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農閑期の英雄~騙されてSクラス冒険者になった農家の青年、実は最強でした~  作者: 長谷川凸蔵
零章 農閑期の英雄・前奏曲 悪い神様と女剣士
18/78

詩人のように、愛を

「ありがとう」


 ミネバは邪神の胸を貫いてしばらくして、その声を聞いた。

 それはピオレの声。

 私が彼の声を聴き間違えるはずがない。

 そう確信しながら、彼女は、その声に耳を傾けた。


「すみません、私はこの世界を恨んでしまった。

 この世界の運命を、憎んでしまいました。

 あなたがいる、かけがえのない世界だというのに。

 この世界には、あなたがいる。

 そんな大事なことも忘れてしまっていました。


 ミネバ。


 あなたの見せてくれた一撃、二人の過ごした日々、その絆が、私に、正気を取り戻してくれたみたいです。

 私の心の闇を払う、そんな見事な一撃でした。

 こんな、ダメな私ですが、今からでも、もし、許されるのなら、あなたと、二人で⋯⋯」


 それはあの夜の、ミネバの告白に対しての答えだと気が付いた。

 望んでいた、その答えを聞きながら、ミネバは涙があふれそうになっていた。

 

 彼に突き立てた、その剣から。


 ピオレが次第に、この世界から、失われて行っていることが嫌というほど伝わってきていたから。


「もちろんよ、許すも許さないもないわ、他の誰があなたを責めても、私は、一緒に歩きたいの!」

「⋯⋯ありがとうございます。いつになるか、わからないけど、またきっと、あなたに会いにいきます。

 どれだけ時を経ても。

 何度繰り返しても⋯⋯」


 もう、彼はすぐにでも、消えるだろう。

 その事実に、彼女は、泣きそうになるのを我慢しながら、笑顔を浮かべて


「じゃあ今度出会ったら、今回は私からだったから、次は、その時は、あなたから。

 私が仮に、忘れていたとしても。

 私の心が、思わず動くような。

 ⋯⋯そんな素敵な告白をしてね?」


 ミネバはピオレに対して、声を震わせて、お願いをした。


「ええ、約束します」


 ピオレは短く、そう答えた。


「⋯⋯待ってるわ、ピオレ。私、ずっと」

「はい、私は⋯⋯きっと⋯⋯」


こうして後に「邪神」と言われた優しい神、ピオレは────



_____________





「⋯⋯ケル、ピッケルー!」


 ミネルバに声を掛けられて、ピッケルは目を覚ました。

 思い出せないが、なにか大事な夢を見ていた気がする。

 忘れてはいけない、そんな強い確信があるのに。

 必死に思い出そうとあれこれ考えるが、考えれば考えるほど、それはピッケルの頭から、ざるに流した水のようにこぼれていった。


 そんなピッケルの様子に、すこし心配になったミネルバが


「どうしたの? 変な夢でも見たの?」


 と声を掛けた。

 彼女の姿をみたピッケルは、急に、夢のことなどどうでも良くなっていた。


 なぜなら──


 

 ピッケルは溢れてきた感情の赴くまま、ミネルバを抱きしめた。


「ど、どうしたの?」


 うれしさと、戸惑いが混ざった声で、ミネルバが疑問を口にした。


「いや、今、こうしてミネルバに触れられることが、それこそ俺にとって夢のようなことなんだ」


 そんなピッケルの言葉に、ミネルバは笑顔で抱擁を返しながら。


「もう。ピッケルは朝から詩人ね。

 うれしいけど、ごはん冷めちゃうわ。

 早く食べましょう?」


 そう言って、ピッケルの背中をポンポンとたたき、一度離れることをうながした。

 ミネルバのその行動に、ピッケルは手を緩める。

 離れる許可を得た彼女は、それでも、すこし名残り惜しそうに、彼の胸に顔をこすりつけたあとで立ち上がり、寝室を先に出ようとして、ふっと足を止めて振り向いて


「なんか、ピッケルって私を喜ばせるのが、本当に上手だから心配だわ。

 他の女の人にそんなことしないでね」


 と、注意した。


「そんなこと、ありえないよ。

 俺には、君だけだから」

「また、そうやって。もう」


 そう言ってミネルバは、笑顔を浮かべた。

 そんな笑顔を、これからもずっと見ていたい。

 ピッケルは、改めてそう思った。

 もう夢なんて、見たことも忘れていた。



__________




 その後、数々の偉業、物語を残した他の三人の英雄たちと違い、剣士ミネバの物語は、平凡で、退屈だと評される。

 彼女は山に残り、農家のまねごとをしながら、たまに下山してくるモンスターを狩る、そんな生活を続けたと言われている。

 


 





 ──ある、一人の男と共に。





__________






 激しい戦いの次の日、ひょっこり姿を見せたピオレを見て、ミネバには様々な感情が浮かんだが、その内もっとも大きい感情を隠すかのように、不満を口にした。

 


「あの言い方で、次の日登場は、ないと思うよ? ピオレ」

「まずかったですか? 完全、とはとても言えませんが、それなりに人間のようになれたので。

 いやー、頑張りました!」


 四人の英雄は戦いの後白竜に乗って下山し、王都へと帰還する途中だった。

 帰路、疲れ果てていた一行が宿の部屋に入り、割り当てられたそれぞれの部屋へと移動したあと、しばらくしてからノックの音が聞こえた。

 ミネバは正直、あまり人に会いたい気分ではなかったので、最初、無視をした。

 しかしノックがあまりにもしつこかったので、開けてみると、そこにピオレがいた。


「もちろん大歓迎だけど、ね」

「よかった。ではまず、前に言われた約束から」

「約束?」


 ピオレは、壊れ物を扱うように、そっと、ミネバを抱きしめた。


「生まれ変わって、出会いをやりなおして。

 それは美しく、素敵な物語かもしれません。

 でもこうして二人、すぐに再会するのも⋯⋯それに匹敵する、いえ、それ以上の物語です、少なくとも、私たち二人にとって」






 好きな女ができたら、抱きしめて、詩人のように愛を囁きなさい。






 ミネバはその約束が、冒険者ギルドで自分が言ったことだと思い出し⋯⋯


「ふふ、合格点をあげるわ、ピオレ⋯⋯」


 自身の体を、そっと、彼に預けた。



__________

 



 そうして二人はしばらく抱き合ったあと、こんな会話をした。


「私のせいで変わり果てたあの山は、しばらくあの状態だと思いますので、その麓で見張りをしようと思います、手伝って頂けますか?」

「いいわよ、私あなたの使徒だもの。

 でもそれだけじゃ退屈だから、何か⋯⋯そうだ、メロンを作りましょう、二人の思い出の果物だから」

「え? あそこはメロンの生育に向かないですよ。

 もしちゃんとしたメロンができたら、それだけでも、一つの奇跡です」

「いいじゃない、じっくりやれば。

 私たちの作ったメロンが。

 私たちみたいな素敵な出会いを。

 そんな素敵な想像をしながら暮らしましょう?

 その時間はあるでしょう?」

「はい、ずっと一緒ですから」

「うん、ずっと一緒なんだもの」




__________




 こうして始まった、前代未聞の挑戦。

 不向きな土地での、究極のメロン作りへの道。


 二人で頑張り、手を汚しながら、老いてしわしわになるその日まで。

 そんな覚悟で、厳しい道へととびこんだ。




__________




 これは今後、メロン作りに情熱を捧げる夫婦の物語の、そのほんの、ほんの前奏曲プレリュード


 果肉は厚く、果汁は瑞々(みずみず)しいその格別の出来栄えは、少しも妥協することのない姿勢や、失敗と、再挑戦の、試行錯誤が生み出した。


 




 ──つまり二人は末永く、仲むつまじく暮らした。









 ピッケルの見た夢。


 それは前世の記憶なのか。


 または、祖先の思いを継承し、次世代に繋ぐ──そんな使命感から父親に叩き込まれた、メロン作りの極意を学ぶ日々だったのか。


 目覚めた今となっては、もうわからない。




 零章 農閑期の英雄・前奏曲

 悪い神様と女剣士。

 おわり







 


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[一言] なんと、これは作者のメロンへの愛を表現した作品じゃったか。 あ、私もメロンが好きです。
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