友の追憶
パーティ会場の入り口で、小さな騒ぎが起きていた。
騒ぎの主は、ピッケルだった。
冒険者ギルド【鳶鷹】へと訪れた彼は、留守番の男から、ミネルバがパーティーに出席してると教えてもらい、その場所を教えて貰ってやってきたのだ。
「あの、ミネルバさんいますよね? これを届けにきたんです! 通してください!」
メロン片手に騒ぐピッケルの姿を見て、守衛の男が困まりきった表情で告げる。
「いや、何回も言ってるけど、パーティには正装じゃないと参加できないし、食べ物の持ち込みは禁止なんだ、悪いけど帰ってくれ」
何度も繰り返すやり取りに、守衛は辟易していると⋯⋯。
「おい、どうした」
守衛の上司の男が姿を見せた。
それは、先日のギルドの監督官だった。
「おや、君は⋯⋯」
「あっ、先日はどうも! お金ありがとうございました!
で、すみませんが、ここを通してください、大事な、大事な用なんです」
真剣な表情で、真っ直ぐとこちらを見てくるピッケルを監督官はしばらく眺めたのち、ふっと表情を崩して言った。
「ああ、英雄どの。ぜひパーティーにご参加ください」
「英雄? あの、よくわからないけど、ありがとうございます!」
男に頭を下げて、ピッケルは会場の中へと入って行った。
「アスナス様、あの、よろしかったんですか?」
しばらくして、守衛の男が監督官──アスナスへと話しかけた。
「ああ、いいんだ。彼は知り合いの、息子なんだ」
「知り合いの?」
「ああ」
ピッケルのあの眼、間違いない。
監督官は、昔の事を思い出していた。
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「なあ、アスナス、お前でもいい考え思い付かないか?」
当時王宮の近衛兵だったアスナスは、まだ若き日のピッケルの父、クワトロ・ヴォルスに相談があると招かれて、彼の部屋で酒を飲んでいた。
「いや、普通に考えて無理だろ。
幾らお前が功多数とはいえ、平民出で姫を娶るなんて」
相談内容は、王の一人娘である姫と結婚したい、というとんでもないものだった。
諦めさせたい、という気持ちが強かったが、ヴォルスは一度言い出したら聞かない。
何とか説得する材料を探そう、そう思ってアスナスが提案する。
「実際、爵位を授与するって話もあったのに、面倒だからって断ったのはお前じゃないか。
今からでも爵位を貰って出世して、姫を迎えるに相応しい地位を築けば良いんじゃないのか?」
「うーん、とは言えそんなやり方でグズグズしてると、政略結婚に出されちまうしなぁ」
そう言って、クワトロは少し考えたあと、ボソリと呟いた。
「やっぱり無理か⋯⋯ 正攻法だと」
その発言に、アスナスはドキリとした。
過去、クワトロが「正攻法だと」と、注意書きのように付け加えた場合、ろくでもない方法ばかり行ってきたからだ。
これは、聞かずに、知らなかった事にしたほうがいい、アスナスの理性は最大限の警戒を発した。
⋯⋯しかし。
それ以上に、好奇心が勝った。
この男のやることなすこと、全てが、同じ男から見ても胸が躍るような物語があるからだ。
そんな物語の生き証人として、今まで側で彼のことを見てきたアスナスは、好奇心を抑えられなかった。
「ちなみに、どんな方法だ? その、正攻法じゃないやり方ってのは」
そう聞いたあと、アスナスが酒をあおると⋯⋯
「うん、誘拐しちまおう」
ぶっ!
アスナスは飲み込んだ酒を豪快に吐き出した。
ゴホッゴホッと酒でむせたアスナスが激しく咳をしていると、クワトロは
「おい、きたねぇなあ」
と、他人事のように言った。
「お前のせいだろうが! 正気か?
大事な一人娘を誘拐されて、王がお前をそのままにするとでも思っているのか!?
大体姫が、お前に惚れてるなんて確証どこにある!?
二回ほど、ちょっと話しただけって言ってただろうが!」
アスナスは吐き出した酒ほどではないが、唾を盛大に飛ばしながら叫んだ。
「おい、そんな大声だすと、隣に聞こえちまうって」
憎らしいほど冷静に言いながら、クワトロは言葉を続けた。
「あの姫さんは、城でぬくぬくと一生を終えるような方じゃないって。
大丈夫、行くぞって手を引っ張れば、俺に付いて来てくれるさ。」
この自信である。
クワトロは、いつも自信満々に己の理想を語り、そしてそれを実際に叶えてきたのだ。
この男が言うなら、いや、この男に「来い」と言われれば、確かに大抵の女がついていきそうな、そんな気がしてしまう。
実際、この男の謎の自信と、そこから生み出される行動に、アスナス自身何度も巻き込まれ、痛い目を見たのも一度や二度ではない。
しかし、その過程に何とも言えない、抗えない磁力のような、引き付けられてしまう魅了が伴うのだ。
とはいえ、アスナスの心配事はそれだけではなかった。
「しかし、国の⋯⋯ いや、大陸中どこにいようと追っ手がかかるぞ?
お前はいいとして、姫に、そんな逃亡生活を続けさせるつもりか?」
そんなアスナスの疑問に、クワトロは自信満々の顔を崩さずに、ニヤッと笑って答えた。
「一カ所だけ、そんな心配をする必要がない場所があるだろ?」
アスナスには最初、それがどこかはわからなかったが、目の前の男は適当な事は言うが、無駄な嘘はつかないことを知っていた。
しばらく考えて──その答えに思い至り、顔を青くしてたどり着いた結論を口にした。
「⋯⋯まさか、デスマウンテンか!?」
「そうだ、あそこなら追っ手は来ない、いや、来れない」
「しかし、あんな場所、お前はともかく姫も危険なのでは無いのか?」
「中腹や山頂ならともかく、山での生存競争に敗れて麓に現れる奴ら程度なら、女子供を守りながらでも余裕だ。
あそこなら地元で土地勘もある。」
デスマウンテン。
かつて光の神に反旗を翻した邪神が、四人の英雄に破れた地。
晴れた日には王都からも見ることができる。
人の足でも王都から五日も歩けばたどり着ける、近くて、もっとも遠い場所。
邪神がこの世界から撤退した今をもっても、強力なモンスターが多数生息しているため、誰も近づかないのだ。
山頂に近づくほど、強力なモンスターが生存していると言われているが、山に踏み入った者が戻ることはないので、真偽は不明だ。
あそこなら確かに、近付く者はいないだろう。
そして王も、あそこに追っ手を差し向けるような真似はしないだろう。
下手に刺激して、災厄級のモンスターを呼び出すような結果を招く可能性がある。
もしそんなものが現れた場合、クワトロにしか対応できないというジレンマが生ずるからだ。
「ただなぁ⋯⋯ この計画には問題があってなぁ」
そういって彼には珍しくバツの悪そうな表情をしている。
この男が何か言いにくそうにしているなど珍しい、そう思いアスナスが先を促す。
「問題って、なんだ?」
「いやぁ、俺が姫様連れて行っちまうと、責任を取らされる奴が出る。
そしてそれは、おそらくお前だ。
近衛兵だし、俺と仲がいいのも周知のことだから、計画に絡んでるとみなされるかもしれん。
それでなくても、何か問題が起きれば王としてはそれなりの罰を誰かに与えないと示しが付かんだろう。
死刑まではいかないとしても、近衛兵の地位の剥奪は免れぬだろう」
そう、クワトロは豪快で勝手気ままに行動すると誤解されがちだが、こういった周囲への配慮も欠かさない。
そしてアスナスは、そんなクワトロの枷になるのは本意ではなかった。
「なんだ、そんなことか、気にするな。
地位なんて、惜しくはない。
いや、惜しくはない、は言い過ぎだが、お前がそうやって心配してくれるだけでも報われた思いだ。
ただ⋯⋯ ま、これはいいか」
「なんだ、気になる言い方だな」
「気にするな。もう止めん、好きなようにやるがいい」
そう言ってアスナスはクワトロと自分の杯に改めて酒を注ぎ、それを掲げた。
「お前と姫の前途に、乾杯しよう」
「ああ、うまくいくことを祈っていてくれ」
そうお願いされても、アスナスは祈る気などなかった。
なぜなら、この男がやると決めればやり遂げるだろう。
そして、胸の中でそっとつぶやく。
計画がうまくいけば、こうやって酒を飲むこともなくなるだろう。
俺が地位以上に惜しむのは、そのことだ。
友と会えなくなることだよ。
その思いは、口にすることは無かった。
言えば、クワトロにからかわれることはわかっていたからだ。
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結局アスナスは、クワトロの予言通り近衛兵の地位を剥奪され、冒険者ギルドの監督官という閑職に追いやられた。
しかし彼は今、運命のいたずらを感じていた。
監督官になったことで、今後、クワトロの息子の物語をそばで見ることになるだろう。
先日、あっさりと黒竜を退けた、その力。
先ほど見せた、強い意思を感じさせる、あの瞳。
物腰や雰囲気は違えど、あれはクワトロと同じ側の人間だ。
英雄の伝説の生き証人、それも親子二代に渡って。
こんな僥倖を前にしては、失った地位などほんのささいなことだろう。
アスナスはこれから訪れるであろう素晴らしい日々の予感に、胸を躍らせていた。