神様、冒険者ギルドに所属する
「どこにしようかしら?」
「どこでもいいのでは?」
女性剣士ミネバの問いかけに、ピオレは適当に答えた。
二人は所属する冒険者ギルドを探していた。
彼女の話では、どれほど強力なモンスターを討伐しても、冒険者ギルドに所属していなければ、素材の報酬しかもらえず、討伐の報酬はもらえないらしい。
彼女は今まで剣の修行一筋で、冒険者になったことは無かったらしい。
あれほどの腕なら、修行の片手間に冒険者をしても、すぐに頭角を現し、少なくとも三日も物が食べられないことはなかっただろうとピオレは思ったが、いちいち指摘しなかった。
ピオレの適当な答えに、すこしムッとしながら、ミネバが言った。
「まじめに探す気、ある?」
「正直に言えば、あまりありません」
「なんで!?」
「いえ、私はともかく、ミネバさんの腕なら、どこに所属しても問題ないと思いますけど」
そんなピオレの言葉に、少し自尊心をくすぐられた彼女は⋯⋯
「そ、そお? なら、うーん、あれでいっか」
彼女が選んだのは、【栄冠】という大げさな名前の看板に反して、何かを掴んだり勝ち取れそうには思えないほど朽ちた建物だった。
なんの誉れも感じないそのギルドは、正直名前負けしているな、とピオレは思ったが、彼女が選ぶなら、特に問題ない。
「はい、いいんじゃないですかね」
そう思い、すぐに同意した。
「うん、あれでいいわ。よしここで立ち話しててもしょうがないし、行きましょう!」
そう言って歩き出した彼女の背をピオレは追いかけた。
__________
建物に入ったとたん、二人を強烈な、酒臭い匂いが襲った。
ピオレは酒の匂いがするな、以外には特に何も思わなかったが、ミネバは「うっ」と鼻を抑えた。
「どうしました?」
「あー、私、人より臭いに敏感で。
こういうのダメなのよ、すぐどうにかしたくなっちゃう」
二人がそんなやり取りをしていると、その臭いの原因らしき男が、部屋の奥の机に備え付けられた椅子に座ったまま、声を掛けてきた。
「お、ねーちゃんいい体してんな、こっち来て酌でもしてくれよ、へへ」
そう言って、男はそのまま手にした酒瓶に口をつけ、ぐいっとあおった。
男の言葉を聞いて、ミネバはピオレに対して、少し胸を張りながら見せつけるようにして、聞いた。
「いい体だって。⋯⋯あなたはどう思う?」
「はい、鍛え抜かれた素晴らしい体です」
「⋯⋯ねぇピオレ、その言葉、私はうれしいけど、あなたって女を喜ばすのはちょっと下手そうね」
「そうなんですか?」
「まぁ良いわ。好きな女でもできたら、抱きしめて、詩人のように愛を囁きなさい」
「そうします」
そう言うとミネバは、酔っぱらった男にずんずんと近づいて、右手で、すっと剣を抜いた。
それは、神であるピオレをもってしても、絶技と言って良かった。
彼女は、自身と男の前にある机ごしに、まず酒瓶を横から断ち、すぐさま返す刀で、落下する酒瓶の下の部分を剣の腹で受け止めたのだ。
しかも驚くことに、酒は一滴もこぼれていなかった。
受け止めた酒瓶を、剣を手前に引きながら左手で掴んで、やや乱暴に机に置きながら、今起きたことに驚いて声を失う男に彼女は声をかけた。
「お酌するにも杯がなさそうだから、作ってあげたけど。
お酌ってこれでいいかしら?」
「⋯⋯あんた、何者だ?」
ひび一つない、あまりに綺麗な酒瓶のその断面のせいか、男は少し酔いが醒めたように、ミネバを見て問いかけた。
「所属する冒険者ギルドを探してるの、ここは募集してるかしら」
「いや、まぁそりゃあしちゃあいるが⋯⋯あんたほどの腕なら、こんなオンボロじゃなくてどこからだって、引く手あまただろう」
「そうかもね。
でも連れが、ギルド探しに積極的じゃないから、目についたここに来たの」
彼女の言葉に、男はその連れ、とやらをみる。
それなりにがっちりした体形ではあるが、人の良さそうな男だ。
冒険者というより聖職者、といった感じだろうか。
確かに、癒しの魔法の使い手として、聖職者が冒険者として一定の需要はあるが、男はあまりにも荒事に向いていなそうだった。
「わりぃけどアンタの連れ、なんか、モンスターどころか、人と喧嘩すらしたこともなさそうじゃねぇか」
男の言葉に、ピオレは過去の戦いを思い出した。
試練に失敗し、堕ちてしまった未熟な神、その手先である黒竜などの凶悪な、モンスターと呼ぶにはあまりにも強大な存在。
そしてそれらを討ち、滅ぼすことが任務だった時期もあったが⋯⋯
その中に、人はいない。
「はい、人と喧嘩したことなんて、ないですね」
ピオレは正直に答えた。
ピオレの言葉に、男はかぶりを振って⋯⋯
「はぁ、なんだってこんな男に、あんたほどの女が⋯⋯」
そう言ってため息をついた。
質問ですらなさそうな、男のそんなつぶやきに、彼女はいたずらっぽく笑い
「メロンをごちそうになったから?」
と、律儀に答えた。
「あんたみたいな女をメロンで口説けるなら、何個でも買うよ」
男は冗談半分、本当にそうできるならそうしたい、といった期待半分で言ってみる。
そんな男の問いに、ミネバは
「下心見え見えで口説いたって、女がなびくわけないでしょ? ま、少なくとも私は、ね」
そう言って肩をすくめた。
「まぁいい。後ろの男はともかく、あんたは大歓迎だ。
じゃあこれを書いてくれ」
そう言って机から書類をとりだし、羽根ペンとインク壺を前に押し出す。
それを受け取ったミネバが、すらすらと
ミネバ・ヴォルス
とサインをした。
そこに書かれたサインをみて、男は驚いて声をあげた。
「ミネバ!? あんたあのミネバかよ!」
男のリアクションを見て、ピオレが疑問を口にした。
「有名なんですか?」
ピオレのその言葉に、男はさらに驚きが増したように声を荒げた。
「あんた、同行者のことも知らねぇのか! いいか⋯⋯」
王宮で開催された、国一番の剣士を決める大会。
無名ながら、圧倒的な実力で大会を制した、弱冠二十歳の天才剣士。
その技の華麗さ、その見た目の美しさに、至上の美男子と言われる王子が求婚したが、「私は剣と結婚しておりますので」と、あっさり振った、国の語り草。
その美しさ、強さに憧れ、女だてらに剣士を目指すものが増え、ちょっとした国の問題にすらなっているという、話題の剣士。
ということを、男が語ると⋯⋯
「うーん、大体あってるわね」
ミネバも、男の話した内容を肯定した。
男は驚きとともに、目の前の男のことがわからなくなっていた。
そんなミネバが、パートナーとして選ぶのだから、それなりの実力者、ということだろう。
そして男は、そんな予想を外したことがなかった。
「ミネバは当然、その剣の腕前だろうが
⋯⋯あんたは、いったい何ができるんだ?」
己の予想の正しさを確認するため、男はピオレに問いかけた。
男の言葉を聞いて、ピオレは現在の自分の状態を考えた。
彼女に、冒険者に誘われた。
とはいえ、特にピオレ自身は何もせず、ついていくだけでいいらしい。
たしか、そういう状態の男を適切に表現する言葉があったはずだ。
人間の世界に来てから過ごした時間を思い浮かべたあと、思い出した答えをピオレは口にした。
「わたしは特にこれといって何もしません、彼女のヒモなので」
「あんたさては清々しいほどクズだな!?」
予想を盛大に外した男の絶叫はこだまし、ミネバは爆笑した。
それが落ち着いたころ、ピオレもまた冒険者になった。