第9話「自然の恵み」
瀕死…の少し先。
目から光を失いつつあるリーファンをチャドが担ぎ、クロア親子の家へ急いで戻る。
「そこに寝かせて!ナムカ!薬草をお願い!」
クロアの母が冷静に声を荒らげる。
額には汗が滲み、手が震える。
落ち着かなければ、間違った判断をしてしまう。
しかし、目の前の命はすぐにでも尽きてしまいそうで彼女は落ち着きと緊張の入り混じった不思議な状態にあった。
「リーファン……」
「きっと大丈夫。きっとお母さんが治してくれる。邪魔にならないように外で待とう」
ソフィーがクロアを連れて外へ。
「これは毒?治療するのは肩だけかぃ?」
チャドは自然な流れで手伝う。
リーファンの服を脱がせ、傷口を水で清める。
「こんなの見たことも…」
クロアの母親は動きが止まった。
血が洗い流され傷口が露出してようやく異変に気づいたのだ。
貫通された傷口に、深緑色の光が燻っている。
そこで本能が感じ取る。
「これに触れてはいけない…」
「でも、このままじゃリーファンは」
クロアの母親が思考停止し、チャドもどうしたらいいのか分からなくなる。
そこにナムカが薬草を籠に大量に詰めて戻ってくる。
「戻った。思いつく薬草は全種類持ってきたぞ。…どうした?」
「リーファンのこれを…治し方が分からないみたいなんだよねぃ…」
「これは…!?」
「知ってるみたいだねぃ」
「………リーファン王子は、助からない」
「………国王と戦って付けられたのだとしたら、特別な剣によるもの…いや、国王が魔法を」
「秘伝の剣技だ。世界樹ワルトの葉と同じ緑の光は、必ず敵を死に至らせる。それはかつて勇者と共に旅をした、先代国王の弟が編み出したものだ…」
「なるほど…困ったねぃ」
そこに、ソフィーが戻ってきた。
両手には容器に入った水。
それをただリーファンを眺めるだけになってしまった3人にぶちまける。
冷たい水で我に返った3人に
「全部外まで聞こえてるよ。馬鹿。クロアが不安に押し潰されそうなのに、助けられるかもしれない大人達が諦めてどうするの!?これがもしクロアだったら!?お母さんなのに諦める?ねぇ?どうなの!」
何かを思い出したように手を動かし始めたクロアの母親。
ナムカも薬草に手を伸ばし作業を始める。
「ソフィー嬢。オイラ達にも出来ることがある。一緒に来てほしいねぃ」
ソフィーとチャドは外へ。
クロアが家の側で膝を抱えて俯いていた。
「きっと大丈夫。クロアはここで待ってて」
返事はなかった。
/////////////now loading......
国王を探して2人が向かったのは、
「なかなか、冷酷な国王だねぃ…王子をあんな状態にしておきながら、戻って酒を飲み笑ってるんだからねぃ」
大きな木のテーブル。
そこには肉、魚、野菜、果物…大量の豪華な料理と酒が並ぶ。
それを囲み顔が緩むのは
「ここにいるのは全員ハートの主要な人物だねぃ。主戦力も全員酔いが回ってる。いきなり襲われるような心配はいらなそうだねぃ」
国王を始めとする守り手や狩人の筆頭戦力、ハートの商業や農業などの責任者…全部で30人ほど。
笑い声が絶えないのは、全員が強い酒に酔っているから。
何人かはまともに言葉を喋ることも出来ず、それが面白くて自分で笑ってしまう状態だ。
ふと、国王と目が合ったソフィー。
それをきっかけに近づく。
「王様。お話があります」
「誰かと思えばソフィーか。どうだ、君も。いや、まだこの酒は早いか…はっはっは!」
「酔っ払ってる場合ですか?リーファン王子が危険な時に」
ソフィーの言葉で国王の目が笑わなくなったのをチャドは見逃さなかった。
「リーファン王子ぃ!?きぃ…危険なのかあ?でぇあじょうぶだよぉ〜…王様の一人息子なんだからぁさあ?」
酔っ払った男に絡まれるが、ソフィーは続ける。
「話は聞きました。あなたの特別な技でリーファン王子は助からないかもしれない。でも、使った本人なら何か助かる方法を」
「何を言う」
ついに国王から笑顔が消えた。
「まさか、国王だけ酒に酔ってないのかぃ…!?」
少し離れて見ていたチャドがソフィー達の間に割って入る。
「訪問者よ。お前達を歓迎している今は大人しくしておいた方がいい。それが出来ないというのなら」
「いや、もう十分だねぃ。ソフィー嬢。さぁ、戻ろう」
「何で?」
「賢いな。ソフィー、お前も彼を見習いなさい」
「そうだ…王様。オイラからも1つ、いいかぃ?」
「…何だ」
国王が目を細めてチャドを見る。
発言の内容次第では…というのが見えるが、それに折れず
「ソフィーから、事情を知られていることは分かったと思うけどねぃ。オイラは1人の戦士として、純粋に聞きたいねぃ…秘伝の剣技がどんなものなのか。この国には自然が味方しているから、植物か何かの毒を使っているのか…はたまた魔法を使ったものなのか…」
「………」
国王の返事は、酔っ払った男達の大笑いにかき消された。
「そうなんだねぃ。ありがとうございます…勉強になりました」
チャドは頭を下げ、ソフィーを連れてその場を離れた。
笑い声から遠ざかったところで
「ソフィー嬢、走るとしようかねぃ。オイラ達はもうこの国にいられない」
「え?どうして!?待ってよ!」
2人は走りながら会話を続ける。
「王様はリーファン王子を死なせることを知られたくなかった。ハートの人達はそれを知らないふりするだろうけど、オイラ達はそうはいかない。もし他国に噂が広がれば…。だから、よそ者のオイラ達がまだここに留まるようなら寝てる間にでも殺してしまうだろうねぃ。口封じのために」
「じゃあリーファン王子は!?」
「大事なことは分かった。後はクロア達に任せるのがいいねぃ」
/////////////now loading......
ソフィー達が戻ると、強く薬草の匂いがした。
クロアの家から煙が上がっているのは薬を精製しているからだろう。
息切れでふらつくソフィーを外に待たせ、チャドが中に入る。
「魔法だ!秘伝の剣技は魔法が使われてる!」
チャドの声に反応するのはナムカだった。
「魔法だと?ハートの人間は魔法に頼らず自分の力を磨いてきた。それは国王も同じだ。なぜそうだと分かる」
「本人に聞いたからねぃ」
声は聞こえなかったが、チャドは国王の口の動きをしっかり見ていた。
戦場では戦闘音や戦う者達の声により会話という会話は難しい。
それとは逆に、敵から身を隠している状況でも同じく声を出して会話をすることは出来ない。
だから、"読唇術"を学ぶことでそれを可能にする。
仲間と意思疎通をして、対策を講じる。
選択肢を増やして危機を打破する。
世界的に有名なチャドだからこそ、それは当たり前に身につけていた技術だった。
「魔法…それが本当なら、マメツ草でどうにかなるかもしれない…!」
「ハートの薬草は全く出回らないからこの国に来てから驚いてばかりだったけど、何でもあるんだねぃ…」
クロアの母親が急いでマメツ草とやらを細かく刻みだした。
その横でナムカが口を開く。
「マメツ草は血液に特別な毒を巡らせる薬草だ。魔法使いには毒だが、通常の人間ならば問題ない」
「毒?」
チャドの疑問にナムカが説明を続ける。
「魔法を使う魔力には血と肉が関わるらしい。だから、魔法使いのほとんどは体が弱いと。魔法が使える人間は他とは違い最初から体内に特殊な毒を生まれ持っていると考えるといい。そして、マメツ草はその特殊な毒を殺す強力な毒だ。普通の人間に飲ませれば、魔法に対して強い耐性を持つ。どのような魔法でも弾き返し無力化するだろう」
「もし魔法使いに飲ませたら…ただの弱い人間になるってことだねぃ?」
「ああ。子供よりも貧弱な存在になるだろうな」
「出来ました。これを」
そして、クロアの母親がリーファンに完成した薬を飲ませる。
………効果はすぐに現れた。
「確かに…毒だねぃ」
リーファンの体中の血管が浮き出ると、緑色に変色する。
そして、所々でプツリと断裂し
「…ぐぁぁぁああああっ!!?」
リーファンは声を上げて跳ねるように上半身を起こした。
「よし…」
「よかった。リーファン王子、ご無事ですか?」
チャドとナムカが一安心。
母親が外に出ると、クロアとソフィーも中に入ってきた。
「リーファン!」
クロアがリーファンに抱きつく。
軽く頭を撫でてやって落ち着かせると、リーファンは遅れて記憶を取り戻した。
「…っ、そうだ。私は…」
「国王と戦ったんだよねぃ」
「ああ。そうだ。なのに」
「死んでない。あなたは助かったんだよ。チャドが王様に特別な技の秘密を聞いたから」
「……父上が?」
「その証拠に、王子はマメツ草で治りました。回復効果の高い薬草も混ぜて飲ませたこともあって、もう全身どこにも怪我はありません」
「父上が奥義の秘密を…だとしたら、」
リーファンがチャドに目を向ける。
「オイラ達はすぐに逃げる。あなたが助かってよかった」
「ナムカ。彼らの武器を」
「すぐに」
ナムカに預からせた武器を取りに行かせ、リーファンは服を着る。
「クロア。お母さんを大切に。もう君は守られる子供じゃない。家族を…自分の大切な人達を守ってあげるんだ」
「え?」
「私も彼らと共に国を出る」
リーファンの言葉に全員が耳を疑った。
「私も今となっては君達と変わらない。国王にとって邪魔な存在だ。このままこの国で老後まで暮らせるはずがないよ…もし迷惑じゃなければ、私も連れて行ってほしい」
ソフィーとチャドは互いを見合わせ頷くと、チャドがリーファンに手を差し出して握手を求めた。
「それなら、改めてよろしくねぃ。リーファン王子」
「ふふ。リーファンでいい。メドルーナへはすぐに行ける。そこで少し姿を消せば追われることも」
「ううん。私達はエンヅォルトに行く」
「魔国に…!?」
話に混ぜてもらえないクロアの目は3人の顔を行ったり来たり。
が、それが好転する。クロアは外の異変を感じ取った。
「リーファン、なんか外が…」
「…そのようだ。時間はない。本当に魔国エンヅォルトに向かうんだね?」
「キャルの為だもん。変わらないよ」
「だねぃ」
揃えられるだけの荷物を用意して全員が外に出ると、まさに今…国王が数人を引き連れてこちらに向かってきていた。
「父上…!」
「どうやらエンヅォルト側に抜けるには国王達が邪魔みたいだねぃ」
「その通りだ。こちらの動きを読んでいたわけではなさそうだが結果として分が悪い」
そこにナムカが戻ってくる。
新品同様に磨かれ研磨された自分の大斧を受け取るチャド。
ソフィーは杖のように扱える細く短い小剣を貰った。
「リーファン王子。あなたにはこれを」
「ナムカ。ありがとう」
言われていないが、彼女はリーファンの分も用意していた。
それは、先の国王との決闘でも使った王剣と同じ物だ。
全員が武装したところで
「…そうだ…あれ…」
クロアが目をつけたのはハートの人達が着る服を染める染料の入った鍋。
今現在も強火で煮込まれているそれは、色の出る木の実と薬草を混ぜたもの。
薬草を使用していることもあってか、湯気がとても目に染みる…
鍋の近くにあった小瓶いっぱいに染料を注ぐと、クロアはチャドに手渡す。
「これ…高く投げて…王様達の上に…」
「ようし…ふんっ!!」
言われた通り、向かってくる国王達の真上に来るようにチャドが染料入りの小瓶を投げる。
「…ふっ」
それをクロアが弓で射抜くと…
小瓶が割れ、染料が降り注ぐ
「王様達が動けないうちに…逃げて…」
リーファンは頷くとクロアの頭を撫でてから走りだした。
続くようにチャドもクロアの頭にポンと優しく手を置いてから走りだす。
「ありがとね。クロア」
「ソフィーも…気をつけてね…」
ソフィーは別れをしっかり済ませて、クロアの頬を撫でた。
3人は向かってくる国王達の横を左側から遠回りして抜けることになる。
その間も国王達は染料に含まれる薬草の成分により目を痛めて足を止めている。
今回は相手が相手なので別問題なのだが、元々これは子供同士のいたずらに使われる。
それは遊びの賭けに負けた子供が指先に少しだけ付けた染料を目の下に塗られてしばらくの間止まらない瞬きと目に染みる痛みに苦しむというもの。
土壇場で最善案を思いついたクロア…だったが。
水で洗い流しながらようやく動けるようになった国王がクロアを見下ろした。
「クロア・ルカリス」
「……はい…」
「分かっているな?」
/////////////now loading......
「も、もうだめ…走れない…」
ソフィーが倒れ込む。
3人は結局途中で数人の狩人達に追われてしまった。
全力疾走を続けたことで、ソフィーは胸を押さえながら目を見開いて大きく呼吸をする。
「しまった…」
「どうしたんだぃ?」
「申し訳ない。妙だとは思った…でもまさか僕達を誘導しているとは思わなかった」
「誘導?」
「確かにハートからは脱した。だけど、この道は魔国には続いていない」
必死に酸素を求めるソフィーが、リーファンの言葉で更に呼吸を乱す。
「メドルーナ側には出ていない。でも、エンヅォルトにも続いていない。となると…」
チャドが考える。
「う、嘘…でしょ?…ロ、ロガ…ドガ山…!!」
ソフィーが泣きそうな顔で答えを出した。
ハートの周りは森。とにかく森しかない。
現地民だからようやく森の違いが分かる。
しかし、ロガドガ山に通じるであろう道は明らかで今までのように迷いようがなかった。
目の前には様々な大きさのゴツゴツとした群青色の岩が転がっていた。
そしてその先に、天まで届くと思えるほどのロガドガ山が待ち構えていた。
/////////////To be continued...




