表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/78

【選択】

 今後の予定が決まった。

 まず、王都へ向かい、農作物を卸す。

 次にその足で、ブルードラゴンのもとへと夫婦で向かい、祈りをささげる。

 その肝心なブルードラゴンの居場所については、おそらく裏山に住まう白竜ホワイトドラゴンの「ハク」が知っているだろう、そうクワトロにアドバイスを貰った二人は、ハクを呼び出した。



__________


「なんだピッケル、我を気安く呼び出すではない」


 ピッケルの呼びかけに応じて裏庭に現れた白竜は、いきなり呼び出されたことへの不満を口にした。

 しかしピッケルは意に介さず、返事をする。

 彼は長い付き合いから、このドラゴンが素直でないことを知っていた。


「そう言うなって、ハク。友達だろ?」

「ふん、まぁ親友と呼んでも差し支えのない間柄ではあるが、それとこれとは話が別だ」

「気安く呼び出せない親友ってなんだよ」

「それが、誇り高き白竜だ。

 例え親友でも、呼べば来る、そんなちょっと便利な存在だと思われるのは心外だ」


 ⋯⋯いつも大体、呼べば来ちゃってんじゃん。

 ミネルバは心の中でこっそり思った。


 

 旦那はこのドラゴンが相手になると、普段とは少し違って軽快な語り口を見せるので、彼女はこのドラゴンがちょっと羨ましかった。

 仲良さげなやり取りをしている両者を眺めながら、ミネルバはこの一年で何度も見かけたこの竜の事を今一度、心の中で整理する。


 白竜。

 竜の帝王。

 何千年もの間、この世界を観察している、本人いわく世界の管理者。

 そして、その言葉にふさわしい威容をたたえた存在。

 ヴォルス家の守り神ともいえる存在だが、「益虫」と、虫扱い。

 あとなぜか冗談好き。


 そんなよくわからない情報を頭に思い浮かべていると、ピッケルが本題を話し始めた。


「いや、そろそろ俺たち夫婦も子供を作ろうと思ってさ。

 そうするにはブルードラゴンに会わなくっちゃいけないらしいからさ、今どこにいるのか教えてもらおうと思って」

「⋯⋯ふむ、いいだろう、少し待て」


 そう返事をしてハクは目を閉じ、しばらく黙る。

 その様子を、同じく二人も黙って見つめていると、ハクはゆっくりと目を開いてから再び話を始めた。


「奴は今、人間どもがフラークスと呼ぶ湖にいる。

 お前らが王都と呼ぶ街から、遥か西だ」


 ハクの言葉に、ミネルバが声を上げた。


「フラークス湖! 懐かしいわ、私の実家から三日ほどのところよ!

 あんなところにブルードラゴンがいるなんて。

 地元に住んでいる頃は、聞いたことなかったわ」


 ミネルバの驚きに、ハクは得意の冗談なのか


「奴は恥ずかしがり屋だからな、めったに人前には姿を見せん。

 まぁ、力ある竜は大体そうだが」


 と説明した。


 あ、そういう理由なの?

 威厳を保つため、とかじゃなく?

 それともまた、冗談なのかしらこれも。

 いまいちわかりにくいのよね。


 などとミネルバが考えていると、ピッケルが今後のことを提案してきた。


「じゃあ、王都で市場に寄って収穫した物を卸してから、ミネルバの実家に向かおう。

 結婚の挨拶もしないといけないし、ちょうどいいね」

「そうね、私こんな素敵な旦那様と一緒になったんだ、って両親に自慢しないと!」

「俺なんて、ミネルバには釣り合わない男だよ」

「そんなことないわ!」


 突然二人の世界を形成し始めた夫婦の、愛の天地創造を邪魔するかのように、ハクは


「⋯⋯しかし」


 と告げた。

 ハクらしくない、少し躊躇いを感じるその言い方に、ピッケルは先が気になって聞いた。



「何?」

「我の見たところ、お前たちが今後どうするのか、という【選択】が提示される」

「選択?」

「ああ、そうだ。その選択次第では、子を為すのはしばらく先となる」

「えー。やめてよ、ハクの予言っぽいの結構当たるから、そんなこと言わないでよ」

「仕方あるまい、我がこの世界で何かを探そうとすると、それにまつわる事柄の、ある程度の因果が見えてしまうのだから。

 とは言え、お前やクワトロにとっては私の見える因果など、些細なこと。

 そうならない可能性は十分に存在する」


 白竜から与えられた、突然の予言。


 ──【選択】とはなんだろう。


 ミネルバが気にしていると、ハクは彼女の方を向いて、珍しく話しかけてきた。


「ピッケルの妻よ、これを渡しておこう」


 そう言ってハクはその巨大な腕を、自身の口元へと持ち上げ、そのあとで首をミネルバへと伸ばした。

 彼女が白竜の口の先端を見ると、腕から剥がしたと思われる、ミネルバの手のひらほどの大きさの、他の部位に比べるとやや小さい鱗を咥えていた。

 ミネルバは鱗を受け取りながら、聞く。


「あの、これは⋯⋯」

「それはお前の身を護るお守りでもあり、取り立ての証文だ」

「証文?」

「これ以上は詳しく話せないが、お前たちの選択次第によっては、お前たちにとっても、我にとっても利を生むこととなる。

 できれば持ち歩いて欲しい」

「⋯⋯? わかりました。

 それが偉大なる白竜、竜の帝王の願いなら、旅では肌身離さず持ち歩きます。

 ブルードラゴンの居場所をご教示頂いたお礼には、及ばないかもしれませんが」

「うむ、よい心がけだ」


 二人が話のやり取りをしていると、ふと気になったのかピッケルがハクへと、脈絡のない質問をした。


「ねぇ、ハクは子供作らないの? 交尾したことある?」

 

 せっかくの雰囲気ぶち壊しの天然を発揮した旦那の言葉に、ミネルバは


 このタイミングでなにを聞いているのかしら? ピッケル。

 そう思って注意しようとすると⋯⋯


「ノーコメントである」


 ハクがかなり早めに答えた。

 その答えに、ミネルバが

 

 えっ? 何千年も生きてるドラゴンなんでしょ?

 あれ、えっ?


 と、表には出さないようにしながらも、内心で戸惑いを感じていると、ピッケルはさらに食い下がって聞いていた。


「ええ? いいじゃん、教えて⋯⋯」

「ノーコメントである」


 発言を被せながら、かなり頑なな白竜の態度に、ミネルバは


 あ、これ、あれよね!

 得意のあれ。

 ドラゴニックジョークよね!


 と、思った。

 しかし、その後もしつこく質問するピッケルに、ノーコメントを貫くハクを見てミネルバは。




 まさか竜の帝王が、童の貞王だなんて⋯⋯



 そんなくだらないことを考えてしまった。

 彼女は、今日一日の話の流れに、少し自分の思考が毒されているな、などと思って反省した。


__________



「うるさい! だからノーコメントである!」


 そう叫んで白竜が話を打ち切って飛び去ったあと、ピッケルとミネルバは母屋に戻り、クワトロに今後の事を相談した。


「結構遠いな、ピッケル一人ならともかく、ミネルバも一緒の必要があるから、往復で二か月ってとこか。

 まぁ、せっかくの帰省だし、もっとゆっくり色々見ながら旅してきてもいいぞ。

 冬の準備も、なんなら春からのこともこっちでやっとくから。」

「ありがとう、でも、そう言えば肥料や土壌浄化草の種は?

 いつも王都で仕入れしてるでしょ?」

「ああ、それなら問題ない、ちょっと考えがあってな」


 二人の報告を聞いて、クワトロから頼もしい提案をされる。

 その後もクワトロは、市場での収穫物の卸の値段は最低六百ゴート、それを上回った分のさらに半分は、ピッケル夫婦の旅の資金としていいぞ、と言った。

 ミネルバにしてみれば、その設定金額はかなり甘くしてもらったと感じるラインだ。


「ありがとうございます、両親にそれなりの王都土産を用意できそうです」


 ミネルバは義父の優しさに頭を下げつつも⋯⋯


 ほんと、あのちょいちょい人をからかう感じがなければ、最高の舅なんだけどなぁ。


 と思った。






 明日は一日を旅支度に当て、明後日には出発しようと家族で話したあと、ピッケル夫婦は隣接した自宅へと戻った。

 もどったあとで、日課のマッサージを済ませたあと、普段ならすぐに眠る二人は、旅に出ることに興奮を感じているからか、いつも以上に会話をしていた。


「なんだか、長い一日だったわ。

 でも、色々知れてよかった。」


ミネルバの言葉に、ピッケルはうなずいて同意した。


「ミネルバの実家かぁ、楽しみだな」

「え、いつも言ってるけど本当に大した家じゃないからね?

 村も、人はここよりそりゃあいるけど、本当に田舎よ」

「いや、俺が育った場所は見てもらったから、次は君がどんなところで育ったか見てみたいんだ。

 それに、こういうのって、新婚旅行って言うんだろ?

 なんか、ちゃんとそういうことできるのっていいな、と思って」

「⋯⋯そうね、楽しみだわ」


 たしかに、新婚旅行なんて、一部の貴族が行う以外、庶民がおいそれと行うものではない。

 日々の暮らしに追われ、それを全うするのに、大抵は精一杯だからだ。

 そう考えれば、ここでの暮らしはゆとりがある。

 とは言っても、常人が生きていける環境ではないが。


 改めて今の暮らしを、そして今回予定している旅を、ピッケルと義両親がミネルバに与えてくれること、そしてそれが彼女に向けられた惜しみない愛情、気持ちを表しているようで──


 そのことに感謝したい、そして私もそれに応えたい。


 ミネルバがそう思っていると──


 そんな彼女の決意を邪魔するかのように

 

 ドンドンドン! 


 と、ドアを激しくノックする音が響いた。

 その音にピッケルは


「父さんかな? まさか、【害虫】か?」

「珍しいわね、あまり夜に呼び出したりされたことないけど⋯⋯」


 疑問に思う二人をよそに、その後も成り続けるノックの音に、二人で入り口へと向かい、ドアを開けると⋯⋯


 一人の人物が、飛び込むように家に転がりこんできた。

 男は何かに追われていたかのように、家に入ると慌ててドアを閉め、座り込んだ。


 ピッケルはすぐに、その人物を観察する。

 かなり疲労しているらしく、はあはあと肩で息をしている。

 身に着けているものもかなり汚れていることから、長い距離を経て、ここにたどり着いたのだろう。

 そして、その人物には見覚えがあった。


「⋯⋯ガンツさん? お久しぶりですが、どうしたんですか?」


 王都にある冒険者ギルド【栄光】で、ミランの横に常に立っていた男を見て、ピッケルは問いかけた。

 ガンツは、ピッケルを見て


「ピ、ピッケル、本当に、こんな所に住んでいたのか、よかった!

 すまない、突然、しかもこんな夜中に⋯⋯

 その上で、いきなりですまないが、お願いがある!

 ミランの兄貴を⋯⋯マスターを助ける手伝いをしてくれ! 頼む!」


 そう言ってピッケルの足に縋り付いてくるガンツに、ピッケルは慌てながら


「ガンツさん、と、とりあえず落ち着いて下さい。

 ミネルバ、ごめん、ちょっと父さんのところに行って、来客だって話してきて貰えるかな?」


 と、ミネルバに伝言をお願いした。

 ミネルバはその言葉に頷きながらも⋯⋯


 ──長く感じた今日一日が、さらに長くなるであろうことと、その中で彼女が特に気になった思い、感じた疑問に、答えが現れたような気がした。


 これが、白竜の言っていた、【選択】なのだろう、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
新作
是非こちらもご一読を!

俺は何度でもお前を追放する ~ハズレスキルがこのあと覚醒して、最強になるんだよね? 一方で俺は没落してひどい最期を迎えるんだよね? 知ってるよ、でもパーティーを出て行ってくれないか~

その他の連載作品もよろしくお願いします!

画像クリックでレーベル特設ページへ飛びます。 i443887 script?guid=on
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
[一言] 竜と童って似た字だったんですねw
[良い点] 『竜の帝王が、童の貞王』 銀行なのに笑いそうになって大変でしたよ! [一言] その後に不穏な流れ! ワクワクです!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ