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ロイ商会

 ピッケルに「絶世の美女」と言われたことに対して、照れ隠しのように「こほん」と咳払いしたあと、ミネルバが続けた。


「でも、実際依頼料どころか、経費の精算もすぐにできるかわからないってことよね⋯⋯」


 ミネルバは頭の中で算盤を弾いた。

 義父に言われたのは農作物の売り上げのうち、六百ゴートを差し引いて、そこからさらに余ったお金の半分を旅の資金として良いという許可だった。


 農作物の量は前年とほとんど変わらない。


 となると、想定すべき売り上げは、昨年の実績をベースにした千ゴート。

 そこから六百ゴートを引いて折半すると、旅の資金に充てられるのは二百ゴートだ。

 当初の予定であるフラークス湖やミネルバの実家に行くだけなら、お釣りがくるだろう。


 しかし、東部に行くとなると話は変わる。


 走快リヤカーのおかげで、当初に予定していた農閑期の間という日数の予定は変わらないとしても、東部は現在物価が上昇しているとのことだし、その滞在費などは読めない。

 ミネルバの実家に滞在するなら、多少の食費を家に入れたとしても、滞在の費用は抑えられる。

 それとは違い東部に滞在するとなれば、食費も上がっているだろうし、宿などは冒険者相手に需要が増え、値上げしているだろう。

 しかも移動が早いといっても、結局到着してからどれほどの滞在日数になるかは現時点では計画できないのだ。

 それでなくとも、旅というのは予定外の出費が嵩むことも珍しくない。


 三百⋯⋯欲を言えば、五百ゴート程度の資金の余裕は欲しい。


 冒険者時代の蓄えは、結婚を機に一部を持参したのを除けば、結婚の報告とともに実家に送金済みだ。

 家出同然に飛び出したミネルバの実家へと、長い間連絡もせず、迷惑をかけたという罪滅ぼしの気持ちもあった。


 ミネルバの考えでは、義父に言われた六百ゴートはともかく、折半する分は、多少取り分を越えて旅の資金に充てても、【栄光】に経費を請求すれば穴埋め可能だと思っていたのだ。

 それがこのような状況と知り、あては大きく外れることになった。

 現状、ミネルバが十分だと想定する資金を手にするには、農作物を千六百ゴートで売る、ということになるが、あまり現実的とは思えない。


 一つの考えとして、ピッケルに一旦家に戻ってもらい、山に入ってさくっと火吹き羊でも狩ってきてもらい、売りさばくという方法もある。

 そうすれば、五百ゴートどころではない資金はあっさり手に入る。

 しかし、旅立ってすぐ家に戻る、というのも少し躊躇われる。


 この無駄にデカい建物どころか、今座ってるソファーなどを故買屋に売るにしても、豪華な家具類の換金には、それなりに時間がかかるだろう。


 ミネルバは、頭を掻きむしるような仕草とともに叫んだ。

 

「出発前に言ってくれてたら良かったのに! もー! アイツ、もう助けるのやめちゃわない? この状況も全部アイツのせいだし!」

「いや、それは勘弁してくれ⋯⋯」

「そもそもガンツ、あなたなんでミランなんかの下についてるの!?

 あなたなら、他でもやってけるでしょ?」


 ミネルバの質問に、申し訳なさうな表情浮かべつつも、ガンツはハッキリと答えた。


「お嬢、お前が知っているウチのマスターは確かに嘘つきで、金遣いも荒い。

 ロクデナシに見えると思う。

 そして、その通り、今はほとんどロクデナシだ」


 フォローするのかと思いきや、結構こき下ろしてきたが、その後ガンツはフッと笑顔を浮かべた。


「でもな、ああ見えて結構良いところもあるんだ。

 それに、なんといっても魔法使いとしては優秀だ。

 王立魔法学院史上、最高の天才と呼ばれて、王宮からスカウトされたほどなんだぜ?」

「なんかそんな噂、確かに聞いたことあるけど、それも本人が流した嘘なんじゃないの?」

「いや、それに関しては本当だ。

 かつて選ばれた者しか使えなかった魔法を、多くの人間が使えるように、と研究して魔法を普及させた、伝説の魔法使い『ニルーマ』の再来、とも言われてたんだぜ」

「へぇ~。じゃあ、相当落ちぶれたってことね⋯⋯」

「⋯⋯まぁ、そうだが。そんなしみじみ言わないでくれよ」

「言いたくもなるわよ、こんな状況」


 とはいえ、いつまでも愚痴っていてもしょうがない。

 頭を切り替えることにした。

 ミネルバは旅の資金についての現状、そして自分の考えを他の三人に話した。

 彼女の言葉を一通り聞き終えたあと⋯⋯


「ふふん、さっそく役立てそうだ」


 と、フェイが自信ありげに言った。


「良い考えでもあるの?」


 ミネルバが聞き返すと。


「へへ、これだよ、これ!」


 フェイの示す指の先には──食べ残った、メロンの皮があった。




__________




「実は今、好きな女にメロンを贈るのが流行ってるんだよ」

 

 フェイの話によると──


 黒竜撃退の英雄として、一年を経た今をもって、ピッケルは王都で話題の中心人物だ。

 噂の内容は事実、憶測含め、様々飛び交っている。

 その噂の中でも、特に(主に女性に)人気の話題が、パーティ会場での求婚だ。

 颯爽と(?)現れたピッケルが、メロンを渡してミネルバにプロポーズしたというエピソードは、公衆の面前で行われたことにより、目撃者も多く、広く伝わっている。

 その話に目を付けたある商人が、メロンを「恋愛成就の果物」として売り出した。

 結果、二人の真似をして、男性から意中の女性にメロンを贈る、というのが、ちょっとした流行になっている、ということらしい。


「世の中、何が流行るかわからないわねぇ⋯⋯」

 

 なんだか、自分がメロンに釣られた女のように思われているようで、心外ではある。

 実際メロンにちょっと釣られて(困っている人を助けたいという気持ちの方が勿論強かったが)、商人との交渉を代理する程度には大好物ではあるが、腑に落ちない心境でミネルバはフェイの話を聞いていた。


「だから、これを本人たちが作った、本物の『恋愛成就のメロン』として売れば、きっと高値がつくはず!」


 自信満々の表情でフェイが言った。


「え、イヤよそんなの」

「なんで!? 良い考えだと思ったのに!」


 自信満々だったフェイの提案を即座に却下しつつも、ミネルバは悪くない方法だ、とも思った。


 しかし、実際にメロンを直売するとなれば、幾つかのハードルがある。


 まず、市場での出店は免許制だということ。

 詳しくは知らないが、申請してその日に出店を認められる、ということは無いだろう。

 租税逃れの為に、免許を持たず出店する、いわゆる闇露店も無くはないが、万が一取り締まりに遭った場合、罰金や投獄されると考えれば割に合わない。

 自ら直売せず、代理販売を依頼したり、噂を利用して高値で卸すことにした場合も、本人たちが作ったという証明のために、卸した店で販売を手伝う必要などもあるかもしれない。


 だが「絶世の美女」などという枕詞で歌にされた身としては、人前で「そう! 私がメロンに釣られた絶世の美女です!」と主張するようにメロンを売るのは憚られる。

 メロンを買いに来た人々に「あれ? 絶世の美女はどこかな?」といった態度を取られたら⋯⋯と考えると寒気すら起きてくる。


「でも、それ自体はいい情報ね、やり方次第だけど」

「だろ!? やっぱりオレの情報は役に立つだろ!?」

「うーん、情報収集能力の高いストーカー⋯⋯対象からすれば、それは、もう恐怖しかないわねぇ」

「もうそれやめろって!」


 フェイの叫びを無視して、ピッケルに聞く。


「ピッケルはどう思う? 今の話」

「ん? 東部に行くのにお金の余裕があった方が良いんでしょ? その為にメロンを高く売るのが一番ならそれで良いんじゃないかな、でも⋯⋯」

「でも、なに?」


 少し考える素振りのあと、ピッケルは続けた。


「いや、それしか無いなら仕方ないんじゃない?」


 目立つのが嫌なのか、あまり前向きでは無さそうだが、取りあえず割り切ってくれたようだ。


「うん、じゃあ今日はもう遅いし、寝ましょうか。

 メロンを使っての旅の資金稼ぎの方法は、私が考えとくから」

「ああ、余計な苦労をかけて済まないが、頼むよ」


 ミネルバの言葉にガンツが頭を下げ、この場はお開きとなった。


 考えているうちにやがて夜は更け、旅に出て初めての宿泊場所は結局ギルド【栄光】となった。

 ミランの散財によって購入された寝台は質の良いもので、慣れない寝台だとあまり寝れないミネルバも、深く眠ることができた。

 


 




_______________




 翌日、「東に行く準備をしてくる」とフェイは一旦帰った。

 どうやら、なんとしても辺境へ同行する気のようだ。

 少々 (?)邪険には扱ってはいるが、実際のところ、フェイの情報収集能力は旅で役に立つだろうから、ミネルバは特に反対ではなかった。


 残った一行がミネルバの指示のもと向かったのは、商業区画ではあるが、どちらかと言えば高級店が立ち並ぶ場所だった。

 道は馬車が三台ほど走れるほど広く、敷かれた石畳は丁寧に加工されているため殆ど凹凸がなく、リヤカーもスムーズに走る。

 道の左右にある商店は上品な白色の石で建築され、区画に統一感を与えていた。

 その中でも特に大きな二階建ての建物──大貴族の屋敷と比較しても引けを取らないだろう──の前で


「あ、ここ。ここでストップ」


 と、ミネルバがリヤカーを引くピッケルに静止するようにと告げた。

 ピッケルは素直にリヤカーを止めたが、ガンツは驚きの表情とともに口を動かし始めた。


「おいおいお嬢、正気か?」


 建物とミネルバを見比べるように視線を動かしながらガンツが尋ねると、ミネルバは


「失礼ね、もちろん正気よ。

 ここ、【ロイ商会】が目的地よ」


 と、こともなげに告げた。


「ロイ商会? 有名なの?」


 ピッケルの言葉に、ガンツは「有名もなにも⋯⋯」と言ってから、続けて説明を始めた。


「ロイ商会の──ここは本店だが、各都市や他国にも多数の支店を構える、王国、いや、この大陸でも屈指の商会だ。

 王国での事業は、直営の商店もあるにはあるが、力を入れているのは主に卸売り業だ。

 市場の商店にならぶ品も、中には農民から直接買い取った物もあるだろうが、元を辿れば、ほとんどロイ商会経由で来ているはずだ。

 各地の大農家や荘園、租税として領主などが集めた農作物を、その資金力で大量に集積して、その下の問屋や商店に卸している」

「なるほど、お金いっぱいあるから、うちの農作物を高く買ってくれるかも、ってこと?」


 ピッケルの言葉に、ガンツは難しい顔をして首を横に振った。


「そう簡単じゃない。

 やつらは大量仕入れを駆使して、少しでも安く仕入れようとする側──言うなれば、買い叩くプロ、と言ってもいい。

 個人で卸すなら、小規模な商店や別の個人と直接やり取りした方が高くなるはずだ。

 お互い卸売り業者の中抜きが無くなるわけだからな。

 それ以前に、個人の売り込みなんて大手の問屋の多くは相手にしてくれないだろう、そんなの対応していたらキリがない」

「そうなの?」


 ガンツの説明が正しいのか確認するように、ピッケルがミネルバへと視線を向ける。

 彼女は頷いてガンツの説明を肯定した。


「まぁ大体その通りね。

 普通なら個人がロイ商会相手に、高く物を売るどころか、取引なんて無理なんじゃないかしら。

 でも我に勝算あり! ってね。

 だめでもともとだし、ゆとりある旅の資金稼ぎのためよ、さあ行きましょう!」


 ミネルバがリヤカーからメロンを一つ取り上げ、三人は中へと向かった。




__________





 ──と、意気込んで入ったものの。

 受付の女性は表情こそ穏やかだが、手強そうな雰囲気を醸し出していた。


「申し訳ございませんが、当商会は個人様からの買い取り業務は一切しておりません」



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