【選択】
今後の予定が決まった。
まず、王都へ向かい、農作物を卸す。
次にその足で、ブルードラゴンのもとへと夫婦で向かい、祈りをささげる。
その肝心なブルードラゴンの居場所については、おそらく裏山に住まう白竜の「ハク」が知っているだろう、そうクワトロにアドバイスを貰った二人は、ハクを呼び出した。
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「なんだピッケル、我を気安く呼び出すではない」
ピッケルの呼びかけに応じて裏庭に現れた白竜は、いきなり呼び出されたことへの不満を口にした。
しかしピッケルは意に介さず、返事をする。
彼は長い付き合いから、このドラゴンが素直でないことを知っていた。
「そう言うなって、ハク。友達だろ?」
「ふん、まぁ親友と呼んでも差し支えのない間柄ではあるが、それとこれとは話が別だ」
「気安く呼び出せない親友ってなんだよ」
「それが、誇り高き白竜だ。
例え親友でも、呼べば来る、そんなちょっと便利な存在だと思われるのは心外だ」
⋯⋯いつも大体、呼べば来ちゃってんじゃん。
ミネルバは心の中でこっそり思った。
旦那はこのドラゴンが相手になると、普段とは少し違って軽快な語り口を見せるので、彼女はこのドラゴンがちょっと羨ましかった。
仲良さげなやり取りをしている両者を眺めながら、ミネルバはこの一年で何度も見かけたこの竜の事を今一度、心の中で整理する。
白竜。
竜の帝王。
何千年もの間、この世界を観察している、本人いわく世界の管理者。
そして、その言葉にふさわしい威容をたたえた存在。
ヴォルス家の守り神ともいえる存在だが、「益虫」と、虫扱い。
あとなぜか冗談好き。
そんなよくわからない情報を頭に思い浮かべていると、ピッケルが本題を話し始めた。
「いや、そろそろ俺たち夫婦も子供を作ろうと思ってさ。
そうするにはブルードラゴンに会わなくっちゃいけないらしいからさ、今どこにいるのか教えてもらおうと思って」
「⋯⋯ふむ、いいだろう、少し待て」
そう返事をしてハクは目を閉じ、しばらく黙る。
その様子を、同じく二人も黙って見つめていると、ハクはゆっくりと目を開いてから再び話を始めた。
「奴は今、人間どもがフラークスと呼ぶ湖にいる。
お前らが王都と呼ぶ街から、遥か西だ」
ハクの言葉に、ミネルバが声を上げた。
「フラークス湖! 懐かしいわ、私の実家から三日ほどのところよ!
あんなところにブルードラゴンがいるなんて。
地元に住んでいる頃は、聞いたことなかったわ」
ミネルバの驚きに、ハクは得意の冗談なのか
「奴は恥ずかしがり屋だからな、めったに人前には姿を見せん。
まぁ、力ある竜は大体そうだが」
と説明した。
あ、そういう理由なの?
威厳を保つため、とかじゃなく?
それともまた、冗談なのかしらこれも。
いまいちわかりにくいのよね。
などとミネルバが考えていると、ピッケルが今後のことを提案してきた。
「じゃあ、王都で市場に寄って収穫した物を卸してから、ミネルバの実家に向かおう。
結婚の挨拶もしないといけないし、ちょうどいいね」
「そうね、私こんな素敵な旦那様と一緒になったんだ、って両親に自慢しないと!」
「俺なんて、ミネルバには釣り合わない男だよ」
「そんなことないわ!」
突然二人の世界を形成し始めた夫婦の、愛の天地創造を邪魔するかのように、ハクは
「⋯⋯しかし」
と告げた。
ハクらしくない、少し躊躇いを感じるその言い方に、ピッケルは先が気になって聞いた。
「何?」
「我の見たところ、お前たちが今後どうするのか、という【選択】が提示される」
「選択?」
「ああ、そうだ。その選択次第では、子を為すのはしばらく先となる」
「えー。やめてよ、ハクの予言っぽいの結構当たるから、そんなこと言わないでよ」
「仕方あるまい、我がこの世界で何かを探そうとすると、それにまつわる事柄の、ある程度の因果が見えてしまうのだから。
とは言え、お前やクワトロにとっては私の見える因果など、些細なこと。
そうならない可能性は十分に存在する」
白竜から与えられた、突然の予言。
──【選択】とはなんだろう。
ミネルバが気にしていると、ハクは彼女の方を向いて、珍しく話しかけてきた。
「ピッケルの妻よ、これを渡しておこう」
そう言ってハクはその巨大な腕を、自身の口元へと持ち上げ、そのあとで首をミネルバへと伸ばした。
彼女が白竜の口の先端を見ると、腕から剥がしたと思われる、ミネルバの手のひらほどの大きさの、他の部位に比べるとやや小さい鱗を咥えていた。
ミネルバは鱗を受け取りながら、聞く。
「あの、これは⋯⋯」
「それはお前の身を護るお守りでもあり、取り立ての証文だ」
「証文?」
「これ以上は詳しく話せないが、お前たちの選択次第によっては、お前たちにとっても、我にとっても利を生むこととなる。
できれば持ち歩いて欲しい」
「⋯⋯? わかりました。
それが偉大なる白竜、竜の帝王の願いなら、旅では肌身離さず持ち歩きます。
ブルードラゴンの居場所をご教示頂いたお礼には、及ばないかもしれませんが」
「うむ、よい心がけだ」
二人が話のやり取りをしていると、ふと気になったのかピッケルがハクへと、脈絡のない質問をした。
「ねぇ、ハクは子供作らないの? 交尾したことある?」
せっかくの雰囲気ぶち壊しの天然を発揮した旦那の言葉に、ミネルバは
このタイミングでなにを聞いているのかしら? ピッケル。
そう思って注意しようとすると⋯⋯
「ノーコメントである」
ハクがかなり早めに答えた。
その答えに、ミネルバが
えっ? 何千年も生きてるドラゴンなんでしょ?
あれ、えっ?
と、表には出さないようにしながらも、内心で戸惑いを感じていると、ピッケルはさらに食い下がって聞いていた。
「ええ? いいじゃん、教えて⋯⋯」
「ノーコメントである」
発言を被せながら、かなり頑なな白竜の態度に、ミネルバは
あ、これ、あれよね!
得意のあれ。
ドラゴニックジョークよね!
と、思った。
しかし、その後もしつこく質問するピッケルに、ノーコメントを貫くハクを見てミネルバは。
まさか竜の帝王が、童の貞王だなんて⋯⋯
そんなくだらないことを考えてしまった。
彼女は、今日一日の話の流れに、少し自分の思考が毒されているな、などと思って反省した。
__________
「うるさい! だからノーコメントである!」
そう叫んで白竜が話を打ち切って飛び去ったあと、ピッケルとミネルバは母屋に戻り、クワトロに今後の事を相談した。
「結構遠いな、ピッケル一人ならともかく、ミネルバも一緒の必要があるから、往復で二か月ってとこか。
まぁ、せっかくの帰省だし、もっとゆっくり色々見ながら旅してきてもいいぞ。
冬の準備も、なんなら春からのこともこっちでやっとくから。」
「ありがとう、でも、そう言えば肥料や土壌浄化草の種は?
いつも王都で仕入れしてるでしょ?」
「ああ、それなら問題ない、ちょっと考えがあってな」
二人の報告を聞いて、クワトロから頼もしい提案をされる。
その後もクワトロは、市場での収穫物の卸の値段は最低六百ゴート、それを上回った分のさらに半分は、ピッケル夫婦の旅の資金としていいぞ、と言った。
ミネルバにしてみれば、その設定金額はかなり甘くしてもらったと感じるラインだ。
「ありがとうございます、両親にそれなりの王都土産を用意できそうです」
ミネルバは義父の優しさに頭を下げつつも⋯⋯
ほんと、あのちょいちょい人をからかう感じがなければ、最高の舅なんだけどなぁ。
と思った。
明日は一日を旅支度に当て、明後日には出発しようと家族で話したあと、ピッケル夫婦は隣接した自宅へと戻った。
もどったあとで、日課のマッサージを済ませたあと、普段ならすぐに眠る二人は、旅に出ることに興奮を感じているからか、いつも以上に会話をしていた。
「なんだか、長い一日だったわ。
でも、色々知れてよかった。」
ミネルバの言葉に、ピッケルはうなずいて同意した。
「ミネルバの実家かぁ、楽しみだな」
「え、いつも言ってるけど本当に大した家じゃないからね?
村も、人はここよりそりゃあいるけど、本当に田舎よ」
「いや、俺が育った場所は見てもらったから、次は君がどんなところで育ったか見てみたいんだ。
それに、こういうのって、新婚旅行って言うんだろ?
なんか、ちゃんとそういうことできるのっていいな、と思って」
「⋯⋯そうね、楽しみだわ」
たしかに、新婚旅行なんて、一部の貴族が行う以外、庶民がおいそれと行うものではない。
日々の暮らしに追われ、それを全うするのに、大抵は精一杯だからだ。
そう考えれば、ここでの暮らしはゆとりがある。
とは言っても、常人が生きていける環境ではないが。
改めて今の暮らしを、そして今回予定している旅を、ピッケルと義両親がミネルバに与えてくれること、そしてそれが彼女に向けられた惜しみない愛情、気持ちを表しているようで──
そのことに感謝したい、そして私もそれに応えたい。
ミネルバがそう思っていると──
そんな彼女の決意を邪魔するかのように
ドンドンドン!
と、ドアを激しくノックする音が響いた。
その音にピッケルは
「父さんかな? まさか、【害虫】か?」
「珍しいわね、あまり夜に呼び出したりされたことないけど⋯⋯」
疑問に思う二人をよそに、その後も成り続けるノックの音に、二人で入り口へと向かい、ドアを開けると⋯⋯
一人の人物が、飛び込むように家に転がりこんできた。
男は何かに追われていたかのように、家に入ると慌ててドアを閉め、座り込んだ。
ピッケルはすぐに、その人物を観察する。
かなり疲労しているらしく、はあはあと肩で息をしている。
身に着けているものもかなり汚れていることから、長い距離を経て、ここにたどり着いたのだろう。
そして、その人物には見覚えがあった。
「⋯⋯ガンツさん? お久しぶりですが、どうしたんですか?」
王都にある冒険者ギルド【栄光】で、ミランの横に常に立っていた男を見て、ピッケルは問いかけた。
ガンツは、ピッケルを見て
「ピ、ピッケル、本当に、こんな所に住んでいたのか、よかった!
すまない、突然、しかもこんな夜中に⋯⋯
その上で、いきなりですまないが、お願いがある!
ミランの兄貴を⋯⋯マスターを助ける手伝いをしてくれ! 頼む!」
そう言ってピッケルの足に縋り付いてくるガンツに、ピッケルは慌てながら
「ガンツさん、と、とりあえず落ち着いて下さい。
ミネルバ、ごめん、ちょっと父さんのところに行って、来客だって話してきて貰えるかな?」
と、ミネルバに伝言をお願いした。
ミネルバはその言葉に頷きながらも⋯⋯
──長く感じた今日一日が、さらに長くなるであろうことと、その中で彼女が特に気になった思い、感じた疑問に、答えが現れたような気がした。
これが、白竜の言っていた、【選択】なのだろう、と。