第8話「王とは」
「……え、どうする?これお手上げじゃね?」
リーファン、クロアの2人を1度ハートに帰らせたカヒリとギーナ。
リーファンは王子でありながら国宝を持ったまま長い間ハートを留守にしていた。
クロアはなんだかんだ言ってもやはり子供である。
ギーナの言葉で2人は謝罪のため帰国を決めた。
そして、森に残ったカヒリ達と変わらず様子がおかしいキャロライン。
結局キャロラインからゼグエグを分離させることは出来ず、2人はとりあえず彼女の両手を後ろに縛った。
「クロアがこの植物なら簡単に切れないとか言ってたけど大丈夫かな…なんか爪立てたらプチッていけそうなんだけど。」
「細いものね。念のために何重にも巻いておきましょうか。」
「毛糸くらいだもんな。むしろ毛糸がほしいわこれ。はぁ。火は拒絶反応すごいだけだし、ちょっと痛いくらいじゃピクリとも反応しない。会話も出来ないしどうしようもないよな。せめて同化した魔物と話せればなぁ…立てこもりの犯人が人質いるのに何にも要求してこない的な。顔色悪いけどこれで一旦連れて帰ろう?」
「……話せれば…そうよね。」
ギーナは何かが引っかかったようだが、解決策を思いつくことは出来なかった。
例の炎魔法による炎鳥で空路を使ったキングエルへの帰還をカヒリが促したところで
「ごめんなさい。1度メドルーナに寄ってもいいかしら?あの国なら、何か情報を得られる気がするの。」
「メドルーナ?でもリーファンがゼグエグってのは目撃例すら少ないって言ってたじゃんか。心当たりあんの?」
「あそこは富裕層が落ち着いて暮らす国よ。お金を持て余すくらいの人達は何するかしら。賭け事?豪遊?そんなの毎日やってたらきっと飽きちゃうわよ。何人かは趣味を持つんじゃないかしら。珍しい物をコレクションするような…」
「……つまり、メドルーナでゼグエグを知ってるかもしれない魔物博士的なマニアを探すんだな?」
「さ、移動しましょう。」
/////////////now loading......
翌日。
ハートでは、リーファンとクロアの帰りを祝う小規模な祭りが行われた。
「父上。お怒りは分かっています」
ハートではそれなりに名のある守り手や狩人、その他職人達が集まる宴の席。
その中でリーファンは国王にこっそりと言った。
2人の帰りは不自然なほど喜ばれた。
クロアの母親は当然としても…
「怒りなど。さあ、お前も飲みなさい」
他人へ向ける顔は確かに笑顔だ。
酒も入って今は国王というよりほろ酔いで気分がいいおじさんという印象。
しかし、リーファンにはそう見えていない。
「目の奥に怒りの炎が見えます。場所を変えて少し2人で話しましょう」
人のいない訓練場。
広場の真ん中、国王はリーファンに背を向けた。
最初に口を開くのは
「ふっ…この世界はまたおかしくなったようだ。ついに生き残った人間まで狂い始めている。死んだと言われた王女が我が国に迷い込み、この世の者とは思えない人間が訪問したり、我が息子は神の剣をそこらの武器と同じと言わんばかりに簡単に持ち出して長い間国を留守にした。それとも、私が間違っているのか?」
普段よりも低い声でリーファンに問う国王。
顔は見えないが誰にでも分かるほどの静かな怒りが堂々と立つ彼の後ろ姿から容易に伝わってくる。
「お前が死ねば誰がハートの次世代を担うのか。神の剣を奪われたら、ハートはこの先どうやって大魔から民を守るのか。お前は簡単に私達の未来を危険に晒した。そのことを理解しているか?」
「言葉の謝罪では償うことは出来ません。理解しています。…これからは」
リーファンが言葉を続けようとするのを国王の何気ない行動が妨げた。
訓練場にある手入れされた武器の数々。
その中でも王剣と呼ばれるハート特有の剣は国宝の神剣クリスティーンを模して作られており、成人男性の身の丈と変わらないほどの長さの長剣は扱うのが難しい。
その王剣に国王が手を伸ばし…ゆっくりと手に取った。
「…父上」
リーファンは国王の次の行動を阻止するべく、呼ぶ。
「リーファン・ハート。次期国王であり、全ての国の王と民が認める"勇者"よ。今ここで、ハート国王…レイゼン・ハートが貴殿に正式に決闘を申し込もう」
しかし、リーファンの悪い予感はそのまま実現してしまった。
ゼグエグによる襲撃で悪い雰囲気だった国は、リーファンとクロアが戻ったことにより活気を取り戻していた。
…はずだったが、現国王レイゼンは
「今のお前に愛する我が国ハートを…そしてこの世界の未来を任せては…私は死んだ後も不安で墓の中で眠ることは出来ないだろう。剣を取れ」
王子、勇者…それ以前にただ1人の息子。
大切な我が子との決別を口にした。
/////////////now loading......
裏では国の一大事。
しかし、ハートではやはり表向きは王子の帰還と
「本当によかった…よかった…クロア…!」
「ごめんなさい…お母さん…」
クロアが無事に戻ったことを祝うムードだった。
戻った時はひたすら大泣きしてクロアを抱きしめ続けた母親だった。
1日経ってようやく、言葉にして子の無事を喜んだ。
このままでは向こう1週間は母親が落ち着かないだろうとクロアは心配するが、それ以前に。
「この薬草は…」
「ソフィー嬢、すり潰すのはこっちの木の実だねぃ。その薬草は煮るってさっき」
「え…」
クロアがキャロラインと共に国を出て、言うほど長い時間は過ぎていない。
なのにいつの間にか自分の家には新たな客人が2人も。
1人はやや不器用な印象が強いソフィーという女の子。
1人は体が大きすぎて窮屈そうなチャドという男性。
「ああ、大丈夫です。後は私がやりますから」
クロアの母親がソフィーから器を引き継ぐと、チャドと2人で作業の続きを始めた。
作っているのは快爽薬…これはいわゆる"回復薬"なのだが、単純に体を強くする栄養剤としても飲まれることがある。
手が空いて暇になったソフィーがクロアに歩み寄る。
「…その、おかえりなさい。お母さんにはお世話になってます」
「………」
「あ、あのね。お母さんとお話したんだけど、クロアはキャルと仲が良いの?」
「…キャル?…キャルを知ってるの?」
クロアの反応を見て、ソフィーは一気に顔が明るくなった。
弾けんばかりの笑顔でチャドと顔を見合わせ、再びクロアに向き直る。
「キャルはね、私達と一緒に旅をしてたんだよ。ずっと。辛いこともあったけど、今思い出すとそれも良い思い出っていうか…」
「キャル嬢はメドルーナで行方不明になった。一生懸命探したんだけど、ある日ライヴァンから正式に死んだことが発表されたんだよねぃ…」
「あの時は時間が止まったみたいだった。悲しくて、本当に居なくなっちゃったと思ったら気持ち悪くて、寂しくて…」
「それでもソフィー嬢は諦めなかった」
「諦めたとか諦めなかったとか…そういうのじゃないんだけど…なんか…ね。キャルのやりたかった事を私達が代わりにやり遂げてあげたら、きっと…もしかしたら、もう少しだけキャルのことを近くで感じられるんじゃないかなって」
「そしたら魔国どころかハートにもたどり着けないんだから笑っちゃうよねぃ。メドルーナにも帰れなくて、本当に遭難して、オイラも死を覚悟したねぃ…」
「そんな2人をクロアの時と同じように、ナムカが助けて連れてきたんですよね。あなた達の口からキャルの名前が出た時は驚きました」
「あぁ…!!良かった。本当に。キャル死んでなかった。死んでない。あぁ…!」
キャロラインの無事をとても喜ぶ2人。
クロアはなんとなく人見知りのような壁がなくなって、
「…キャルのこと、もっと聞きたい…教えて…」
「うん。いいよ。それじゃあ、私と初めて会ったところから…」
クロアとソフィーとチャドが仲良くなるまでに全く時間はかからなかった。
ソフィーが楽しそうに1人で役を演じ分けてクロアに今までの旅を身振り手振りも加えて話す。
途中で食事休憩も挟まれ、全部で3部構成になったそれは夕方まで続いた。
「…おしまい。この続きはまたこれから。私達みんなで作るんだよ」
目を輝かせるクロアを見て、母親はまたこの子が国を出て旅に出ることを察した。
それで笑顔が少し曇ってしまうが
「その時はオイラが守るからねぃ。神に誓って、クロアを守る。うん」
チャドがすかさずフォローした。
そして、それは起こった。
「大変だ!今すぐ訓練場に!!早く!!」
慌てた様子でソフィー達の恩人で守り手でもある女性、ナムカがやってきて声をかけた。
何事かと全員が外に出ると、知らぬ間に物々しい雰囲気で。
「急げ。訓練場で国王とリーファンが決闘を…」
ナムカがその雰囲気の理由を伝えると、クロア親子の顔色が変わる。
ソフィーはまだ何が重大なのか理解しきっておらず、チャドは
「もしかしたら、また悲しい思い出が増えるかもしれない…ねぃ」
そう呟いた。
/////////////now loading......
ソフィーが旅芸人も真っ青なひとり芝居をしていた頃。
ハートの国王レイゼンとリーファンは剣を取り、誰にも知られず命のやり取りをしていた。
「お前と真剣に向き合うのはこれが初めてだな」
レイゼンの一振りは、はっきり言って遅い。
しかし、その剣を受けるリーファンは苦い顔をする。
「っ、…重い…!」
防御の体勢が一撃で崩れる。
リーファンは体の若さで強引に耐えるが、踏ん張る足が何歩も後退する。
「ハートは他の国よりも強くなければならない。人が人として最後に在るべき場所として、我々が居てやらねばならない。ハートの王になるというのは、そこらの責任とは桁違いだ。分かるか」
説教の流れの中で振り下ろされる剣。
それを相槌代わりに受け止めるリーファンだが、一振り一振りを完全に受けきれずよろけるその姿は、まだ"責任"が似合わない若者そのもので。
「お前は何を求めて国を出た。旅をして何を得た」
続く問いは剣に乗せられる。
「んがっ…」
圧されて仰け反るリーファンは、危機にさらされようやく反撃に動く。
「父上…!私には…、僕には…!……俺には…!」
一人称を次々と変えるリーファン。
「耐えられなかったっ…!!」
右から大きく振られた剣を全く動じず受けるレイゼン。
「どうあってもあなたが期待するような男にはなれない!僕がどう変わっても!私がどう力をつけても!」
"僕"では剣の振り方を知らないような乱暴な一振り。
"私"では基本に忠実な正確な一振り。
「いっそのこと…そう考えるのは当然だと…俺は思ったんだ…!」
"俺"では迷いが見えるものの、思い切りのいい一振り。
「今思えば、お前は幼い頃は僕…剣を覚えた頃には俺…勝手に国を出た頃には私と…それがお前の変わるということなのか」
「出来るなら何でもない人間に生まれ変わりたかった。何度も心の中で謝った。親も子も互いを選ぶことは出来ない…!」
右、左、左、突き。
リーファンは本物の神剣を扱っていたおかげか振り抜き際が絶妙で、レイゼンは連続攻撃でようやく1歩後退した。
「自分自身を、そして、私の代わりになる人のことを考えてクリスティーンを持ち出しました。これが無くなれば、ハートの王になるということの責任は少しぐらい軽くなるのではないか…と。もちろん、人の手に渡らぬように剣の眠る場所を探すつもりでした」
リーファンは徐々に早口になる。
それに剣の振りも同調していく。
「旅をして、俺は知った。魔物の脅威に怯えながらそれを隠して平和に暮らす人々を!」
剣を両手で持ち、土を抉りながらの振り上げはレイゼンの剣を…軽く弾いた。
「僕は知った。同じような立場でも誰しもがそうあるべきではないことを!キャロラインもまた、自分とは何か…そう悩んで迷っていた!」
レイゼンがしたようにリーファンも剣を振り下ろす。
しかしそれをレイゼンは簡単に払いのけた。
「この世界は、間違っている…!」
長剣をまっすぐ引いてからの踏み込むほどの突き。
異常なリーチばかりが目立つ攻撃になるが、リーファンの場合はその突きに正確さが乗る。
そして脆い音を立てて…
「そうか。それがお前の答えか」
刃先が砕けて剣は折れた。
レイゼンは残念そうに剣を構える。
隙を見せて、力を溜める体勢に移った。
半分に折れた剣を、リーファンは思わず手放した。
「この世界は、何も間違ってなどいない。お前も、キャロラインも、王の責任を真の意味で理解していないだけだ。まだまだ、子供なのだよ…」
最後に声色が柔らかくなった。
ふと、レイゼンと目を合わせたリーファン。
「だからこそ、私は悲しい」
「………父…上…」
声は優しかった。
でも、真顔だった。
表情は変わらず、怒りを必死に隠した真顔だった。
「お前がこの奥義を会得した時は、本当に嬉しかった。分かってくれたと…つい浮かれてしまった」
((ブラストオブメシア))
無情。
リーファンの肩口を貫く長剣が彼の髪色と同じ深緑色の光を纏う。
「…私には息子はいない。とうの昔に、死んでしまった」
レイゼンは、リーファンに一生の別れを告げた。
何も言い返せないリーファンの瞳に自分の顔が反射して、彼は力を込めて剣を根元まで押し込んだ。
「ぐ…」
よろけるリーファンに背を向けて、レイゼンは離れていく。
「…間違ってる…こんな…こんなのは…間違って…」
リーファンは知っている。
この技は、実際に効果を発揮するまでに時間差があることを。
それがどれほどの遅れか…というのまでは知らないが、確定された死まではまだ猶予がある。
「怯え…て…暮らす…のか…人は…。いつまで…?もし…守れなく、なったら…後はどうなる…?…未来を…考えるのなら…敵を…知り…打ち倒すべき…なのに…」
「どうしろと。かつての勇者が勝てなかった魔王を相手に。女神達の協力を得ても傷一つ付けられなかった相手に。"今"のお前は父親の背中を超えることも出来ないというのに」
「ぶ…っ…かぁ…!」
リーファンは倒れた。
突き刺さったままの長剣が、痛々しさを強調する。
決着した。
目を閉じる国王は、隠れて見ていた者達に
「知らないままでいなさい」
そう告げて宴の席へ戻っていった。
そこにちょうど入れ違いで、ソフィー達が到着する。
「リーファン!!」
真っ先にクロアが駆け寄る。
チャドは額に手を寄せ天を仰いだ。
ソフィーはただただ目の前の光景が受け入れられず、口を何度も開閉した。
/////////////To be continued...




