農閑期の英雄
結局ピッケル一行は、それから三日ほどピオルネ村に滞在していた。
ミネルバは「お風呂が気に入ったからよ」と言っていたが、おそらく、村人の気持ちが落ち着くのを待ってくれたのではないか、とミアーダは思う。
そのおかげもあって、村人たちは心の平穏を取り戻し、今はみな以前の暮しぶりに戻っている。
ピッケルが滞在中、出戻りのデリックがピッケルに「弟子にしてください!」と言い出したり、それを聞いたヤンって人が「そういう話は、一番弟子の私を通して貰わないと」みたいなやり取りをしていたのを聞いた。
それを見てピッケルは苦笑いしてたけど。
彼にゲンコツをされて反省したのか、ヤンはお兄さんだというフェイと一緒に謝ったあと、しばらくするとピッケルたちと仲直りしていた。
あのゲンコツは痛そうだった。
ヤンがゲンコツされた翌朝、似たような紺の服を着た、ボロボロの女の人がやってきた。
ティーファというその女の人を見て、引き攣った顔をしたミネルバに、彼女は「ごめんねぇ」と軽い感じで謝っていた。
あまり仲良くなさそうな二人だったが、ミネルバがティーファを見ながら、ぼそっと「いいなぁ、あの垂れ目⋯⋯」と言ったのは聞き逃さなかった。
美人の悩みは、よくわからない。
フェイとヤン、ティーファはピッケルたちが帰る前日に村を旅立っていった。
三人で、故郷であるハーン帝国の帝都に戻るらしい。
歩きながら、この三日の出来事を思い出していたミアーダは
「この辺でいいよ、あまり離れると大変でしょ?」
というピッケルの言葉に、現実に引き戻された。
他の村人たちは村の入口までだったが、ミアーダはデリックと共に、一行を村の外まで見送りに来ていた。
だが、名残惜しいとはいえこれ以上は迷惑になるだろう。
ミアーダたちがいなければ、ピッケルはもっと早くリヤカーを引けるだろうから。
「はい、本当に、本当にありがとうございました。これ、受け取って下さい」
ミアーダは持参した袋を、ピッケルへと手渡した。
「これは?」
「私が作った、赤ちゃん用のおくるみです。
気が早いかなって思ったんですが、ミネルバが旅が終わったら子供を作る予定だって言ってましたし。
お二人が子供に恵まれた時に、使って頂けたら⋯⋯あ、あの火吹き羊製の物には劣ってしまうと思うんですけど⋯⋯」
「そんなことないよ。子供が出来たら是非使わせて貰うよ、ありがとう」
「こちらこそ、ピッケルたちがいなかったら、本当にどうなっていたのか⋯⋯また、絶対、遊びに来て下さい!」
「うん、また来るよ。本当は、あの小麦が穂を付けるのを見たかったんだけど⋯⋯うちの農閑期は秋の終わりから冬の間だから、春はなかなか見に来れないかな」
「そうですか⋯⋯じゃあ、私、お二人の所に届けます。穂は難しいですが、収穫した小麦を」
「それもちょっと難しいかも、俺の家かなり辺鄙な所にあるから⋯⋯あ、そうだ! 家は難しいかもしれないけど、王都にもし来ることがあったら、冒険者ギルド【栄光】まで届けてくれれば、かならず受け取るよ」
「はいわかりました、必ず、必ずお届けします」
「無理しなくていいからね、来れるときでいいよ」
あの日の出来事から、名前は呼び捨てのままだが、またピッケルには敬語になってしまっていた。
ピッケルは苦笑いしながら敬語はやめてよ、と言ってくれていたのだが、ミアーダがとんでもない、と言い張った結果、彼も諦めたようだ。
ピッケルと一通り挨拶した後、ミネルバがリヤカーから降りて、ミアーダの元にやってきた。
「ミアーダ、おくるみありがとう。なんだかちょっと恥ずかしいけど。あ、そうだ」
ミネルバは、チュニックの襟元に手を入れ、しばらくごそごそと動かしたあと、白く輝く鱗をミアーダへと差し出してきた。
「お世話になったわね。これおくるみのお礼とお風呂代よ、受け取って」
「えぇ! お世話になったのはこっちだよ、受け取れないよ」
遠慮するミアーダにミネルバは手を取り、押し付けるように渡して来た。
「いいの、もうこの鱗はもう役目を果たしたらしいから。
でも、縁起のいい御守りだから、あなたに持っておいて欲しいの。
せっかくお友達になれたんだから、これを見て、たまに私たちのことを思い出して」
「こんなのなくったって忘れないよ⋯⋯でも、ありがとう、大事にする」
「あと、あなたにアドバイスがあるわ、耳かして」
「え、うん」
ミネルバが耳うちしてくる内容に、何度もミアーダは頷いた。
ピッケルが「なになに?」と聞いてきたが、「女同士の秘密よ」とミネルバは笑った。
「じゃあ、またね!」
「うん、また!」
最後の別れの挨拶を交わしたのち、リヤカーが出発する。
見えなくなるまで手を振って見送ったあと、隣にいたデリックに話しかけた。
「なんか、うちの村ってすごくない? 二回も、足踏みで助けられちゃうなんて」
「ああ、すげーよなぁ」
「ピオレ様は『聖人さま』だったけど、ピッケルのことは、なんて呼べばいいんだろうね?」
「うーん、呼び方被っちゃうとわかりにくいしなぁ」
しばらくミアーダは考えてから、思いついた呼び方を幼馴染に披露した。
「『農閑期の英雄』とか、どう? かっこいいと思わない?」
わりと自信を持って発言したミアーダだったが。
「はぁ? うちの村、農閑期ねーじゃん、一年中何か育ててるし」
「⋯⋯ほんと、あんたって詩心? みたいなの一切ないわね。そんなんじゃ女に愛想つかされちゃうわよ」
「何言ってんだよ、布バカの癖に」
「うるさい、村飛び出しバカの癖に」
「む、村飛び出しバカってなんだよ!?」
「村を飛び出すバカよ、こんないい女を置いて」
「⋯⋯」
言葉に詰まったデリックを見て、別れ際のミネルバのアドバイスを思い出す。
「最初が肝心よ。交渉も、男と女の関係も、最初にペースを握らないとね。
私はやられっぱなしだから、あなたくらいは完璧に勝ってちょうだい」
友人の言葉に、心のなかで、ふふふと笑ったあと。
「さあ、戻りましょ、村にはやることいっぱいあるんだからね」
「えっ、あっ、⋯⋯お、おう」
突然手を握られて、慌てるデリックを引っ張りながら──ミアーダはいつもの生活へと戻っていった。
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「つくづく、惜しいことしたわー」
村を離れてしばらく進んだころ、リヤカーの荷台で愚痴るように呟いたミネルバに、ミランが笑いながら言った。
「けち臭いこと言うなよお嬢、なら、白竜の鱗なんてやらなきゃ良かったのに。あれ一枚で、相当な価値だぜ?」
「違うわよ、そっちじゃないわ。依頼よ、依頼。識王討伐はともかく、こんなことになるんなら受けとけば良かったわー」
「依頼?」
「エンダムの防衛と、識王軍撃退って依頼があったのよ」
「なんだそれ⋯⋯冒険者にする依頼じゃねぇだろ」
「でしょ!? 断るわよね、普通! こんなにあっさり戦争終わると思わないし!」
「まぁでも、お前の旦那、関係者込みで普通じゃねぇからなあ、普通は白竜なんてこねーよ、伝説の生き物だぜ?」
「⋯⋯まぁねぇ、でも依頼料もそうなんだけどさ。王都に戻ったら、またアスナス様の所に行くんだけど、その時に『ほらみたことか』みたいなこと絶対言ってくると思うの。
それが悔しくて悔しくて⋯⋯」
「あー。それは思い浮かぶようだわ⋯⋯なんかその時の、あの人の顔を想像するだけで腹立つわ」
「でしょう!?」
さんざんな言われ様だな、と、アスナスについての二人のやり取りを聞きながら、ピッケルは
「さぁ、そろそろ飛ばそうか」
と、振り返って言ったあと、前を向いて竜語を口にした。
すると、初めてピッケルの竜語を耳にしたであろうミランが、すこし慌てたように聞いてきた。
「おいピッケル、一体なにを⋯⋯お、おわぁああああっ!」
リヤカーが地を離れ、宙にふわふわと浮き始めると、ミランはさらに慌てふためきながら
「おい! ピッケル! 降ろしてくれくれ! 俺、この宙に浮いてる、ふわふわ感ダメなんだ!」
と絶叫した。
そういえば、このリヤカーの機能をミランに説明してなかったな、と思っていると、ミネルバが大声で笑い始めた。
「あはははは、ハクの上でもすごかったもんね! あなたが怖がってる姿、面白すぎるわー! あの時も、村につくまでずっと大騒ぎだったし! 『ふわふわがー! ふわふわがー!』って!」
「おい! お嬢! 俺が怖がるのわかってて、なんで黙ってたんだ!」
「決まってるじゃない、もう一度見たかったからよ、竜に乗って飛ぶのは男の夢なんでしょ? これも同じよ、さあ再び夢を叶えましょう!」
「おい、ピッケル! お前の嫁、性格悪いぞ! ダンナとして、一言何か言ってやれ!」
必死に抗議してくるミランへと、ピッケルは再度振り向きながら、きっぱりと言った。
「ミランさん、うちの嫁を悪く言うのは無しですよ」
「お、おい、ピッケル、これはギルドマスターとしての命令だ! 今すぐ⋯⋯お、おわあああぁぁああああ!」
少し、いたずら心を芽生えさせながら、次第に、そして全力で走り出す。
「おおおお、降ろしてくれーぇええええ! ふわふわがー! ふわふわがー!」
「あはははははは!」
ミランの叫び声と、ミネルバの笑い声が、秋の空へと響く中。
ピッケルは一路王都を目指し、リヤカーを引っ張った。
「俺たちの旅はこれからだ」感ありますが、まだ続く予定です。
とはいえ章始めからの、様々なことにケリがついた節、今までの他の節よりもいっそう一区切りといった感じです。
今後ともよろしくお願いします。




