初めてのお友達
二人で煮込みを食べるフリをしながら、ミネルバはフェイに聞いた。
「ねぇフェイ、私一つわからないことがあるんだけど」
「なんだ?」
「どうしてピッケルと王都で戦おうと思ったの? 仲間のふりしてついてきて、辺境でヤンってやつと、二人がかりで戦った方が有利じゃない」
ピッケルがなぜ辺境に呼び出されたのか、という理由も気になるが、フェイがピッケルを襲撃したことから考えると、ピッケルを害する目的ということは間違いないだろう。
その場合も、なぜピッケルが? という疑問も残るが。
いつもの調子で誤魔化されるかなとも思ったが、フェイは普通に答えてきた。
「それなら、二つ理由がある。
一つは、ピッケルはオレの強さにとっくに気付いてた。
なら、問い詰められる前に、自分が有利なタイミングで仕掛けたかった」
「なるほどね、じゃあ、もう一つは?」
「もう一つは、ヤンだ。⋯⋯なんでアイツがピッケルを辺境に呼び出したのか、その目的がわかんねぇ」
「⋯⋯仲間なんじゃないの?」
「基本的にはそうだが、ピッケルに関してはアイツ、独断で動いてる。
辺境に呼び出す予定なんて、本来なかったはずなんだ、少なくともオレは聞いていない。
もしそんな計画があるなら、少なくともオレに話が来ねぇってのはおかしいんだ。
できれば、オレもそこは確認したい。
オレがピッケルを辺境に行かせたくなかったのは、ヤンじゃ絶対ピッケルに勝てねぇ、下手しなくても殺されると思ったからだ。
血の繋がりはないし、正直そこまで思い入れもないけど、それでもアイツは一応、弟だからな」
血の繋がらない弟、という点も気にはなるが、今は本題ではないだろう。
別の気になった事を聞く。
「ん? でも二矛なんでしょ? アナタより強いんじゃないの?」
「それはアイツが帝都居残り組だからだ。
四矛四盾は、基本的には強さで任命されるが、人のしがらみとは無縁でいられないな。
特にあいつはオレと違って、名家の跡取りだ、そういった政治も絡んでる。
ま、ちゃんと修行を続けてれば、二矛でもおかしくない程度の強さにはなってるだろう。
ただ、しばらく会ってないから間違いなく、とは言えねぇけど、この三年であいつに追い越されたとは思えねぇな」
そう言われれば、確かに義父も矛が盾より強い、というのが基本だが、例外はあるような事を言っていた。
「じゃあ、あなた、本当ならもっと上の矛だか盾なんだ」
「いや、一盾はオレの師ハオランだ。まだ越えられちゃいないだろうな。
一矛は⋯⋯わからない、オレも知らないんだ」
「知らない?」
「ああ、謎。仙人なんじゃねぇか、って噂だけどな」
「センニン?」
「ま、こっちで言うところの神だな、うさんくさい話だけど」
おそらく、嘘は言っていないだろう。
クワトロも、ヴォルス家の武術は神を目指す修行の一環だった、という話をしていた。
四矛四盾とは、恐らく「仙人」とやらを目指す集団なのだろう。
「しかし、あなたなんでも話してくれるわね、ありがたいけど」
「ああ、情報屋のフリなんてしてたけど、本来隠し事は苦手なんだ」
それは、なんとなく気づいていたが、ミネルバはわざわざ言わなかった。
その代わりに、質問した。
「最後に。今でもピッケルをどうにかしようと思ってる?」
ミネルバの質問に、フェイは苦笑いを浮かべながら手を振り、答えた。
「どうにかしようと思っても、オレに、どうこうできる相手じゃない」
おそらく、本音だろう。
フェイの表情は、何か、吹っ切れたように見えた。
______
「へぇ、これイリアが作ったんだ。
昨日の煮込みも美味しかったけど、これはこれで俺は好きだよ。
イリアはきっと、いい奥さんになるね」
「ミネルバ! 聞いた今の!? ねぇミネルバお願い、親友の頼みだと思って聞いてほしいんだけど、ピッケルと別れてくれない!? 私がピッケルの奥さんになるわ!」
「旦那を奪うために別れろって言う時点で、親友じゃないでしょうが!」
ミネルバとの会話のあと、煮込みの完食はとっくに諦めていたので、目の前で繰り広げられる喜劇を肴にフェイは酒を飲んでいた。
どうしても『力』を隠すために、王都滞在中の三年間は常に気を張っていた。
こんなふうに本心から構えず、己をさらけ出すような食事は王都に来てから──いや、生まれてから初めてかも知れない。
実の両親にはろくに食事なんて与えられなかったし、養父家族の前でも常に遠慮があった。
王都で演じていた道化じみた振る舞いは板についてきたが、もしかしたら本当は、こうなりたいという願望がそうさせたのかも知れない。
人懐っこい道化者に。
イリアの煮込みを褒めていたピッケルも、流石に量が量のため、食べきるのは諦めたようだ。
その様子を見て、虎吼亭の主人がピッケルとフェイに話しかけて来た。
「もう食えねぇなら、お前ら俺のいうことを一つ聞け」
「いやいやいや⋯⋯何でですか?」
無茶言うなぁ、とフェイが思っていると、主人がたたみかけてきた。
「お前らが街中であんなヤバい気配をぶんぶん振りまくから、煮込みがこうなったんだ。その責任を取りやがれ」
その言葉に、ピッケルは何か責任でも感じたのか
「言うことって、なんですか?」
と素直に聞き返している。
いや、お人よしだな、とフェイが呆れていると、主人が驚きの発言をした。
「ピッケル、フェイ、お前ら二人──ダチになれ」
「ダチ? なんですかそれ」
「はああああああああ!? なんですかそれ!?」
フェイはどういうことかという思いで、ピッケルは単純に「ダチ」という単語がぴんと来なかったのか、それぞれ疑問を口にした。
「うるせぇ、フェイ、お前に拒否権ねーよ。
ちょろっと昔話をして、治療費はらったつもりかもしれねーが、命を救ってやったことの対価はまだ貰ってねーぞ?
言うこときけねーなら、もっとキツイ取り立て覚悟しろよ? なんせ命の対価だからな。
ピッケル、ダチってのは友人だ、お友達の略だ」
(お友達って単語、似合わねぇなあ! いや、今はそこじゃない)
無茶を言ってくる主人に、どう返そうかフェイが迷っていると⋯⋯。
「わぁ! 俺、人間の友達できるの初めてだ! よろしくフェイ!」
あっさり言うピッケルに、さらに呆れながら答えた。
「⋯⋯あのなぁ、オレはお前を殺そうとしたんだぞ?」
「そうだね、俺もそうしようと思ったよ、いや、マスターに止められなかったらたぶん『駆除』してたし!」
「駆除!? オレは虫類かよ!?」
笑顔で怖いこと言ってくるピッケルが、手を差し出してきた。
まぁ、命の対価とまで言われればしょうがない。
フェイはピッケルの手を、しぶしぶという態で握り返した。
(オレもだピッケル、まぁオレは今まで⋯⋯人間にも、人間以外にも、ダチはいないけどな)
今はただ、無理やり、命令されるように言われただけだ。
言葉だけだ。
──しかしこの先、本当に友人になれるとすれば。
オレ、生まれて初めて友人ができるな、とフェイは思った。
なんとなく虎吼亭の主人に目を向けると、そこにあったのはいつも通りの強面だが──その瞳はどこか、優し気な光を湛えているような気がした。




