしょうか?」
「ああ、マリーなら山頂まで行けると思うよ」
「本当ですか!」
「うん、それくらいの強さは保証するよ」
「『希少種』に遭わなければ、でしょ? ちゃんと言っとかないと、甘く見て勝手に登ったりしたら危険だよ」
フォーサイスのお墨付きに、クワトロが注意するように付け加えた。
またもや何やら知らない単語が出たので、マリーはすかさず質問する。
「希少種とはなんですか?」
「裏山は、世間では『デスマウンテン』なんて物騒な名前で呼ばれちゃいるが、まあちょっと強力なモンスターが住んでるってだけで、生物分布の基本は変わらない」
「すみません、モンスターなどの生態はあまり詳しくなくて⋯⋯ピンときませんわ」
マリーが素直に自分の無知を伝えると、クワトロは微笑みながら解説を始めた。
「単純に弱い生き物ほど数が多く、強い生き物ほど個体数が少ない」
「なるほど、生存競争を強さで勝ち抜くか、個体数を増やして種の生存確率を上げるか、ですわね」
「その通りだ、なかなか理解が早いな。その中でも、個体数が十以下しか確認できない種をウチではそう呼ぶのさ。競争の激しい山で、個体数に頼ることなく生存領域を確立しているのは、概ね強力な種だな」
「良くわかりましたわ。シャルロット様は今回、その希少種と戦う為に山に入ったのですか?」
「そうだ。今回シャルロットがチャレンジに行ったのは、八合目の主『リプロデュスクラウド』って奴の所だ。コイツ自体はそれほど強くないが、強力な術を使う」
「強力な術ですか、それはどのような?」
「本人に聞けばいいさ」
クアトロが指差すと、ちょうどドアが開き、美しい女性が姿を見せた。
自分とそれほど年齢は変わらないように見えるが、何やら高貴なオーラを感じる。
マリーはその神々しいオーラに思わず跪きそうになったが、我慢した。
「こ、これがリプロデュスクラウドですか!? 確かに強力な術です、思わず跪きそうになりましたわ!」
「⋯⋯いや、それは俺の嫁だ」
「ふふふ、そんな冗談に騙されませんわ! だってお年が全然合わないじゃないですか⋯⋯って、まさかクワトロ様はシャルロット様の他にも奥様がいらっしゃるのですか!? しかもこんなお若い方を!?」
「いや、そんな恐ろしいこと言わないでくれ、シャルロット本人だよ」
「⋯⋯えっ?」
マリーは振り返り、再度、シャルロットだという女性を見る。
シャルロットだという女性は、マリーと目が合うとニコリと微笑んで、鈴が鳴るような、それでいて透き通った声で言った。
「はじめまして、クワトロの妻シャルロットよ。若くて美しいお嬢さんにそんな事を言われると年甲斐もなく嬉しいわ」
どうやら、本当らしい。
「⋯⋯あ、あの、はい、私はマリーと申します、ご挨拶遅れて申し訳ございませんですわ!」
変な敬語になったのを自覚しながら、改めてシャルロットを観察する。
マリーは、自分の外見に結構自信があった。
少なくとも、男性が共に連れ歩いても恥をかくことはないだろう、と思っていた。
しかし、シャルロットを見て自信が揺らぐのを感じる。
ピッケルはこの女性を見て育った。
もしかしたら、母親基準で女性の外見を評価しているとしたら?
(私⋯⋯この家に嫁ぐの無理かも⋯⋯ううん、諦めるわけにはいきませんわ! 絶対に!)
『目的』を思い出しながら再度心に誓っていると、シャルロットが突然驚いたように声を上げた。
「お、お義父様がお洋服をお召しになってる!」
「シャルロット、確かに珍しいかもしれないが、そりゃあ私だって服くらい着れるよ」
(⋯⋯やっぱり無理かも)
何となく疲れる物を感じ、マリーは心が折れそうになったが、きっと旅の疲れだと己に言い聞かせた。
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「お義父様、お洋服を着るのお上手ですわ! 絶対その方が良いです!」
「そうかい? 洋服なんて不要だと思うんだけどねぇ」
パチパチと手を叩きながらの妻と父のやり取りに既視感を覚え、クワトロは記憶を辿った。
息子が初めて自分で服を着た時、同じような会話を繰り広げていた気がする。
たしかピッケルはその時、自慢げな顔をしていた。そう、今の父と同じような感じで。
つまり父はセリフと違い、年甲斐もなく褒められたことに、満更でもなさそうだった。
「と、そうだ。妻から君に伝言があったんだ」
急に手のひらの上にポンと手を乗せ、フォーサイスが言った。
「私に、ですか?」
「うん」
普段の飄々とした雰囲気を引っ込めて、珍しく真剣な表情で父が言った。
「シャルロット、君のお父さんかなりマズい状況のようだ」
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ピオルネ村を旅立ってしばらく。
当初はリヤカーの走る速度をピッケルに一任していた一行だったが、ミランがあまりにも
「ふわふわがぁー!」
と荷台で騒ぐので、少し速度を押さえて進むことになった。
東部へ来た時よりもややゆったりとした進行ペースに、ミネルバは少し焦りを感じ始めていた。
「うーんマズいわね、これだと私たちが王都に戻るまでに、識王軍撤退についての詳細が届いちゃってるかもね」
全力疾走なら、ピッケルの引くリヤカーは尋常ではない速度となる。
しかし、人が多い場所では接触事故の予防や、単に目立つのを避けるために浮遊モードは解除され、徒歩となる。
いくらピッケルが尋常ではない体力の持ち主だとはいえ、流石に歩く速さは常人とそれほど変わらない。
そのうえ夜は普通に休むわけで、本来なら時間を稼げる場所を減速するのは、予定を大幅に狂わせる事になるのだ。
一方で伝令は馬や人を変えて任務を引き継いながら夜通し走り、次々と王都に向けて情報を送るだろう。
ミネルバが一行に考えを伝えたところ、ミランから思わぬ話が出た。
「確かに伝令は送られるだろう。でも重要な情報は事前に、王国軍に所属する魔法情報部隊が『念話』によって伝えるはずだぜ?」
とのことだった。
「念話?」
「ああ、これは俺の師匠に聞いた話なんだけどよ、王軍の情報部に数人所属してるって話だぜ。双子とか、魔力の波長が近い術者同士にのみ使用できる魔法らしい。見えないほどの距離であっても会話できるんだとよ。補助する魔法具も必要だけどな」
「そんなのあるんだ、へー⋯⋯あ、そういえば」
その解説に、ミネルバつい先日、白竜のハクと頭の中で行った会話も『念話』なのだろう、と見当を付け、ミランに聞いてみた。
「⋯⋯ってな事があったんだけど」
「うーん」
ミランは手を組みながら、少し考えたあとで答えた。
「白竜にとっては、魔力の相性や補助する魔法具などなくても、容易にこなせる、ということなのかもな。
それかもしかしたら、お嬢がミアーダにあげた鱗⋯⋯あれに白竜の力が籠もってる間は、念話を補助する力があったのかもな」
「うん、そうですよミランさん。流石ですね」
ミランの考えを肯定したのは、ピッケルだった。
「お、やはりそうなのか」
「はい、だからうちの祖父母⋯⋯離れて暮らしてるんですが、父さんがハクの鱗を持たせてるんですよ、何かの際の連絡用だって」
「白竜を伝書鳩代わり⋯⋯すげー一家だなオマエんち」
呆れたようにいうミランの言葉を聞きながら、ミネルバも心の中で同意した。
ハクは何だかんだ言ってとても役に立つ、さすが『益虫』と呼ばれるだけはある。
もしかしたら、識王の前でやり込めたことを恨みに思っているかもしれないので
「よっ! さすがハク様! 念話使えるなんて流石は竜の帝王!」
とか言って、帰ったらせいぜいおだてておかねば、と思う。
ミネルバがハクへの対応を考えている間も、ミランは解説を続けた。
「識王軍の強さはシダーガの強化魔法のおかげだと思われがちだが、それ以外にも識王の弟子たちに念話の使い手が多く、離れた場所との連携を容易にしている、ということもある。実際目の前で見たしな」
解説を終えたミランが、ミネルバへと質問した。
「そもそも、戦争の詳細が王都に伝わってるとして、それの何がマズいんだ?」
「引き止められたりせず、早く西部に行きたいというのもあるけど、それ以上に目立ちたくないのよ。⋯⋯誰かさんが変な歌流行らせようとしたせいで、ピッケルはただでさえ、王都で噂になってるし」
じろりと睨みながらのミネルバの指摘に、ミランはさっとガンツの方へと目を逸らした。
「だめだぞーガンツ、もっとしっかり俺を止めないと」
「では、次から変なこと言ったら遠慮なくぶっ飛ばします」
「そこはあれだ、もっと紳士的かつ、最適な手段を探しておけ」
「まず、自分が紳士的であろうとしてくださいよ、まったく」
「ち、お前も言うようになったなぁ」
旗色が悪いと感じたのか、ミランは口を噤んだ。
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部下から識王軍撤退の報を受け、デュエルマン公爵家の執政であるロイネスは、執務室で安堵していた。
もちろんそこには王国が防衛に成功したという安心感も含まれるが、戦況が悪化すれば自らも東部に派遣される可能性とともに、戦争の終結で、病気で伏せっている王の心労も抑えられるだろう、という気持ちも含まれる。
今、王都を離れる訳にはいかない。
王の容態は、金を握らせている医者の報告から「相当に悪い」ということが伝わってきている。
王都一の医者はすでに匙を投げていて、崩御が近いだろう、むしろよく持っている、と評するような状態だという。
一年前に執り行われた黒竜撃退の祝賀会へ王が不参加だったのも、それが一因とのことだ。
心労が重なれば、病状が進んだかもしれない。
それが防げたことが何より今は嬉しい。
とにかく時間が稼げた、ということだ。
もちろん、国の頂点たる王に対しての忠誠心から、という気持ちもある。
しかし、ロイネスはあくまでデュエルマン公爵家の直属であり、今の状況で王が崩御してしまうことによって、国内における主の立場が低下することを一番恐れていた。
兎にも角にも一年前、自分がパーティーに参加出来なかったことが悔やまれる。
自分の目で見れば、ピッケルという男を見極められただろうに。
限られた時間で何ができるのかを考えていると、部下が追加の報告をするために入室してきた。
「ロイネス様、こちら戦況を纏めた報告書です」
「うむ、ご苦労」
書類を置き部下が部屋を辞すと、ロイネスはすぐに読み始めた。
識王軍が兵を引いて撤退、ということについてしか伝わっていない状態だったが、実際の戦闘の様子が記された書類を見て、思わずロイネスは立ち上がった。
そのまま、部屋を出て部下に命令する。
「この、ピオルネ村で起きた地震について、詳細を調べろ!」
命令は飛ばしたものの、ロイネスは二十年前の戦争時の経験から、これはクワトロ、ないしはその息子の仕業だと確信していた。
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