第5話「ようこそ。エンヅォルトへ」
ようやくたどり着いた魔国エンヅォルト。
その土地に踏み入れるだけでも長い旅になってしまった。
なのに、到着してからはあっという間。
ソフィー、クロア、アルタ、レスナ。
1人の子供と3人の女神は、今。
「体が…重い…」
「レスナ。やっぱりやりすぎだったのさ。クロアは」
「クロアは人間だ。ここは魔国の城。体の変化ではなく、城が生命力を取り込もうとしている」
「不思議。城の中は暗い。なのによく見える」
レスナの見解が正しいのか。
クロアはソフィーの隣で少し猫背気味になりながら歩く。それは彼の言う通り体が重く感じるからなのか、別の不調からなのか。
アルタはなるべくクロアから目を離さないように気を配りながら、レスナにも視線を送る。
それは女神の中で最も好戦的と言えるレスナがやけに期待した顔をしているからだ。
アルタ自身もこの城の奥に待ち構えている存在を察知している。ここまで来てあの気配に気づかない方がおかしい。
「ずっとまっすぐなのかな?変な廊下だね」
ソフィーは1人だけ違った。
クロアのように不調ではないし、アルタのように周りを心配してはいないし、レスナのようにすぐ先に待つ戦いに期待しているわけでもない。
単純に城の内装を気にしていた。
扉が閉ざされて、明かりの一切がない城内は真っ暗になるはずだ。
一行の視界を奪い、その隙に襲ってくる可能性だってあった。
なのに、真っ暗な雰囲気はあるのにしっかりと通路が先の方まで見える。
どこまでも遠くまで廊下の両脇に燭台が設置されているような。
目に見えるものとしては、このどこまでも続いてるように見える廊下…これもソフィーは気になっていた。
外から見て確かに城は巨大だった。だから内部でそれなりに長い直線の通路があってもそう不思議ではない…が。
他に部屋や分岐した通路があるわけではない。城に入ってからすぐ、ずっと直線の廊下だけが続いているのだ。
城はどこまでも高かった。ではどこかに階段があるのだろうか?
あれだけ巨大な城なのに、部屋はひとつも存在しないのか?
「黒い絨毯に黒い壁。わざとなのかな」
「……全員止まるのさ」
アルタが足を止めた。
「警戒しているから多少歩く速度は緩やかになったのさ。それでもこの城の構造はおかしい。永遠に歩かせる罠かもしれないのさ」
「アルタ。我々の目的はこの先から気配を発している。すぐ目の前だ」
「だからそれが罠なのさ。目の前に人参をぶら下げられた馬のように愚かなのさ…」
「罠なの?じゃあ本当はどこに行けばいいんだろう」
「まさかこの城自体罠だなんてこと…」
「う…」
「クロア」
倒れそうになるクロアをアルタが支え、続いてソフィーがしっかり抱き起こす。
心配する2人…だがクロアは
「………?」
上を見たまま口を開けている。
「ま、まさかクロア…お前女神の力に耐えられず」
「…違う。上を見ろ」
クロアを追うように全員が見上げる。
するとそこには
「…鏡か?私達が…」
「どういうことなのさ」
「え?あれ、何!」
天井には同じように見上げている4人が反射して映っていた。
しかし、ソフィーが指さすのは4人から少し離れた位置から近づいてくる
「魔物…!…っなに?」
レスナは反応するが、周りを見回してもその存在は見当たらない。
アルタも同じように行動するが結果は同じ。
「どんどん近づいてくるよ!…みんなあっち!走って!」
耐えきれずソフィーがクロアの手を引きながら走り出す。
4人は来た道を戻るように何かから逃げ出した。
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「う、この大きな扉…まさか入口まで戻ったのさ!?」
「だってずっと追いかけてきてたよ!?」
「天井の鏡には映るが私達には見えない魔物、ということか。クロアにも見えていないあたり、神への対策というわけでもなさそうだ」
「入口まで…入口まで…」
「アルタ、そこ気にするの?」
「…こんなとこまで戻ったらいよいよ手詰まりなのは決定的なのさ。一本道しかないのに先には見えない魔物。そして魔物は入口までは追ってこない。分かりやすい嫌がらせなのさ…!」
「天井には映る。のであれば鏡を見るのと戦うのを分担すれば対策にはなる。そして役決めは考えるまでもなく攻撃がクロアとソフィー。私とアルタが天井を見て指示する。それであの魔物を蹴散らし先へ進む。それで問題ないだろう」
「それで解決するならそれでいい。でも前はあんなのいなかったのさ。あぁ、カヒリとしばらく共に行動していたせいかあいつの考え方が伝染したみたいなのさ…」
「カヒリの考え方?何それ」
「意味不明なことをぶつぶつ呟いたかと思えば、斜め上の予想をしていたりするのさ…今回の場合だと…"鏡の中なら倒せるけど、そのままだと一方的に殺される"」
「余計な心配をする人間の戯れ言だ。行くぞ。あの魔物が"番犬"なのだろう」
「じゃああれを倒せたら先に行けるってこと?」
「……」
レスナが戦法を提案したことで、もう一度先に進むかどうかで意見が割れた。
が、ソフィーはレスナの一見前向きな提案に賛成。アルタは反対するがクロアはどちらでもなく
「ふぅ…はぁ…」
「長居は出来そうにないな」
「なら今は外に」
「アルタ。私達がやり遂げる。元々お前もここまで来れるとまでは考えていなかったのだろう?カヒリとギーナは確かに人間にしてはおかしい力を持っている…だが」
「ああもう!先に行けばいい!分かったのさ!」
アルタが折れることでもう一度先に進むことにした一行。
クロアの体調を考慮しても、さっさと先に進みたいところ。
「すでにクロアはこの場所に命を賭けている。焦りは身を滅ぼすぞアルタ」
「いいから上を見ているのさ」
「私達は前。クロア、しっかり。キャルのためにも」
「うん…」
ソフィーがキャルという名を口にする度、クロアは持ち堪えるように頷いた。
しばらく歩いていると、
「…出たのさ」
「少し引きつける……。ソフィー、お前の正面だ」
「分かった…。えいっ!!」
レスナが攻撃を指示すると即座にソフィーは光線を放った。
「当たっ…!っ……」「なっ…」
が、アルタとレスナは同時に反応を見せた。それは直接言葉にする必要のない失敗の知らせ。
「だめ…?」
「通り抜けた…」
「まずい、」
視線をソフィーへ移し落胆するレスナ。その横で見上げたままのアルタは何かを伝えようとするが
「あぐぅっ!?」
「ソフィー!」
「うぅぅっ…」
「何事だっ…あ…」
「囲まれ…さ…っ」
敵が1体とは限らない。
アルタは首を絞められながら、カヒリの顔を思い浮かべていた。
"過剰に心配しても備えになるなら問題ない"
独り言の多いカヒリにアルタが追求した時に言われた言葉。
馬鹿げたものも含め、あらゆる事象を想定する…それは、カヒリの強さの一部でもあるのだ。
想定して、自身が対処出来ないのであればその危険にはわざわざ近寄る必要はない。
アルタは城の入口まで戻った時にカヒリと同様に様々な展開を考えていた。
しかし自分でその思考を抑えてしまった。もう一押し…、思考を深めていれば。もしかすれば。
「全く。中途半端なのが一番良くないのさ」
次の瞬間、アルタは自由になっていた。
それは床に座り込み咳き込む他の3人も同じで。
「…アルタ」
「何したの…?」
「なるべく使いたくない力を使ったのさ」
レスナはアルタを見上げる。
ソフィーも同じく彼女を見上げる。
「もうカヒリには幼女女神なんて呼んでもらえないのさ」
基本的に格好は変わらない。しかし、肉体と声が大人の女性に変わったアルタがそこにいた。
彼女は少し残念そうな表情をしていた。
「すごく…綺麗…」
「ようやく本気になったか」
「あのままではクロアだけが無駄に死に、女神3人は魔王に捕らわれる。愚かな選択をしたと反省するのさ…レスナ」
「…ならばアルタ。ここからはお前が先導しろ」
「元からそのつもりなのさ」
ソフィーはアルタから目が離せなかった。
幼い子供の姿から突然大人の女性になった…それだけでも驚きだが、その容姿の美しさに驚いていた。
これまでの旅でソフィーはたくさんの人間を見てきた。
真実の女神の力で彼らの顔も記憶している。
すれ違っただけの美人なお姉さん、男勝りな性格の可愛い姉妹の妹、幸の薄そうな顔をしているのに妙に魅力的な鍛冶屋の一人娘…
今のアルタはソフィーが見てきたどんな女性よりも
「ソフィー、立つのさ。先に行く」
「え、あ、うん」
「何をそんなに見つめることがあるのさ」
「アルタ、すっごく綺麗だなって」
「お前、どうやらまだ記憶が完全じゃないのさ」
アルタは少しだけ照れながらソフィーを茶化した。
4人は歩き出す。
相変わらずの直線だが、さっきまでのと今の廊下では雰囲気が違う。
「禍々しい」
「レスナ。クロアから絶対離れるんじゃないのさ」
アルタとクロアが位置を変わった。
アルタとソフィーが前を歩き、クロアとレスナがそのすぐ後ろを歩く。
クロアは大量の汗が止まらず、呼吸も乱れていた。
「ねぇ、見えたよ…?でも」
そして、ついに、廊下に終わりが見えた。
しかしそれは
「ただの…行き止まり?」
先に見えるのは黒い壁、のみ。
アルタは口数を減らし警戒を強める。
「どうする。引き返すか?まさか本当にこの城そのものが罠だとでも言うのか…なんという…」
レスナに人差し指を立てて黙らせるアルタ。
そしてゆっくりと天井を見上げる…映る4人、廊下、そして行き止まりの壁……の代わりに存在する……
「階段!?」
「さっきの魔物達は先に進むための答えだったのさ」
「どういう意味?レスナは分かる?」
「分かる。だが、その答えは同時に無理難題でもある」
「今見えている天井の鏡の世界、そこに入るのさ」
「アルタ…私、ちょっとよく分からないかも」
「どういう仕組みかは知らない。でもさっきの魔物はこっちの世界にも存在するが、実体は鏡の向こう側に存在していたのさ。ずっと歩いてきたこっちの世界は正しくない。鏡の向こう側がこの城の正しい世界…」
「え…」
「その向こう側に行くことが出来ないと、私達は永遠にこの直線の廊下に悩み苦しむことになる。入口の扉も、今となっては開くことが出来るのか疑問だな」
「ど、どうするの?」
「それを考えるのさ。考える頭は4つもある。魔物が来ても返り討ちにしてやるのさ」
そうして4人は、神でさえ考えたことのない"鏡の向こう側"に行く方法を考えることにした。
/////////////now loading......
子供ですら馬鹿にするような前代未聞の問題の解決策を思案してしばらく。
クロアは壁に背中を預けて座り休み、アルタはその場を歩き回りながら考え続け、レスナは直立したまま考え続け、
「うーーー…鏡の向こう側…よく分かんなくなってきた。鏡ってさ、自分の姿を見て服とか髪とかお化粧を整えるために使う物だよね。なのに、その鏡の…あぁ…もうだめ…」
ソフィーはその場で仰向けになり、足をバタつかせる。
「ならば静かにしていろ」
レスナは気が散るとソフィーが足を動かすのを止めるように言うが彼女は止めようとしない。
「だって…あまりにも静かだし、他に何もすることないし、本当は怒りたい気分なんだよ?」
「苛立ちを発散する方法が間違ってるのさ」
「そんな事言ったって…えい」
ならばと今度は壁に足を這わせる。
側壁に合わせた足裏。そして
「なんかさ、このまま壁が地面になって立てたら面白いよね……あれ?」
また馬鹿なことを。
そんな気持ちでアルタとレスナがソフィーに目をやる。
そこには"横向きに立つ"彼女がいた。
「壁に足を付けて立っている…」
「これは何かの冗談なのさ」
「ねえ、みんなも真似してよ。廊下に寝て、壁に足を…ほら、早く!」
ソフィーは変わらず常識を外れた形でそこに立っている。
アルタに起こされたクロアが、続いてアルタが、渋々レスナが彼女の真似をすると
「…この城は色々とおかしい」
「壁に立つ…としか言いようがないのさ…」
「こんな風に"歩いて"木を登れたら…」
現実離れな展開に、クロアが不調を忘れて想像を膨らませた。
「ということは、同じ方法で天井に立とうとしたらどうなる?」
「みんなで一緒に」
「うん…」
「よ、よし…せーので行くのさ。…せーの」
再び"側壁"で寝転がったあと、全員同時に天井に足を付ける。
そして
「あ」「落ちる!」「…っ」「ひっ!」
4人はそのまま天井の鏡の中に"落ちた"。
反転した世界の床に体をぶつけ、痛がりながら立ち上がる。
そして、改めて。
「鏡の向こう側…だね」
「階段が目の前にある…」
「こ、今度は魔物の姿もちゃんと見えるのかな…」
「次からは遠慮なく攻撃出来るはずなのさ。正直ついていけないところもある。でもこれで先に進めるのさ」
4人は階段を進む。
「これ、上に行ってるのかな。それとも下?」
「考えるのはしばらく遠慮したいのさ。何か大変なことが起きるまで静かにしているのさ」
「はーい」
「……ソフィー、何が言いたい」
「……え?」
「見たことがあるぞ。人間は自分の成果を図々しく主張する者と素直に主張出来ない者がいる。お前はその両方だ」
「だ、だって私が床に寝転んで足をわーってやらなかったら絶対分からなかったよね?」
「やれやれ…」
4人はそこで黙った。足も止まった。
階段はすぐそこで終わる。
しかし、簡単に足を踏み出すわけにはいかない。
視線の先、階段が終わった先に見えるもの。
それぞれ別の向きで宙に浮遊するテーブルなどの家具達。
それらが存在しても余裕が多すぎるほどの広い部屋。
壁に逆さまにかけられた家族の絵。
鮮やかな血の色をした絨毯、幕…布の数々。
廊下のそれよりもさらに黒く、浮遊感のある壁。
部屋の再奥に並ぶ3つの大きな玉座。
こちらを見つめる3つの視線。
見覚えのある1つの顔。
「……キャル」
小さく呟いたソフィー、そしてクロアが先に部屋に入る。
追うようにして遅れてアルタとレスナが部屋に入ると
「良かった。生きてここまで来られたんだね」
まだ距離はあるのにすぐ隣で話しているように声が聞こえる。
「キャル!キャル!大丈夫!?助けに来たよ!」
ソフィーが返事をして、走る。
「もしかしてクロア?そんなにたくましい体だった?」
まだ細部を観察出来るほど近くない。なのに分かったように聞く。
「キャルを守るために……」
クロアも走り出した。
「レスナ」
「あぁ。いつでも用意は出来ている」
女神2人はソフィー達を追う。
4人は何事もなく玉座の前に到達する。
「キャル…!」
再会を喜ぶソフィー。
玉座に座り足を組むキャロライン。
艶やかな金髪は後ろから前へ流して胸元に。王女らしく黒を基調とした豪華なドレスを着て、耳や首元には宝石が光る。頭には王冠を被っていた。
「お前は…」
レスナが見るのはキャロラインの左側。
隣に大胆に足を広げて座るのは、一国の王だった男。
勇者として、選ばれし者として魔の者と戦った男。
首までの全身が白一色の布で覆われている。
髪は乱れ、少し気怠い顔をしている。
「……」「……」
無言のクロアとアルタ。
キャロラインの右側。
隣に座り2人を見つめるのは、美しい女性。
肌は白く、金髪は床に着いても余るほど長い。
キャロラインのよりもさらに黒が主張するドレスを着て、一見杖に見えるような細長い剣を逆さにして杖を扱うように持っていた。
「ようこそ。エンヅォルトへ」
キャルの挨拶に、ソフィーが戸惑う。
「ようこそって。…違うよ。キャル。帰ろう?」
恐る恐る手を差し出すソフィー。
「ソフィー。私は帰る必要なんてない」
「悪い冗談。…ねぇ、カヒリ達も来てるんだよ。チャドも。みんなでキャルを助けに来たんだよ」
「ありがとう。でも助けてもらう必要ない」
「アルタ!レスナ!キャル多分操られてる!」
様子がおかしいと感じたソフィーが2人に助けを求める…が、その2人もすぐには反応しなかった。
「……」「……」
「ねぇ、何?どういうこと?」
「キャル。この人達は?」
クロアが聞く。
「そっか。紹介してなかった。…私のお父さんと、お母さんだよ」
レスナがクロアの手を引き無理やり下がらせる。
レスナが彼を守るように手繰り寄せたのを見て
「女神レスナ。そっちはアルタ。2人は何しに来たの?」
キャルが問う。
「ねぇ、キャル。変だよ。正気に戻って」
無視して声をかけるソフィー。
それに対応するように母親と紹介された女性は剣先を床に叩きつけた。
「っ…」
「ソフィー。もう考えを改めろ。薄々分かっているはずだ」
「レスナ…」
「その娘は操られてなどいない」
「嫌だ…」
どうしても否定したいソフィーに、キャロラインがとどめを刺した。
「聞きなおしてあげる。あなた達4人は、"私の国"に何しに来たの?」
/////////////To be continued...




