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破神闘術

 四矛四盾、『二盾』。

 母シャルロットが父の友人アスナスに聞いた話だと、クワトロは以前『二盾』に狙われ、逃げ回っていたという。

 しかし、クワトロが若い頃の話だし、フェイの年齢はピッケルとそれほど違うようには見えない。ここにいる男は父を追ったという『二盾』とは、別人だろう。

 単純な比較ができるわけでもないが──油断ならない相手というのは間違いないだろう。

 油断など、する気もないが。


 しかしここに誘い込んだフェイの思惑がなんにせよ、確認しなければならないことはまず他にある。


「お前、ヤンって奴の仲間ってことで、間違いないか?」


 まず、ここを確認しておかなければならない。

 ヤンという男が四矛四盾であるというのは、あくまでクワトロの予想だ。

 そして、クワトロの予想通りに四矛四盾のメンバーの一人で、そのうえ二矛だというのも、この男からの情報だ。

 もちろん、この場においてもいくらでも嘘はつけるだろう、ということくらいは流石にピッケルにもわかることではあったが、念のために確認する。


 まともに返答が貰えないのも覚悟の上だったが、フェイは拍子抜けするほどあっさりと返事をしてきた。


「ああ、間違いない。そこに関しちゃ嘘はついてないぜ? アイツが二矛で、俺が二盾だ──ま、本当は教えなくても良いんだろうけどな。

 信じるか信じないかは、任せるけどよ」


 ふたたび鉄球を手のひらで弄びながら、フェイが言葉を続けた。


「それで、ここにお前だけ来るように仕向けたのは⋯⋯一つ提案があるからだ」

「⋯⋯提案?」


 二つの鉄球の動きは、幼子がおもちゃで遊ぶのを自慢するように、やや複雑な動きを見せ始めた。

 手のひらの上で、鉄球を指で押さえつけて弾き、前腕、上腕と駆け上がるように転がしたあと、肩を上げる反動で再び手のひらに戻す。

 それを左右同時に繰り返したあとは、戻す時に左右を入れ替えたりと、曲芸じみた動きで鉄球を操りながら、フェイは話を続けた。


「辺境に行くのは、やめてもらえねぇかな? 約束してくれるなら、俺はこのまま一人で東部に行き、ヤンの奴を説得してミランさんを連れて帰ってくる」


 腕を動き回る鉄球はいつしか、回転を維持したまま速度を上げていく。

 ピッケルは、騒がしく動きまわる鉄球から目を離さないようにしながら、腑に落ちない疑問点をフェイへと尋ねた。


「わざわざミネルバとガンツさんがいないところでそれを頼む意味は? それにお前の仲間は俺に来て欲しいんだろ?」

「ああ。だが俺は行ってほしくない。

 二人がいないところでってのは、まぁなんだ、お前が行かない、って言ってくれればちゃんと二人にも話すよ」


 動き回っていた鉄球を空中に投げ出すと同時に、フェイは両手の人差し指を立てた。

 その上に、鉄球が着地する。

 回転によって、鉄球は人差し指の上でバランスを取っているようだ。


 シュルシュルシュルシュル。


 指の上で回転する鉄球が、摩擦によって音を奏でた。

 今は指の上で均衡を保っている鉄球だが──ピッケルはなんとなく、この鉄球が回っている間に決断を迫られているような気がした。

 しかし、答えなど決まっている。


「お前の要望に応える余地は、ない」

「なぜ? いい条件だと思うけどな?

 ミランさんは戻ってくるし、お前たち夫婦もわざわざ辺境くんだりまで出向く必要もなくなる」


 鉄球の様子を見るに、均衡にはいましばらくの猶予がある。

 ピッケルは理由を話し始めた。


「確かにいい条件だと思う。

 でも、ミネルバに言わせれば、俺は騙されやすい」

「知ってるよ。栄光にも騙されて入ったんだろ?」

「ああ。だからミネルバをわざわざ遠ざけて、俺を説得するなんてのはちょっと怪しい。

 疑いたくないし、本当は信じたいんだけど、やめとくよ。

 俺が騙されるのはいい経験だと割り切ればいいけど、そこにミランさんの命は賭けられない」


 疑ったことで、多少申し訳ない気持ちになった。

 それが表情に出たのか、フェイはこちらを見て苦笑いしながらも、頷いて答えた。


「⋯⋯まぁ、わかった。残念だけどな、仕方ない」


 シュルシュルシュルシュル⋯⋯


 二人はしばし沈黙し、鉄球が回転する音だけとなった。

 ややあって、フェイが話題を変えるように質問してきた。


「お前ってさ、モンスター相手にはかなりやるみたいだけど⋯⋯人間と戦ったこと、あんの?」

「ないよ」


 ピッケルが素直に応えると、指先を回る鉄球のバランスを取りつつ、フェイが今度はニヤリと笑みを浮かべながら言った。


「そっか、なら、アドバイスだ。

 人間相手は勝手が違うぜ、いろいろと、な」


 鉄球の回転速度が次第に緩やかになり、「シュルシュル⋯⋯」という音が小さくなる中──フェイが右足を上げた。


「例えばお前、お互いが『震脚』を使ったら、どうなるか知ってるか?」

「⋯⋯さぁ、知らないな」

「ふふ、どうなると思う? 知りたいか?」


 フェイの挑発的な物言いに、ピッケルも呼応するように、右足を上げる。


 シュル⋯⋯シュ。


 回転が止まり、摩擦音が鳴りやんだ。

 鉄球が指先から落下する。

 フェイがそれを掴み取った瞬間。


 摩擦音と入れ替わるように──両者が激しく地面を踏みしめる音が、平原に響いた。







───────────────






 ピッケルとの震脚の撃ち合いの瞬間、フェイは自らが勝利に一歩近づいたことを確信した。

 二人の超人の脚力が、地面に振動を走らせる。

 荒れ狂う海原のように地を走る、お互いの振動がぶつかり合った瞬間──


 ぶつかり合う波の勢いと、さらに後ろから続く波に押されるような力に耐えきれず、土壁を形成するように土砂が吹きあがった。

 石畳が敷かれた街中では起きないこの現象こそ、フェイが必勝を期し、ピッケルをこの場に誘導した理由だった。

 会話を誘導し、「知らない」と答えれば好奇心を刺激して、「知ってる」と言われれば、どちらが上かと挑発に乗せる形で、『震脚』の撃ち合いに持ちこむつもりだった。


 『震脚』の撃ち合いにならなければ、最悪、逃走も視野に入れていたが──第一段階はクリア。


 吹き上がった土砂が、ピッケルの視界から自分の姿を隠したと判断した瞬間、フェイは両手に用意した鉄球を放った。


 かなりの勢いで吹きあがる土砂とはいえ、フェイの鉄球を阻むことはできない。

 土壁を穿ちながら、鉄球が飛ぶ。

 そして、自らが放った鉄球を追うように、そのままフェイは突進した。


 突進しながら、脇の下に構えた右のこぶしに『力』を込める。

 

 襲撃にも使用し、この場に着いてからも常に見せつけることで、ピッケルに鉄球への意識を向けさせた中での、本命の一撃。




 ──四矛四盾の武術の源流は、創造と破壊を司る、四つ腕の神だと伝えられている。


 戦女神と死闘を繰り広げた神、ストルクアーレ。

 その四つの腕は、それぞれ右上手、右下手、左上手、左下手と呼ばれる。

 右下手には、全てを破壊する鎚『国砕き』を、左上手には強力な魔法を生み出す『創魔杖』を携えていた、とされる。


 だが、真に戦女神を苦しめたと伝わるのは──なにも持たない空手だった、右上手と、左下手、そして双脚より繰り出される技。


 四矛四盾が操る武術の名は、『破神掌術』と『破神脚術』を合わせた武術、『破神闘術』。

 フェイが今繰り出そうとしている技は、破神掌術の奥義。

 極めれば山を崩し、渓谷を創り出すとも言われる、破壊と創造、両面の拳。

 もちろんハーン帝国にて、武の最高峰とも称される「四矛四盾」であるとはいえ、人の身に過ぎないフェイにそこまでの威力を出すことはできないが──人ひとり殺すには、余りある力だ。


 土砂の壁を抜け、ピッケルの姿を捉える。

 放った鉄球が、狙い通りにピッケルへと迫っていた。


 顔と、腹部。


 ピッケルが鉄球を掴むにせよ、躱すにせよ、僅かとはいえ隙が生じる。

 布石の仕上げとして、その隙に、この拳を叩き込む。

 フェイは、ピッケルがどのように動くか見定めている中──予想外の事が起きた。


 ガッ!

 ドスッ!


 鉄球が、鈍い衝突音を立てた。


 飛来する鉄球に対して、ピッケルは微動だにしなかった。

 腹部と、額、その二か所に、それぞれの箇所に応じた鈍い音を立てて、鉄球が命中した。


(なんだとッ!)


 衣服によって隠された腹部はどうなったのかわからないが、ピッケルの額から、すっと一筋の血が流れた。

 竜の鱗を貫くほどの威力を込めた鉄球が命中したというのに、ピッケルが意に介す様子はない。

 額から血を流しつつも、土砂から飛び出してくるフェイから視線を外さず、ただ、待っている。

 ──読まれていた、ということだろう。


 鉄球などより、警戒すべきは──フェイ本人だと。


 技の動作に入っていたフェイは、ピッケルの意外な行動に対応できない。

 突進の速度は、今更止められない領域まで高まっている。

 技が躱されれば、今度は隙をさらすのは、己自身だ。

 技をこのまま放つべきか、それとも相手の攻撃へ対応することを優先すべきか?


 突進によって、短い、だが貴重な決断までの時が迫る中で──ピッケルが、左手を「スッ」と上げ、手のひらをこちらに向けた。


 打ってこい、と言わんばかりに。


 それは、挑発なのか。

 受け止める、と見せかけたフェイントなのか。

 

 どちらも違う、とフェイは判断した。


 ピッケルのことだ、こちらが右の拳に尋常ではない『力』を込めているのは見抜いているはず。

 にも関わらず、その場に留まり、受けようとする理由、それは──


 腹部への、鉄球。


 表情に苦しさは出していないが、おそらく鉄球の一撃によって、足を止めるほどのダメージを与えた。

 仮に別の意図があったとしても──相手がこの拳を手で受ければ、勝ちだ。

 何より、鉄球によりピッケルが流血した、この事実が攻撃を後押しした。


 傷をつけることができた、という事実。

 傷をつけることができるなら──倒せる、殺せる。


 拳を突き出しながら、叫んだ。


「喰らえッ! これがオレの⋯⋯『崩山』だッ!」


 フェイが攻撃する瞬間も、左手を構えたまま、ピッケルは動かない。 

 『力』と、突進の速度を乗せたフェイの拳が、ピッケルの左手に叩き込まれた瞬間──


 戦闘開始の合図だった、互いの『震脚』の発したそれを、遥かに凌駕した音が平原に響き渡った。


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