神様、女剣士に出会う
この章は外伝的なお話となります。
ピッケルとミネルバによる物語の続きをご希望の方は
「青竜の章 第一節 嫁の一日」
からご覧下さい。
神々の山、ホーリーマウンテンにて、二人の神が話していた。
「ピオレ、これから何をするか答えてみよ」
「はい、これまでの修行の成果、その集大成として、真なる神、その一柱となるために、人間界にて一年過ごす、その試練を行います」
そんなピオレの言葉に、前にいる神は満足そうに頷いた。
「うむ。人間として過ごし、人間を識れ。
だが、人間のようにはなってはいけない。
神が人間のようになるのは、堕落だ」
「はい、心得てます」
「うむ、少し心配し過ぎかもしれんな、お前なら、きっとやり遂げるだろう。行くがよい」
こうしてピオレは送り出され、人間界へと旅立った。
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ピオレはそれから、人間界を旅して、色々と見て回った。
それは確認の旅でもあり、発見の旅でもあった。
数々の出会いがあった。
すでに知っていることとはいえ、ピオレは改めて人間とは一人ひとりが違い、それぞれが自分の興味を拾った。
そんな中で、もっとも興味深い出会いがあった。
_________
「もってけ! 二十ゴートだ!」
ある市場でのこと。
ピオレに対し、果物屋の店主は、自信満々にそう叫んだ。
ピオレは、それが少し相場より高い値段だということが分かっていた。
しかし、値切ったりといった面倒なことはしなかった。
「はい、じゃあこれで」
幸いにも、ピオレはお金には困ってないし、節約にも興味は無かった。
男の言い値を、そのまま払おうとした、その時。
「待ちなさい!」
そう声が聞こえ、ピオレが振り向くと、腰に剣を差し、革鎧を身に着けた一人の女が仁王立ちしていた。
神の試練として人間界に来たピオレの目から見ても、美しいその女性を見て、ピオレは少し興味を惹かれた。
(さて、この女は何を怒っているのだろう)
ピオレは、人間に、特に感情に興味があった。
本来やり取りをしているピオレを押しのけて、女性は店主に掴み掛らんばかりの勢いで話始めた。
「こんなメロン一個が、二十ゴートなわけないでしょ! 普通ならその値段なら二つ、いえ三つは買えるはずよ!」
店主は女性のあまりの剣幕にすこしたじろぎながらも、女性の言葉に言い返した。
「いや、でもこのお客さんが納得してるなら、横からごちゃごちゃ言われる筋合いは⋯⋯」
「限度があるでしょ! 限度が! こんな人のよさそうな方の、その人柄につけこむようなみっともない真似、よしなさい!」
ピオレはこのやり取りを興味深く見ていた。
女性の主張はもっともで、店主の値付けはとても不当だ。
ただこの女性は、本来関係ないことに首を突っ込んで、まるで自分のことのように怒っているのだ。
そのことが面白く、すこし笑顔となってしまった。
ともかく女性は、店主に一通り怒声を浴びせたあと、くるりとピオレの方を振り向いた。
「あなた、なんか笑ってるけど、自分が騙されている当事者だって、自覚ある?」
目の前のやり取りを、笑いながら人ごとのように聞いていたピオレは、そんな女性の言葉に、取り繕うように慌てて返事をした。
「も、もちろんあります、私、この人にぼったくられようとしている、そうですよね?」
「それがわかっているなら、こんな店で買うのはおよしなさい! せっかくのお金を捨てるような行動よ!」
「は、はい」
「ちゃんと相場通りで売るお店紹介するから、こんなやつ相手にしないでついてきなさい」
そう言って女はくるりと振り向いて、後ろを振り返ることもせずにすたすたと歩きだす。
しばらく女の背後を見つめたピオレは、ふと店主を見て⋯⋯
「ああおっしゃってますので、あしからず」
「お、おい!」
店主の制止を無視して、少し距離の離れた女性を駆け足で追いかけた。
女性のおかげで、結局メロンは四つ買えた。
店主との交渉も、女性が行ってくれた。
両手でやっと抱えられるその量に、ピオレは受け取るのに苦心した。
こんなに買ってもなぁ、と苦笑いを浮かべていると、そのうちの一つを女がひょいっと持ち上げた。
「これ、私が食べていい?」
「あ、はい、なんなら、ふたつでも、みっつでも」
「みっつだと、あなたをこのお店に連れてきた意味がないわ。私はそこまで欲深じゃないわ、ひとつでいいわ」
そういって彼女は、手にしたメロンを宙に投げた。
メロンが落下していく瞬間、彼女は腰の剣を目にも止まらぬ速さで抜いた。
そうは言っても、今は人間界にいるとはいえ、神であるピオレには、ちゃんと確認できた。
しかしピオレをもってしても、感心する技量だった。
メロンは、綺麗に捌かれ、地面に並んだ。
そして、よほどお腹が空いていたのか、それを飢えた獣のように食べ始めた。
「んー! やっぱりおいしい! メロンは果物の王様だわ! 止まらない止められなーい!」
そういってあっというまに、やや大きいメロンを完食した。
その後もまだお腹が空いているのか、手についた果汁を名残惜しそうに舐める女をみて、ピオレは
「良かったら、もうひとつ召し上がりますか?」
とうながした。
「え、でも、そんな、悪いわ⋯⋯」
「いえ、私は小食なのでこんなに食べられません。
捨てるわけにもいかないので、むしろ食べていただければ助かります」
「そ、そお? そう言ってもらえるなら」
先ほどと同じようにメロンをさばいた女は、さきほどと同じようにあっという間に完食した。
ピオレがもうひとつをうながすと、彼女は今度は断ることもなく、また同じようにあっという間にメロンを平らげた。
結局ピオレの手にはメロンがひとつ残っただけとなった。
指についた自分の唾液を鎧にごしごしと擦りつけながら、やがて女はピオレの方を向いて
「ありがとう。正直に言えば、三日もなにも食べてなくて、空腹で倒れそうだったの」
と、感謝の言葉を述べた。
「いえいえ、お助けできたなら、何よりです」
「クスッ、あなた本当にお人好しね。あ、私はミネバ、あなたは?」
「ピオレ、と申します」
「ピオレね。私は剣の修行のために、色々と各地を旅しているの。
あなたは?」
「んー。まあ、私も似たようなものです」
「ふーん。
あ、なら、しばらく一緒に旅しない?
あなた人が良すぎて心配だから、さ、私が守ってあげるわ。
それで……よかったら、そのかわり、時々何かご馳走してくれたらなー、なんて」
ミネバのその言葉に、ピオレは少し考えた。
正直、同行者がいる状況での旅は、勝手気ままともいかず不自由だろう。
だが、この女に少し興味が出てきていたピオレは
「はい、いいですよ、しばらくなら」
と返事をした。
「あ、そうだ、どうせなら二人で冒険者でもやらない?
路銀も稼げるし、そうしよう?」
「はい、いいですよ。
お力になれるかどうかわかりませんが」
「大丈夫大丈夫!
あなたは何もしなくていいわ、全部私に任せなさーい!
ん! じゃあよろしくね、ピオレ!」
そう言って差し出されたミネバの手は、彼女の日々の修行の激しさを表現していた。
女性らしいとは決して言えない、ごつごつとしたその手。
だが一つの道を極めようとする彼女の生きざまが表現されているようで、ピオレは彼女にさらに好感を持った。
「はい、よろしくお願いします」
そう答えて握った手の、ぬめっとした感触に、ピオレがちょっと不快感を覚えてしまったのは──
彼女が果汁を名残惜しそうに舐めまわしたのを、思い出した後だった。