第5話「各々の片鱗」
「2人とも、ちょっと」
もうすぐ怪しげな森に入る。
その前に私はチャドとソフィーを呼び止めた。
「………」
「キャル?」
「キャル嬢。どうしたんだぃ?」
「この森に入るしかないのは見ればわかるんだけど。やっぱり他に道はないの?」
馬鹿なことを聞いたなって思う。
アグリアスからここまで一本道だったんだから。
それでもこの森に入るのはどうしても避けたくて。
「あったとしても戻るわけにはいかないねぃ。アグリアスの国民達が目の色変えて追いかけ回してきたのを思い出すと…」
「礼拝堂から外に出るのも大変だったんだよ?カヒリとギーナが一緒にアグリアスまで来てくれてなかったら…」
2人は顔を見合わせてる。
"ねー。"と、実際には口に出してないのに付け足したくなる。
「カヒリもギーナも、私達のことを弱いって言ってた。いつかは避けられない戦いがあるかもしれないけど、その時私達はどうすればいいの?チャド、本当に私達を守れる?」
「森に入る直前…。なるほどねぃ。確かキングエルにも魔物が出る森があったねぃ」
「キャルはそれで心配してるの?」
「お母さんに会うために急いでるのは確かだけど、ここまでの何日かの旅で自分が何も考えてなかったって分かった。自分の身を守ることがどれだけ大変なのか、自分がどれだけ弱い存在なのかって」
話しながらふと森に目を向ける。
白と黒が雑に混ざり合って見えるその場所に紛れ込む"生の赤"は最初に見た位置から動かずじっとしてる。
「それなら。ふんっ!」
チャドは自分が担当する大きな荷物を置いて、そこから大斧を引き抜きを両手に持った。
「荷物は2人が交代で運んでほしいねぃ。オイラは…俺は本気で守る…ん?」
声に力を感じた。普段の彼とは違う言葉通りの"本気"の片鱗を見た。
そして、チャドも違和感に気づいた。
「殺気とは違う。けど、何かが森の中で待ってるようだ」
「え?え?」
「ソフィーには分からないよ。でもチャドの言う通り」
「キャル嬢、すまなかった。守ると約束しておきながら気を抜いていた。…いると分かれば話は簡単だ」
チャドの両腕が薄らと黄色く光る。
バチバチッと音がすると、
「大斧サンダーボルト。この斧は俺の代わりに雷
に撃たれて魔力を備えた特別な武器…そして俺を主と認めてこの力を使わせてくれる…守るために。大雷斬!」
両手で大斧を頭上高く振り上げて、まっすぐ振り下ろす。
斧が地面を強く叩き割って生まれた衝撃で私とソフィーは立っていられなくてその場に座り込んだ。
そして、斧の切っ先、割れた地面から。
「か、かみなりぃ…!?」
それは私の目から見ても黄色く、速く、眩しかった。
それが一体何なのか。知るには時間が足りない。
森を割る勢いで地を走る大雷は、私が捉える"赤"を的確に
「ひぃっ!!?」
撃った。
「驚かせてすまない、ソフィー嬢。雷は12の敵を撃った。キャル嬢、まさか数まで分かったりするのか?」
「待って…」
赤が消えていく。
それはつまり、命が尽きていってるということ。
でも。
「"1つ"だけ奥に逃げてく」
「あれを防いだか。運が良いわけじゃなさそうだ」
「チャド…?それ、大丈夫なの?」
私には分からない。
でも普通の"世界"が見えるソフィーからするとチャドはおかしいらしい。
「少し痺れるくらいで問題ない。さて…これで少しは力が抜けるかねぃ」
チャドが力を抜くと同時に、私の見ている世界も元に戻った。
色が戻っていく。
アグリアスから続くこの一本道はそれなりに広い。
馬車が横に3台並んでも、もう少し余裕がある。
両脇は岩壁で焦げ茶の岩肌は刺々しい。
正面には深い"青"の森が広がってる。
ちょうど真ん中のあたりはチャドの攻撃で木々が無くなって見通しが良くなってる。
「それにしても意外だねぃ。キャル嬢に索敵能力があるなんてねぃ」
「それ何?」
「どこに敵がいるのか、どれくらいいるのかを知ることが出来る能力だねぃ。もしゴルゴラがまだ在ったとしたら、キャル嬢は軍隊を率いて戦うことになっていたかもしれないねぃ」
「……でも今はやれって言われても出来ない。戻っちゃったから」
「戻っちゃった?ふんっっ…!」
私の発言の意味を問いながら、ソフィーはチャドの荷物を持ち上げようとしてる。
どんなに鼻息荒く力んでも荷物は微動だにしない。
「ソフィー嬢、もういいから」
それをチャドが軽々と持ち上げて背負う。
「結局この道を避けて通れないし、オイラ達を歓迎しようとしてた何者かはほぼほぼ全滅した。力は示したし、森に入ってもすぐには襲ってこないだろうねぃ」
「本当に?私今日はまだ魔法使ってないけどいきなり来られたらすぐには使えないよ?」
今のチャドの攻撃も、ミフィーリアで見たソフィーの魔法も多少の時間が必要。
確かに突然襲われたらどうしようもない。
「キャル嬢の索敵がいつでも使えるなら…と言いたいけどしばらくは無理そうだねぃ」
「うん」
どういう原理で私から見える世界の色が変わるのか分かってない。
ペンダントが関係してそう…それぐらいしか情報がない。
ふと思い出した。
妖精はどうなったんだろう。
もしまだ生きていたなら、またいざという時に警告してくれたり助けてくれたり…
「キャル!早く!」
気づいたらチャドとソフィーが森に足を踏み入れてた。
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キャロライン達が森に進入した頃、信仰国アグリアスには再び静寂が訪れようとしていた。
「悪い。本当に。謝って済む問題じゃないけど。」
静寂寸前。それを唯一許さなかったのはカヒリの謝罪の声だった。
礼拝堂でヒンマ国王を巻き込んで発生したブラウン率いる一軍との戦闘、その結果は
「思ったより本気だったからこっちも加減出来なかった。」
カヒリが手加減出来ずに圧勝してしまった。
ギーナと2人で致命傷を与えてしまったキングエルの兵士達を回復させている。
「なんなんだろうな。こっちだとズバァァァン!とかそういう文字で書き起こしたくなっちゃうくらいの効果音的な手応えが全く無いしさ。こんなこと言っちゃうとおかしいけど」
「変なこと言わないの。回復に集中して。」
「すみませんでした…」
礼拝堂の中は国民達が避難していたため余計な物が退けられていたので、戦闘するための空間として少しは適性があった…のだが。
カヒリの攻撃を受けた兵士達が派手に吹っ飛び側壁に強く激突したため破損が酷く、戦闘が終わっても時々破片が床に落ちる。
「両手足が明後日の方向…マジでごめん。」
1人1人に謝るカヒリ。言葉の丁寧さはともかく気持ちは確かなもので。
戦闘前の状態に戻った兵士達はカヒリの対応に小さく頷いて、そのまま大人しくしている。
「…あれこそが悪魔…」
壁に背を預け何とか立ち続けるブラウン。
満身創痍な彼の横でそう呟くヒンマ国王。
ヒンマ国王は飛んできた壁の破片で額を切って怪我していた。
それはこの場の怪我人の基準で考えると、最も軽傷だった。
「顔も知れぬ男1人がキングエルの兵を簡単に…そうか、私が縋るように盲信していたのは本当にただの化け物だった。あの男こそ相応しい」
「国王…何を…」
「お前達はキングエルの王女を探しに来たのだろう?話は聞いていた。しかし今の戦闘、真の狙いは」
あの2人だろう?
最後の部分はあえて口には出さず、ヒンマ国王はブラウンの目を見て訴える。
「今回で確信に変わりました…」
ブラウンはふらふらと壁から離れてその足は兵士を治療するカヒリへと向かう。
「お前」
ブラウンは両手に1本ずつ構える剣をカヒリの背に向ける。
しかし剣先はカヒリが先の戦闘でへし折っていたので、武器として人を傷つけるのには向いていなかった。
「なあブラウン。やめとけよ。実際にその目で見て、体で味わっただろ。再戦を望むのはマジでやめとけ。」
「ふふ、知っているぞ。お前達は魔国エンヅォルトから来たと。魔王に改造された人間の姿をした魔物め。キャロライン様には指1本」
「指どころかお姫様抱っこして飛び回ったくらいなんだけど。そもそも、アグリアスまで俺達が頼まれて同行してたし。」
「ブラウン、あなた勘違いしてるわ。どちらかと言えば私達はキャロラインの味方よ。でも正体不明でいなければならない。必要以上に関わるわけにはいかないの。」
割って入るギーナの発言。
ブラウンはそれの真偽を
「あのー、その事なんですけど。今更ですが俺はまた謝らなければいけません。」
カヒリがブラウンの思考を遮る。
「呪いの魔物を発見して、キャロラインと合流して、それから…ね、皆と合流したじゃん?その…合流前にちょっと。」
「今度は何をしたのかしら?」
「キャロラインに自分のこと知ってるなら教えろって泣かれてしまいまして。その…色々と…」
「はぁ…。それで?」
「いや、まあ、その、リアクションは思ったのと違うっていうか。なんか色々こっちのアレと違うっていうか。」
「…命拾いしたわね。」
「ごめんなさい…!?」
自分の過ちを自白する子供と静かに怒りながら聞く母親のよう。
ついには声が裏返るカヒリ。
ブラウンは2人のやり取りを全て聞いた。聞いていた。
キャロラインの名が出ている以上、関係ない話ではない。
しかし、何を言ってるのか全く分からず
「っと…」
無意識に力が抜けて倒れそうになり、両手の剣を床に突き立ててそれを耐える。
「じゃあ、ブラウン。今からお前も元気にするけど襲ってくんなよ?次はボコボコにしても治してやらないからな。」
カヒリがブラウンの足に触れる。
足先から脛、膝と触れられたそばから疲労や怪我により脱力していたはずの足に力が戻る。
次に蹴られた腹の重さが消え、胸がスッキリして呼吸が苦しくなくなる。
全身が元通りになった。
戦闘したのが嘘のように。
「ここにいる者を、それもほとんど1人で治したのか…!」
ヒンマ国王が驚く。
「お前は今回の件の黒幕みたいなもんだから回復しないぞ?」
服に付いた砂埃を落としてその場から立ち去ろうとするカヒリ達。
ここでもう一度ブラウンがもう役に立たない剣を2人に向けて声をかける。
「待て、私は聞いていた。マクシミリアン王との会話を。お前達は確かに自分達のことを"異物"と言った。そして国王と」
「え、お前あの場にいなかったよな?盗み聞き?」
「王の間には隠し通路があるもの。そんな事どうでもいいわ。」
「私は聞いたんだ!お前達がエンヅォルトを出入りしたと!」
「………」「………」
無言でカヒリとギーナがブラウンを見る。
「うーん、俺が喋ると余計なこと言っちゃう。」
「そうね。だから私が答えるわ。あなたに言えるのは、"私達はエンヅォルトに入れなかった"ということ。」
「何だと?」
「境界線を超えると世界が真っ白になってしまうの。恐らく向こう側も結界を張ってるのね。だから引き返した。過去にマクシミリアン王は勇者として魔王と接触しているから、それについて何か知ってると思って話を聞きに行ったのよ。」
詳細を知りたそうな顔をするブラウンに背を向ける2人。
「ま、まだ話は」
「終わった。それとも…力ずくで聞き出すか?」
去り際にカヒリが挑発する。
「見ろ…あれこそ悪魔の目だ…!」
「黙れよオカルトじじぃ。お前は常識外れな存在が大好きなだけだろ。」
開かれたままの扉から外に出た2人。
そして直後に出現した虹色の炎鳥に飛び乗って行ってしまった。
その光景には兵士達も驚きの声を隠せない。
「信仰こそ宝…!信仰こそ…信仰こそ…」
ヒンマ国王は地下に消えていった。
「くっ…私は…信じるべきなのだろうか…」
キャロラインを追う。
キングエルに一度戻る。
それよりも先に、外で気絶して寝かされていた人々を。
ブラウンは兵士達に一通り指示を出すと、1人礼拝堂に残り正座をして祈った。
/////////////now loading......
「う"ぉ"っ!」
その頃、キングエルでは。
「ブラウンは!ガボォッ…」
「ど、どちらへ!?寝室にお戻りください!」
「無理…」
床に血を吐き散らしながらマクシミリアン王が城内を歩く。
無理やり動かす体。それを命令する脳は痛みや咳、嘔吐など様々な危険信号で阻止しようとするが…国王の強い意思がそれを許さない。
「あわぁ…ててないで…ささえう"っ!」
壁伝いに床を這う国王。
その傍らで慌てふためくだけの
「もう…解雇する…王族に仕えてなん…」
話そうにもこみ上げてくる熱い体液や血を吐き出さないように堪えるので精一杯。
そこにブラウン直属の部下2人が駆けつけて国王に肩を貸す。
抱き上げられる形で立ち上がると、すぐに国王の足が床を離れた。
「命令だ…ナタリアの…行け…」
2人に抱えられながら国王は城内を移動した。
突然寝室から抜け出して小一時間、城内は大騒ぎだ。
マクシミリアン王が到着したのは、連れ戻した際にキャロラインが引きこもった部屋。
王妃ナタリア・ストーンの部屋。
「いい…降ろせ…」
部屋の隅、キャロラインが座り込んだまま動かなかったらしい場所。
その近くには火が消えた蝋燭と、部屋を漁った跡が見られた。
「娘は…どっちに似たんだろうな…すぅ…はぁ…ここだと少しは体が楽だ…」
そう言ってマクシミリアン王は、床に横になって、これまでと同じように吐いた。
しかし、今度は液に混じって拳ほどの肉塊が床に転がった。
「愛してるよ…変わらず」
/////////////To be continued...




