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駆除

 ピッケルは「害虫」の姿を確認したあと、その足元にいる女性を発見した。

 ミネルバだ。


「あ、ミランさん、知ってる人がいるので、ちょっと挨拶してきます!」

「お、おい!」


 制止しようとピッケルの肩を掴もうとしたミランは、あまりの速度で移動したピッケルに触れることもできずに、手は空振りした。


「え⋯⋯」


 手の置き場を無くしたミランは、手を空中に置いたまま、固まっていた。


___________ 


 ブレスによる攻撃を防がれた黒竜は、次に長い首を体に折り畳むように引きつけた。


 ミネルバはその動きから、攻撃と捕食を同時に行う、つまり噛み付き攻撃が来ると予想した。

 素早く後ろへと下がり、黒竜の首の長さよりも、やや余裕をもって外側に距離をとった。

 準備動作を終え、鎌首をもたげた黒竜は、彼女の予想通り、鞭を振るかのように首を素早く伸ばした。


「あっ⋯⋯」


 己の失態を瞬時に理解し、ミネルバは思わず呟いた。

 それは恐ろしい速度で迫ってきた。

 やや余裕があるはずなのに、眼前に迫るその顎を見て、ミネルバは走馬灯のように上位のドラゴンたちの生態を思い出していた。


 ──ドラゴンの中でも強力な種は、自由自在に首の骨の連結を外し、相手に安全な距離の目測を誤らせて捕食する事がある、と。


 それを知っていたはずなのに、それを活かせなかった事を後悔する間もなさそうだった。

 蛇に睨まれた蛙のように硬直したまま、捕食されるのをただ待ってしまっていると──


 まさに彼女の目前で、不意に、黒竜の顔が上空へと舞い上がった。

 彼女は硬直しながら、目線だけでそれを追った。黒竜の顔はそのまま天まで飛びたって行きそうな勢いだったが、顔に繋がった首がその勢いを止めた。

 彼女はしばらく空を見上げたあと、視線を水平に戻した。


 一人の男が、立っていた。


 ──それはお伽噺の英雄譚に出てくる勇者が、岩から引き抜いた伝説の剣を掲げるが如く。


 ──あるいは激しい戦いに勝利した戦士が、大声で勝ち鬨を上げるが如く。


 右腕を天に向かって突き上げた、雄々しい姿で、こう言った。


「ミネルバさん、こんにちは!」


 しかし、そう声をかけられて、よく見れば、先日、市場で騙されそうになっていた男だと気が付いた。


「⋯⋯ピッケル?」

「そうだよ! 俺も冒険者になったよ! Sクラス? って言うのかな? そういうやつ」

「そ、そう⋯⋯」


 なんて返事をすれば良いのかわからなかったので、曖昧に返した。

 そして改めてピッケルを観察すると、剣を持っているわけではなかったし、英雄が身に付けるような鎧でもなかった、というかむしろボロボロだ。

 自分のギルドの冒険者が、こんな鎧を装備していたら「【鳶鷹】の評判を貶める気?」と注意してすぐに捨てさせて、買い換えさせるほど酷い。

 そんなミネルバの視線に気がついたのか、ピッケルが説明し始めた。


「あとこれ、鎧ボロボロだけど、これはヴィンテージっていって、ベテランに勘違いしちゃう人もいるらしいんだけど、俺は新人だからね!

 一応、言っておくけど」


 そう一気にまくしたてるピッケルの言葉を聞いたミネルバは、この男は自分の忠告も聞かず、また騙されたのだと気が付いた。

 そして騙した男に心当たりがあった。


【栄光】のギルドマスター、ミラン。


 さっき助けて貰って感謝してはいるが、それとこれとは話が別だ。

 本来ならピッケルに、あの男の言うことは一切デタラメで、信用するなと教えてあげたい。

 しかし、いまはそんなことを指摘している時間はない。


「ピッケル! すぐここを離れなさい!」


 ミネルバの言葉が意外なピッケルが、疑問を口にした。


「でも、害虫退治しなきゃいけないんだよね?」

「害虫!? あなた何を言ってるの!?」


 ミネルバが叫ぶと、ピッケルは黒竜を指さして


「え、こいつだけど」


とあっさり言ったあと、姿を消した。


「え、あれ?」


 突然姿を消したピッケルをきょろきょろとミネルバが探すと、黒竜が少し浮き上がり、しっぽを両手で持ったピッケルが見えた。


「せーの」


 ピッケルは掛け声とともに、黒竜を一本背負いの要領で投げ飛ばし、背中から地面に叩き付けた。

 先ほどの着地以上の轟音が鳴り響き、土煙が巻き上がり⋯⋯

 それが消えたころ、あおむけで伸びている黒竜が姿を見せた。


「こいつを駆除するにはコツがあって、こうやって背中を地面に叩き付けると気絶するんだ」


 尋常じゃないほどぴくぴくと痙攣している黒竜を指さしながら、ミネルバの目の前に再び姿を見せて、ズレた解説をするピッケル。


 いやいや、あんなの何でも気絶するから。

 というか、ふつう死ぬから。


 ミネルバはその思いは口に出さず、ふと気が付いて疑問を口にした。


「気絶ってことは、あれ、生きてるの? とどめを刺したほうが⋯⋯」


 ミネルバの言葉に、ピッケルは首を振りながら


「こいつは賢い生き物で、自分がかなわない相手のナワバリを仲間に知らせて、仲間にも二度とそこに行かないように警告するんだよ。

 まぁ警告を聞いていないやつがまた来る可能性はあるけど、長い目で見れば殺すより逃がしたほうがいいんだ。

 父さんの受け売りだけど」

「そう、なの⋯⋯?」

「あ、そうだ! 行かなくちゃ、メロンできたら届けるね、じゃあ!」


 そういって来たときと同じように、ピッケルはミネルバの前から姿を消した。

 取り残されたミネルバは、しばらくあっけにとられていたが、やがて


「⋯⋯不思議な人ね」


 そうつぶやいて、微笑んだ。



__________





 しばらくしてブラックドラゴンは飛び去り、ミランは目の前で起きた光景にしばらく固まっていたが、はっと気が付いて走り出した。

 目的の人物を見つけ出し、報告する。

 男は各ギルドの貢献度を査定する監督官だった。


「あ、あの黒竜の顔を下から殴ったあと、尻尾を掴んで投げて、追い払ったのは、うちの冒険者ですっ!」


 監督官も目の前の光景に固まっていたが、ミランに声を掛けられたことによって、はっと気が付いたように返事をした。


「ギルド名と、あの冒険者の名前は?」

「【栄光】所属の、ピッケルです!」

「よし、ちょっと待てよ、ピッケルピッケル⋯⋯」


 男は懐から取り出した名簿を、指に唾をつけながら順番にめくりながら眺め、指でなぞりながらピッケルの名前を探し出し⋯⋯


「おお、あった、【栄光】のピッケル・ヴォルス⋯⋯ って、ヴォルスだとおっ!」


 監督官がそう叫んだ瞬間──ミランは天啓が頭の中に落ちたような気分になった。


 ああ。

 なんで俺は忘れちまってたんだ。


 クワトロ・ヴォルス。


 【栄光】に二十年前に所属していた、伝説のSクラス冒険者。

 王宮に召し抱えられたあとも数々の伝説を打ち立てた男。

 女癖が悪くて、なんと王の大事な一人娘、至上の美姫と名高かったシャルロット様を連れて駆け落ちしてしまったという⋯⋯


 俺が子供のころ、その物語を聞いて、その強さと豪快さに、冒険者にあこがれたきっかけ、クワトロ・ヴォルス。

 いつの間にかそんなことも忘れて、俺は⋯⋯。

 じゃあ何か、ピッケルってのは、あのヴォルスの息子なのか?

 あこがれの人物の息子に、俺は何をやってるんだ?



 ⋯⋯もう、人を騙すような、下らない生き方はやめよう。


 生まれ変わるんだ。


 これからでも遅くない、俺も目指すんだ、一流の、冒険者を。




 ──そんな決意をミランがしていると、目の前に突然ピッケルが現れた。


「わぁ、ピッケル!」

「害虫駆除してきましたよ」


 そう言って微笑むピッケルに、今決意したことを伝えたい、そう思いミランが口を開こうとすると。


「なので、お金ください」


 とピッケルが手を差し出した。


「へ、金?」

「え、駆除したらお金貰えるんですよね⋯⋯ って、まさか『嘘』ですか?」


 その言葉を聞いた瞬間、ミランの生存本能は総動員され、ピッケルとの会話を思い出させた。


 ──もし俺が嘘ついているなら、ゲンコツでもなんでも思いっきりやっていいからさ──


 その次に頭に浮かんだのは。


 ドラゴンを投げ飛ばす怪力+思いっきりゲンコツ=死


という、シンプルな公式だった。


 生まれ変わると決めたとたん、死んだらたまらない。

 ミランは慌ててピッケルに言い訳した。


「いやいやいやいや! 嘘じゃない、嘘じゃ!」

「じゃあください」


 ミランは後ろの監督官の方を振り向き、命乞いするかのように、叫んで言った。


「ほ、報奨金! 報奨金の支払いをお願いしますっ!」

「え、そんなこと言われても、すぐは無理だぞ」

「一部でもいいんです! お願いします!」

「うーん、なら⋯⋯」


 そういって監督官は二千ゴートを差し出した。


「本当はだめなんだけどな、まぁ一部先払いってことで。あ、サインはしてもらうぞ」

「しますします! 書きまくりますから!」

「いや、書きまくる必要はない、一か所でいい」


 ミランは慌ててサインをして、金を受け取ったあと、それをピッケルに渡した。


「うわ、こんなに、ありがとうございます。本当に冒険者って稼げるんですね」


 二千ゴートを受け取ったピッケルの様子に安心しながら、ミランが念を押して聞く。


「あ、ああ。俺は嘘なんかついてないだろ?」

「はい!」

「もうしばらくすれば、もっと貰えるぞ」


 二人のやりとりに、監督官の男が口を出した。

 ピッケルは首をふった。


「あまり時間もないし、それはミランさんに渡しておいてください。

 このお金貰えたのもミランさんのおかげなので、これで充分です」

「そうか。⋯⋯まぁ君がそれでいいならそうしよう」

「はい、それでいいです。

 あっ! 薬代の事忘れてた!

 ミランさん、それで足りますかね?」


 え、マジで。

 このクラスのクエストの報奨金なら、十万ゴートは下らないぞ。

 うん、生まれ変わるのはしばらくあとにしよう。


「ちょ、ちょっとばかし足りないかもしれないけど、気にするな! 俺とお前の仲だろ?」

「すみません、何から何まで」


 へっへっへ、ありがたく、ギルドの資金にしよう。

 先ほどの決意はどこへやら、ミランが考えていると⋯⋯


「じゃあ俺、そろそろ必要なものを買って家に帰ります」

「え?」


 突然、別れを告げて振り向いたピッケルに、ややミランが慌てながら


「お、おいピッケル、またギルドに来いよ、絶対だぞ、お前は【栄光】所属の、Sクラス冒険者なんだからな」


と声をかけた。


 こいつがいれば、没落した【栄光】を立て直せる、そんな強い確信があった。


「はい、また次の農閑期に行きます! それじゃいろいろありがとうございました!」


 そういってピッケルは駆け出し、やがて姿を消した。

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