神様、悪い神様になる
「戻ったか」
「はい」
「よくやったピオレ、試練はなされた。
そして君は、この試練に隠された、真の目的も達成した」
ホーリーマウンテンへと帰還したピオレに、試練を司る神が告げた。
真の目的。
聞いていなかったことがあったと知り、ピオレは
「真の目的、とは?」
と疑問を口にした。
「愛を知ることだ」
「愛を⋯⋯?」
「そう、愛を知り、それを一人に向けることなく、この世界に存在するすべてへと、公平に降り注ぐのだ。
真の神、それは、この世界に愛を降り注ぐ存在なのだ。
君はこの世界のどこにでもいて、どこにもいない、そんな存在になり、この世界の慈愛の象徴となる資格を得たのだ」
両手を広げながら、ピオレの運命を歓迎するかのように語られる言葉に、どこか他人事のような気持ちで。
「そうですか」
とだけ、答えた。
そして、ピオレはその言葉の意味を改めて考えたあと──
「どうやらそれは、無理そうです」
と答えた。
ピオレは、少しだけ、恨んでしまった。
ミネバと結ばれることのない、己の運命を。
そんな運命をもたらした、この世界を。
そしてそんな世界なら、壊れてしまえ、少しだけ、そう思ってしまった。
「そうか、残念だ」
試練の神は、黒く変貌していくピオレを見つめながら──
「もしかしたこの試練は、誰も達成できない、不可能なことなのかも知れないな」
無責任に、そうつぶやいた。
山岳信仰者の修行場所として「神の山」、と呼ばれたホーリーマウンテンは、その日、変わり果てた姿となった。
__________
その後、世界は混乱を極めた。
邪神の誕生により、凶悪なモンスターがはびこり、各地で猛威を振った。
多くの冒険者が命がけでモンスターたちの足跡を調査し、それがひとつの山から生じていることを突き止めた。
この現象のさらなる調査、および解決の為に、四人の男女が原因と思われる山へと赴くこととなった。
戦争で百を超す兵士の侵攻を一人で食い止めた、【城壁】とよばれる騎士、アルバート。
今回のモンスターたちの襲撃によって国を失った、ドワーフの王、戦士であり最高の職人【鉄人】イーカ
辺境の住人、亜人、魔族と蔑まれる者どもの世界に存在する国々。
そのうちの一つ、王国の同盟国の盟主、【識王】シダーガ。
そして黒竜討伐を果たし、初のSクラスの冒険者となった【剣帝】ミネバ。
名誉と使命、復讐、そして野望。
それぞれに思惑が存在する中⋯⋯
ピオレ、あなたを止めて見せる。
ミネバはこの事態が、ピオレが生み出したものだと確信していた。
__________
山のふもとについた四人は、まず改めて山を見上げた。
山から感じる雰囲気は、不気味な、そして激しい戦いを感じさせた。
──と。
そんな暗き予兆に差す光のごとく、白い何かがこちらへと向かってきた。
遠目には白い点だったそれは、やがて姿を大きくしていき、四人の前に姿を現した。
白竜。
目撃したものすらほとんどいないと言われる、伝説の存在。
伝説の突然の飛来に、四人が警戒していると⋯⋯
「我はそなたらを害するために現れたのでは、ない。
不本意ではあるが、そなたらに助力を求めにきた。
この山で起きていることは、我が友の仕業。
それを止めてほしい。
もし受け入れてもらえるなら、我も助力しよう」
そう言って、自らの尾を、四人の前に差し出した。
「もし助力して貰えるなら、我の尾、その中にある逆さになっている鱗に、それぞれが選んで触れるといい。
そなたらの力となる」
その言葉を受けて四人が顔を見合わせたあと、しっぽを見る。
すると、説明通りに逆さに生えた鱗があった。
ただし、それは三枚。
ミネバは疑問を口にした。
「それぞれって言われても、みっつしかないわ」
その言葉に、白竜はふっと笑い声をあげた、気がした。
「お前の助力は、我は当然だと思っている。
ミネバ、我が友ピオレを止めるのを手伝ってくれ」
白竜の言葉から、半ば確信していたことに改めて答えが貰えた。
「やっぱり、あれは、そうなのね⋯⋯」
「うむ。ピオレは、この世界を恨んでしまった。
神が世界を恨んだとき、その姿は邪神へと転じてしまう。
お前にも責任の一端があるともいえるが、それを責めるほど我は不遜ではない。
仕方のないことだからな」
白竜の言葉の意味は、よくわからなかったが、この事態を巻き起こしているのがピオレなら、止めて見せる。
彼女が改めて決意をしていると、他の三人に動きがあった。
「偉大なる白竜よ、助力しよう」
そう言って城壁の騎士アルバートが鱗に触れた。
鱗はほのかに輝いたあと、剥がれ落ちるように姿を変えた。
そしてそれは、盾になった。
「誇り高きドワーフの王、友を思うその気持ちに応え、助力しよう」
そう言って同じように鱗に触れた。
鱗は同じように光り、槌の握りが現れた。
ドワーフの王はそれを握り、取り上げると、小柄な彼の身長を超えるほどの長柄をもった戦槌が姿を現した。
「⋯⋯ふん、やるしかなかろう」
憎まれ口を叩きながら、魔族の王は鱗に触れた。
鱗は美しい装飾を備えた杖へと姿を変え、彼の手に収まった。
「これは助力に対して、あくまでも貸与するものだ。
時が来れば、返却される。
正直に言えば、そなたらには少し過ぎたもの。
その力に溺れることが無いように心しろ」
その言葉と共に、白竜はかがみこんで姿勢を低くした。
「それらを使えば、山に発生した邪神の手先どもを打ち倒すことも可能だろう。
しかし道中で消耗してしまうと、我が友とは渡り合えない。
友は山頂にいる、送ろう」
こうして四人は白竜の背にのり、山頂へと向かった。
しばらくして山頂にたどり着くと、四人はすぐに、それが白竜が【邪神】と呼ぶものだと気が付いた。
黒き衣に身を包んだ、不吉を孕む存在。
手にした剣は、黒く禍々しく、まるで周囲に闇をまき散らすような存在感を示している。
そんな彼の変わり果てた姿に、ミネバは思わず叫んだ。
「ピオレ! 私よ! ミネバよ!
こんなことは、もうやめて!」
しかし、ミネバの叫びは、耳に届いていないように無視された。
「無駄だ。
言葉は届かない、彼を止めるなら、その剣を彼に届かせ、突き立てるしかない」
「そんな⋯⋯」
ピオレに剣を突き立てる。
そうなれば、無事で済むはずがない。
──でも。
人に仇なす存在を倒せ、彼はそう言って私を使徒にした。
なら、今、彼はきっと、私に止めて欲しいと思ってるはず。
止めてみせる、そのために彼に学んだのだから!
私は──彼の使徒なのだから!
そんなミネバの決意が伝播したかのように、四人が白竜の背を飛び降り、それぞれ武具を用意すると、その後は会話を交わすこともなく、戦いは始まった。
まずは邪神が何かを詠唱し始めた。
何が起きるか、は理解はできない、だがそれは、すさまじい効果を生む。
四人の中でも、もっとも魔法に詳しい魔族の王にはそれがわかった。
自分のいる場所、そのはるか高みから降ってくるようなその呪文に、出会ったばかりだというのに、死を覚悟した。
しかし、邪神が詠唱を完了しても、何も起きない。
なぜかと疑問に思っていると、その疑問に答えるように白竜が話した。
「彼の魔法は、私ができるだけ抑える。
使われてしまうと、瞬時にこの戦いは終わってしまうのでな。
それが私がこの場でできる、最善の行動だ
そして各自、最善を尽くしてくれ」
白竜の言葉に、魔族の王は気に食わないがその最善を尽くすことにした。
各自の能力を、底上げする呪文。
その準備のために、【城壁】に話しかける。
「おい! 盾男!」
「なんだ、その失礼な呼び名は」
「ち、今は細かいことはいいだろうが。
今から、各自の能力を引き上げる、俺の奥義を使う。
詠唱を継続しつける限り、その効果を得られる。
気に食わないだろうが、俺を守ってくれ」
「承知した」
その返事を聞いて、識王は呪文の詠唱を開始する。
邪神も、その詠唱の内容から、やっかいな効果があると感じたのだろう、識王に向けて間合いを詰めることなく、剣を振るった。
それはミネバの【海断ち】同様に、遠間から攻撃できるようだった。
識王と邪神の間にアルバートが割り込む。
がきん!
激しい音を立て、アルバートの盾が邪神の遠距離から放たれた斬撃を受け止め、魔法使いを守る。
普段彼が使用している盾であれば、あっさりと切り裂かれたであろうその一撃を受けても、盾は傷一つついていない。
──それは、すべてを受け止める盾。
戦える。
アルバートは確信した。
邪神の攻撃後の隙を、ドワーフの王がついた。
彼は与えられた戦槌を、竜巻のように両手で振り回しながら、雄たけびをあげ、邪神へと振り下ろした。
邪神はその場を飛ぶように離れ、距離をとった。
結果、地面に突き刺さった戦槌が、激しく土砂を吹き上げた。
──当たれば、すべてを破壊する槌。
いける。
ドワーフの王は意気込んだ。
呪文の効果は、自身の想定より遥かに高く、仲間を強化している。
二人の様子を見て魔族の王はその杖の力を理解した。
魔力の消費を抑えつつ、呪文の効果を高める。
こんなものがあれば、俺は世界の王になれる。
──それは、魔法使いを至高へといざなう杖。
勝てる。
詠唱を続ける顔に、僅かな笑みを浮かべた。
ミネバはそれぞれの武具の効果に自信を深める他の三人と違い、冷静だった。
確かに四人は各々、能力も高く、それに相応しい武具を手にしている。
しかしピオレの力は、そのすべてを合わせても、その遥か上を行っている。
彼と過ごした日々が、それを確信させていた。
だから、待つ。
──彼女が彼に託された剣をふるうべき、その時を。
戦いは、本人たちにとっては果てしなく続く試練の時間であり、側から見れば、それほど長く続いたわけではなかった。
最初に限界を迎えたのは、盾の英雄だった。
最前線で仲間を守り続けた彼の持つ盾は、確かに邪神の攻撃をすべて受け止めた。
しかし、その盾をもつ彼の手は、すべてを受け止めることはできなかった。
盾を持つ、その手に盾越しに伝わる衝撃により、盾を握るその手は、やがて握力を失い、掴み続ける力の限界を迎えた。
百人の兵の猛攻を食い止めた、【城壁】が崩れる瞬間だった。
彼は盾を取り落とした。
次に限界を迎えたのは、ドワーフの王だった。
幾度となく振るっても当たることの無いその槌による攻撃は、彼に石を積んでは崩されるような徒労感を与えた。
鉄を鍛える時、何度も、何時間も、金床へと金鎚を叩きつける事を支える、彼の腕。
しかし精神の疲労が、無尽蔵とも思われる彼の体力を奪っていく。
王として、そして鍛冶屋としての矜持から、未だに、その槌は手放さない。
それは、戦士として、そして職人としてのプライド。
しかし彼の戦う意思は崩れ始めていた。
魔族の男は、限界などとうに超えていた。
寿命が削られることすら感じながらも、命を振り絞り詠唱を継続していた。
そしてもう、振り絞る物も失われ始めた、と彼が感じたと同時に、盾の落ちる音が聞こえた。
彼は、辛うじて自分を繋いでいたもの、それが切れるのを感じた。
静かに倒れ、落ちた盾と同様に、その場に伏した。
これを身に受ければ、すぐに楽になれる。
そんな、諦めてしまいそうになるような、邪神の猛攻を躱しながら──ミネバを支えていたのは、ピオレと共に過ごした日々だった。
彼と出会う前の自分なら、もう限界など、とっくに迎えていただろう。
彼が残してくれたものが、今の自分を、強くあれ、と支えてくれているのを感じながら、彼女は諦める事なく待ち続けた。
そして──その時は急にやってきた。
盾が落ち、槌は振るわれなくなり、詠唱が途絶えた刹那、邪神が彼らを滅しようと剣を上段に構えた。
今っ!
ミネバは声を出さず、叫んだ。
──それは、共に過ごした日々の、絆の一撃。
彼女が
「いつか、指摘してみせる」
そう心に決めていた、ピオレのその動き。
自分が指摘する前に、彼に気付かれないように。
そう思い、隠れて剣を振り、頭の中で、何度も何度も繰り返し見た、その動き。
彼女は手首の返しだけで、【海断ち】を操り、最短距離を進む突きを繰り出した。
本来なら届かないはずの剣は、その能力により、邪神の右手、その小指を斬った。
手打ちの、腰の入らない、海どころか相手の指を斬り飛ばす力を込める事もできなかった、だが、わずかにつけた、その傷。
──そんなかすり傷であり、邪神に、ピオレに、初めて届いた彼女の、念願の、渾身の一撃。
小指の力を一瞬失った邪神が、剣を取り落とすことを防ごうと、その柄を握りなおそうとする。
彼女はそれを待たず、懐へと踏み込みながら、次は全身の力を込めて、再度突きを繰り出した。
──ピオレに、ピオレの使徒として託された彼女の剣は、邪神の胸に突き刺さった。




