第12話「お父さん」
昼が存在しない。
太陽は、この国を避けている。
私はどれだけの時間をここで過ごしたんだろう。
何日?何ヶ月?何年?
実際はそんなに長くないかもしれないけど、私にはとても長く感じる。
「ごちそうさま」
今では魔物の肉を当然のように食べられる。
4回は生肉のままでも食べた。
血が生臭いし、肉は焼いてないから反射的に吐き出したくなる柔らかさ。
でも…生で食べて寝ると、起きてからは頗る調子が良い。
……今の私は、口臭を除けば前よりずっと元気で強い。
「始めよう」
ウォーグは私を鍛えてくれる。
何も持ってないし、戦えないとこの国ではいざという時にどうしようもなくなるから。
ウォーグ達は私を守ってくれてるけど、狼人間より強い魔物が襲ってきたらその時はこの関係も終わる。
きっと全員がバラバラに逃げてお別れ。
1人でも生き残れるように…というのは違う。
本当の目的は、お母さんを探し回るため。
弱いままでは情報を聞き出すことが出来なくて、その人間を寄越せと魔物達は私に目をつけるだけになる。
……力で無理に聞き出す。そのために、強くなる。
《ガルル…》
狼人間は単独でも複数の群れでも戦闘出来る。
単独の場合は、足裏の柔らかさを活かして音を消して、見えない位置から一瞬で敵との距離を詰める。
群れなら複数で敵の手足を噛んでしまえば後は成り行きでどうにでも。
私は最終的に、ウォーグ達を全員同時に相手して勝てなきゃいけない。
でも、ウォーグは1人でも十分に強い。
《ガァ!》
「うっ…?」
そして優しい。
今は訓練だから、って攻撃してきても私の体を少し押すだけ。
これは、歩いていて他人とすれ違いざまに肩をぶつけるのよりも弱い。
これは、枕を投げつけられるのよりも弱い。
でも
《ガァァ!》
攻撃の回数は異常。
ウォーグが、狼人間がどれだけ素早いかが体感出来る。
これでもし、鋭い爪や牙を使われていれば。
私は挽肉よりも細かくなっていた。
《目で追うな。臭いも嗅ぐな。耳を頼れ。頭を使え》
素早いウォーグは縦横無尽に駆け回る。
キャロラインがアドバイスを聞かずに目で動きを追えばこめかみを攻撃し、獣の臭いを探せば頬を攻撃する。
時には直線的移動でキャロラインが見つけやすくし、急停止して土を巻き上げ再び姿を消す。
時には地を這い、時に高く飛び、時に水を浴びせる。
自身の種族らしくないそれらの挙動は全て自分の知る魔物達のもの。
なるべく多くの魔物の癖や攻撃手段をキャロラインに見せて予習させようというウォーグの優しさだった。
「そこ…!」
キャロラインは足下の小石を拾い、投げた。
彼女の近くにはたくさんの小石がある。
それは、ウォーグの姿を捉えた時にだけ投げることが許されたキャロラインの攻撃手段だ。
攻撃材料が豊富でも、攻撃する機会は多くない。
敵の動向を知り、生まれた隙を確実に攻めきる力を育ててやる必要がある。
が、小石は外れた。
外れた罰として
「あっ…」
キャロラインの背中に泥がぶつけられる。
失敗するとウォーグ以外の3人が泥をキャロラインにぶつけるという約束だ。
《まーたはーずれー!》
《今の音は嘘。もっと音の重さを聞き分けな》
バルルガとウォーガが声をかけるが、バルルグは静かだ。
しかし視線が熱い。
「………ふっ」
思い出した。
狙いを定める時は、少し息を止めて狙って…放つ時に小さく息を吐く。
ウォーグが見せた三段跳びは今回で見るのが4回目。
大体の移動距離と着地点が分かる…だから着地点に合わせて
《っ!》
小石は命中した。
ウォーグのお腹に。
《あったりー!》
《やるじゃないかキャル》
バルルガ達に褒められた。
けど、バルルグがいない。
「ねえ、バルルグは?」
《臭う…》
「え?」
《もう知っているだろうが、この国には人間の物が売られている。人間の肉も。それを調達してくる魔物がいる》
商人のような立ち位置の魔物がいるってこと…知らなかった。
《バルルグはそいつが人間の国から帰ってくるとすぐに見に行く。店に並ぶ前に安く買うために》
「…だとしたら、…私、服が欲しいかな…」
今更魔物達の前で裸でいることにそこまで抵抗はない。
でも、着れる服があるならそれはすぐにでも着たい。
それがたとえ男物でも小さい子供向けの服でも。
ウォーグは私のわがままを聞いてくれた。
連れられて移動した先は、真ん中に少し大きな木が1本ある開けた場所。
木の枝の先にはもう少しで花が咲きそうな蕾が見えた。
《ほらほら、早い者勝ちィ!》
その木の下で、商人の真似事をする魔物。
お客として魔物が少しいる。
「人間みたい。メドルーナで見たのと同じ」
《見ろ。今日は人間の心臓が手に入ったようだ》
「……」
大喜びで両手を上げて賑わいから離れていく1体の魔物。
口に加えられているのがその…心臓だ。
《大当たりだ。人間の心臓は新鮮なものであれば命が強くなる》
「………私達も見に行こう」
人集り…ではなく魔物集りを掻き分けて。
《おう、お前が買い物か。珍し…人間?生きてる人間?しかも女か!?》
店主?の魔物がウォーグと知り合いみたい。
…というより、私に気づいて大声を出したら
《おいおい…たまんねぇ…》
《美味そうだな…見ろよあの背中。かぶりつきてえ》
《生きてる人間の女ってことはまーた狼人間が増えるのか。あいつら群れると手がつけられないからなぁ》
他の魔物達に好き放題言われる。
その中でも、無言で私を睨みつける2つ首の魔物が怖い。
下顎と額から先が重なるように1本ずつ角?が生えてる。
明らかに強そう。あれで相手を貫くように挟んで攻撃するのかな。
色々言われるけど、皆が私に驚いて少し離れてるおかげで"商品"がよく見れる。
左から…赤黒い液体に浸かってる…人間?の…臓物。大きな鍋いっぱいに入ってる。何人分の臓物なんだろう。
その隣には太ももから切り離された人間の足。太いから男の人…かな?…血に染まった服が残酷さを訴えてくる。
……次は…………髪の毛…というか、頭皮?…頭の上辺を丸ごと引き剥がしたような。それが…7個。
「…っ…。ふぅ」
少し吐き気がこみ上げてきた。
その隣には小さな小さな剣。料理に使う包丁の方が強くて大きい武器だなって思う。
でも、20は軽くあるから…投げて使うものなのかも。
その隣には……私の目を見つめて、必死にもがいてる男の人。まだ生きてる。捕まって連れてこられたんだ。
「ウォーグ」
《お前と同じ。洞窟に売り飛ばされて賭けに使われる》
助け…られない。謝ることも出来ない。
力を持たない私は、魔物達が不快に思う行動を選択出来ない。
そんなことしたらウォーグにまで迷惑がかかってしまうし。
「…それは?」
まだまだ売り物は並べられてるけど、商人の真似事をする魔物が自身の背後に何かを隠してる。
《これか?金がないなら止めとけ。こいつは親分に売る超、超超、超〜最高級品!》
一つだけ、綺麗な綺麗な…黒い棺。
どうやって運んできたんだろう。
でも、その棺は確かに…"この世界"では魅力的に思えて。
「それ、いくら?」
《やめとけって。8000万ゴールドを3日に1回…それを13回払ってくれるってのか?》
「それって…」
とんでもない大金。そもそも大金という表現でまとめられるだろうか。
8000万ゴールドを13回も払う。きっと国が買える。
適当な村ならお釣りだって来る。
そこまでいくと、
「中は?それって棺だけ?」
《中身が重要なんだよ。というかお前、人間を自由に飼ってるんだな?》
《気にするな。どうせ死ぬなら少しは自由と贅沢をさせてやるだけだ》
「うん。そういうこと。開き直ってるだけ」
ウォーグと私、意外と相性が良いかもしれない。
《中は人間が入ってるのか》
《まあな。一生遊んでも使い切れないほどの金が手に入る!だから気分も最高!》
《…見せろ》
《あー、…そいつはどうかないくら俺とお前の仲でもなあ》
「ウォーグ、仲良いの?」
《バルルグがよく買いに行く。余計な物を買わないように見張るためについて行く事が多い…それで》
「ふーん…」
《…ちっ。分かった。ちょっとだけ見せてやるから。そしたらその人間連れてどっか行ってくれ!客が減っちまう》
商人の魔物は私とウォーグがいつまでも品物を漁ってるのを嫌がった。
そして棺に手をかけて
《見たいのはお前なんだろ?ほらこっち来い。ちょっとだけだぞ》
手招きされて棺のそばへ。
魔物が少しずつ開けていく…
………………………………見えてきた。
中身は人間。
白い…服というより布。綺麗な白の布で体を包まれて……え?
「え?」
心の中で驚いて、続けてそれが声にも出た。
「え…?」
《見えたか?もういいか?》
「…そ、そんな…え?」
私の目は棺の中の人間と商人の魔物の顔を行ったり来たり。
何度も往復した。
《もういいよな》
「ま、待って…顔をよく見せて」
《…ほら》
「……………お父……さん…?」
安らかな顔で、棺の中に眠るのは。
何があっても忘れない、間違いようがない。
私が世界で1番恨んでいて憎んでいて大嫌いで。
それと同じだけ人類に嫌われていて。
そんな、かつては勇者で国王でもあった私の父親。
マクシミリアン・ストーン。
彼が、青白い肌で眠っていた。棺の中で。
棺…綺麗な棺。
魔物がわざわざ棺を用意するはずがない。
つまり、この人間のために用意されたもの。
「うっ…」
《おいおい!汚すんじゃねえぞ!超、超超、超〜最高級品なんだから!》
棺のすぐ隣で、地面にさっき食べたものをぶちまけた。
本能がそうさせた。見せられた物を受け止めきれなくて。
《キャル。バルルグはいない。戻るぞ》
「…ごほっ…ウォーグ…!ウォーグ!!お願い!お願ぁいっ」
なんで?
《どうした》
そう。どうして?
「ウォー…ウォーグぅ…!!…っ!…助けて…」
私は何を言ってるの?
《な、なんだなんなんだそいつ!》
《落ち着かせる》
「ウォーグ…ウォーグぅ!」
なんで私は、欲しいものを買ってもらえなくて泣きわめいてる子供みたいになってるの?
…どうして?
あんなに嫌いだったのに。
…なんで?
城で顔を合わせる度にいなくなってほしいと願っていたのに。
「ウォーグっ!!!!」
…お父さん。
感情が、
私の感情が、
醜く膨れて、破裂した。
私の背中を撫でてくれるウォーグが、
私を見て困っている商人の魔物が、
泣き叫ぶ私を見て狼狽えている魔物共が。
赤く、見える。
ただの赤。
生の鼓動と、体に流れる命の液体。
それを証明するための色。
ただの赤い塊にしか見えない。
私の世界は、無に等しい黒と、魔物共の赤…たった2つの色で構成された。
《…キャル》
「……………」
/////////////To be continued...




