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有能なギルドマスター

 久しぶりに聞くジュスタンの演奏は、新曲だった。

 前奏は壮大な風景をイメージさせ、その心地よい旋律にミネルバは自然と体を揺らした。

 ピッケルはリュートの演奏を耳にするのは初めてなのか、目を輝かせ、食い入るように見ている。


「青年は~大志を胸に~憧れの~ギルドの門を叩く~」


 意外な歌い出しだった。

 先ほどの会話から、もしやこれはピッケルの事を歌った曲ではないか、と予想していたからだ。

 とは言え、騙されて冒険者になった、などとジュスタンは知らないだろうし、吟遊詩人の曲とは大衆を楽しませる為のものだ、くらいの理解はミネルバにもある。


 多少の脚色は許されるだろう。


 新曲は、新人冒険者の冒険譚の出だしに相応しい爽やかな曲調で、思わず目を閉じて耳を傾ける。


「その力、一目で見抜いた有能なギルドマスタ~」


 ん?


 多少の脚色どころか、とんでもない違和感を覚え、目を開いた。


「王都に迫る~黒い影~それは伝説の災厄~ブラックドラゴン~!

 トラゴンに襲われしは~見目麗しい~絶世の美女~。

 絶対絶命の~その瞬間! 

 青年は~絶世の美女を守るため~。

 竜の~! 前に~! 立ちはだかった~!」


 絶世の⋯⋯美女?

 誰が?

 曲はどんどん盛り上がっているが、ミネルバの気持ちは曲の進行とともに次第に盛り下がっていく。


「青年は遂に黒竜を打ちのめす~。

 彼に~! 的確な助言を~!

 与えしは~~~っ!

 有能なギルドマスタ~!」


 与えたのは、ボロボロの鎧よ? と、ミネルバは心の中で歌詞を修正した。


「青年は、メロンを持って~。

 絶世の美女に求婚し~。

 二人は遂に結ばれる~。

 メロンを持って行けと~アドバイスして~!

 二人の仲を~後押ししたのは~~~~!

 有能なギルドマスタ~!」


 歌の邪魔にならないように、静かにしておこう──などという殊勝な心掛けがあったわけではないが、無言でガンツを見る。

 目の前にいるため、隠れられるはずもないのに。

 ガンツは目をそらし、まるでミネルバの視線から隠れるようにしている。


「有能な~ギルドマスタ~!

 その名はぁぁあああ!

 ギルド【栄光】のぉおおおっ!」


 そこでジュスタンは一度演奏を区切り⋯⋯。

 目を閉じ。

 溜めに溜めたあとで。


「ミィイイ~ラァアア~ンンン~!」


 と、溜め込んだものを一気に放出するように、激しくリュートをかき鳴らしながら、声量を活かし、情感たっぷりに歌い上げた。


 ミランって言っちゃったよ!?

 ピッケルが主人公の曲でしょ!?


 パチパチパチパチ! と、大層な拍手と。

 パチ⋯⋯パチ⋯⋯とまばらな拍手の二つが鳴り響く。


 大層な拍手をしているのはピッケル、その他はほかの席の客だ。


「吟遊詩人の歌って凄いんだね! 父さんが、酒に酔ってたまに歌うのとは、全然違う!」


 旦那の感極まったような感想に、同意する気は起きなかった。

 この曲、一体なんだろう? 

 他の客の様子から、何度も演奏されていることは予想がついた。

 そして、同じく彼らがジュスタンにチップを払わないことから、それほど評判のよい曲ではないのだろう、とも思った。

 ではなぜ、そんな曲があえて演奏されているのか?

 吟遊詩人は芸術家とはいえ、客商売だ。

 人気の曲を演奏し、チップを貰うのが生業だ。

 色々と疑問が浮かんだが──天の配剤ともいえるこの状況、幸運に感謝した。

 なぜなら、疑問に答えてくれる存在は、すぐそこにいる。


「俺はそろそろ、先に出ようかな」


 とガンツが立ち上がろうとした刹那。


「ガンツ⋯⋯どういうことかしら?」


 肩を掴まれ、ガンツは観念したような顔でミネルバを見上げた。








_______________



 見覚えのある道を、見覚えのある順路で進めば、見覚えのある場所に着く、それが普通だ。

 つまり、今は普通の状況ではない。

 到着した場所にあったのは、見覚えのない建物だったからだ。


「あれ? 前と建物が違いますね」


 ピッケルの言葉どおり、本来そこには歴史を感じさせる──言葉を選ばずに言えば、おんぼろの建物が立っていたはずだ。

 しかし、おそらくつい最近、建築の専門家ではないミネルバでもはっきりとわかるが、間違いなく一年以内に建てられた建物があった。


 少し考えれば、誰でもわかることではあるが。


 貴族の屋敷とまではいかないが、それなりの豪商の屋敷なら設置されていそうな上品な鉄柵は、ここからここまでがそうだ、と厳密に敷地を主張するかのように周囲を囲み、教会を模したような建物には大きなステンドグラスがはめ込まれている。

 ステンドグラスのモチーフはどうやらドラゴンのようで、そのドラゴンは足元の人物に投げ飛ばされようとしている。

 かなりの出来映えである。

 その下に、見栄えを台無しにするような、ステンドグラスよりもそちらが主役だと主張するかのような、デカデカとした文字が書かれている。


 ──【栄光】と。


 ピッケルの疑問には答えず、ガンツは懐から鍵を取り出し、門を開けた。

 敷地の庭に当たる場所は街中にも関わらず多少の余裕、つまり、走快リヤカーを難なく停められる程度には広さがあった。


「あれ、ガンツさん、鍵は持っていないんじゃ⋯⋯?」


 ピッケルの疑問に、またもやガンツは答えない。

 ガンツは虎吼亭(ここうてい)からここまで、連行される囚人が、黙秘権を行使するかのごとく、無言だ。

 ミネルバも、そして同行の希望を申し出たフェイも、空気を読んでいるのか、無言だ。



 一行は新しくなった冒険者ギルド【栄光】の中へと入った。




_______________






「つまり、お金はない、と」

「すまん⋯⋯」


 栄光の中に入り、応接用のソファー(これもお金が掛かっているとすぐにわかる質の良さだ)に二人ずつ向かい合って腰かけ、事情聴取のような話し合いは始まった。


 ガンツの釈明──もとい、説明はこうだ。


 ピッケルによる黒竜撃退の報奨金は、古い建物の取り壊しと、この建物の建設の費用及び内装品の購入、王都にいる吟遊詩人(なんとジュスタンのほかにも計十人!)たちへ、ギルドの宣伝の詩を一年間、決まった酒場などで演奏してもらう報酬として消し飛んだ、ということらしい。

 一部貴族などが、自分や家の権威を高める為に同様の宣伝をする事があるが、冒険者やギルドが、ましては捏造スレスレ(?) の詩で宣伝するなど前代未聞だろう。


「だから栄光に泊まると言ったときに慌てたり、虎吼亭以外のお店を選ぼうとしたのね? 吟遊詩人がいない店にするために」

「すまん⋯⋯」

「有能なギルドマスタ~!」

「まあ、あなたを責めてもしょうがないけど。どうせミランが決めたんでしょ?」

「まぁそうだが、止められなかった俺にも責任はある」

「栄光の~ミィイイ~ラァアア~ンンン~!」

「ちょっとピッケル! そんなの気に入って歌わないで!」



 罪を白状する囚人のような様子のガンツとは対照的に、ピッケルはご機嫌だった。

 建物に入る前、リヤカーの中にあるマスカレードメロンを見て


「オレ、メロンって食ったことないんだよなぁ、旨いの?」


 というフェイの言葉に、ピッケルはリヤカーから一つメロンを持ってきた。

 話を始める前に用意したメロンを、人数分に切り分け、それをフェイが一口食べた瞬間


「こんなうまいもの食ったの初めてだ!」


 と絶賛したのだ。

 貪るように食べるフェイに、ピッケルが解説した。


「去年、メロンを市場に持ち込んだときに、マスカレードメロンは足が早い、って指摘されたから改善したんだ。

 まず、収穫して甘味が出るまで熟させてから冷やした上で、うちの母さんの独自魔法(オリジナル)、時間経過遅延の魔法で冷たさと鮮度を長期間維持し、腐らなくするんだ。

 消化するときに変な影響が出ないように、切り分けると時間経過遅延の魔法は解けるらしいけどね。

 だから、ウチのメロンは約半年、いつでも食べ頃! 

 これが進化したヴォルス流マスカレードメロンなんだ!」

「すげーな、メロンへのこだわり。

 それに、時間経過遅延の魔法なんて、情報屋のオレでも聞いたことねぇわ。

 この味は、確かに自慢するだけのことはあるなぁ」


 ピッケルが上機嫌で説明し、フェイがウンウンと頷きながらメロンを食べ進めた。

 二人のぎくしゃく感が無くなったのは、まぁ、進展と言っていいだろう。

 しかし、今はそれどころではない。

 ガンツに状況確認するために、さらに質問を続けた。


「だいたい何よあの詩。ピッケルが黒竜を追い返した以外でたらめじゃない!」


 ピッケルが機嫌よく口ずさんだ曲のせいで──しかも、ちょっと上手いのが余計にそうさせたのか──怒りが再燃してきた。

 するとピッケルは


「そこ以外にも正しいところはあったよ?」


 と笑顔で言った。


「えー? どこがよ⋯⋯」

「絶世の美女ってところ。ミネルバにピッタリだ」

「ええー、そんなことないわ、私、明日から街中を歩けないわ、恥ずかしくて」

「そんなことないよ」


 ピッケルはミネルバに優しく微笑みかけ、ミネルバの膝に手を添えて、強調するように言った。


「ミネルバにピッタリだ、そう思うよ」

「ピッケル⋯⋯ありがとう」


 目を潤ませ、頬を紅く染めたミネルバが、ピッケルの手に自分の手を重ねた。



 二人の様子(と、一瞬「ケッ」とでも言いたそうに浮かんだフェイの表情)を見て──

 

 グッショブだ、ピッケル。


 ミネルバは少し機嫌を回復させただろう、とガンツは内心でほっとしていた。

 実は、当初の予定では「絶世の」ではなく、単に「美女」だった。

 しかしミランが「ここは、絶世の美女にしといた方がいい」と吟遊詩人へと注文を付けた。

 ジュスタンは


「それだと少し語呂が悪くなりますよ? 曲に合わない」


 と抵抗したが、ミランは


「いや、それでも⋯⋯なんとなくそうした方が良いと、俺の勘が言っている」


 と言って、自分の考えを押し通した。

 保身に関わる勘働きに限れば、確かに有能なギルドマスターだな、とガンツは認めそうになったが、そもそも本人が蒔いた種だと思い出し、その考えを振り払った。



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