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農閑期の英雄~騙されてSクラス冒険者になった農家の青年、実は最強でした~  作者: 長谷川凸蔵
零章 農閑期の英雄・前奏曲 悪い神様と女剣士
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神様、承認する

「散開!」


 影が差した次の瞬間、ミネバは反射的に声を上げた。

 そして自身も、その場から素早く離れる。

 直後、冒険者たちがいた場所を、黒い暴風が通り過ぎたあと、その暴風は近くの川へと激しく着水した。

 川はそれなりに水量があったのか、巨大な質量の物体の激突によって、激しい水しぶきを上げる。

 細かい水しぶきが周囲にばら撒かれ、陽光を受けたことにより、混乱にまみれたその場にそぐわない、美しい小さな虹をいくつか生み出した。

 様々ないろどりを演出する小さな虹と対照的に、色など存在価値を失ったかのような漆黒の存在が、右手に一人、口に一人、冒険者を拘束している。


 それは幻想的な、地獄のような光景。

 

 拘束されている二人は、ぴくりともしない。

 捕まったその瞬間の衝撃で、命を失ったのだろう。


 黒竜はまず口にくわえたものを、次に腕で捕まえたものを、順番に咀嚼し、聞くものを不快にさせる音を立てたあと、殻ごと食べてしまった木の実の殻を吐き出すように、二人が身に着けていたものを吐き出した。

 吐き出したなかに、咀嚼されたその体の一部が混じっていたのだろう、川の水は黒竜の食べかすを中心にして、朱に染まる。

 しばらくその光景を、魂を奪われたように眺めていた一行だが、ふいに誰かが叫び声を上げた。


「うわああああああああああああ!」


 突如訪れた恐慌。

 誰もが冷静さを手放そうとする状況で、ミネバは黒竜へと歩みだした。


「私がひきつける、みんな逃げて!」

 

 そうやって喉の許す限りの大声で叫んだ。


 本来なら、生きるも死ぬも冒険者は自己責任、ミネバが自分を犠牲にする必要なんてない。

 ましてや縁もゆかりもない彼らの、囮になる必要などない。


 ただねぇ⋯⋯


 と心の中でつぶやいて、ミネバは自分の行動の理由を考えた。


 いっしょに食事した。

 そして少し話をした。


 そんなことだけで、ミネバは彼らを守る気になっていた。

 我ながらばかばかしいと思う。


 でも、決めたらやる。そう決めて、やってきた。


 そんな思いから、歩みをさらに進めていく。

 そしてしばらくしてから、ふいに、歩みを止めた。


 彼女が歩みを止めたのは、そこが黒竜の攻撃がぎりぎり届かない場所だと見定めたからだ。

 己に対して恐れを感じていないかのように、不遜な態度で近づいてきた女を発見した黒竜は、次の標的をミネバに定め、舌なめずりをした。


 黒竜は水につかったまま、一度体へと首を引き寄せ、勢いをつけてミネバへとその首を伸ばした。

 届かない、そう見定めたはずの場所だったが、やけに攻撃が伸びてくる。

 ミネバは大きく開いた黒竜の顎の中に納まる直前、その少し上にある鼻へと手を掛けて、伸びてくる首の勢いを利用しながら飛び上がり、空中に身を躍らせた。


「首を伸ばせるの? 器用ね」


 そんなことを呟きながら、そのまま身を翻し、伸びきった首の先端にある顔の上へと着地すると、その鼻の中へと剣を突き立てた。

 鱗の無い部分なら──

 そう思って繰り出した一撃だったが、固い手ごたえでその攻撃は無意味だと悟り、飛び降りる。

 彼女が飛び降りた次の瞬間、邪魔者を振り払おうとして黒竜は首を振ったが、当然ながらその効果はなかった。

 そんな黒竜を見て、少し皮肉げに笑いながら


「鼻血の心配する必要なさそうで、うらやましいわ」


 ミネバはそんな軽口を叩いたが。

 ──厳しい戦いの予感を感じていた。




__________





 黒竜は、いらいらとしていた。

 今まであっさりと他者の命を奪ってきたその一撃一撃が、花びらを舞わせるだけの風のように扱われ、時に利用され、時にからかわれるようにして躱される。

 大量にいた餌の中でも、ひときわ目立った、自らに歩み寄ってくる女。

 そんなことで執着してしまったこの女のせいで、貴重な餌どもは驚いた鳥の群れが飛び散るように姿を消した。

 あるいは、広範囲に攻撃できる炎のブレスなら、この女に対しての決定打となりえるかもしれない。

 若いドラゴンなら、すでに癇癪を起したように使用しているだろう。

 しかし黒竜は、それを使うのをためらっていた。


 その理由は、単純に──食の好み。


 黒竜は焼けた肉より、血の滴る生の肉が好みだった。

 そして人間以上の賢さを持つ黒竜は、今の状況を続けるだけで優位になっていくことに気付いていた。

 相手は鼻、口、目、耳と始まって様々なこちらの部位を攻撃してきたが、どれもこちらにほとんど何の影響もない。

 どんなに攻撃を受けてもそれが脅威でないなら、こちらからの攻撃を躱すために無理やり運動させて、心身の疲労を待つだけでいい。

 お互いの体力勝負、ともいえるが、人間とそれを比べて負ける要素などない。

 

 この女の人生最後の、死出の旅への舞踏、力尽きるまで付き合ってやろう。


 今までの生の長さから考えれば、取るに足らん時間だ。

 そうやって自分を宥めた。




__________



 一撃でも食らえば、終わる。

 

 そんな黒竜の攻撃を躱し続ける、果てしなく続くようなギリギリの時間が過ぎていく中、己の足から伝わってくる感覚に、ある一線を越えてしまったことをミネバは自覚していた。

 まだ、しばらくは戦える。

 冒険者たちはある程度遠くに逃げただろう、そう確信できる時間は稼いだ。

 しかし、今から自分が逃げる、その体力はすでに失われた、それを自覚していた。

 そんな中、ふと、一人の男の事を思い出す。


 結局戻らなかったか、まぁ、仕方がない。


 強がるが、少し手足が震えてきた。

 それを抑えようと、少し深く息を吸い込んだ、その時。


「もどりました。お待たせしてすみません」


 彼女の耳に、そう声が聞こえた。


「遅かったじゃない」


 吸い込んだ息を利用して、やや大きい声で、黒竜のことを油断せずに見ながら、振り向きもせずに答えた。

 男はミネバが自分の事を見ていないことなどわかっているにもかかわらず、申し訳なさそうな表情を浮かべながら言った。


「少し、説得に時間がかかりまして、すみません」


 そんな、黒竜という大陸でも最高峰の強者を無視して行われる、不遜ともいえるやり取り。

 だが、突如現れたその男に、黒竜は驚きの声を上げた。


「なぜ、貴様のようなものがここにいる!」


 ありえない幻を見たような、そんな驚愕と、理不尽に対しての怒りのような言葉が、大声を生み出し空気を震わせた。


「試練中です」


 そう言えばわかる、と確信したようにピオレが口にする。


「なるほど」


 黒竜はその言葉ですべてを理解した。


 試練中なら、見逃してくれるかもしれない。

 そして試練を終えたあと、その結果次第では、この男に仕えることになるかもしれない、いや、むしろその可能性の方が高いだろう。

 だが、すべて希望的観測だ。

 出会ってはいけない存在。

 人間にとって黒竜である自分がそうなら、自分にとっては目の前の男がそれだ。


 天敵。


 ありていに言えば、そんな存在。

 出会えば、死ぬ。

 相手がそれを望めば、確実に死ぬ。

 逃げられる可能性など、無い。

 助かるには、相手の気まぐれに期待するしかないという、己の何千年も過ごした、その時の重みが、足元から崩れ落ちるような感覚に、黒竜は絶望的な気持ちになっていたが⋯⋯


「あ、わたしあなたに何もする気ありません、ご安心を」


 それは黒竜が欲した、まさに気まぐれなのか、男はそんな希望を叶えるようなことを口にした。


「そうか」


 黒竜は、男のせっかくの気まぐれが、振り子のように逆に振れないように、注意深く、短く答えた。

 しかしそれは気まぐれではなさそうだった。 

 男が言葉を続けたからだ。


「あなたを倒すのは、彼女です」


 そう言ってピオレは、ミネバへと話しかけた。


「ミネバさん、あなたがこの場を切り抜けるためには、誓いが必要です」

「誓い?」


 この男は何を言っているのだろう。

 まず何に誓い、それによってどうなるのか。

 そんな疑問に答えるように、ピオレが誓いの内容を告げた。


「ええ、今、目の前にいるものや、それに近い者どもを、これから先の人生で滅ぼし続ける、という義務を背負う誓いです」


 別にそれは構わない。だがそれを行うには、力が必要だ。 

 今の自分では、目の前の存在を滅ぼすなど、夢物語だ。

 そう思い、ミネバはそれを行うにあたり重要なことを聞いた。


「それを誓えば、私強くなれる?」

「はい、私のできる限り、強くなるお手伝いをします」


 彼と出会い、同行した一番の目的。

 それが達成できるなら、何も迷う必要など、ない。


「なら、誓うわ」

「では、あなたを使徒として承認します」


 ピオレが承認した瞬間、雲ひとつない天から、ミネバの目の前に細い雷が落ちた。

 本来ならすぐ傍に落雷などあれば、深刻な影響がでるだろう。

 だが、ミネバはせいぜい、まぶしさから一瞬目を閉じただけだった。

 雷がもたらしたのは、せいぜいその程度の影響と──


 ──彼女が目を開くと、落雷した場所に鞘ごと突き刺さる、一本の剣だった。


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