ロイの思惑
ロイ商会の応接室は、その規模から考えれば意外なことに、テーブルとソファー以外に何も置いていない──その二つも、【栄光】に備え付けてあった物の方がよほど豪華だ──無駄が極力省かれた、シンプルなものだった。
ロイが着席を促し、お互いが席につく。
ミネルバ達三人に対し、ロイが一人対面に座った。
秘書の男はスケジュールの調整のためか、部屋の案内と茶を用意したあとで「私はこれで」と恭しく一礼し、立ち去った。
座ってみると、ソファーは長時間の商談に最適化されているかのように、変に柔らか過ぎない座り心地の良いものだし、テーブルも近くで見れば、一枚板で作られた質の良いものだと判る。
採光用の窓も大きく、日中、ということもあるが屋内であるにも関わらず、充分な明るさだ。
だが、その光を活かすような絵画が壁に掛けられる事も、部屋の隅に調度品が飾られているような事もなく、実用一辺倒の佇まい、といって良いだろう。
ミネルバはそこから、商会の信念のようなものを読み取る。
つまり、無駄遣いをせず、虚飾を廃し、実利を追求する、といったところか。
商会の信念とは、つまり、その最高責任者のロイの考え方、ということだ。
良い傾向だ。
頭が回っている、と自身の状態を冷静に俯瞰する。
交渉において、相手が何を考え方の基本としているかを知ることは重要だ。
それ次第で、その後の話の展開も変わる。
部屋の状況一つ、相手の表情一つから、感じ取れる考え方を拾い上げ、極力取りこぼさないように心掛ける必要がある。
そのために必要なのは、自制だ。
この場を、ましてや相手を制するなどと考える必要はない。
自制なき交渉とは、つまり、駄菓子をねだるために道端に転がる子供と変わらない。
それは、単に我慢比べだ。
忍耐力の勝負でしかない。
まあ、その場合でも親の立場なら、衝動的に子供に手を上げないで済むだけの自制は必要かも知れないが。
用意していたプランを、得た情報を元に頭の中で多少修正しながら、ミネルバは切り出した。
「お忙しい中、ありがとうございます。
貴重なお時間、ということで早速提案させていただきます」
余計な世間話や、挨拶は省く。
こちらの話に興味を持っていない状態なら、それらも駆使するつもりだった。
しかしミネルバの見たところ、ロイは既に「冒険者が何の話を持ってきたのだ?」と、こちらの話を聞く態勢にある、と判断した。
「うむ、話は早い方がいい。こうみえて儂は多少せっかちなのでね」
「はい。我々が今回買っていただきたいのはこちらです」
ミネルバはロイにメロンを差し出した。
ロイは面白がるように眉を上げた。
「ふむ、これが噂の『恋愛成就のメロン』か」
老人の言葉に、ミネルバは
「恋愛に効果があるかどうかは、保証致しかねますわ。私には、とても効きましたけど」
と答え、ふふふ、と笑みを浮かべた。
「その保証がないなら、ただのメロン、ということになってしまうな?」
「もちろん、ただのメロンではありません。
失礼ですがロイ様、今日は朝食は召し上がられましたか?」
「いや、まだ食べとらんよ。年のせいか、朝は食が進まなくてね」
「それは好都合です。
よろしければ、こちらを朝食代わりに召し上がって頂けませんか?」
「ああ。メロンは好物だ、頂けるというなら、喜んで頂くよ」
「ありがとうございます。ガンツ、今朝渡した包みを」
「あ、ああ」
ミネルバはガンツから受け取った包みを、テーブルの上に置き、それを広げた。
中から、メロンを切り分ける為のナイフとまな板、食べるための皿とスプーンが姿を見せた。
「では、切り分けさせて頂きます。
注意して切り分けますが、果汁がとても多いので、テーブルを汚したらごめんなさい」
「かまわんよ、掃除すれば済むことだ」
ミネルバは手際よくメロンを捌いた。
心配していたように果汁でテーブルを汚すことはなかったが、それでもまな板の上を溢れんばかりに、果汁が滴る。
甘い香りが室内に一気に充満したところで、メロンを皿に乗せ、ロイの前に置いた。
「この果汁の量、そして香り⋯⋯ここまでの物は儂も初めてお目にかかるな。
ああ、我慢ならん、早速頂くよ」
「はい、是非」
ロイがスプーンで果肉をすくい上げ、口にする。
しばらく咀嚼し、飲み込んだあとで、満足気に笑みを浮かべた。
「ふふ、これを贈られたら、女性はイチコロかも知れんな、いや、儂もだ。
これほど旨いのは、数々のメロンを食してきた儂でも初めてじゃ」
「ありがとうございます」
ミネルバもまた、満足気な笑みを浮かべた。
ここまでは、想定した通りの流れ出しだ。
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さて、こんなところか。
ロイはメロンを完食したあと、そろそろ話を切り上げようと思った。
この会談の目的は、既に終えたと判断していた。
ロイの目的──それは、ピッケルとの縁を作ることだ。
ミネルバという嫁と話しながら、ロイの注意はその横に座る男に注がれていた。
何も、ロイは興味本位でこの場をセッティングしたわけではない。
冒険者ギルド【栄光】と、それにまつわるピッケルに関する噂が、ロイにこの場を用意させた。
すなわち──ピッケルが王の孫、という噂だ。
まだ王の耳には入っていないようだが、ピッケルがクワトロとシャルロット姫の子ではないか? という噂は、耳の早いものなら何度となく聞いている。
そしてロイは、王都でも有数の商人として、集まる情報量、耳の早さは他の追随を許さない、という自負がある。
ロイもまたその話を聞いて以来、部下に裏を取らせている──まだ、確証は得られてはいないが。
そして、パーティー会場では気が付かなかったが、こうして改めて見れば、確かにピッケルには、以前面識のあるクワトロの面影を強く感じる。
仮に、目の前の青年が、二人の子ならば。
この国の王位継承権の特殊さを考えた時に現れる、一つの可能性──目の前の男が、王になるという、未来。
それはかなり薄い可能性だとしても、無視できない要素だ。
王でなくとも、この国で確固たる地位を築き上げるかもしれない。
そして何より、ピッケルの存在を王家に伝えるというカードも保持できる。
知己となるのに他に先んじることは、他の商会や有力者に対してかなりのアドバンテージだ。
ロイは、自分の商会が現在、他の商会よりも大幅に優位だと確信しているが、民間の組織など権力者の気分一つでどうなるかわからない事など、身にしみて理解している。
実際、過去には大陸全土に跨がっていた冒険者ギルドが、組織としてあまりに力を保持したが為に、各国の権力者によって解体され、現在の小規模ギルドの乱立を生んでいるのだ。
同じ事が我が身に降りかからないとは、とても断言できない。
ロイにはまだまだ野望がある。
そのための投資となるなら、メロンを買うくらい安いものだ。
そして、これは意外なことだったが、持ち込まれた話、つまり、メロンにはそれなりに価値があった。
先ほどの感想も、嘘偽りのない所感だ。
もちろん、ロイ商会の普段の商いに比べれば、取るに足らない取引だ。
本来であれば、ロイ本人が、わざわざ商談する価値は無いだろう。
だが、ご機嫌取りのためとはいえ、利益度外視で赤字になるよりはよっぽど良い。
それなりの値段を提示すれば、彼らも喜ぶだろう。
こちらが商売相手として有用だと見做せば、今後も彼らはここに自然と足を運ぶ。
このあとは、先ほどの秘書──ロイの三男だ──に、こっそり昼食の場をセッティングさせている。
そこで、ピッケルが実際にクワトロとシャルロット姫の子かどうか、話を上手く誘導し、確認するつもりだ。
人間、美味い食事や良い酒の前では、警戒心も揺らぐ。
メロンによって甘くなった口内を茶で洗い流し、ロイは告げた。
「ではそちらの希望は、このメロンの買い取り、ということでよろしいかな?」
──そんな、ロイの心境をまるで見透かしたかのように。
ピッケルの妻は、自信あり気に笑みを浮かべ、首を横に振りながらハッキリと答えた。
「いいえ。我々が買っていただきたいのは──メロンではありません」




