第8話「探し"もの"」
「さむっ」
身震いして起きた。
何事かと思えば、同じベッドで寝ていたはずのソフィーが体を大胆に広げてベッドを1人で独占していた。
私はどれくらいの時間を床で寝ていたのだろうか。
心地よく寝息をたてるソフィーに心の中で舌打ちをして、私は着替えて屋敷をうろつくことにした。
「朝の香りだ」
どこかから聞こえる召使いの働く音。
掃き掃除、拭き掃除、食事の用意に…キングエルの城の中での暮らしと全く同じ。
そして、主に差し出されるであろう紅茶の香り。
これを嗅ぐたびに朝を迎えたと認識してしまう。
「無駄に高い茶葉のやつ。…甘くなくて色は」
「ほっほっ。お嬢さんは紅茶に詳しいようで」
「おはようございます」
「おはよう。どうかな、老いぼれとのんびり早朝のお茶会なんていうのは」
泊めてくれた屋敷の主のお爺さん…マリタさんは、私を誘って庭に出た。
空はまだ少しだけ暗い。
夜明け…早起きしすぎたみたい。
「メドルーナはどうかな。若い人には楽しい国に見えると思うけども」
「私にはあまり。ソフィーは楽しそうだったけど。…マリタさんはメドルーナがどう見えてるの?」
「ほっほっ。何も。残念なことに妻との間に子供は授からなかったし、これという生きがいもない。ただ持ち腐れていただけの大金がこの国では自由に使える。こうして老後も身の回りの世話をお願い出来るというのはありがたいと思うよ…」
物語を読み聞かせしてもらってる気分。
ゆっくりだけど、退屈しない。
マリタさんの不思議な会話の間に心地よさを感じる。
「マリタさんて、どうやってお金持ちになったの?」
「キングエルの国王様に。世界の半分を魔王に明け渡した際に故郷の一部も持っていかれて………しまった。父と母、妹2人はその時に……土地を管理すべくやってきた魔物に…そして死別…お詫びにと、一生かけても使い切れないほど貰ったよ」
話の途中でもお構い無しに紅茶を啜るマリタさん。
「でも、マリタさんの故郷はゴルゴラと同じ場所だったんでしょ?魔物に?どういうこと?」
「今のゴルゴラやハートは魔物の支配下になったり人間の支配下になったりを繰り返しているんだよ。人と魔物とを分ける境界線があっても、争うことを止めない。世界平和を多くの人々が泣き乞うても、自分勝手な人間達は戦い続けて完全な勝利を欲張る。ほっほっ…人1人で何が出来るというのか。女神様でもないのに」
話を聞いてると少しずつ空が明るくなっていく。
マリタさんの話は時間が早く過ぎるのかな。
…もしかして、ゆっくりすぎる?
「お嬢さん、珍しいね…ほっほっ。若いのに老いぼれの話で退屈しないかい?」
「全然。逆に話疲れたりしてない?」
「ほっほっほっ。全然」
なぜかマリタさんと張り合う形になった。
年寄りの話に退屈する若者。
話したいけど疲れてしまう老人。
不名誉な称号をかけて…というのは私の中でだけ…なんだけど。
マリタさんは見た目以上にとても元気だ。
「そうだ。さっき少し言ってた女神様?」
「ほう。女神様のお話が聞きたいかい」
「うん。私何にも知らないから」
「詳しく知りたければ…ハートに専門家が暮らしてるはずだよ」
「マリタさんが知ってることも聞きたい」
「そうかそうか。いいとも。…君、おかわりを」
紅茶のおかわりを要求して、一口。
話す準備を整えたマリタさんは、いよいよその魅力的な話し方の本領を発揮した。
この間だけはきっと、誰にも真似出来ない。
「むかしむかし。"旧七大国"を襲ったのはどこからともなく現れた魔物達であった…当時、人間同士の争いは存在していたから戦う術はあった…だが、人間とは何もかもが違う魔物達との戦いは未知な事が多くあっという間に各国が平和を失ってしまった…その時、人間の味方をしてくれたのが女神様…人間が持たない神秘的な力を持つ女神様は…時に人々を強くし、時に迫り来る魔物達を弱らせ、時に人々を癒し、時に自らも戦った…誰も女神様がどこから来たのかを知らず、いつ人々の前から去ったのかも知らない…しかし、残された逸話は少なくない…今も世界各地で女神にまつわる話が聞けるだろう…」
「……旧七大国」
「ほっほっ。魔物の国が生まれる前は、世界の全てを7つに分けていたんだよ。故郷、ゴリゴーラはそれはそれはとても広い国だった…いや、どこもそうか。今人間が分けて暮らしている国なんて当時の半分もない。…昔を懐かしいと語りあの頃は良かったと言うのは老いぼれならではの悪い所だな…あぁいけないいけない」
「ありがとう。話が聞けて良かった…」
ライヴァンの教会とか、ソフィーの名前の由来とか、女神の存在が確かに世界中に知れ渡ってる。
なんとなく無視出来ない気がする。
「キャル嬢、ここにいたんだねぃ」
「……え、誰?」
「誰ってオイラだよ。チャド」
私が知ってるのとは全くの別人がそこに立ってた。
兜は着けない人だから、髪型がきっちり整ってるはずなのに…使い古しのほうきみたいにとっちらかってる。
そもそも鎧は?普通の国民みたいな服を着てるなんて。
寝る時も鎧は脱がなかったはずなのに。
「首、赤いよ?」
「うん?あぁ、これはちょっとねぃ」
首のとこに一部赤いのが見えた。
指摘するとチャドはそれを指で搔くようにして隠した。
「ほっほっほっ。チャドさんもまだ若いんだ、お嬢さんもいつか分かるよ」
「………?」
「お気遣いありがとうございます…ソフィーを起こしてくるから、そしたら出発といこうかねぃ」
「もう発つのかい。せめて朝食は一緒にいいだろう?」
「もちろんです」
一礼してチャドは室内に戻っていった。
「昼は子供と商人の楽園。夜は大人と金と暴力の楽園。…メドルーナは明るくも暗い。人間誰しもが備える心の善と悪がそのまま国になったようなもの…チャドさんを責めてはいけないよ?」
「…うん」
よく分からなかった。
それから全員で朝ごはん。
マリタさんは大勢で食事が出来て嬉しいと喜んでた。
奥さんは喜んでるマリタさんを優しい顔で見てた。
「それで、チャドさん。昨夜はお楽しみだったのかい?」
「お楽しみ?何?何の話?」
「あ、あ…あぁ。そのことでしたら…」
ソフィーの食いつきに狼狽えつつ、チャドはマリタさんに耳打ちをした。
「おお…そうかそうかぁ…!ほっほっほっ。チャドさんにお願いして良かった。そうか…」
「キャルー…」
「私も知らない。食べないならそれもらうね」
「あ!…ありがと」
ソフィーは一部の野菜が苦手だ。
色が濃くて特徴的な味のものが。
苦手で残してるんだなと思って食い意地があるフリをした。
小声でお礼を言われながらも、私もチャドが気になってた。
昨夜はお楽しみだったのか
どういう意味なんだろう。
マリタさんは、夜のメドルーナは大人と金と暴力がどうのって言ってたし…もしかして暴力でお金を稼いでたとか?
どこかに…人間を戦わせて賭け事をするような場所があるとか?
まさかチャドが無関係の人を襲うなんてことありえないし…
結局聞き出せないまま、私達は屋敷を後にした。
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「あまぁ…んむっ。あまぁっ。えへへ」
屋敷でもらったお菓子を歩きながら食べるソフィー。
口を閉じて咀嚼してるのに、今にも雷が落ちてきそうな音が聞こえる。
飴を大胆に噛み砕いてるだけなんだろうけど。
夜とは違って、明るい時間帯のメドルーナは子供が多い。
子供向けにお面とかおもちゃとか色んなお店が並んでる。
「少しだけ買い物をしていこうかねぃ。ハートまでの食料と着替えを何着か」
チャドはいつも通りの姿に戻ってた。
でも…機嫌が良さそう。
「チャド!私あれがいいなぁ」
「メドルーナの服は少し派手な色合いだねぃ…赤とか青は目立ち過ぎるから…緑なら」
「えー!私あれがいいんだけど…」
ソフィーのお目当ては…白銀の衣装だった。
特殊な服で、長袖半袖…袖なしを1着で着分ける事が出来る。
ただ、おしゃれが目的だろうから旅をするのには向かない。
「こんなにキラキラしてたら敵に見つかるねぃ…」
「お願い…」
「ダメ。行こう」
「キャル嬢…きっぱり言ったねぃ」
「うー…」
「あ。そういえば」
「キャルも何か買うの?なら私がダメって言うから!」
「そうじゃなくて。お世話になったマリタさんに朝、女神様の話を聞いたんだけど」
「女神様?」
「私全然知らないから。2人はどうなの?女神様について何か」
「私はほら」
「特別な左目とそこから由来する女神様と同じ名前…なんでだろう。もっと知りたいって思った。ソフィーみたいに体のどこかが特別な人が他にもいるのかな?」
「………」
「チャド?」
様子がおかしい。
話を聞いてるようで聞いてないようで。
確かに今は買い物中だけど。
呼びかけても反応しないからソフィーがチャドに近づく。
すると首を傾げてソフィーが匂いを嗅ぎだした。
「……あれ…この匂い…」
「さて、あとは食料を」
「チャド。止まって」
「…ん?なんだぃ?」
「私がミフィーリアでいつも嗅いでた匂いがチャドからするのはどうしてなのか話して」
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メドルーナを出る前に買い物をするキャロライン達を少し離れた場所から見つめるのは
「見つけた。キャロライン様だ。おい、すぐに呼んでこい」
「はっ!」
兵士が2人。内1人が鎧を弾ませ走る。
走って向かう先は、キャロライン達が1泊した屋敷。
「はぁっ…はぁっ…ブラウン様!キャロライン様を見つけましたぁっ…」
息を荒くし兵士が名を呼ぶ。
「マリタ」
「隠すつもりはなかった。お前が回りくどく聞くからいけないんだぞ、ブラウン」
「キャロライン様だけでも足止めしていれば」
「またキングエルの国王様に大金を貰えた?こんな年寄りがこれ以上貰って何に使うんだ。10人を超える若者に身の回りの世話をしてもらって、何かあれば守ってくれる屈強な男だっている。妻と2人で暮らすには広すぎるこの家で他に何をしろと」
「そうだな。例えば、"女神探し"」
「………」
「この地に移り住んだのは贅沢をするためじゃない。唯一、お前の故郷だけを守ってくれなかった女神の謎が知りたい…違うのか?」
「ブラウン…」
「それに限らず女神を探す人間は山ほどいる。果たして本当に存在するのかどうか。どのような姿なのか。もしかしたら女神ではないのかもしれない。探求は尽きないだろう。ここでどれだけ暮らした?女神は見つかったか?探すために人を雇うにもそろそろ限界があるんじゃないか?」
「ブラウン様、」
呼ばれてもブラウンはマリタから目を離さない。
「夢を追いかけるのはどんな気分だ。現実を苦しんで生きる人間を」
「ブラウンよ…」
マリタは笑みを浮かべる。
「女神様なら、ちょうど見つけたところだ」
「……なんだと」
「見つけただけじゃない。接触もした。誰にも否定出来ないぞ。ついに…ついに見つけた…!」
「ブラウン様!」
「…マリタ、マクシミリアン王に貢献する心を持たないのであればいつか後悔するぞ」
ブラウンが屋敷を出ようとする。
「私は見つけた!見つけたんだ!嘘なんかじゃない!確かに存在する!」
彼の背中にマリタの声がうるさく刺さる。
"女神探し"
それは、女神の逸話を聞いた人々が様々な理由で真偽を確かめるべく自然に始める事。
マリタもまた、その内の1人だった。
彼の願いは年を重ねる度に少しずつ弱っていった。
もう少しだけ若い頃は聞きたいことがあった。
なぜ、故郷ゴリゴーラには女神の逸話がないのか。
それはそのまま、女神がゴリゴーラを守っていないことにも繋がる。
他の国には腐るほど逸話があるというのに。
なぜ、ゴリゴーラだけ守ってもらえなかったのか。
もし、もしゴリゴーラにも女神がいたとしたら。
家族を失わずに済んだかもしれない。
時には女神を責めたいと思ったほど、願いは強かった。
それは今となっては、女神が実在するのかどうか…それだけのものになってしまった。
しかし、その願いはついに叶った。
マリタは女神の存在を確かに知ったのだ。
その方法はまだ、誰にも伝わることはない。
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「話してよ」
「匂い…?」
「そう。それは村長が毎朝私のお祈りの時にだけ焚いてたお香の匂い。これは特別だって…他所で買えるような物じゃないって言ってた」
幼く見えていたソフィーの声に力がこもってる。
魔物に襲われてたミフィーリアで出会った時みたい。
「…忘れてたわけじゃないけど、油断してた。そうだよ…ミフィーリアを見捨てたんだよね…それでめちゃめちゃになった後で戻ってきて…何、みんなの物を兵士みんなで分け合ったの?チャドはそのお香をもらってきたとか?」
「…ソフィー嬢、話が」
「気安く呼ばないでよ!!」
近くにいた人達が私達に注目した。
でも兵士のチャドがいるから、普段通りを装いつつ…聞き耳を立ててる。
「最低。…最っ低!!」
「ソフィー」
ソフィーは門とは逆に、騒がしい町中へ戻っていってしまった。
「…キャル嬢、すまない。オイラが行ってもソフィー嬢は話をしたくないだろうから、頼む」
「………なら今、私に簡単に教えて。その匂いは?」
「……に…」
「え?」
「女神様に会ったんだよねぃ…」
/////////////To be continued...




