第9話「王の居場所」
「よっ…あっ…!」
《気をつけろ》
「ごめん」
魔国エンヅォルト。
いつの間にか私は目的地にたどり着いていた。
でも、記憶が曖昧だし何も持ってない。全裸だし。
しかもどうにも足が上手く機能しなくて、ウォーグに付きっきりで支えてもらって歩く練習をしてる。
…ハートでも似たようなことがあった。
…はずなのに、全部を思い出せない。
私は全部思い出したと思い込んでた。
まだ、一部しか戻ってない。
「ウォーグ、手を離さないで」
《……》
ウォーグは私の左手をしっかり掴んでくれる。
それを支えにして立ち上がって、歩く。
でも数歩ですぐ足に力が入らなくなって崩れ落ちてしまう。
「…エンヅォルトはずっと夜なの?」
《そろそろ食事だ。…火を用意する》
ウォーグは優しい。
私のためだけに、肉を焼くための火を用意すると言ってくれた。
…正直、生肉はとても食べられたものじゃなかった。
味付けもされていないし、歯を立てると溢れる生臭い血が吐き気を催す。
でも無理して食べたおかげで少しは元気になれた。
私を巣まで抱き抱えて運ぶと、ウォーグは火を取りに行った。
きっと賑やかな場所まで行って松明ごと持ってくるつもりなのかも。
《キャル》
「なに?バルルグ」
《お前はなぜここに来た》
「…お母さんに会うため。この国のどこかにいるはず。…なんだけど」
まさかこんな無防備な状態になるとは思ってなかったから、今はどうしようもない。
《母親も人間か?》
「当然」
《なら、もう死んでる》
「なんで?」
《エンヅォルトで人間が生きて暮らせるわけがない。この国に来たら"ハイドシークの闇市"で食い物として売られるか、"自惚れの洞窟"で獲物にされて死ぬ》
「……」
ハイドシークの闇市…?
そういえば、キングエルにはハイドシークの森がある。
同じ名前…。
「バルルグ。その闇市ってどんなとこ?」
《色んな物が売ってる。人間の服、武器、バラバラになった人間、料理された人間、…魔物を増やすための人間》
最後だけ少し躊躇いがちに言った。
とにかく、その闇市では"人間を扱ってる"みたいだ。
魔物達が服を着ていたのもそういうことなのかな。
ゴルゴラとか、境界線付近で魔物と人間が戦ってる場所で闇市で扱う"商品"を調達してるのかも。
色々な考えが頭を巡ってる。
私も人間だ。本来なら気持ち悪いと思うのに。
「…ハイドシークって、もしかして魔物?」
《そうだ。闇市を仕切ってる。束になってもハイドシークには誰も勝てない。…たしか親分って呼ばれている》
「親分…」
なんとなくその魔物に心当たりはある。
ウォーグが私を買うために交渉したあの大きな魔物がそうなんだろう。
ロワナーと特徴が似てたから私が間違えたけど、あの時機嫌を損ねていたら本当に危険だった。
「じゃあ、自惚れの洞窟って?…私がいた所かな」
バルルグは頷いた。
《自惚れの洞窟も、ハイドシークが仕切ってる。"獲物"と"捕食者"と"見物人"がいる。洞窟の中で獲物は時間内を逃げ延びる。捕食者は時間内に獲物を捕まえる。見物人は洞窟の外でどの捕食者が成功するのかを予想して賭けをする》
「捕まえる?洞窟の中で獲物はみんな食べられてた。顔が無くなって絶命した人とか、指を1本ずつ食べられた人とか、」
《洞窟の中では獲物に何をしてもいい。最近は数多くの獲物を仕留めた魔物が人気になる》
「…遊びでしかないんだ…。私も、…私も"遊ばれた"ってこと…」
《……人間の…女は…魔物を増やすのに…必要だから》
「食べるのも女のが美味しいんでしょ?」
なぜ、こんなタイミングで自分の生まれ持った性別で苦悩しなくてはいけないのか。
気まずい顔で話すこの狼人間だって、機会があればそうするに決まってる。
何が気まずいの?
「バルルグ。私についてどう思ってる?」
《………》
「ウォーグの目を盗んで私を食べるの?」
《いや》
「…あぁ、」
面白いことに気づいた。
バルルグは、人間でいうところの"年頃の男の子"なのかもしれない。
異性に興味があって…深く言うと、"異性交遊"に興味があって。
私にとってはもう気持ちの悪い行為でしかない"それ"が、今この魔物には最優先な関心事ってこと。
そして目の前には全裸の私がいる。
私は、嫌な成長の仕方をした。
男が女を見るって、こういうことなんだ。
途端にバルルグの視線が気持ち悪い。
会話をするなら顔を見てすればいい。
なぜ、全身を舐めまわすように見る必要があるんだろう。
《火だ》
ウォーグが戻ってきた。
バルルグは私から離れた。
あくまでも一番偉いのはウォーグ。
彼が私を気にしている限り、きっとバルルグは私に手を出さない。
やっぱり燃えている松明ごともってきた。
近くに用意した葉の山にそれを放ると、続けて生肉も放り込んだ。
「ありがとう」
《どうすればいいのか考えていた》
「何が?」
《お前をどうするか。人間の世界に帰すか、同じ目をしているのなら魔王様に会わせるか》
「ねぇ、聞きたいんだけど。私が魔王様と同じ目をしてるってどういうこと?他の人間や魔物とは違うの?」
《見せてやりたい。確かに違う。お前の周りの人間は気づかなかったのか?》
「…特に…なかったと思うけど」
私を境界線から追い出して人間の世界に戻すか、魔王に会わせるか。
ここまで来て帰らされるのは嫌だけど、状況を考えればそれの方がいいのかも。
でも。やっと来たんだから、お母さんを探したいとも思う。
「…ウォーグ」
《……》
ウォーグは肉の焼け具合を見てる。
「魔物同士で争いってあるの?逆に団結することは?」
《なぜ聞く》
「……お願いがあるんだけど」
ウォーグ、それから少し離れた場所でバルルグも反応した。
ウォーガはバルルガとずっと戯れてる。親が子供を躾けるように。
「…一緒に私のお母さんを探してほしい」
バルルグの耳がピクっと動いたのが妙に気になった。
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キングエル。
カヒリが先頭を歩く一行はライヴァンを発ってまっすぐ到着した。
「いやー。"使い"の癖に久しぶりに戻った気がするなこれ。忘れられてたりしてな!」
「ここがキャルの故郷…」
ソフィーがこの言葉を口にするのはこれで13度目。
キングエルの地に踏み込んでから何を見ても同じことしか言わなくなっていた。
「まずは私達がお城に行くわね。マクシミリアン王に挨拶をしないといけないし、それとなく女神のことも聞きたいわ。」
「じゃあ別行動だな。お前ら、悪さすんなよ?保釈中なんだからな?」
「じゃあ私達は…色々見てる」
「そうだねぃ」
すぐにカヒリとギーナが離れていく。
「保釈か。以前の俺なら考えもしなかった」
「今頃ライヴァンは少しだけ騒がしくなってるだろうねぃ…なんて。リーファン。よく考えてみれば、オイラ達は無銭飲食しただけだねぃ。悪い事ではあるけど、重く考えすぎだよねぃ。それに」
「それに?」
「さっきアクトリオ平原でカヒリとギーナが小声で話してるの聞こえたんだよねぃ。"保釈"は嘘で、オイラ達はもう許されてる。ほら、過剰なまでにギーナが食事代を払ってくれたからねぃ。カヒリがオイラ達に余計な真似をさせないように釘を刺すつもりでついた嘘なんだろうねぃ」
「なっ…!」
「リーファン、もしかしてそれでずっと暗い顔してたの?」
「…以前旅人から聞いた話を思い返していた。投獄され、運良く保釈の身になった時は国のために貢献しろと。国王や国民に気に入られれば自由の身にもなれると…俺はずっとライヴァンで何をしたらいいかを」
「なら、スッキリしてよかったねぃ」
「ねぇねぇ、また記録士作戦で女神様の話聞けないかな!」
3人は再び同じやり口で調べることにした。
ソフィーは新米の記録士、チャドとリーファンは護衛役。
さっそく、
「あの!私、記録士なんですけどお話聞いてもいいですか!」
ソフィーが元気に声をかけたのは家の前で水をまく女性。
「はぁ。なんでしょう」
「えーっと、えーっと。じゃあキャルについて!」
何も決めていなかったソフィーに心配の目を向けるチャドとリーファン。
「キャル?」
「そう!キャル!」
「…何ですか、それは」
「え?いや、キャルですよ。キングエルの王様の娘の」
「…あぁ、あの不細工な」
誰のことを聞いているのか分かった途端、女性の顔が醜く歪み、嫌なものを見るように返事をした。
「え…」
「あの娘、死んだんでしょう?報せを聞いた時は国中大喜びで数日寝ないで祝ったんだから。人類の恥の娘だなんて、さっさと死んで当然。魔物に死体を食わせてやれば世界も平和になるかもしれない」
「…ひどい。なんでそんな」
「酷い?親子揃って国の恥なのに?あいつらが城に立てこもって贅沢して生活してる間、キングエルの国民は他国の人間に出身国を名乗れやしない。見下される。うちの夫もキングエル出身とばれてから商売人としてやっていけなくなった。ま、今となっては親子共に死んでくれたおかげでこれからは少しずつ良くなるんじゃないかって商人界隈では期待してるけど」
「ん?ちょっと待ってほしいねぃ。今、親子共に死んだって言ったかぃ?」
「本当にあんたら記録士?少し前に死んだ。城で"密かに"葬儀もしたみたいだけど、私達国民はそれを影で笑いながら酒を飲んだよ。美味い酒だった。本当に美味い酒だった」
「………」
平気でキャロラインと国王のことを際限なく悪く言う女性に、ソフィーは思考が停止していた。
「行こうか。話をありがとう」
リーファンがソフィーの手を引く。
3人が移動した先は円形の広場。
真ん中には噴水があり、それを囲むように露店が並ぶ。
広場の隅、ちょうどいい高さの塀に腰掛けた3人。
「キャル…」
「確かに、これなら身分を偽りたくもなるな。それに、国を出たくなる気持ちも痛いほど分かる」
「それも大事なんだけどねぃ?…国王が死んだっていうのは今はもっと問題だと思うんだよねぃ」
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城に足を運んだカヒリ達。
しかし、門番がいない。
「入っていい感じ?」
「どうかしら。いつもより人が少ないわ。」
人が少ない、というより無人だ。
通常ならば多すぎる警備兵が門を守り、門を抜けた後にも兵が並ぶ。
首を傾げたカヒリは、ギーナと手を繋ぐと高く飛んだ。
門を容易に飛び越え、国王自慢の果樹園に着地した。
「よっと!」
「え?カヒリ。」
着地してすぐ、ギーナが異変を知る。
カヒリが何事かと見れば
「キングエル国王、勇者 マクシミリアン・ストーン ここに眠る……え、あ?は?」
リンゴの木の下、カヒリ達を出迎えたのは、掘り返され荒らされた国王の墓だった。
/////////////To be continued...




