第4話「守る」
クロアの母親は泣き崩れていた。
キャロラインが戦闘不能になったのを目の当たりにして、このままでは愛する我が子までそうなることが明確に思えてしまった。
どんなに嫌でも避けられない。
その結末を頭の中から退けることが出来ない。
信じたくないのに、一切の疑いがない。
決闘を見守ることが出来なくなった母親を気にせず、国王は腕を組んで更に決闘に集中する。
半人前の子供が国の代表の大人を相手に命のやり取りをしているのだ。
あまりにも無謀な光景に胸が張り裂けそうになる。
それでも、クロアの気弱な覚悟を見届けなければいけない。
それが、この国の全ての民の"父親"としての、
「はあっ!」
ビナが吠える。
弓を構える彼女は射るために吠えたわけではない。
ただ単純に、大声を出すとクロアが臆病な反応を示すのだ。
ビクつく子供にすぐさま照準を合わせる。
それでもクロアは"生き物"として本能に従い抗う。
放たれた矢をその場でしゃがむことで超回避する。
そしてお返しにしゃがんだ体勢から
「ふっ」
矢の数で有利なクロアは一瞬で3本を放ってみせた。
しかし、しゃがみ撃ちのせいかそれぞれの軌道はばらけてしまう。
「それでは射抜けないぞ。何を学んできた」
ビナは後転し、立ち上がりながら飛び退き、側転も加えてそれらをわざとスレスレで避けてみせる。
「ふっ」
続けて立ち上がったクロアが3本射撃する。
「下手だな」
体の身軽さを見せつけながらビナはこれらも回避した。
「ふっ」
「無駄だ!」
突然の大声に射撃後のクロアはまた驚き大きく反応した。
いよいよ飛び跳ねそうだとビナは心の中で笑う。
が。
「あ」
次に放たれた1本の矢をビナは確かに回避した。
しかし、"トン"という軽い衝撃を右足の甲に感じた。
そしてまともに足を地につけられないまま倒れてしまう。
横に倒れて強制的に視界に自身の足先が入ってくる。
そこには、確かに1本の矢が突き刺さっていた。
「……跳ね撃ち…。僕の技…」
クロアの"跳ね撃ち"は先のしゃがみ撃ちの段階で始まっていた。
3本の矢を、続けて放った3本の矢で空中で撃ち落とす。
威力を失い降ってきた矢のいずれかを、最後に1本の矢で任意の方向に強く弾きとばす。
この技の狙いは横や斜め上方向に飛んだはずの矢が、真上や対象の死角からあたかも反射したように跳ね返って飛んでくることにある。
現在、弓を扱うのは人間のみ。
対弓の立ち回りは"守り手"とされる人間でも学ばない。
少なくともハートの人間は人間同士で戦うことを決闘という特例を除いて良しとしない。
それでも、自分の立ち回りを客観的に分析すれば弓を扱う人間とどう戦えばいいのかは自ずと理解出来る。
だから、ビナは自分の勝利を過信していた。
相手がクロアという子供だから、油断していた。
まさか狩りに連れていってもらえない間に、弓を極めて守り手になった自分でも想像出来ない技を身につけていたなんて。
足から流れ出る血を見てビナは徐々に戦意を喪失していく。
完全に素人だったキャロラインはともかく、クロアはまだ無傷と言っていい。
1対1になっても彼は…
「…どうした…クロア…」
ビナを目前に、クロアはただ…じっと見ていた。
「構えて…撃ちなさい…それでお前の勝ち…」
なのに。
大声で脅かした時以上にクロアは怯えていた。
"終わらせ方"を聞かされて彼は首を横に振る。
「決闘だ…引き分けなんて存在しない…気が変われば、お前はこの…守り手ビナに殺される…んだ…」
腕の痛みはまだ我慢出来た。
しかし、足は別問題だ。
自慢の身軽さも、片足だけでは満足に発揮出来ない。
片足を庇うために両手を使うことも出来ない。
片手片足では、もう戦えない。
実質戦闘不能状態であると理解しているから、徐々に様々なものに飲まれていく。
敗北、屈辱、怒り、後悔、懺悔、感謝…そして死の恐怖。
「殺して…終わらせれば…お前も守り手になれ…」
る。
最後に言葉が途切れたのは生命の火が消えてしまったからではない。
勝利を確実にした少年が、目に涙を浮かべているからだ。
「そうか。私は立派な守り手候補をただの子供と見誤っていたのだな」
国王が頷きながら言った。
もう少しこのまま見守った上で、決闘を強制終了するように指示するとクロアの母親の肩に手を置く。
「泣くな。あの子は泣かれるような男じゃない。…守り手の父の血を引いた、最強の弓使いだ」
母親が顔を上げると国王は強く頷いてからその場を離れた。
「ク、クロアぁ…!!」
我が子の無事に安堵し再び涙がこみあげてくる。
その時だった。
「うわああぁぁ!!」
クロアが声を上げる。
負けを確信したビナ。
負傷し横たわる彼女の胸に突き立てられるのは
《命。命。大好物》
「クロアーー!」
母親の強い声にクロアが正気を取り戻し、決闘場から逃げ出す。
突然の出来事に対応が遅れるハートの人間達。
決闘には当事者以外武器の持ち込みを禁止するという暗黙の了解があったためだ。
その乱入者をただ眺めることしか出来ない者、慌てて武器を取りに行く者、女子供を逃がすために動く者。
決闘場は騒ぎになった。
母親がクロアを連れて逃げようとするも、クロアはその場から動こうとしない。
「キャル…」
「だめよ!助けられるわけがない!あの子は守り手に任せて私達は」
「でも…」
「静まれい!!」
野太い声が騒がしい場に突き刺さる。
それでも騒ぎは静まらず、大勢がその場を離れていった。
「憎き魔物めが!」
寝間着に大剣というおかしな状態。
髭の濃い大男が逃げていく人々をかき分け決闘場に入っていく。
「貴様ぁっ…!我が偉大なるゴルゴラに大挙して」
声を張る大男。
それを遮るように反応するのは
《お前、ダレだ?》
ビナに突き刺した細い木の枝のような腕を抜き、体だけ振り向いてみせる魔物。
言葉を話すが頭はない。
煌びやかな羽根と、木の枝と変わらない細い体。
「…っ、我こそは!大軍国ゴルゴラの王!ワ」《知らナい》
ゴルゴラの王…まで名乗った大男は、大剣を振ることすら叶わず魔物の細い腕で額を貫かれ絶命した。
《…命。だけど美味しくない》
大男の額から腕を引き抜くと、魔物は今度はキャロラインに近づく。
「あ…キャル…!!」
「クロア!だめなの!助けられるわけが」
「離してよ!キャルが殺されちゃう!」
不定期に高速で動く羽根が気持ち悪い。
血で染まった細い体が気持ち悪い。
頭も口も見当たらないのに当たり前に話しているのが気持ち悪い。
魔物は禍々しさを増して、キャロラインの頬に腕を伸ばす。
腕の先からは小さな小さな指が伸び、頬を撫でる。
「あ"あ"あ"あ"あ"っ!!」
今度こそ危険な目に合わせまいと息子を強く抱いて離さない母親。
クロアは大粒の涙を流しながらひたすら暴れ叫んで抵抗する。
《………分かった》
魔物はキャロラインに刺さった矢を無理やり引き抜いた。
そして彼女に覆いかぶさると、羽根を高速で動かし始めた。
羽音がうるさくなるほど、羽根には様々な色が付いていく。
色が強くなると、次は輝きを得る。
そして……
「キャルーーー!!!」
クロアの叫びは届かず。
魔物はキャロラインと共に光に包まれた。
見えない状態で何が行われているのかは分かるわけがないのだが、間違いないと言えるのは絶対人間の体によくないことなのだろうということ。
絶望を見せつけられたクロアは泣き叫びながら母親を叩いた。
腕を、肩を、右の頬を握りこぶしで殴ったところで解放され
「助けるからぁっ!」
慌てて弓を構える。
しかし、通常とはかけ離れた今の自分の精神状態。
いつもならすぐに狙いは定まるのに。
いつもなら番える手が震えることはないのに。
数日一緒に過ごして大好きになった姉のような存在の彼女を助けたいのに。
それをさせないのは魔物の力か、
それとも…己の中に巣食う恐怖か。
手を出せないまま震えるクロア。
その横を数人の大人達が駆け抜けていく。
その手にはハート自慢の武器を持って…
「クロア!お前は下がっていろ!」
「ビナの仇…!!」
「行くぞ!」
「先に羽根をもぎ取れ!逃がすな!」
1人の男がその場で高く跳躍し、槍を投げた。
刃先に向かって太いその槍は光から漏れて見える羽根をしっかりと捉えて
……消えた。
「ちっ!魔法か!?」
「構わん!突っ込め!」
カーブの強い歪んだ刃の短剣を両手に持った者、人の頭でも簡単に砕きそうな大きな木槌を持った者。
2人が光に突っ込んでいく。
直前まで聞こえた2人の声は、その後聞こえることはなく…。
「…どうなってる…!守り手が手も足も出ないなんてそんなことあるはずがない!」
続々と駆けつける大人達。
守り手を含む狩人達だ。
聖域ともいえる自国の土地に突然現れた1体の魔物を狩るために国が総力を注ぎ込もうとしている。
そして
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「………………」
微かな呼吸の音。
それも今、失いつつある。
優しく手を握られ、苦しみで目に涙を浮かべる。
「いいことなんて…できなかった…」
集中しないと聞き取れないような小さく弱い声。
「なにも…できなかった…」
傍で手を握る女性にゆっくり顔を向けて。
「ごめんな…ナタリア…おまえのことも…キャロラインも……」
女性はただ怯えたように体を震わすことしか出来ない。
「ゆうしゃなのに……たすけたかったのに…」
あとどれくらい言葉を発することが出来るだろうか。
「ごめんなさい…よわいおとこで…」
その時が近づいている。あと数歩という所まで来ている。
「ふたりとも……あいして………」
眠りに落ちるよう…とはよく言ったものだ。
実際はそんなに優しいものではなかった。
自分の意思を、"生"という当たり前を、見えない何かに強制的に終了させられる。
動くのを許さない。
話すのを許さない。
聞くのも許さない。
見えるのも許さない。
熱い冷たい硬い柔らかい…何もかもが失われていく。
感覚が取り上げられていく。
時間が止まって、ただ、これまで、当たり前に、行使してきた、何も、かもが、取り上げ、られて、
……いく………………。
/////////////To be continued...




