第8話「別れを告げるもの」
「どんな気分?悪いけどそこまで怖いと思わない。女神ってそんなに強くないんだね」
レスナの自信満々な発言に、キャロラインは一歩も引かない。
むしろ挑発気味に返してレスナの反応を楽しんでいる。
「ふん」
マクシミリアンが専愛の女神モアの力により体の自由を奪われたことで状況は4人対2人。
レスナは杖を振り、風を操って深緑色の葉をマクシミリアンの近くに漂わせた。
「降伏したらどうだ?お前の大切な父親なのだろう?」
「神が人間を脅すんだ?」
「私はお前が人間であるという前提から疑っている」
それを聞いてキャロラインは左手を前へ。
レスナに向けて右手が動いたところでクロアが気づく。
「…弓の動きと同じだ…」
「弓?アレから繰り出される謎の攻撃で腹に穴が空いたのさ!それが弓っ?」
「でもキャルは何も持ってないよ」
「アルタは甘い。私は違う。所詮子供だましでしかない」
「ふっ」
レスナは変わらず強気。
それを穴が開くほど見つめて狙いを定め、キャロラインは矢を放つ動作を見せる…と
「レスナ!」
「アルタ。お前はさっきから……」
心配の声を上げるアルタに振り向き、違和感に気づく。
床に何かが落ちる音。手元の物足りなさ。
ふと見れば、あるはずの場所に左手がない。
視線を床に移せば、そこには杖を握ったままの左手が落ちている。
「本当に死なないの?でも、治る前に全部吹っ飛ばされたらさすがに死ぬんじゃない?」
レスナがキャロラインに向き直ると同時にキャロラインは再び
「ふっ」
「生意気な」
被弾は免れないと理解し、クロアを押す。
神の体をこれだけ簡単に破壊出来るのであれば、人間のクロアには掠るだけでも致命傷になりかねない。
そのままの勢いで倒れるように転がり左手ごと杖を回収。
「別れを告げろ」
仕返し。杖を振るとマクシミリアンに葉が襲いかかる。
葉の全てが刃物のような鋭さを有し、風に乗って踊る。
マクシミリアンの体を包む白い布に赤い染みが浮かび上がる。
「やめろぉ!」
「降伏か、別れかだ。すぐに決断しなければ間に合わないぞ」
《構わナイ》
目の前で父親を傷つけられ怒りがこみ上げるキャロライン。
その隣に立つのは
「お母さん…」
《死は訪れない。ずっと……》「い」
《ダが、向こうハ違う》
母親の手から伸びる剣。
延長された黒い刃は不幸にも勇敢な少年の胸を容易く貫いていた。
「…クロア?」
「ソフィー、任せるのさ。施しのチアン。今こそお前の力を」
「やめておけ。チアンの力まで注げばクロアの体が腐る」
「…死なせるわけにはいかないのさ」
「体が崩壊すると私は警告したぞ」
アルタはクロアを引きずり下がる。
この場からなるべく離れるように…しかし、ソフィーとアルタを置いていくわけではなく。
《望むのなら、踊ロう》
キャロラインの前に立ち、母親が剣で突きの動作を繰り返す。
踊るように繰り返された突きは、その度に刃が伸びてソフィー達に迫る。
「ソフィー。私はマクシミリアンを殺す。お前が戦え」
レスナは杖を振り回した。
葉の動きが加速し、マクシミリアンを傷つけていく。
「死者の体に細工をしたか。やけに硬い」
「お母さん!」
《女神よ、》
「キャル!」
《死ね》
レスナを狙う母親。
ソフィーは光線で彼女の剣を撃った。
が、攻撃は中断されたものの。
《無意味ダ》
剣は破壊出来ず、それを持つ手にも影響はない。
「こんなのがキャルの望んでた幸せなの!?死んじゃったお父さんを無理やり蘇らせて!探してたお母さんは魔王で!一緒に旅をしてきた私達に簡単に死ねとか言っちゃうの!?」
ソフィーはどうしても諦められず、キャロラインへの想いを光線に乗せて何度も浴びせる。
しかし光線は母親が全て手で叩き落としてしまう。
《キャロライン》
「私が家族といることを悪く言うな」
弓を構える動作。そして、即座に右手を引き
「それから、私がこの国の王だから」
「っ!」「ふっ」
ソフィーがこれに反応。
直前で光線を撃ち、キャロラインの攻撃に合わせる…すると、空中で光線は何かに激突し弾け飛んだ。
「お母さん。お父さんを助けて」
《……》
キャロラインの願いを聞いて母親が動く。
足があるのにそれらは動かず、微妙に浮遊してレスナの元へ。
それを見届けると、キャロラインとソフィーは改めて向かい合った。
「邪魔させない。ここからは本気で戦う。…ソフィー、誰が相手でも殺すから」
「私は女神だから。キャルが正しい道を選べるように、…そのためにあなたを正します。多少手荒なやり方になるけど、それくらい本気ってことだよ」
「うああああっ!!」「キャルーッ!!」
声を張り上げ飛び込む。
互いに突進。肩や膝がぶつかり生まれた若干の痺れを無視してキャロラインが再び見えない弓を引く。
ソフィーはよろけながらキャロラインへ再接近し前転で飛び込む。
間合いを潰され攻撃を中止するキャロライン、彼女の足をソフィーは掴んで
「正気に戻って!!」
引っ張った。
転ばされ尻もちをつくキャロラインは足を暴れさせて手を振り払う。
慌てて立ち上がり光線を警戒しながらソフィーに馬乗りになると、力強く拳を握り振り下ろした。
「痛くない!」
「なら…!」
打たれるままのソフィー。
より力を込めたせいで乱暴に振り下ろされる拳は狙いが雑になり、鎖骨、防御する腕、額、頬の順で殴りつけていく。
「全然!私より力ないんじゃない!?鍛えたら!?」
「そう?でも避けられないでしょ?」
殴るのを諦めたキャロラインは、馬乗りのままで弓を引く動作を見せる。
この距離で攻撃されれば、アルタの脇腹…レスナの左手…に続き吹き飛ぶのは
「頭ごと…」
「アラビタ。力を貸して」
ソフィーの胸元に十字架が浮かび上がる。
「っ!」
反撃を予知したキャロラインが飛び退く。
それを見て微笑んで見せると
「アラビタは優しいから、攻撃する女神じゃないよ?」
今のはハッタリだったと種明かしをするソフィー。
キャロラインが驚いた隙に駆け込み、彼女に体当たり。
脇腹に触れて
「アルタのお返し」
光線を撃った。
「ぎうっ!?」
「次はレスナの」「私の目を見ろ」
「……え?」
ソフィーは攻撃を阻止したいキャロラインなりのハッタリだと確信していた。
無視して攻撃を続行するはずが、無意識に彼女の目を見てしまった。
「震えろ。恐怖しろ。力の差に、身分の差に。…お前は女神でもなんでもない、ただの村娘。それも、滅びた村の」
「や、やめ…」
「魔物一匹に好き放題食い殺された村。ミフィーリア。その村の」
「やめてよ…」
「残念な生き残り」
「ううぅ…!」
キャロラインはソフィーの両肩を掴み、ブツブツと聞き取れない声量で何かを唱え
「ふっ」
「っ!!」
弓の動作を省略して、ソフィーの肩を吹き飛ばした。
両腕が外向きに大きく捻じれ、肩との接続が苦しくなる。
肉が無くなり痛々しい姿になった肩の名残り。
「あ……」
「お母さんはレスナを殺してお父さんを治す。私はソフィーを殺して、アルタを殺して、クロアを殺す。ソフィーとクロアは蘇らせてあげる。でも、その時にはもう私達家族には逆らえないからね」
痛みは多少感じる。
しかしそれ以上に常識破りな攻撃による被害への驚きが強く、ソフィーは思考が停止する。
キャロラインが何を言ってるかなど、どうでもよくなっていた。
「お前を守ってやりたい…でも、どうするのが正解なのか分からないのさ…!クロア…!」
弱音を吐くアルタは、一気に衰弱するクロアを助けようと必死だった。
しかし、これ以上彼の体に女神の力を使うのは逆に悪影響をもたらしてしまう。
実際、アルタに出来るのは励ますことくらいだった。
呼吸が弱くなる彼に何度も呼びかけ、体を揺らし、意識を失わないように軽く頬を叩く。
「分かっているのさ。子供のお前にこれ以上酷い目には…」
返事はない。それでも、彼の目を見れば怯えているのが分かる。
クロアにはきっと、すぐそこまで近づいている"死"が見えている。
どうしても、どうしてもそれだけは。
アルタは「本当にすまない」とクロアに先に謝罪。
そして
「クロア。お前が死ぬことを、このアルタが"許さない"」
彼女が使ったのは、自身の女神の力。
しかし使われたのはこれまで人間に使ったのとは違う。
「うぐぅ!?ああっ!ああああっ!!」
「そうさ。起きろ」
「い、痛い!痛いぃっ!」
「もう少し。痛みに慣れて、感覚が麻痺するのさ。そうしたらお前はもう一度立ち上がれる」
「アルタ…さまっ…」
「女神の中で唯一本気になってしまっているのさ。出来るならこの力は使いたくない。でもすでに2回使ったのさ」
優しくクロアを寝かせ、アルタは立ち上がった。
「許さない」
レスナと戦闘する母親の動きが止まる。
それを見て
「私が唯一お前を尊敬するのは、甘さに隠れたその厳しさだ。神王が与えたその力…羨ましい」
「黙れレスナよ。…マクシミリアン・ストーン。如何なる魔術でもお前に作用することを許さない」
「なん…だ…と…ぉ……」
マクシミリアンの体から煙が発生。
急速に肌が老化していくのは生気が抜けていくから。
あっという間に体がやせ細り、マクシミリアンは動かなくなってしまった。
「血も魂も失った。もう蘇らせることも出来ないのさ」
「お父…さん…!お父さん!!」
そこへキャロラインが戻る。
アルタが視線を移すと、彼女と戦っていたはずのソフィーは床に倒れていた。
「お母さん!なんで動かないの…?ねぇ、お母さん!…え…?」
「お前の父親は改めて死んだ。もう細工は効かない。魔法も受けつけない。真の意味で死んだ。母親はアルタが動きを封じた。次は」
「お前なのさ」
「うううううううううううううう!!!!」
言葉に出来ないまま怒りと悲しみを叫ぶキャロライン。
「許さない」
慈悲など不要。アルタが彼女の動きを封じる……。
静かになった空間。
レスナは体を震わせるクロアの元へ。
アルタはソフィーの元へ。
「チアン。お前の力でソフィーの体を治すのさ」
「…キャルは?」
「止まった。もうこんな力、2度と使いたくないのさ」
「まだ生きてる?」
「会話は望めないのさ。覚悟を決めたら、"さよなら"をするだけ…。もう戦いは終わりなのさ」
「………」
吹き飛んだ肩が戻り、細かなものも含めて全身の傷が癒えたソフィーはアルタを抱き寄せた。
「すまない、ソフィー」
どうしてやることも出来ず、アルタは謝った。
「クロア。ふふ、お前は人間にしてはとても強い肉体を持つ。私が褒めているのが分かるか?」
「…は、はい」
「お前はいくつもの女神の力を体に宿し、更にはアルタの怒りまで受け止めた。並の人間ならば体が砂に変わっていただろうに」
「……でも、まだ体は痛いです」
「お前は死ななくなった。アルタが許すまでは。その代わりに女神の力が体から取り除かれたというわけだ」
「…頭が…揺れて…」
「もう心配しなくていい。終わった。邪悪は全て滅ぶ。お前は寿命の限りを生きてアルタに"連れて行って"もらえ」
レスナが勝利を伝えると、クロアは激痛に苦しみながらも小さな笑顔を見せた。
少しの休息。
ソフィー、アルタ、レスナは今一度"母親"の前に立つ。
「殺して終わりだ。これだけ簡単に済ませられるのにアルタはどうしても力を使いたがらない。何故だ?」
「神のお前には一生理解出来ないのさ」
「神の一生か。やはりお前は好かない」
「………」
「ソフィー。分かっているだろうがお前がとどめを刺せ。あの娘を変えたのは他の誰でもなくこの」
レスナが言い切るより先に、母親の頭が光線で消し飛ぶ。
支えを失ったように残った体が床に倒れるが、ソフィーはその体にも光線を放った。
何度も何度も何度も。光線が母親の体を消していく。
最終的に肉体の全てを消し去り、
「よくやった」
レスナの褒め言葉を無視して次はキャロラインの前へ。
「辛いのは分かるのさ。どうしても難しいのなら、」
「いい」
アルタが助力を申し出るが拒否。
瞬きすらせず、時が止まったままのキャロラインを見つめるソフィー。
「こんなことになって…すごく悲しい。キャルのこと迎えにきたはずなのに。なんでキャルと殺し合いみたいなことを…。こんな別れ方…私も嫌だよ。でも、でもね。魔物の国は滅ぼさなきゃいけない。魔王は死んだから、もう」
《我が死ヌ?何をふざけている》
聞こえた声に背筋が凍る。
ソフィーが振り向けば、そこにはいくつもの黒い刃に体を串刺しにされたアルタがいた。
「アル…タ…」
「ふざけた魔王だ!」
レスナが駆け寄り、杖を振る。
《死ね、女神共》
「ふが、が、あ、が、う、あっ、」
「レスナ…」
杖を振っても攻撃に至る前に黒い刃に襲われてしまった。
レスナの体もアルタと同様に出鱈目に体を貫かれ、動けなくなってしまった。
2人が沈黙し、
《お前で終わりだ》
消し飛んだはずの体が当然のようにそこに存在する。
そして無数に分岐した黒い刃を次はソフィーに向ける。
「あなたは本当にキャルのお母さんなの?だから怒ってるの?娘を殺されたくないから…」
《……》
「キャルが大切なら、愛してるなら、こんな場所に居させないで。人間と幸せに暮らすべきだから。キャルのことを何も知らないで嫌ってる人間は多いけど、キャルのことをたくさん知ってて大好きな人もいるんだよ。…たとえば、私がそう。キャルは命の恩人。キャルには幸せになって欲しい。でもそれは、魔国で魔王と一緒に暮らすことじゃない」
《…私の娘だ。母親と共に生きるのは当然。家族と共に生きるのは当然》
「でも人間の両親はいなくなった」
《何も知らないのはお前も同じ》
「そうだよソフィー。お母さんは…ナタリア・ストーンは魔王にならなきゃいけなくなっただけ。私のお母さんなのは変わらないんだよ」
「キャ」「私は私が大好きな"家族"と生きていく。それにね、世界中の人達はみんな私達のことを詳しく知ってて嫌ってる。どっちかっていうと、ソフィー達が私達のことを知らなすぎたんだよ」
振り向く隙もなく。
ソフィーの背中に触れ、なぞるキャロライン。
背後から心臓の位置を確かめるように。
「別れを言うのは私達の方だから。…さようなら、ソフィー」
/////////////To be continued...




