第11話「雷雨国ライヴァン」
朝。
メドルーナにはいつも通りの朝がやってきた。
仕入れた商品を運ぶ馬車の音、屋台を立ち上げて開店の準備をする音、客に出される料理がほどなく完成する匂い。
賑やかさを取り戻しつつある外とは逆に、マリタの屋敷は不自然なほどとても静かだった。
屋敷にいる者全員が眠っていたのだ。
それはついさっきまでの騒ぎのせいで睡眠時間が削られていて疲労も溜まっていたから。
…ではなく。
「あぅ…!」
どんな夢を見ていたのか、身震いして目覚めたソフィー。
自身の腹を擦り、足を撫でて、夢から覚めたと自覚する。
「ひどい夢だった…あ」
自分のことが終わって、彼女は部屋を見渡した。
眠気が一気に覚めて、血の気も引いていく。
「キャル!!!」
ソフィーの声にチャド、マリタ、召使いも目を覚ます。
そして、全員が目にしたのは。
「何が起きた…?確かに全員…もう朝か…?」
「マリタ様、すぐに朝の準備を」
時間の経過に驚く屋敷の主と召使い。
「………」
驚きで何も口に出せないチャド。
「ど、どうしよう…!」
ソフィーは慌てて部屋を飛び出していった。
キャロラインが寝かされていたはずのベッドには、およそ人型に染みついた血の跡。
しかしそこにキャロラインの姿はなかった。
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朝。
メドルーナを離れ、アグリアスを抜けて、ライヴァンに向かいゆっくり歩く馬に揺られる2人。
男は背中に感じる温もりに安心していた。
ここまで無理に走らせすぎた馬を撫でて気遣う余裕もある。
後ろを見れば、ひどく重傷な少女がいる。
力を失い、男の背に体を預けるだけの少女が。
気づけば部下をメドルーナに置いてきてしまった。
目の前のことに夢中になりすぎて今更な状況整理を続けると、
「止まりなさい」
ライヴァンの門番が声をかける。
「すまないが急ぎたい。こちらはキングエルの王女、キャロライン・ストーン様だ。見てわかる通りですぐに城までお連れしたい」
「そ、そうでしたか…!どうぞ」
すんなり入国する。
門番に告げた通り、本来ならば自国の城まで急いで帰りたいところではある。
しかし、短時間でここまで無茶をさせた愛馬にこれ以上の無理はさせられない…と、代わりの馬を手に入れるつもりだった。
男はそのままライヴァンの国王が住まう城に向かった。
他国に比べて大きいとは言えないその青い城は、この国を無慈悲な雨から守る国宝に合わせて改築されたものである。
キングエルから最も近い他国であるライヴァン。
変わり果てた2人の訪問客を、国王は迅速に受け入れた。
「ブラウンよ。何があった」
「連れ戻しました。旅先ですから、危険は承知のはず…ですが目の前で倒れているキャロライン様を見た時は…」
本心なのか、演技なのか。
ブラウンは立ちくらみを見せ、動揺を隠せない様子で語る。
国王はあっという間に彼の雰囲気に飲まれ、心配そうに話を聞く。
王の間には他に護衛と側近がいるが、彼らも少し暗い顔で話を聞いていた。
「キャロライン王女はここで治療を始めなければ、キングエルに戻るまでに死んでもおかしくない。急ぐのは分かるが、少し休んでいきなさい」
「…ありがとうございます」
国王によって、決められた。
ブラウンとしては、馬さえ借りられれば良かったのだが。
彼は思わぬ手厚い歓迎に困惑した。
身を綺麗にするようにと風呂を勧められ、浴場を訪れる。
衣服を脱ぎながら、またしても今更気づく。
自分は武装していたはずだと。
身を守る金属の重さが無くなっていたことにいつから気がつかなかったのか。
同時に武器も無いと知る。
深いため息が漏れるが、
それは一旦置いておこう。
浸かった湯船の心地よさにそう思わされてしまった。
同じ頃、個室に運ばれたキャロライン。
重傷の彼女を寝台に寝かせ、数人の女性が手早く服を脱がせていく。
血で汚れ、砂で汚れ、木の枝や葉が付いているそれはなかなか脱がせることが出来ず手間取る。
部屋の隅で薬草を調合する者、汚れた衣服を処理し代わりに新しいのを用意する者、キャロラインの体を調べ怪我の具合を確認し汚れを拭き取る者…と
それぞれの仕事を始めてすぐ、それは起こった。
「きゃ…」
寝台に寝かされたキャロラインが光りだす。
異変に気づき、部屋にいる全員が注目した。
光を纏った彼女は次の瞬間、どこの誰かも分からない女に変わっていた。
全身のどこを見ても確認出来たはずの怪我の全てが彼女には無かった。
無気力な顔で、寝起きのように乱れた髪を少しだけ掻きながら女は起き上がる。
「キャロライン…様?」
「………」
女は無言で、代わりに優しく微笑んだ。
そして
「"施し"ます。あなた達に、愛を」
それから少しして、キャロライン王女が姿を消したとしてライヴァンで騒ぎが起きたのは言うまでもない。
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国中を兵が駆け回る。
騒がしい外を気にせず、教会で祈りを捧げる。
「あなたは今話せないでしょうから、私から一方的に話しかけますね。…久しぶりですね、プロティア。最後に会ったのは何年前でしょう…」
ステンドグラスを見上げながら、女は祈りの体勢を崩さず話し始めた。
「長い時間を漂う私達にとっては一瞬の出来事ですが、とても面白いことがあったんです…」
ゆっくりと聞かせ、次の言葉を考える。
整っていない髪は寝癖なのか、話の途中で一部が外向きに跳ねる。
「私が何者なのかを知りながら近づいた男がいたんです。女として丁寧に扱われ、部屋に招かれ、体を交えそうになってから私の正体を言い当てたんです…ふふ、面白いでしょう?」
それに反応するように、ステンドグラスが1度煌めいた。
他に誰もいない無人の教会で、話は続く。
「それから、ソフィーにも会いました。彼女は私のことが分からないようでしたが、もしかして忘れてしまったのでしょうか?そういえば、口喧嘩をして彼女とは別れましたからね…」
ステンドグラスがまたしても煌めく。
「…他には何もありませんよ。人間というのは、良くも悪くも変わりませんから。だからこそ私達は人間を愛しているのです…そうですよね、プロティア」
女は立ち上がった。
「では、帰りますね。次に会えるのはいつになるのか…それでも、私は空を見上げる度にあなたを想っています」
女は目を閉じ、自身の体を抱きしめた。
…体はそのまま透過し、ついには消えた。
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翌日。
ライヴァンからの報せに、人間の住まう国の全てに衝撃が走る。
それは、メドルーナに滞在中のソフィー達にも例外なく伝わる。
マリタの屋敷にも届けられた手紙。
外装から明らかに市販で手に入れられるような便箋ではないと分かる。
屋敷中の人間が集まりテーブルを囲む。
代表して屋敷の主であるマリタが読み上げた。
「…全ての人間国に雷雨国ライヴァンの王、サルヴァ・メロユースが伝える。我らが親愛なるキングエル…キャロライン・ストーン王女が旅先の負傷で死亡した。我々は偉大な彼女の冥福を祈る…そんな馬鹿な…」
行方が分からなくなってから今の今まで全員で探し回っていたというのに。
ライヴァンから届けられた訃報に全員が固まる。
衝撃が脳を貫いて抜けた後、最初にソフィーがテーブルに突っ伏して泣き出した。
「それは本物…なんですかぃ?」
「偽物なはずないだろう。見なさい。これは国王だけが使う紙だ。焼印も本物だとも」
手紙を見せてもらったチャドは開いた口を手で覆う。
しかし、なぜ。
「メドルーナでいなくなったキャル嬢が、なぜライヴァンに?もし仮に馬を走らせたとしても…いや、あの体では…」
「それでもこの報せは嘘ではないということ。…残念だがこれは仕方ない」
疑問を抱えるチャドと、報せを受け入れたマリタ。
ソフィーはマリタの発言に反応し、泣く声を大きくした。
屋敷に響き渡る彼女の声。
それから何日も、何日も。目覚めている間、ソフィーはキャロラインの死を受け入れられず泣き続けた。
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人間が作った道を大きく外れた森の中。
1人の人間が迷い込んだ。
その存在を森の動物達は避けた。
その森を狩場とする魔物は、ただ静観した。
「旅先で…人に親切にされても…それは表面上の優しさで…誰もが仮面を付けているのだ…」
「どうあがいても"生"は苦しい…悲しい…」
「また…独りになった…」
「独りのままなら…」
「独りのままなら…」
息も絶え絶えに呟き、ふらふらとまた重たい足を進める。
真っ白な世界に、物を見分けるための黒線が走り、生ある全てが赤く見える。
強制的に動き続ける心臓が鼓動するたび、ズキズキと頭から足の先までが痛む。
何も考えず、ただ歩み続ける。
「独りの幸せ…」
/////////////To be continued...




