第2話「信仰こそ」
「信仰こそ力、信仰こそ宝、信仰こそ…うーん」
いくつかドアに手をかけてみたら、1つだけ鍵がかかっていない建物があった。
中は普通の民家…住人がいないけど。
掛けられてる上着からして3人家族かな。
襲われた形跡はない。…他にも何か乱れた物があるわけじゃないから、急いで逃げ出したとかでもなさそう。
でも、2階の寝室には壁に文字が残されていた。
それが
「信仰こそ力、信仰こそ宝、信仰こそ…」
文字は段々乱暴になっていって最後の部分だけ読み取れない。
そっと触れてみると鋭い何かで抉るように刻まれてることが分かった。
「………」
読み取れない部分をくり返しなぞるように触っていたら、突然お腹が痛くなった。
…思い返してみれば、1度目に城を出たあの日からは体から不純物を排泄する概念が薄れてたかもしれない。
無意識に便秘になってたのかな。
「借ります…」
便所の場所はこの建物に入ってすぐに分かった。
どこでもそうだと思う。鼻で分かる。
「……っ………ぃ、いやぁぁぁぁぁあああっ!!」
驚いて、バランスを崩して、尻もちをついて。
見てしまったそれから離れたいのに、立ち上がることが出来ない。
逃げられない。
逃げられない。
便所に積まれた生首から。
3つとも血まみれで、口を開いていて、目は必要以上に見開かれて、髪が…
「うっ…」
そんなんじゃない。
もっと酷い。
もっと…もっと…
「………」
気色悪いと思っていた。
今も嘔吐寸前、私の喉を這い上がってくる熱い液を感じていた。
それが突然無くなった。
怖くなくなって、気持ち悪くなくなって。
驚いて恐怖して震えていたのが馬鹿らしく思えるくらい。
「……そっか。口は裂かれてて、瞼が切り取られてて、髪は皮膚ごと剥がされてるんだ」
得体の知れない怖さを触れて知ることで消し去る。
恐怖心が克服されていく。
瞼を失い露出したままの眼球は、乾いていた。
そのまま指先で撫で回しているとぬめりのある液体を感じて、ふと眼球の両脇に爪を差し込んでみた。
"生"はとっくに失われてるけど、ほんの少しだけ温かい気もする。
眼球とそれが収まる肉の間に指を強引に押し込んで関節を芋虫みたいにクネクネと曲げて動かしながら奥へ…もっと…一番奥へ押し進めて。
「っ。…とれたぁ」
頭を押さえながら力強く引き抜くと、丸いそれは肉から千切れて引き剥がれた。
背筋がゾクゾクして…体が痺れて…気分が良い。
「ん。妖精?」
甘い香りがして、声がした。
《隠れて》
「隠れて?どこ?どこにいるの?」
《隠れて》
手のひらの上、この家の住人である男性の目玉が何かに叩き落とされて、私はもう一度だけ言われた。
《隠れて》
それからすぐ、何かが急いでこの建物を目指して向かってきてる気がした。
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「案の定すぎるだろ…どっちも。チャドがはぐれるなよって注意したらキャロラインだけいなくなってて、バカ広い礼拝堂の中には」
「逃げ込んだアグリアス国民がぎゅうぎゅうに…」
「私達のこと睨んでる」
「何があったのか聞きたいねぃ」
「それは俺達に任せろ。お偉いさんを探してくる。」
カヒリとギーナは周りの視線を気にせず奥へ消えていった。
一方でチャドとソフィーは足の踏み場もないほど広間を埋め尽くすアグリアスの国民達に話を聞くことにした。
「ちょっといいかぃ?」
「アンタ達…ここにどうやって入った」
チャドが声をかけると、小さな子どもを近くに抱き寄せながら老婆が小声で問う。
「……どうやって?ああ、確かに正面の大きな扉は固く閉ざされてたねぃ。礼拝堂の周りを探し回ってようやく隠し扉を見つけたんだよねぃ」
「あ、あの…ちゃんと元通りにしてきたから見つからないと思うけど…でも何に?何から隠れてるの?」
続けて話を聞こうとすると、すぐそばにいた男性が血相を変えてソフィーの肩を強く掴んだ。
「ひゃっ!?」
男性は怒りに満ちた顔でソフィーを睨みつける。
しかし、口元で人差し指を立てる様子から
「…すまない。小声で話すから彼女を離してくれるかぃ」
「小声でも駄目だ。音を立てるな。ここにいたければ黙っていろ」
チャドとソフィーは壁際に立って大人しくすることにした。
周りを見渡せば国中の人間が集まっているというのに、聞こえるのは微かな呼吸音と服の擦れる音。
それから老人と病人の咳くらいか。
とはいえ咳ひとつでさえ細心の注意を払ってのことだ。
壁際には人が寄りかかる他に、長椅子が立てかけられていた。
それすらも邪魔になるのか。
この場所の広さからして、避難場所になるのは分かる。しかしこの空間でさえ許容範囲を超えているように思える。
声は出さずに、口を動かすだけでソフィーはチャドに話しかける。
"カヒリ達大丈夫かな"
同じやり方でチャドも返事をする。
"キャル嬢も心配だねぃ"
状況を理解出来ていないまま従うことにした2人とは別に、礼拝堂の奥へ進んだカヒリとギーナ。
段々と人が少なくなっていく。
2人はさらにその先の空間…地下へ向かっていた。
「地下への入口に近いとこにはマッチョメンがいて、気以外も強そうなおばさんがいて。やっぱり地下はダンジョン化してるよな。」
「そうね。でもこの感じだと地下に魔物が住み着くことになった原因が私達の知るのとは違うわね。」
「紫色の肌した魔王の手下がいるなんてことはなさそうだ…なっと。」
暗い階段。
ギーナをエスコートするカヒリ。
彼に手を引かれながら空いてる手で小さな火を指先に灯して明るく照らすギーナ。
階段を下りきると、小さな松明といかにもな甲冑に身を包んだ兵士が4人。
兵士達の奥には重そうな鉄の扉が見える。
「止まれ」「これより先には通さん」
「へいへい。てことは奥にアグリアスのお偉いさんがいるわけだ。」
「別に立場的に上の人に会う必要はないの。ただ、この国に何が起きているのか教えてくれないかしら。国の門番が不在かと思えば、礼拝堂以外、人がごっそり消えているんだもの。気になるわ。」
「よそ者か」「その布を取れ。顔を見せろ」
「それは無理だな。」
カヒリの返答に兵士が身構える。
「戦うつもりはないわ。話を」
「偉そうな口を」「そこに立て!」
何が兵士の気分を損ねたのか。
4人の内2人が武器を向ける。
1人は錆びた剣を、1人は先が刃こぼれしている槍を。
「武器持ってりゃ安心か?」
「だめよ。我慢して。穏便に。」
「慎重になりすぎると後手に回ることになる。そうやって俺達は何度…ごめん。」
カヒリがギーナに謝罪すると、代わりにギーナが1歩前に出る。
「力で制圧しようとしても無駄よ。必ずそんな自分勝手な世界は変えられるんだから…英雄と呼ばれる人に。」
すると、鉄の扉がゆっくり開く。
「何事だ。祈りを妨げるでないぞ」
「申し訳ありません」「この2人が」
扉から現れたのは背の小さな男。
それっぽい装飾のされたマントに、小ぶりながらも冠を頭に乗せている。
「ヒンマ国王か…あんたが…なのか…」
「実物は優しい顔なのね。お父さん顔だわ。」
「お前達は何者だ。随分と騒がしいぞ…魂が」
「くっそ…身長が小人級なのに顔はガチでおっさん…妙にツボる…っ!」
笑いをこらえるカヒリの口を手で塞ぎながら、ギーナがアグリアスの国王、ヒンマ・リカルテスに一礼する。
「私達はただの旅の者。名乗るほどではありません…無人と化したアグリアスの原因を知りたいのですがお聞かせくださいませんか?」
「ふむ…」
2人は扉の奥へ案内された。
「…ダンジョン化してない。魔物は?」
「今は余計なこと言わないの。」
扉の奥に伸びていた地下通路。
その途中の一室に迎えられると、部屋の奥に国王が座り、出入口に兵士が立ち塞がる。
床には赤い絨毯。
壁にはアグリアスの国章。
部屋の中には兵士が数名と、ヒンマ国王、カヒリとギーナ。
しばしの間のあとで、国王が口を開いた。
「今、アグリアスには"呪い"が蔓延しているのだ」
「呪い?」
「信仰を無くした者によるものか、外部の呪術師によるものか…」
「呪いってさ、病気みたいなことか?魔物か?」
「両者だ。"それ"に触れられただけで、肉が崩れすぐに死ぬ。…それから、我がアグリアスに魔物は入れぬ」
「は?」
「信仰は我らを守る力であり、信仰は我らを栄えさせる宝であり、信仰は我らを高みへ導く…」
「いや、でも本当ならこの地下って最下層の墓まで魔物が…んぐっ!」
「では、今もアグリアスのどこかに呪いとされる正体不明の生き物がいると」
「その通りだ。並の人間では歯が立たぬ…そもそもアグリアスはゴルゴラやハートのように頻繁に戦うことはない」
「そうね…どこよりも平和主義というか、武力を持たない国よね。」
「だから強い魔物が外で暴れてるって展開に何も出来ないから皆で礼拝堂に逃げ込んだのか。上見たか?国民全員震えてたぞ。守ってやれないのかよ…これっぽっちも。」
「だからこうして祈りを捧げているのだ」
「そんなんで魔物が消えりゃあ苦労ねえよ。」
「待て」「勝手に動くな」
これ以上話すことは無いとばかりにカヒリが部屋を出ようとするが、兵士が静止する。
「俺がその呪いの魔物とやらをぶっ殺してやるよ、な。それでこの国に平和が戻って元通り。だろ?」
「お前にそれが出来るというのか」
「出来るどころじゃねえよ余裕すぎて泣きそうだ。ふざけんなよ。神頼みで何でも解決してもらおうってか。大人しく何もしないで待ってりゃ誰かがやってくれるってか。お望み通りぃ!叶えてやるよ!」
カヒリは兵士を回し蹴りで退かす。
扉は吹っ飛ぶ兵士によって壊れてしまった。
「待って!」
「上で怯えてる人達とチャド達を頼む。俺は魔物とキャロラインを探すから。」
「どうしたの?そんなに怒って…待って。ねぇ…。」
真っ暗な階段、ズンズン上がっていくカヒリをようやくギーナが止める。
「血が騒ぐんだよ。魂が騒ぐんだよ。ヒンマ国王も言い当てただろ…。のんびりしてられないんだよ…これもある意味"呪い"なのかもな。」
「落ち着いて。私達の力は100%じゃないの。力を過信してもし負けてしまったら、…今度はやり直しは効かないの…お願いだから…」
「負けるわけないだろ。俺は勇者だ。それに、この世界にかけてんのは自分の命だけじゃねえ。」
「………。」
「自分の最愛の……そんな顔しないでくれよ…な。」
「約束、忘れてない?」
「おう。"命を最優先"。」
「それから?」
「退くことは間違いじゃない。」
「最後。」
「愛してるよ、___。」
カヒリの想定外な返答に反応するより早く、ギーナの口が優しく塞がれた。
数秒が過ぎて、我慢していた呼吸が再開される。
「っずるい。」
「今回は俺の勝ちだな!行ってくる。」
「戻ったらお仕置きだから……もう。」
ただ、大人しくする。
それだけが許され、ひたすら待つだけの時間に耐えきれなくなってきたソフィー。
両手を使って静かに遊び始めた彼女をチャドは黙って見ていた。
そこにギーナが戻ってくる。
"どうだった"
ソフィーが報告を待ちわびている。
「どうして口パクなのかしら。ヒンマ国王に会ってきたわ。」
先ほどと同様に、男が血相を変えてギーナに近寄る。
が、
「何かしら。気安く触らないでね?…火傷するわよ。」
誰にもギーナの顔は見えない。
しかし、男は恐ろしいものを見たような反応を示して戻っていった。
申し訳なさそうに周りを見回してからソフィーが口を開いた。
「ギーナ。"何か"に見つからないように、皆静かにしてるんだよ。だから私達も」
「大丈夫。小声で話すくらいで見つかりっこないわ。」
「何か分かったみたいだねぃ」
「アグリアス国内に魔物がいるみたいなの。国王はそれを"呪い"と考えて、地下でずっとお祈りしてるわ…誰よりも安全な場所で。それで、カヒリが魔物とキャロラインを探しに行ったわ。彼が戻るまで私達がここにいる人達を守るのよ。いい?」
「1人で平気なのかぃ?」
「仕方ないわ。……彼の怒る気持ちは分からなくもないから。」
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《シンコウ…シンコウ…》
男が裏声で女を装うような声色。
それは何かを探すように部屋を荒らしているのが聞こえる。
探しているのは、きっと私だ。
《シンコウ…》
同じ部屋に気配を感じる。
《シンコウコソチカラ、シンコウコソタカラ…》
ついさっきまで考えていた言葉。
そう、寝室の壁に刻まれていた…
《シンコウコソ、ニンゲンガ___ヲ___テ___スルコト》
聞き取れなかった。どうして?
…もう一度、もう一度聞きたい。
《シリタイ?》
「っ」
/////////////To be continued...




