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吟遊詩人ジュスタン

 厨房へ向かうミネルバの後ろ姿をチラリと見送りつつ、テーブルに残るほかの二人を見ながら、ガンツは妙な取り合わせになったな、と感じた。


 フェイとは、彼が三年ほど前から王都で仕事を始めた頃からの付き合いだ。

 口は少し悪いが、それを上手くカバーする人懐っこさがあると思っている。

 ただ、ピッケルは表現するなら⋯⋯恋敵、とも言える存在なのだろうか?

 割り切ってるよと本人は言ってはいるが、普段見せる人懐っこさは陰を潜め、やや口の悪い部分のみ表にでてしまっているように思う。


 ではピッケルはどうか。


 ここ数日を除けば、付き合いと言える付き合いもほとんどないため、確かな事はわからない。

 が、彼の態度から考えるに、今の状況はあまり面白くないのではないか。

 自分の妻に言い寄っていた男との同席を、喜ぶ男など居ないだろう⋯⋯特殊な趣味でもなければ。

 専門家ではないので確かなことは言えないが、おそらく特殊な趣味の獲得には特殊な体験が必要で、ピッケルの住んでいる環境は特殊⋯⋯と言えるだろうが、妻が口説かれることに興奮するような特殊さでは無いだろう、と思う。


 素人の下らない考察より差し迫った問題として、ピッケルの性格上、この場を盛り上げたりするために、気を使って話題を次々と提供するようなタイプではないだろう、ということだ。

 その証拠、というわけではないが、今もミネルバを見送ったあとは、まるで同席者などいないかのごとく、マイペースに食事をしている。


 であれば、この場で何か話題を提供するのは、必然的に、自分、ということになる。


 とはいっても、軽快な会話で場を盛り上げたりするのは苦手だと自負している。

 ガンツはフェイに喋らせるために、話題を振った。


「お前、最近なんの仕事してるんだ? 情報屋なら、今は王都より東部じゃないのか?」


 質問に対して「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりの笑みを浮かべ、フェイが答えてきた。


「へへへ、ガンツさん。情報を扱うのが素人ならそう思うでしょうね。

 でもオレはプロなんで、今みたいな時こそ王都なんですよ、とは言えもう必要な情報集めは大体済ませましたけどね」

「どういうことだ?」


 問いかけに対して、フェイは少し考えている様子だったが、肩をすくめたあとで話を続けた。


「んー、まあ良いでしょう。

 さっきの話は色々面白かったんでサービスですよ?」


 ⋯⋯本人はバレていないと思っているのだろうが。


 長い付き合いのため、フェイが「サービスですよ?」と言うときは、実際は話したくてしょうがない、とガンツはわかっている。

 だが指摘するほど野暮ではないので、ただ頷く。

 

「戦争となれば、相手の事を知りたがるのは、何も王国側だけじゃないってことです、そのために色々と調べ物を、ね」


 フェイの口から出た勿体ぶった内容の話に、ガンツは翻訳者にでもなった気分で、己の翻訳が正しいかどうか聞き返す。


「⋯⋯お前、王国の情報を辺境に売る気か?」

「もちろん、値段次第ですけどね」

「そんなのバレたらヤバいんじゃないか?」

「そりゃあそうですが、実際もっとヤバいことがあります」

「なんだ?」

「辺境で、ネタを売ろうと思った相手が、聞く耳も持たずオレを拘束しようとしてきた場合ですよ」

「ああ、でもその時は知ってること話して解放させるくらい、お前なら簡単だろう?」

「いやいやガンツさん。オレたち情報屋にとっては、情報は命と変わらないですよ。

 締め上げたら簡単に情報を吐き出す奴に、大事なこと教えますか?」

「教えないな、そりゃまあそうだな」

「そういうこと。つまりそうなっちまったら情報屋として死ぬか、マジで死ぬか、ってことにもなりかねないって事です」


 今まで同じ冒険者とはいえ、情報屋とは仕事内容が畑違いのためあまり考えたことはなかったが、彼らは彼らなりに覚悟を持っている、ということだろう。

 依頼人に裏切られる、これは冒険者なら経験した者は少なくない。

 依頼料を踏み倒されたり、中には「困っている貧乏人から金を巻き上げるのか!」と開き直る者までいる──そういった人物の評判はすぐに冒険者間で共有され、二度と冒険者を雇えず、結局困るのは本人、となることも多いが。


 もちろん冒険者の仕事は命懸けだ。

 依頼内容に不備があり、本来なら簡単だと思った依頼が思わぬ高難易度だ、ということも多い。

 だからといって、依頼人自体が生死を分ける事などほとんどない。

 情報屋にはもう一段上の、人の見極めが必要だ、ということだろう。

 自分の立場が伝わったと感じたのか、フェイがさらに言葉を続けた。

 

「そこで、お願いがあります」

「なんだ?」

「オレも一緒に辺境に連れて行ってくれませんか? 自分で言うのも何ですが、結構役に立つと思いますよ?」


 戦争が起きそうな情勢を踏まえ、一人では危険だと思い、身の安全を考えての選択なのだろう。

 四矛四盾(シムシジュン)とは関わらない、と本人が言う以上、ミラン救出まではともかく、少なくとも道中は一人より複数の方が安心だ、と判断しているのだろう。


 ただ、複数、つまりパーティーで行動するなら役割が必要だ。


 情報屋としての付き合いはあるが、ミランもガンツも遺跡探索は専門外のため、冒険者としてフェイと同行したことはない。

 冒険者が集団行動をする場合、お互いのサポートをするからこそパーティを組む。

 冒険者として同行を申し出る以上、本人が請け負う役割と、その役割に対しての責任を負わなければならない。

 それがなければ、単なる護衛対象だ。

 護衛なら、当たり前だが依頼料を払う必要がある──ピッケル夫婦に、ろくな報酬も約束せずに同行をお願いしている身としては、あまり言えたことではないが。


 自身のことはひとまず棚上げにして、フェイに聞く。


「役に立つって、例えばなんだ?」

「そりゃオレの場合、情報提供ですよ。

 最近の主な情報収集は王都でしたが、辺境の事も耳に入ってます。

 ⋯⋯それによると、ガンツさんが会った二矛以外にも、厄介な奴がいます」

「誰だ?」

「おっと、この先は辺境までオレを同行させてもらうって約束してからですよ。

 それ以外にも同行する限りは、できる限りの情報提供は怠らないですよ?」


 フェイはピッケルをちらっと見た。


「ま、当然ですが荒事に関しては、お嬢の旦那に任せますよ。

 そっちに自信があれば、一人でも良いんですけどねぇ」


 フェイは自嘲するような笑みを浮かべ、肩を竦めて続けた。


「戦争真っ只中を行くとしても、ドラゴンを投げ飛ばせるような奴と一緒なら道中も、辺境に着いてからも安心ってことです」

 

 フェイの言葉に、ピッケルは意外そうな表情を浮かべた。


「ドラゴンを投げ飛ばすくらい、簡単でしょう?」

「いや、簡単じゃないどころか、普通はできん」


 ピッケルの非常識な発言を、すぐにガンツは否定した。

 

「何の話してるの?」


 虎吼亭(ここうてい)の主人に頼まれた最後の手伝いなのだろう、ミネルバは持ってきた料理をテーブルに置き、そのまま再び席に座った。


「今? ドラゴンの話⋯⋯かな?」


 戻ってきた妻にピッケルが答えるが、フェイが否定した。


「いや、そうじゃなくて、オレを辺境まで同行させてくれないかってお願いを、ね」

「え? ついて来るの? ⋯⋯ストーカー?」

「違う! もう諦めたって!」

「あ、ジュスタンさんいらっしゃーい!」


 ミネルバとフェイの馬鹿話を遮るように、イリアの声が店内に響く。

 聞こえてきた名前に、思わずビクッと反応して、ガンツは入り口を見た。

 来店した人物が、イリアが呼んだ通り、吟遊詩人のジュスタンだと確認して──


 こうなると思ったから、虎吼亭は避けたかったんだ⋯⋯どうやって切り抜けようか⋯⋯。


 ガンツは心の中で思案していた。

 


__________



 イリアの口から、良く知る人物の来訪が伝わり、ミネルバの視線は店の入り口へと向けられた。

 変わらない姿、懐かしい顔を見かけ、席を立ち上がり再会の挨拶をする。


「ジュスタンさん、ご無沙汰!」


 ジュスタンがこちらへ顔を向け、少し驚いた表情のあと、その整った顔に笑みを浮かべて挨拶を返した。


「おお、ミネルバ嬢! ご無沙汰しております!」


 吟遊詩人のジュスタンは、王都の有名人だ。

 その人気は「歌姫」の二つ名を持つ女性吟遊詩人、エールニアには及ばないが、その歌声やリュートの演奏技術は実力派として高い評価を得ている。

 多数の貴族や有力商人が、お抱えの吟遊詩人とするべく彼をスカウトしたが──


「籠の中で歌う鳥もまた良いものですが、私は森のざわめきの一部として鳴く小鳥にこそ、親近感を感じるのです」


 と言って断っているとのうわさだ。

 虎吼亭の主人とは昔からの馴染みで、その活動のほとんどはここで行われている。

 ジュスタンはミネルバに挨拶を返したのち、同席している男を見て、驚いたように声を上げた。


「っと、ガンツ殿まで! 最近は街で姿をお見かけすることもなく、心配しておりました。

 わざわざ確認しに来て頂かなくても、ミラン殿との契約は毎晩キチンと履行しておりますよ?」 

「いや、そういうわけじゃ⋯⋯」

「おお、もしやそちらの御仁はミネルバ嬢のご主人では!?」

「はい、ミネルバの夫のピッケルです」

「なんと! はじめまして! 黒竜撃退の英雄にお目にかかれるとは光栄です。

 それにこれは好都合! 早速、例の詩を演奏しましょう。

 今日はご本人たちも居らっしゃるとなれば、いつも以上に気合いを入れ、演奏するとしましょう!」

「いや、今日は無理に⋯⋯」


 ガンツの声は半ば聞き流され──ジュスタンは演奏用の席に座ると、リュートを奏で、歌い始めた。



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