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閑話・いつかの未来シリーズ① 白竜と、交渉上手な嫁

 いつかの未来シリーズでは、この世界でやがて訪れる、先の話を覗き見して頂きます。

 是非とも覗いて見てください。

「ふんふんふーん」


 それは、朝から陽気の良かったある日。


 ミネルバが鼻歌交じりで洗濯物を裏庭で干していると、突如として突風が吹いた。

 その風は収まる気配はなく、それどころか次第に強くなっていった。

 ミネルバはまず、すでに干してある一部の洗濯物を、風に飛ばされてしまわないように、とっさに守るように上から手で押さえた。


 彼女の健闘もむなしく、それでも何枚か、洗濯物が宙を舞い、飛んでいく。


 その後、突風の『原因』に心の中で文句を言いながら、自身も吹き飛ばされないように腰を落として踏ん張った。


 しばらくして──



 突風は収まり、その『原因』が


 ずんっ!


 と音を立てて、地面を揺らしながら、ミネルバの前に着地した。

 ミネルバはふんばっていた足から力を抜いて上体を起こし、目の前に着地したドラゴンの方を向いた。


 白い鱗に全身を包み、陽光を受けてそれを輝かせたドラゴンに、ミネルバは両手を腰に当てながら


「もぉー、ハク! 洗濯物干している時は、来ちゃだめっていったでしょ!

 あーあ、洗い直さないと!」


と、文句を言ったあと、飛び散った洗濯物をかき集め始めた。


 ハクと呼ばれたその白い竜は、そんなミネルバの言葉を受けて、やや不満げに答えた。


「我は偉大なる存在、白竜。

 矮小なる人の子の指図など受けぬ」


 尊大な態度で悪びれもせずに放たれたハクのその言葉に、ミネルバは洗濯物を拾う手を止めて、くるっと振り向き


【交渉】


を開始した。


「⋯⋯歯磨きしてあげないよ?」

「人の子よ、契約は成立した。

 我は洗濯中は、今後とても気を使う。

 そなたには、我の気使いに対し、歯磨きという奉仕で応じる義務を与える」


 交渉はミネルバの完勝だった。

 ハクの返事は、とても早かった。


「ふふ、もう。大げさね」


 最初は怖かったこの白竜も、何度か対面するうちに、ミネルバは次第に慣れ、恐怖など感じなくなっていた。


 そして慣れるにつれ、こう思った。



 口、くさっ!



 交渉上手で、心理戦の得意なミネルバとはいえ、ドラゴンの心理はいまだによくわからない所もある。

 しかし、ハクはいつも尊大な態度なので、口臭を指摘したらプライドを傷つけてしまう可能性を考えた。

 なのでミネルバは、それとなく会話の流れで、歯磨きする事を申し出た。

 最初は


「ふん、歯磨きなど⋯⋯まあやりたいと言うなら、やってみるが良い」


 と言ったハクだったが、実際歯磨きをしてみると、かなり気に入ったらしく、その後は『山』からミネルバを見かけると飛んで来るようになった。


 ミネルバは飛び散った洗濯物を全て集めたあと、井戸へと向かいバケツへと水を汲み、そのあと倉庫からハク用の歯ブラシを取り出した。


 ミネルバの身長程も長さがあるこの歯ブラシは、クワトロの手作りだ。

 クワトロは器用な男で、ミネルバが「こういう物が欲しいです」と伝えると、あっという間に作ってしまう。

 この歯ブラシも何度か使う中で素材、バランスなどが改良されていき、今はミネルバは愛剣を振るうが如く取り扱える。


 全体は木、そして磨く部分である毛は、あるモンスターの体毛だと聞いている。

 強さとしなやかさを備えたその毛は、実は一束売りに出せば王都に家が建つ程の希少素材だ。

 本来なら歯ブラシに使うようなものではないが、そんな事はミネルバの関心の外だった。


 ハクの元に戻り、バケツに歯ブラシの先端をジャブジャブとつけた。

 「ニチャア」と、糸を引きながら歯を剥くとともに、発生したハクの口臭に「うっ」となったが表には出さず、ミネルバは歯を磨き始めた。


 ゴシゴシと歯を磨いていると、ハクは目を細め気持ちよさそうにしている。


 そんな歯磨きは、腕の力はもちろん、体重を掛けながら全身を使って擦る必要がある、それなりの重労働だ。

 ミネルバは一方的に労働を押し付けるハクに、一言文句を言いたくなった。


「フェアじゃ、ない、よねー」


 作業で力を使うため、途切れ途切れに発せられたミネルバのそんな言葉に、ハクは片目だけ開いた。


「フェアではない、とは?」


 磨かれながら、ハクが尋ねる。

 ミネルバも最初は驚いたが、どうやらドラゴンは口で話しているのではなく、それは竜独特の魔法的な力らしい。


 この巨体が空を飛べるのも同系統の魔法の力で、人語を話すのは長く生きたドラゴンの内の一部が、暇つぶしに覚えるものだとクワトロに教わった。


「だって、私はこんなに、大変、なのに、あなたは、気を使う、だけ、なんてさー」

「当然だ。

 我は誇り高き白竜。

 矮小な人間とは対等であるはずも無かろう」


 その言葉に、ムッとしたミネルバは、歯磨きの手を止め、ブラシの毛先と反対の部分を地面に立て、杖のようにした。


 歯磨きを中断されたハクが目を開けて


「なぜ、手を止める」


 と抗議をする。


「いえいえ、誇り高き、偉大な白竜であるハク様が、矮小なわたくしごときに、不当な契約を一方的に押しつけるんだなーと思いまして!」


 と、ミネルバが言った瞬間──


 ハクは、ミネルバへと尻尾を振った。

 ミネルバは思わず、そんなものでは受け止められるはずもないというのに、反射的に歯ブラシを構えた。


 そして当たり前だが、すぐにその行動が無駄だとわかったので、迫りくる尻尾に対して、恐怖から思わず目を閉じた。



 尻尾が振られた勢いで発生した風が、ミネルバの髪を舞い上げ──



 しばらくしてから、ミネルバが目を開くと、ハクの尻尾の先端部分がそこにあった。


「選べ」


 そんな唐突なハクの言葉の意味がわからず、ミネルバは


「⋯⋯選ぶ? 何を?」


と聞き返した。


「人間ごときに不当と言われれば、いささか納得がいかん。

 そこに、逆さに生えた鱗が四枚あるだろう。

 その内の一つを選んで触れるがいい」

「この中から?」


 ハクの言葉に、ミネルバは尻尾に生えている鱗を目で追った。

 ひとつひとつがミネルバの顔ほどある鱗を見ていると、確かに四枚ほど流れに逆らって生える鱗があった。


「⋯⋯この内の一つに、触ればいいの?」

「うむ」


 よくわからない流れになってしまったことにやや戸惑いながら、ミネルバは歯ブラシを地面に置いたあと、そのうちの一つにペタンと手を乗せたあと、そっと離した。

 しばらくすると、ミネルバの触れた鱗が淡く光り、剣の柄が浮かび上がってきた。


「⋯⋯なんか生えてきたけど?」

「引き抜くがいい」


 ハクのその言葉にうながされ、ミネルバは右手で剣を掴んで、上へとあげた。

 すると特に抵抗もなく、剣がするりとハクの尾から抜き出された。

 尻尾の、抜き出された部分にミネルバが目をやると、鱗は逆さではなく、他の鱗と同じように生え変わっていた。

 ミネルバは不思議なものを見て、しばらくは放心状態だったが、やがて自分が引き抜いた剣を観察した。


 波をイメージさせる、みごとな装飾を施された鞘だった。

 冒険者として武器の扱いに慣れていたミネルバは、するりと鞘から剣を抜いた。

 鏡面を連想させる、磨き抜かれた刀身が姿を現す。

 刀身自体にも波紋のような模様が刻まれ、そこに当たる光は不思議な反射を見せた。


「なんか、凄そうな剣ね⋯⋯」


 そう言ったあと、ミネルバは軽く振って驚いた。

 今まで何本もの剣を使い、そのどれも使いつぶすほど使い込んできた来たが、過去にないほどの剣との一体感を感じたのだ。

 その後も軽くミネルバが剣を振っていると……


「矮小な人の身には、正直に言えば、やや過ぎたる物だ」


 ハクのその言葉に、ミネルバは剣を振るのをやめ、それが先ほどのミネルバの感想に対しての返事だと気が付いた。

 ミネルバは剣を鞘へと納め、それを地面に置いてから歯ブラシに持ち替えて、土のついた先端をバケツで汚れを落としてから、歯磨きを再開した。


 ごしごしと歯を擦っていると、ハクは再び目を閉じた。

 作業を再開してしばらくしてから、ミネルバは


「過ぎたるものとか、大げさなこと言っちゃって。

 どうせそれも『ドラゴニックジョーク』、なんでしょ?」


 とハクに問いかけた。

 ミネルバの問いに、ハクは特に答えなかった。





 ⋯⋯気持ちよくて、寝ていたのだ。







 ミネルバはここでの暮らしに慣れてしまっていたため、すっかり失念していた。



 ──目の前の存在が、神のごときと評されることを。




__________



 ミネルバが引き抜いた剣は、過去この世界を恐怖に陥れた『邪神』との間で、壮絶な戦いを演じた四英雄、その内の


『剣帝』


と呼ばれた女傑、ミネバの愛剣【海断ち】。


 後年、このエピソードと【海断ち】によって引き起こされるトラブルにより


『冗談によって想定外の問題が起きること、またはそれを引き起こすような冗談』


 という意味で


『ドラゴニックジョーク』


 という言葉が辞書に載る事になるのだが、それはこの未来より、もう少し先の未来だ。








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