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過去と現在

 収穫作業もひと段落したヴォルス家で、クワトロはシャルロットとともに、やや遅めの朝食を取っていた。

 

 シャルロットは好物であるはずの剣ウサギの燻製肉を、ナイフとフォークを使って、皿の上で細かくする作業に没頭し、いつまで経っても口に運ぶ様子はなかった。

 いくら彼女が大口を開けることなく上品に食事をするといっても、そこまで細かくする必要はないだろう、とクワトロは思った。


 もちろん本当の理由はわかっている、彼女が考え事をする時の癖だ。


 ただ、心ここにあらずといった様子でも、食器とカトラリーがほとんど音を立てないのには、毎回感心してしまう。


「⋯⋯あまり食事が進んでいないようだな? 考え事か?」


 わかりきった事をあえて尋ねる。

 そうしなければ、いつまで経っても食事が終わらないからだ。

 食事を口に入れさせるには、言葉を口から出させる必要があることは過去の経験でわかっている。

 クワトロの指摘に、妻はフォークとナイフをテーブルの上に置いて、肉を細かく切り刻む作業の手をとめた。


「ピッケル、大丈夫かしら⋯⋯」


 心配そうに呟く彼女を見て、考える。

 ピッケルは昔、「剣ウサギ」を狩るつもりが「皮剥ぎ狼」に遭い、その結果ひどい傷を負った事がある。

 彼女は朝食のメニューでその時のことをを思い出したのかもしれない。

 今日、朝食の調理をしたのはクワトロだ。

 彼女の言葉に、妻は息子を送り出したばかりで寂しい思いをしているかもしれないと考え、好物である剣ウサギの肉を用意したのだが、メニューの選択をミスしたかな? と思った。


「心配いらないさ」


 努めて明るく答えながら、クワトロは自身もフォークとナイフをテーブルに置いたあと、彼女の手に触れた。

 クワトロの手に、さらに手を重ねるようにしながらシャルロットが心配事を語り始めた。


「もちろんピッケルはもう子供ではありませんし、日々の『害虫』との戦いを見ても、あの子が戦いにおいて誰かに⋯⋯ううん、どんな生物が相手でも遅れを取るとは思えません。

 でも、『四矛四盾』って、あなたでさえ逃げ出したような相手だって聞いていますから⋯⋯」


 なるほど、そのことか。


 クワトロは当時の『二盾』について思い出しながら、心配ないことを伝えることにした。

 もちろん、全てを話すつもりはないが。

 つもりがないというよりも、話す訳にはいかない、が正しいかもしれない。

 

 朝から難儀なことだ、と思いながらクワトロは話し始めた。


「逃げたといっても、別に俺の方が弱いから逃げたわけじゃない。戦えない理由があった、それだけだ。そんなに気に病む必要はない」

「そうなのですか? でも戦えない理由って⋯⋯?」

「いろいろあったんだ、いろいろと、な」


 答えながら、クワトロは二十年前の出来事に思いを馳せた。


 当時の四矛四盾で「二盾」だったのは、リーフィアという女だった。


 いい女だった。

 黒い艶やかな髪と、切れ長の目をした美女だった。

 シャルロットとどちらが美人か? と聞かれれば悩む。

 それぞれに違いがあり、それぞれに良さがある。


 それほど魅力的な女性だった。


 当時のクワトロは、いい女だと感じた相手に対しての行動は一貫していた。

 当初こそクワトロに対してお互いの立場から、警戒心を剥きだすわ、拳は振るうわで大変だったが、やがてクワトロの地道なアプローチは功を奏し、二人は恋仲となった。

 そして、しばらく共に過ごした。

 半年ほどして気が付けば、「いつ結婚するんだ?」という雰囲気になっていた。

 雰囲気だけでなく、リーフィアから何度も催促された気もするが。


 まだ身を固める気などさらさらなかったクワトロは、夜中にこっそり逃げ出した。

 リーフィアは気性の激しい女性で、クワトロが逃げたことに激怒し、結婚を迫まられながら大陸中追っかけまわされた。


 クワトロを発見するやいなやリーフィアは怒り狂って暴れるので、街に被害が出ることも珍しくなかった。

 仮に戦えば、もちろん自分が勝っただろう。

 だが、そんなことは問題ではなかった。

 自分の無責任さが招いたことであり、あたりまえだが、戦うことなんてできるわけもなく。

 

 そんな生活をさらに半年ほど続けたころ、事態は急速に解決へと向かった。

 リーフィアの興味が、他の男へと移ったのだ。

 クワトロはほっと胸を撫でおろした──ちょっと寂しい気もしたが。

 彼はこのことからピッケルに「強さなんて比べてもしょうがない」と教えている。

 我ながら情けないエピソードなので、理由までは説明しないが。


 アスナスは要点を上手くぼかしてシャルロットに話したのだろうが、余計なことしゃべりやがって、次に会ったら『堅守卿』の地位など、はく奪しなければならないだろうと思っている。


 にしても、いい女だったよなぁ。


 当時のリーフィア、その美しさを、当然だが表情には出さないようにしながらクワトロが脳裏に浮かべていると⋯⋯。


 突然シャルロットが、パッと手を引っ込めた。


「ん? どうした」

「いえ、何か、あなたの手から⋯⋯不愉快な波動が伝わって来たもので」

「ふ、不愉快な波動!?」


 じろりと睨みつけるような、呆れたような表情を浮かべるシャルロットに、クワトロは


 そうか、考えるのもダメか⋯⋯ミスったな。


 と反省しながら。


「大丈夫。俺たちの息子は、俺のような目には遭わないさ。ミネルバという頼りになる嫁もいるしな」


 不愉快な波動、とやらが消えることを願いながら、真面目な表情を浮かべるようにつとめながら言った。

 それでもしばらく、目をやや細めながら、じろっと観察するようにクワトロを見ていたシャルロットだったが、やがてプイっと視線をそらし、フォークを手にして、パクパクと肉を食べだした。


「そうね、あの子は、あなたとは全然違いますわよね! 心配する必要ありませんよね!」

「⋯⋯」


 どうやら他の女のことを考えてしまったことなど、お見通しのようだった。

 不愉快な波動、とやらは、とりあえず食欲の回復には効果があるように見える。

 夏バテに効果が期待できるかもしれないが、来年の夏に試すのはやめておこう。

 どうやら食欲回復作用は、不愉快な波動とやらの効果ではなく、その副作用である怒りが原因だと思われるからだ。

 すぐに皿を空にする勢いで、剣ウサギの肉を敵のように口に運ぶ妻を見ながら、クワトロは改めて思う。


(な、ピッケル、強さなんかで解決できないものはたくさんあるんだ。特に男と女はな)


 今、何を言ったところで、火に油を注ぐだけだろう。

 クワトロも黙って食事を再開しながら、己のうかつさからか、あるいは女性のカンとやらが招いた、この状況の解決は「時間」という万能の方法に任せることにした。

 リーフィアの時のように、半年もかからなければ良いが、と内心で苦笑いを浮かべながら⋯⋯。






_______________



 ピッケルと対峙した時。

 フェイは大声で笑い出しそうなのを堪えるのに必死だった。


「ドラゴンを投げ飛ばすなんて、簡単だろ? フェイ、君なら」


 簡単な訳ないだろ! と言いそうになるのに、最大限の忍耐力を要した。


 フェイたち四矛四盾はあたりまえだが、強い。

 その強さは、常人とは隔絶している、という自負がある。

 瞬間的な力なら、それこそドラゴンと同等の力を出すことも可能だろう。


 ハーンを小国から帝国へと押し上げた存在、それが四矛四盾。

 地を揺らし、城壁を穿ち、城を崩し、大軍を相手に数人で勝利を収める、武人集団「仙家」を代表する八傑。



 だが、四矛四盾がいくら黒竜でさえ殺すことが可能だ、といっても。

 それは例えるなら、力を持たない細身の少女が刃物の技術を駆使し、力自慢の大男を倒す方法を探し出すために、試行錯誤を重ねるのに似ている。

 力任せに投げ飛ばして、有無を言わさずねじ伏せるようなものではない。


 そもそもドラゴンがドラゴンと戦ったとしても、それは投げ飛ばして終わるような決着ではない。

 竜というのは体の構造から重心は低く、ピッケルが行ったように大根でも引っこ抜くように投げ飛ばすことなど竜同士でも不可能だろう。


 「武」とは戦いの技術であり、相手を制するための「理」。

 それを高めた存在が四矛四盾だ。


 だからこそ一年前、目の前で起きた出来事は──今なおフェイの心を捉えて離さない。


 ピッケルによる黒竜の撃退。


 それはあまりにも衝撃的だった。

 殴り、投げ飛ばし、叩きつける。

 力任せにも見えるし、何かしらの高度な技術、つまり「理」にも見えた。


 仮に技術だと予想するなら──黒竜の尾に何かしらの急所があり、そこを刺激することによって竜は反射的に重心を上げて飛び上がる行動をする。

 その力を利用しつつ、瞬間的に己の力を爆発させ、投げ飛ばす、といった方法だろう。


 しかし、そうでないのなら。

 ただの、力任せなら。

 そんなことができる者が存在するのか?


 ──心あたりは、あった。


「で、君は⋯⋯本当は何者なんだ?」


 そう問うてくるピッケルの言葉に返事しながらも。


(聞きたいのはこちらだ、ピッケル! お前は⋯⋯何者だ!?)


 逆に問いたかったが、おそらくこの男は自覚していないだろう、それは昨日のやり取りでなんとなく想像がついている。


 だが、何者であれ辺境に行かせる訳にはいかない。

 それが例え、四矛四盾が使用する武術の源流であり、四矛四盾が修行を通して目指すべき存在だとしても。

 いや、その可能性があるからこそ、こうしてここに誘い込んだのだ。


 「聖仙」とも「神人」とも呼ばれる、伝説の存在。

 目の前にいる人物は、自分の目指す到達点かもしれない。


 破壊と創造の神、ストルクアーレ。

 ストルクアーレを討ったと伝わる、戦女神ルイージャ。

 名は伝承されていない邪神。

 その誰もが隔絶した力を持っていたという、伝説の存在たち。


(さあピッケル、お前はどっちなんだ。「こちら側」なのか? それとも「あちら側」なのか?)


 もし、ピッケルが「あちら側」だとしても⋯⋯。

 勝利を諦めるつもりはないし、必要もない。

 邪神を討ったのは、人だ。

 つまり「神」は、殺せる。


 仮に、提案が却下されたとしても、最善を尽くす。

 そのためにこの場所へと呼び込んだのだ。


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[一言] > 簡単な訳ないだろ!  よかった、まとも側だった……
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