第2話「どうするべきか」
「アルタ。許しのアルタ。ロガドガ山を護り続ける女神さ」
声の主はあっさりと正体を明かした。
そして、リーファンが何か言おうとする前に食い気味に答える。
「よく考えてごらん。こんな魔獣だらけの山に人間が存在するなんておかしいじゃないさ。人の言葉を扱える生き物が暮らしてるはずもない。しかも何にもない山にポッカリと1つだけ洞窟の口が開いてる。…若者、あんたが信じられないって言うならそれでも構わないけどね」
自分からペラペラと話し始めたが、途中で考えを変えたのか自身の説明を止めた。
「…僕からすれば、あなたが敵でなければそれでいい。それに、この暗闇では気配は感じられても姿形は確認出来ない。人の言葉を話せるほどの魔物がここで暮らしているとも考えられる。もしくは、本当に女神様なのかもしれない。でも、どうでもいい」
「どうでもいい…か。それよりも足の痛みと喉の渇きと腹の飢えの方が大事なんだろうね」
「……はい」
「面白いな若者。人間は女神相手にはそんな態度では接することがまずない。皆が頭を下げ、祈り、乞うというのに。まずはその汚れた山水から手を退けろ」
リーファンは声に従い手を退けてそのまま服で拭いた。
冷静になってみれば、酷く臭う。
生暖かくて吐き気を誘うそれは、腐った食べ物を絞って出た汁を集めたようなものに思えた。
「この山は人間のものじゃない。魔獣のものさ。ここで長く過ごせば、人でいられなくなる。あんたはどこかで油断した。だから人間の力を忘れてこんな汚くて危険なものを綺麗な水だと勘違いしたのさ」
水たまりを踏んだような軽い足音がいくつか聞こえる。
そしてリーファンのすぐ隣りで気配が止まり、
「よっこいせ。若者。お前も仰向けになれ。呼吸は浅く、ゆっくりと」
「浅く?」
「この山に染まれば、お前は魔獣以下の魔獣になる。女神としてはそれを放っておくわけにはいかない」
「…俺はまだ迷っている。あなたが女神だと偽った魔物ならば、この後すぐに殺されるのだろうが…少なくとも"ここ"で死ぬわけにはいかない。もし殺すのだとしたら、せめて首だけでも洞窟の外に出してほしい」
「気持ち悪いことを…、はぁ。もういい。あんたを…いや待て。名乗れ」
「リーファン・ハート。…今はもう何者でもない」
「諦めの言葉なのにやけに自信があるな。まぁいいさ。リーファン・ハート、あんたを許す」
突然すぎた。
"許す"という言葉の不意打ちにリーファンは硬直する。
続けてリーファンの喉、腹、負傷した足に触れられ
「許してやるから、忘れろ」
そう言われた。言われてすぐに
「…馬鹿な」
痛いほどだった喉の渇き。
集中力を奪い、体に力を入らなくさせた空腹。
動かすどころか静止していても激痛だった足。
それらが緩和されていく。
それらが緩和されて、洞窟に入る前の状態に戻ったように思えた。
「…そうだな…あんたの名前が本物なら、それ」
次は額からゆっくりと足先までを指先で撫でられた。
すると、今度は今までの疲労まで緩和されて…
「私は…、た、立てる…!?」
「んー?あんた、僕とか俺とか私とか忙しいな。それ」
最後に額を指先で軽く突かれた。
「これで、あんたの抱えてる"負"は全て許して忘れさせてやったわけさ。立ちな、若者」
リーファンはゆっくりと立ち上がる。
恐る恐る足首を回してみるが、痛みは一切感じられない。
寝起きのような肉体の未使用感。
満たされたわけではないが、必要とは感じない渇きと飢え。
「態度を改めるか?若者」
「……」
暗闇の中、うっすらとその存在が見えそうになった気がした。
何となく輪郭だけは分かった。
声の印象通り、背は低い。その姿はそのまま幼い女の子なのだろうか。
「若者。女神ってのは形は存在しない。所詮借り物の姿さ」
「…アルタ様。助けていただきありがとうございます」
「ふっふっふっ…礼はやはり気分がいいさ。で?若者、なぜこの山に来た」
今更な質問をぶつけられて反応が遅れる。
「魔国へ向かうため…事情があって追われる身でして…ロガドガ山を越えてゴルゴラへ行く必要があります」
「……魔国?若者、お前がか?」
「旅の仲間がいます。本来は彼らの目的で、流れで行動を共にすることになりまして」
「何人だ?」
「…外にいるのは2人」「その中に勇者は?」
許しのアルタの口が早くなる。
あまりに食い付きに驚くリーファン。
「勇者は…」「いるのか?いないのか?どっちなのさ」
「…俺が、そのはずでした」「はぁ?」
「若者。リーファン・ハートという名からして言いたいことは分からなくもないさ。…だがあんたは」
「勇者に相応しい力は持っていない。それはこの山に登り始めてからようやく自分でも気づきました。以前まで心にあったはずの確かな"力の根拠"が失われていると」
「力の根拠。それをどこで落っことしてきたのさ」
「国に、でしょうか」
ここで、少し無言の間が生まれる。
女神の機嫌を損ねたのかとリーファンが少し不安に思ったところで
「何にしても、この山を下りたら安全な国に帰るのがいいさ。魔国に行こうだなんて魔獣の餌になりたいと言ってるようなもの。行くべき者にしか道は姿を見せないさ」
「……っ!しまった。アルタ様。申し訳ありませんが、外の仲間は酷く疲れたまま俺を待っています。急いで戻らなくては…特にソフィーは」「ソフィー…!?」
「…?」
「ソフィーって、あのソフィー?」
「あの?と言われても…」
「そいつは女で、ソフィーという名で、片目の色が違う?」
「ああ…はい。でもどうして」
「仕方ないさ」
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リーファンは暗闇から解放された。
洞窟の外は霧が発生していた。
「これもアルタ様が?」
「ここは山だぞ、若者」
許しのアルタの力によって、リーファンは身体を治され、洞窟の外まで瞬間移動もした。
そして目の前には自分の腰くらいの背の高さの子供がいる。
紫を基調としたお人形のように可愛らしい服を着ている彼女はこちらを見上げて
「ソフィーはどこなのさ」
リーファンを急かす。
艶のある白髪は後ろで結ばれ、束は右肩を経由して前へ垂れ下がっている。
左目は自然な茶色の瞳だが、右目は違った。
「…綺麗だ…」
「何をっ!?…って、若者。話を聞いているか?」
あまりにも鮮やかで同じ色を知らない。
青の系統でとても薄く明るいその色。
目そのものが宝石だと言わんばかりに輝いていて、目が合うとそのまま見つめ続けてしまう。
「仲間の危機なのだろう!?」
「あ、」
我に返って駆け出す。
すぐ後ろをアルタがついてくる。
洞窟からすぐの場所に2人はいるはず。
もし魔物が襲ってきても、チャドなら
「うわああああああああああっ!!」
鼓膜が張り裂けそうな叫び声。
リーファンにはそれがソフィーのものだとすぐに分かった。
「ソフィー!!」
霧でよく見えない。
声からして、近くにいるのは分かる。
「若者!」
アルタに思いきり服の背中部分を引っ張られ後ろによろける…と
すぐ目の前を光線が横切った。
「確かにソフィーなのさ」
「今のは…」
「今は仕方ないさ。ちゃんと面倒は見るから安心しろ、若者」
今度はさらに強く引っ張られてリーファンは尻餅をつく。
「こんな再会、何にも嬉しくないさ」
((ロストアイ))
リーファンはその瞬間、地面に引き寄せられる感覚がした。
そのまま倒れ込んで仰向けになった。
しかし全く力が入らず指1本動かせない。
呼吸だけが許され、霧で不明瞭に見える空をただ見つめるしかなかった。
……そして、声が聞こえる。
「なるほど。山に汚されたみたいなのさ。向こうには大男も。若者の言ってた仲間はこの2人で間違いない…。ソフィー。ほれ、ソフィー」
「…ん…」
「年頃の娘を選ぶとは、ある意味ソフィーらしいのさ」
「…え、誰?」
「誰、か?それは本気か?」
「私…待って、皆は!ここは!?」
「やれやれ。若者!安心させてやれ」
アルタに呼びかけられ応える。
「ソフィー!俺だ」
「その声はリーファン!?何が起きてるの!?体が動かないよ!」
「今君の目の前にいるのは、許しのアルタ様…女神様だ!」
「…女神…!!」
「そういうことさ。今この場所は誰にも襲えないからそう心配するな。…その左目、やっぱりソフィーなのさ」
「え!?え!!?私と同じ…!?」
「……なんかおかしいのさ。女神が記憶を失くすはずない…ん?」
「アルタ様!チャドはいますか!彼は無事ですか!」
「…大男がそれなら、無事…ん?まさか、まさかまさか」
「なんで私をそんなジロジロ見るの?」
「これまたあんたは面倒なことを…やっと現れたと思えば予想外なことばかりさ」
それからしばらく。
アルタを除いて地面に倒れたままで時間を過ごした3人。
霧が晴れて、ようやく体に力が入るようになり起き上がったソフィーとリーファンは情報の共有を開始した。
「あぁ、あぁ。ソフィーと大男は山に汚されて幻覚を見ていたのさ。実体のない悪質な幻は精神を細切れにしようとする。無抵抗になった時には手遅れさ」
「私は襲ってくるチャドと戦ってた…確かに斧を振ってきたけど、よく考えたら1度も体に当たってないし…私もめちゃくちゃに魔法を使ってたけどチャドに当たってる気はしなかったかも」
「一方で洞窟に入った俺は、不注意で足を怪我した。奥で水だと思ったものを口にしようとしたらアルタ様に止めてもらった…」
ソフィー、リーファン、アルタはチャドを囲んで座り、会話をしている。
チャドはまだ目覚めずスヤスヤと眠っている、アルタが言うには彼はここまでの疲れを精算しているらしい。
ひとまず彼は寝かせたままにして、
「この後だが……うん…困ったのさ」
アルタが頭を抱えて悩む。
「どうされましたか」
「本来ならば…本来ならば、の話さ。ソフィーの左目と、この許しのアルタの右目は揃えなければならないのさ。それに、"その時"が来れば女神の力を必要とする人間にこの右目を渡すのが役目。だが、若者お前は勇者ではない。それにソフィーは…。そしてこの大男は力はあるが特別ではない。この右目を渡すのに相応しい者がいないのさ…はぁ…」
限りなく残念がるアルタ。
「右目を渡すのに相応しい者…」
「ねぇ、それって、もしその人が来たらみ、右目を…?」
眼球を取って、渡すのか?
手振りでアルタに問うソフィーに
「当たり前さ。女神の力を集めるのが選ばれし者の役目の1つ」
返事を聞いてソフィーの顔色が悪くなる。
「それ……私、私の…左目…も?嘘でしょ?嘘…ですよ…ね?」
「知らないさ。真実のソフィーが何を求めて今のお前がいるのか、そんなものソフィー本人に聞かないと分からない」
「真実のソフィー…」
「さっきの光線はソフィーの力、"真実の左目"によるものさ。お前はそれを使いこなそうと努力しているところ」
「…うん…。ホーリーグレイヴはこの前まで1日に1、2回しか使えなかったけど今は強さを調節したりして使える回数も増えた。でも、そんなに特別な魔法だったんだ…知らなかった」
「相応しい者…アルタ様。その相応しい者をここに連れて来ないと女神様の力を授かることは出来ないのですか?」
「だから困ってるのさ…はぁ…」
/////////////To be continued...




