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決断

 ガンツによる辺境での出来事を聞き終えたあと、まずクワトロが発言した。


「それで、そのあと王都へと戻り、アスナスに聞いてここに来たってことか」

「はい。しかしまさかこんなところとは⋯⋯

 住んでいるのがデスマウンテンの麓と聞いて、農閑期に入っていることからも、ピッケル君を王都で待とうかとも思ったのですが⋯⋯

 一刻を争う事態ですし、必ずギルドに顔を見せに来るという確証もなかったので⋯⋯」


 クワトロの言葉を肯定しながら、ガンツが返答する。

 その後、少し沈黙が流れたあと、クワトロが再び口を開いた。


「おそらくそいつは【四矛四盾】の一人だろうな、紺の衣なら矛だな」

「シムシジュン? なにそれ」

「ハーン帝国の最高戦力の八人で、皇帝の懐刀と言われている。

 帝国において聖なる数とされる八を、忌み数である四の二つで構成したとかなんとか。

 ⋯⋯ここからは俺の予想になるが」

 

 前置きをして、クワトロがさらに言葉を続ける。


「おそらく今回の戦争、辺境を超えてさらに東、大陸東部を支配するハーン帝国が一枚噛んでいる。

 おそらく識王となにかしら利害が一致したんだろう。

 黒竜に襲わせた、という発言からも、王国の弱体化を狙って行動していることがわかるしな。

 俺が【栄光】でまだ冒険者をやってたころ、依頼で帝国に行くことがあってな。

 そこで【ある物】を当時の四矛四盾と奪い合うことがあったんだ。

 それで結構やり合ってな、奴らはなかなかの強さだ。

 あいつらが一人でも参戦するなら、識王も勝機と思うだろうな、特に【二盾】以上の強さの奴が来てるならな」

「二盾?」

「ああ、四矛四盾はそれぞれ一矛や一盾といった肩書があるんだが、基本は与えられた数字が小さい者ほど強く、同数字なら矛が強いと言われている。

 あくまでも基本的には、だがな。

 最弱の四盾でも、若い黒竜ぐらいならあっさり倒すくらいの力は持っているだろうな」

「強いとは思いましたが、奴はそれほどの強さだったんですか⋯⋯」


 クワトロの説明に、ガンツが驚きを示した。

 そこまでの話を聞いて、シャルロットが何かを思い出したように発言した。


「確かあなた、当時の【二盾】から狙われて、逃げ回ってたんですよね? アスナス様に聞きましたよ。

 あなたが逃げるなんて、そんなに強かったんですか?」

「⋯⋯あの野郎、余計な事を。

 まぁ、強かったな、それはとりあえず置いといて⋯⋯」

「あら、ごまかすの? 別に負けたっていいじゃない、あなただって無敵ってわけじゃ無いでしょうし」

「俺は負けたことなんかない!」

「逃げたのに?」

「逃げるのは負けじゃないからな。

 ⋯⋯で、ピッケル、お前はどうするんだ?」


 クワトロの問いに答えたのは、ピッケルではなくミネルバだった。


「私は反対よ。

 お義父様が逃げるような相手なんでしょ? 

 何を企んでピッケルを呼んだのか知らないけど、危険だわ」

「⋯⋯ミネルバ、心配はわかるが、俺はピッケルに聞いたんだ」

「はい、差し出がましいのは重々承知しています。

 でも、その【四矛四盾】ってのは別にしても、ミランはピッケルを騙した男なんです。

 ガンツの話が本当なら、今回はピッケルを庇ったようですが⋯⋯

 少し改心したからといって、危険な存在を相手にすることになるのがわかっているのに、助けに行くというのは妻として容認できません」


 ミネルバは睨みつけるような目でガンツを見つつも、声を抑えて冷たい声色で話し始めた。


「あなたたち、ピッケルから大事な農作物の売り上げを騙し取ったらしいじゃない。

 Sクラス冒険者に登録料が必要だとか言って。

 その話を聞いてすぐ、私はピッケルに、それは嘘だって教えたの。

 でも彼は優しいから、お金は増えて返ってきたから気にすることない、って言ってたけど⋯⋯」


 ミネルバはそこまで話し、感情を抑えるのに限界が来たのか、声を荒げた。


「私は許せないわ!

 だってピッケルや、お義父様、お義母さまが、どれだけ一生懸命、愛情を注いで、作物を育ててるのか、あなたたちにわかる!?

 その、大事なもの、一年間の成果を、あなた達は泥棒のように横から取り上げたのよ!

 ピッケルがなんて言おうが、私は、あなたたちを許せない!」


 言っているうちに、ミネルバ自身の過去、大事に育てた野菜を捨てられたというトラウマが戻ってくるような気がして⋯⋯

 声が震えてくる。

 涙が溢れそうになる。


 そんな怒りに震えるミネルバを見てガンツは⋯⋯


「それについては、本当に、悪かった」


 自分がその時ミランを止めなかったということ、同罪だということを改めて認識する。

 そう、本来ならピッケルに顔向けなんてできない。

 今お願いしていることは、とても虫のいい話だ、でも⋯⋯


「でも、お嬢、そこを何とかお願いできないだろうか、俺も、マスターも、それについてはきちんと償う! 牢にぶち込まれたっていい!

 それに、あんただって一度、マスターの呪文で黒竜のブレスから助けて貰ってるだろ? だから⋯⋯」


 何とかして、情に訴えてでも。

 そんなガンツの、必死の表情を浮かべながらの訴え。

 しかし声を荒げたことで少し落ち着いたのか、再び、冷たい表情と言葉で遮るように、ミネルバは話し始めた。


「あと、あなたにいちいち事情は説明しないけど、私とピッケルは今回の農閑期の間に、フラークス湖に行かないといけないの。

 知ってのとおり、辺境とは東と西で真逆よ。

 辺境なんて行ってたら、どれだけ急いでも今年の農閑期の終わりに間に合わないの。

 確かに、ミランには黒竜の件では借りがあるかもしれない。

 でも、私たち夫婦のこれからを考えたら、譲れない、大事なことなの。

 悪いけどあなたたちとはとても釣り合わない⋯⋯」

「ミネルバ!」


 その時、怒り任せに次々と口をついて出てくるミネルバの言葉を遮るように、クワトロが大きな声を出した。

 その声量に、ミネルバがビクッと震える。

 クワトロは目を閉じ、ふーっと息を吐いたあとで、話し始めた。


「⋯⋯大声を出してすまない、ミネルバ。

 そして、俺やシャルロット、ピッケルに対して、今言ってくれたお前の気持ちは本当にありがたい、ピッケルは最高の嫁を連れてきた、心からそう思ったよ。

 ⋯⋯でもな、さっきも言ったように、俺はピッケルに聞いたんだ。

 なぜならこの男は、俺でも、お前でもなく、ピッケルに頼んでるんだ。

 なら、どう答え、どうするかはピッケルが決めることなんだ。

 意見を言うのは、いい。

 でも、決めるのは、ピッケルだ」


 そう言ってからクワトロは息子の顔をじっと見つめた。


「今日、お前ら夫婦が子を得るためには、これからどうしなければいけないか、は既に伝えた。

 そして今、この男からの話を聞いた。

 その上でピッケル、お前はどう思う? どうしたい?」


 その言葉に、全員の視線がピッケルへと集まる。

 その中でも、特にすがるような眼でこちらを見てくるミネルバの視線を感じながらも⋯⋯


 ピッケルは自分の考えを口にし始めた。


「⋯⋯俺、そのヤンとかいう奴の所に行くよ。

 それがミランさんを助けることになるんだったらね」


 その言葉に最初に反応したのは、やはりミネルバだった。


「どうして!? 前も言ったけど、ミランはあなたを騙したのよ!?」

「ミネルバはこう言ってますが、実際どうなんですか? ガンツさん」


 ミネルバの言葉を疑っているわけではない。

 だが、行き違いがないか確認するため、ピッケルがガンツに問いかけた。

 質問を受けて、うつむきながらガンツは答えた。


「⋯⋯それに関しては本当だ、すまない。

 今回の依頼も、都合のいい願いだということは重々承知している、だが⋯⋯!」

「正直に言ってくれてありがとうございます、俺、行きます」


 その言葉に、夫の考えを問いただすように、ミネルバは強い口調で再度質問した。


「なぜ!? ピッケルわかってるの? 

 そっちを優先したら、今回の農閑期にフラークス湖には行けないのよ!?

 せめて、私との子供のことを先延ばしにしてまで、そっちを優先する理由を教えて!

 そんなにミランのことが大事なの!?」

「違う、確かにミランさんを助けたいとは思う。

 でも、俺が行くと決めた一番の理由は、ガンツさんだ」


 予期せぬタイミングで突然名前を出され、ガンツは思わず「え?」と声を出した。


「ますますわからないわ。なんでガンツなの!?」


 妻の言葉に、ピッケルは諭すような口調で語り始めた。


「⋯⋯ミネルバは教えてくれたよね、ここは普通の人が住める場所じゃないって」

「⋯⋯ええ。実際、確かにそうよ、ここはそういう場所よ」


 ピッケルの言葉の真意を掴み切れないまま、ミネルバが肯定する。

 その言葉を受けて、ピッケルはさらに話を続けた。


「普通の人なら、ここに来るだけでも命を賭けないといけない、本来ならそれほど危険な場所だって。

 でも、ガンツさんはここに来た。

 命がけで、ここに来たんだ。

 自分の命を賭けてまで、ミランさんを救いたい、その気持ちがそうさせたんだ。

 俺は人と関わることがあまりなかったから、人の気持ち、本心を考えるのが苦手かもしれない、何度も間違い、もしかしたらこれからも何度も騙されるのかもしれない。

 でも、今回ガンツさんがここに来ると決意したこと、そして実際にそれを行動に移したこと。

 それはきっと簡単にできることじゃない、それくらいは俺にだってわかる。

 俺は、それに応えたい。

 そういった人の気持ち、『誰かを助けたい』、そんな気持ちをわかってあげて、それに応えられる男になりたい。

 ⋯⋯そしてミネルバと俺の間に、この先、子供を授かったら

『困ってる人は助けてあげなさい』

 そう言える、そしてそれを実際に手本として見せられる、そんな父親、そんな男になりたいんだ」


 ピッケルの今の想いを込めた、その言葉に反応したのはガンツだった。


「ピッケル⋯⋯」


 ただ名前をつぶやいただけだが、そこにはガンツの心情が詰まっていた。

 自分の気持ち、覚悟。

 それを受け入れてくれたピッケルの言葉に、ガンツは体を震わせ、そういうのがやっとだった。

 

 ──そして、同じようにピッケルの言葉を聞いて。

 ミネルバはピッケルの言葉すべてに納得したわけではなかった。

 いくつもの反論が、頭に浮かぶ。

 

 ⋯⋯でも。


 ピッケルの瞳が、あの時と同じだったから。

 ミネルバに「嫁さんになってくれ」そう言った時と同じ、決めたらそうする、それが伝わる目だったから。

 ピッケルは決めた事は曲げないだろう、と思った。

 

 ⋯⋯それにピッケルは、きっと、これから先多くの人を救うのだ。

 人を、救う運命にある人なのだ、とも思った。

 ピッケルにそんなつもりは無くても、彼の強さや優しさは自然と周囲を救う。

 それは何よりも、誰よりも、偶然とはいえ彼に救われた自分が理解している。


 上昇志向に囚われ、その為に自らのことすら粗末に扱おうとした。

 それが彼の告白に救われて、過去の呪縛から解き放たれ、今ここにいる、その事を常に自覚している。

 だからこそ、二人の今後のことより、他人事を優先する旦那に、多少の不満を感じながらも⋯⋯


 そうよピッケル! そう来なくっちゃ!


 どこかで、そう思ってしまってる自分がいる。


 騙されたとか何とか、細かい事を気にせずに、人の想いに応えて人を救いたいと言う、器の大きい、そんなお人好しな旦那を、格好いいと思ってしまっている。


 ──だからこそ彼女は、白竜を嘘つきだと思った。


 こんなの全然【選択】じゃない。


 ピッケルならどうするか、そんなのガンツがピッケルに助けを求めた時点でミネルバだって気が付いていた。

 それでも、無駄だと思いながらも与えられた【選択】に抵抗したのだ。

 無駄だとわかっていても、自分の気持ちを抑えらなかった。

 しかしこれ以上、抵抗する気持ちは無くなっていた。


 お人好しの旦那。

 きっとこれからも、彼は変わらないだろう。

 もっと言えば、そこは変わって欲しくない。


 ならせめて、彼に助けて貰うばかりではなく、私が側で彼をフォローしよう、改めてそう思った。

 

「⋯⋯いいわ、フラークス湖に行くのは来年にしましょう。

 それまでいてくれたらいいけどね、ブルードラゴンが。

 あと、当然私も着いていくわよ、とんだ新婚旅行になりそうだけど、東部は私も行ったことないからそれで我慢するわ」

「うん、ごめんねミネルバ⋯⋯」

「いいの。謝る必要なんてないのよ、あなたが決めたなら従うわ。

 そして決めた事にこの後ゴチャゴチャ言わない、あなたに嫌われたくないもの」


 その言葉のあと、しばらく全員が沈黙した。

 それを気まずく思ったのか、ピッケルが明るい声で


「ミネルバを嫌うなんて、仮にゴチャゴチャ言われても有り得ないけどね。

 それにミランさんが嘘ついていたってわかったし、ゲンコツしにいかないとね!

 ミランさん、俺を冒険者に誘ったとき『嘘ついてたら思いっきりゲンコツしていい』って言ってたし、ね!」


と、拳を握りながら言った。


「⋯⋯手加減してやってくれよ?」


 ピッケルに願いが承諾され、それまでずっと気が張っていたガンツは、その言葉に初めて表情を緩めた。


「いーえ、せめてそれくらいはやって貰わないと、私がスッキリしないわ! ピッケル手加減なしよ!」

「ああ、そうだね!」


 まだ完全には納得していないだろうが、それでもすこし吹っ切った様子のミネルバに、ピッケルが調子を合わせる。


 夫婦の事情は深くわからないが、それでも、きっとかなり大事なことだろう。

 それでも同行を請け負ってくれた上に、おどけた態度を見せて自分に気を使ってくれる二人に、ガンツは深く感謝していた。


 ──そんな三人のやり取りを観察しながら、クワトロは息子の成長を感じ、誇らしく眺めながらも


 いい答えだった。

 でもなピッケル、それじゃあつまらない、やっぱり手に入れられるものは、手にしようとしないとな、もっと欲張りになれ、俺の息子なら、な。


と考えていた。


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