売り物
売りに来たのはメロンではない、というミネルバの言葉に、ロイは怪訝そうな表情をしながら返事をしてきた。
「メロンではない? ならなぜメロンを儂に食わせたのだ?
美味いメロンではあったから、時間の無駄とまでは言わんが⋯⋯」
言いながらも、実際はいたずらに時間を使われた、という心の中に抱えた不満がありありと浮かぶような態度だ。
大商人にしては、感情を隠さず表に出してくるのね。
ミネルバはロイの表情を見ながら、どこか他人ごとのような感想を持った。
もっとも、ストレートに感情を表現するということは、腹芸を駆使するほどの相手と見なされて無いだけなのかもしれない。
それか、そう思わせるほどの腹芸を駆使しているか、だ。
どちらにしても、ロイがミネルバに対して見せたのは、常識的で、当然とも言える──やや抗議めいた反応だ。
当然の反応──つまり思惑通りの反応でもある。
ミネルバは内心でほくそ笑みながら、真剣な表情で理由を語り始めた。
「疑問はもっともです。
ただ、ご安心ください、無駄にお時間を頂いたわけではありません。
私どもが売りたいものを理解していただくために、欠かせない手順だったのです」
「理解のための手順?」
「左様です」
「ほう。では、今までのやり取りは本番の前準備、ということか。ずいぶん手の込んだことだな」
小娘が小賢しい真似を、とでも思っているのかも知れない。
皮肉げな笑みを浮かべ、ロイがカップを持ち上げ、口をつけようとして──すぐに卓上へと戻した。
「それでは、その売りたいものとやらを教えて貰おう。だがその前に」
ロイは自らの前に置かれたカップを指差した。
先ほど茶を飲もうとして、空になっていたことに気が付いたのだろう。
「茶が無くなったな、そちらは?」
「ありがとうございます、でも、お構いなく。
我々の分はまだありますわ」
「ふむ、では少し失礼するよ。
甘いものを食べると、どうしても喉が渇いてね」
ちょっとしたイヤミなのか、単なる事実なのか判断しづらい内容を口にして、ロイは立ち上がり、一度退出した。
バタンと扉が閉まる音が聞こえるや否や、ガンツはその音に紛れるような小声で、ミネルバに質問した。
「おい、お嬢、どういうことだ? 他に売り物なんてないだろ?」
「ふふ、そうかしら?」
「それにあの爺さん、結構イライラしてないか? 話を打ち切って『帰れ!』とか言われかねないんじゃないか?」
「大丈夫よ。あの様子だと、相手から話を打ち切る事はないわ」
心配を口にするガンツに、ミネルバは自信をもって言い切る。
「なぜそんなことが言い切れる? わからんだろう」
「わかるわ。
⋯⋯まぁその辺は後で教えてあげる」
「まあ、お嬢がそこまで言うならそうなんだろうが⋯⋯しかし、昨日の話だと『メロンの売り方を考える』ってことだったろう?」
「違うわ」
「うん、違うね」
ミネルバの言葉に同意するピッケルを、ガンツとミネルバが見る。
ガンツは怪訝そうに、ミネルバは「へぇ」と感心したように小さく声を発した。
「ガンツさん、ミネルバは『メロンを使っての、旅の資金稼ぎの方法を考える』って言ったんですよ」
「⋯⋯同じ事だろう?」
「ちょっと違うんですよ。
俺はミネルバの『売りたいもの』がなんとなくわかってきました。
ガンツさんたちも売ろうとしたし、それにフェイがこれから売ろうとしているものと、たぶん同じ種類のものですね。
確かに、農作物の取り扱いが多いこの商会なら、高く買い取って貰えるかも。
でも、それには幾つか問題が⋯⋯」
ガンツの疑問にピッケルが答えようとしていると⋯⋯。
「シッ! 戻ってきたわ」
ミネルバが制止した。
扉からノックの音が鳴り、ロイと、さきほど中座した秘書が再度入室してきた。
「待たせたな、それでは続きを聞こう。売り物は結局のところ、何なのだ?」
先をせかすように言いながら、ロイが着席してカップを持ち上げた。
まるで決まりごとのように、秘書がそこに茶を注ぐ。
老人はそのままカップに口をつけた。
マナーとしては誉められたものではないが、せっかちと自称するだけあって、茶一つ飲むのも合理的に見えた。
「はい、今から説明します、でも、その前に。
このメロン、会頭に味をお褒め頂きましたが、その理由はなんだと思いますか?」
ミネルバの問いに対して、ロイは少し考える素振りをし、答えた。
「そうだな、メロン自体の質はもちろんだが、熟し方、そして冷え具合も良かった」
「ありがとうございます。
私どもが売りたいのは、それです」
「⋯⋯よくわからんな」
「では、このメロンの味わいの秘訣を、ピッケルから解説させて頂きます」
ミネルバにいきなり話を振られ、「えっ?」とやや戸惑いの表情を見せたピッケルだったが、軽く咳払いをしたあとで説明を始めた。
「このメロンは、マスカレードメロンという品種です。
マスカレードメロンは、収穫から一週間程度で熟す他のメロンと違い、収穫から三、四日ほどで熟し、食べ頃となります。
熟すまえに冷やしてはダメです。
冷やすのは、熟したあとが良いです。
この順番は、どのメロンもあまり変わりません。
一度熟す前に冷やしてしまうと、その後冷やすのをやめて、常温で放置しても甘味が出ません。
甘味が出るまでは常温で、熟したあとで冷やす。
この順番が大事です。
冷やしてから三日程が食べ頃で、それを過ぎると低温でも腐敗が始まってしまい、食べるのに向かなくなります。
つまり収穫してから約七日間が、マスカレードメロンを食べる期限とも言えます」
「専門的に言えば、『追熟』だな。
生産者ではなく、販売という立場ではあるが、儂も農作物に携わる身だからな、それくらいは知っとるよ」
ピッケルの説明に、頷きながらロイが返答した。
そんなこと、今更習うことでもない、とでも言いたげな口調だ。
その様子を見て、旦那の説明を引き継ぐ形で、ミネルバは話し始めた。
「しかし、今日お持ちしたメロンは、収穫からそれ以上経過しています。
しかも、冷やしたあと、常温で約三日は放置されています」
「⋯⋯?
どういうことだ? メロンは確かに冷えていたが⋯⋯それに冷えてても腐敗が始まるのだ、常温なら、さらに早く食べられなくなるだろう?」
何を言っているんだ? と心の声が聞こえてきそうなロイの表情とは対象的に、ミネルバは再度笑みを浮かべた。
──そう、ピッケルの言うとおり、今回売ろうとしているもの、この気付きを与えてくれたのは、ガンツであり、フェイだ。
ガンツに聞いた辺境での出来事、そして久しぶりに出会ったフェイの姿が、今回のプランを生み出すきっかけになった。
ガンツもフェイも、奇しくも同じ物を『売りもの』にしている、またはしようとしていた。
──情報。
ガンツは冒険者として辺境で得た情報を。
フェイは、情報屋として、常にそれを商売道具としている。
そして情報とは、それをより活かせる者ほど、高く買い取ってくれる。
であれば、今回売ろうとしている情報は、ロイ商会にとって喉から手が出るほど欲する情報なはず。
だからこそ、限られた時間の中、相手の忍耐力が持つまで焦らしに焦らした。
そうすることで、『売り物』を伝えた時の反応は、焦らされた反動によって大きくなるだろう──ミネルバには、その確信があった。
その確信が間違いないことを確認するため、笑みを浮かべたまま、言葉を続ける。
「このメロン、熟し終えてから、冷やしたのは五日前。
そこからは常温で放置していた──つまり」
『売り物』を、より印象的にするため、一呼吸置いてから⋯⋯
「私どもが売りたいのは、食材を劣化させず長期保存し、なおかつ温度管理する魔法に関しての情報です」
ミネルバは今回の『売り物』をロイに告げた。




