第5話「少女の帰還」
《必ず持っている。持っているんだよ。》
涙で視界が滲む。
もうこの後に起きることが分かっている。
だからこそ、せめて、ほんの少し、この膝の痛みが落ち着くまでで構わないから。
時が止まってほしい。
そしたらもう何だって受け入れる。
どんなに酷い目にあってもいい。
ただ、"待って"ほしい。
緊急の知らせが頭の中を駆け巡ってる。
もう、何も、考え、られ、な、い
トン。と軽い衝撃と暗い"臭い"がした。
甘くてツンとして温かくて…次の瞬間のためだけに私の全てが静けさを取り戻した。
《ヨ"コ"セ"!!ラ"イ"フ"ス"ト"ー"ン"!!》
浴びせられた音はすぐに私の全身に染み込んだ。
耳がビリビリして痛みも感じた。
頭の先からつま先まで冷たくなっていく。
きっとこれが本当の"怖い"ってことなんだ。
私の目の前には化け物がいる。
でも、そこには鋭い目や尖った牙なんてない。
頭があるはずの位置に頭がない。
眼球を精一杯動かしてみても、その体のどこにも顔は付いてなかった。
どこから声が出ているの?
どうして感情があるの?
どうして
((リバイヴスラッシュ))
あ
「間に合った」
化け物が羽根をばたつかせて教会の中を飛び回ってる。
しばらくして天井に張り付いて動きを止めた。
「キャロライン。立て」
「………なん…で?」
リーファンだった。
長剣を握る彼は声色が違った。
そして、私の知る穏やかな彼ではなかった。
見間違えたかと思った。
「生きたいのなら、痛みを受け入れろ。自分の使命を思い出せ」
「リ、リーファ…」
天井から金属音が聞こえた。
見れば、緑色の細い三日月がいくつも閃いていた。
「私…こ、こわ」
体が動かない。
かろうじて出てくる言葉のひとつひとつも頼りない。
私は今、助けを求めている。
それすら伝えられない。
「時間の問題だ。墜ちろ…」
緑の三日月が閃く。
すると張り付いていた化け物が力を無くして天井からひらひらと
《持っているのを知っている!知っているんだよ!》
床には落ちなかった。
途中で羽根に力を取り戻して方向転換して、ステンドグラスを突き破って逃げ去ってしまった。
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割れたステンドグラスから雨が入ってきて一部を濡らしている。
リーファンは私を放置して階段の方へ行った。
私は激痛を主張する膝をなるべく動かさないように上体を起こした。
両膝が赤黒い。………けど実際に痛いのは右の膝だ。
きっと、砕けている。
過去に2度骨折を経験しているからなんとなく分かった。
そのどちらよりも痛みは勝っているけど。
「雨のおかげで犠牲者は神父1人で済んだ。そう考えるべきか」
リーファンが戻ってきた。
顔が違う。怒りに染まっているように見えた。
「………キャロライン。これを」
彼は私の近くに神父の服を数着とハサミを置いた。
「まずは帯状に切り分けて膝の上できつく縛って止血しろ。その後は任せる。宿までは1人で」
「え…」
「私は王に会いに行く」
「待って…待ってよ。この雨の中?お、置いていかないで…」
「また後で」
どうにか出た縋る言葉は彼に何も響くことなく掻き消えた。
「私が悪いの…?」
開け放たれたままの扉。
割れたステンドグラス。
ちょうどその間にいた私は、雨の音をただ聞いていた。
この教会にたどり着いてからの全てが、まだ理解出来ていなかった。
/////////////now loading......
「あ、あんた!大丈夫かい!?」
私は言われた通り神父の服を切り分けた。
止血をして、黙々と残りの服を切った。
長く切った布を数枚重ねて頭に巻いて結んだ。
大きく切った布を重ねて足に巻いて結んだ。
他にも思いつくかぎり、なるべく肌が露出しないようにして。
建物の壁に寄りかかりながら片足で小さく跳ねて宿まで帰った。
もちろん、それでこの雨から身を守れるわけではないって分かってるけど。
宿屋のオーナーの奥さんは私が疲れて眠るまで付き添ってくれた。
それから、1週間。
「キャル、洗い物頼むよ」
「はーい!」
「キャルちゃん、後で洗濯もお願い」
「はーい!」
リーファンは宿に戻ってこなかった。
私は彼を待っているわけじゃない。
ボロボロになって戻った私をオーナーと奥さんは元気になるまで大切に扱ってくれた。
その恩返しもあるし、私自身がここに居たいと望んだ。
直接言葉にはしていないけど、2人は私に宿代を求めることもなく変わらない関係でいてくれる。
手伝いというよりすっかり宿屋の一員として働き始めて今日で3日目。
ここで、何もかもやり直せるような気がした。
「またしばらく忙しくなるが今度はキャルがいるからな!看板娘がいるとなれば客も集まって」
「オーナーさん。奥さんが向こうから睨んでます」
「さ、さあ仕事仕事!はっはっはっ!」
私は、ようやく手に入れた。
居場所を。
「いらっしゃい!運がいい!空きは一部屋しか」
ドアが開いて、小さなベルが鳴った。
オーナーさんが元気に声をかけて、私は歓迎のお辞儀をしようと
「いいえ。私はキングエルの王女、キャロライン・ストーン様を迎えに」
途中から何も聞こえなくなった。
目の前が真っ暗になる直前、私の最後の記憶。
ブラウンが兵士を連れて宿屋に現れた。
それだけ。
/////////////To be continued...