第8話「雷鳴と男」
深夜。
ライヴァンから伸びる街道を外れると、葉のない木々が道を作って出迎える。
私達は次の目的地である"信仰国アグリアス"に向けて歩いてる。
「ここはアグリアス霊道。信仰のない人間はこの道を抜けることを許されない…神様に。信仰のある人間はこの道へ踏み出した時点から護られる…神様に」
「神様ねぃ…実際は何が潜んでるか知らないのかぃ?」
ソフィーは覚えている限りでその場所の情報を話してくれる。
季節や時間を問わず一定の気温だというこの寂れた道は、幽霊が出てきてもおかしくないような雰囲気。
ここを通るには枝が絡み合ってる痩せた木々のトンネルを抜けるしかない。
葉がなくて空は隠れきってないけど、妙な圧を感じる。
「2人ともオイラから離れないようにねぃ」
チャドはアグリアス霊道に着いてから何度も念押ししてる。
「そんなに危険な場所なの?」
「ソフィー嬢が言った、神様っていうのが問題なんだよねぃ。それと、この道を無事に通れるのは神を信じる人間じゃない…」
「キャル、なんかさっきより寒くなってきた…」
「2人とも怖がり?私はなんともない」
と、思ってた。
ふと見上げた木の上に妖精が止まってた。
「正しくは、"魔物を信じる者"の話…!」
「え?」
ソフィーの話が間違いだと言ったチャドは、直後に右に斧を振った。
木を抉った…だけで終わらなかった。
「木から血が出てる…!?」
「魔木…名前は忘れたけどねぃ…ここを無事に通れるのは魔物と魔物を信じる者。それ以外はこの魔木に生命を吸われるってねぃ…出来るなら走って抜けたいところだけど、オイラの斧は走りながらでは振れないからねぃ。他の"通行者"と遭遇した時に困る」
その時、チャドからピリピリした空気を感じた。
「そういえば聞いたことある。アグリアスに住む人はみんな痩せ細ってるって。もしかしてこの木のせいなの?」
「燃やしたらいいのに」
ソフィーが私の考えに賛同する表情を見せたけど、チャドは私達に向けて人差し指を立てて横に振った。
「チッチッチッ…」
もう一度チャドが木を攻撃すると同じように木は赤黒い血を流した。
私達が何か言う前にチャドは木に注目するように促すと、垂れ流れる血はすぐに固まり…
「魔木は吸った生命力のおかげで消滅しない。燃やそうが切り倒そうが気づいた時にはまたそこに同じ大きさで生えてるってことだねぃ」
悲しいことに、チャドが木を攻撃した時に少し体が軽くなったような気分の良さが味わえた。
魔木による吸収が中断されて体が楽になったんだと思う。
つまりチャドの話は事実。
「ア、アグリアスまであとどれくらいだろ…ね、キャル」
「ソフィーは怖がりなんだね」
「なんでキャルが怖がらないのか分からなくてそっちのが怖いよ私は」
チャドの話を聞いてからほんの少しだけ早く歩くようになった。
私達の頭上には常に妖精。2人とも気づかなくて私にだけ分かる。
夜通し歩いて、ようやく…とはいかなくて。
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「ねぇ…おかしいよ。これだけ歩いたら世界一周出来てもいいのに、アグリアスにまだ着かないなんて」
「時間的に朝になってるくらいだと思う…チャド」
「キャル嬢の言う通り、とっくに日が出て…2人ともオイラが合図するまで木に隠れて」
チャドの雰囲気が一瞬で変わった。
私とソフィーが魔木の影に隠れると、彼は自慢の斧を目の前に突き立てて柄の先に両手を重ねて置いた。
それからすぐに、
「チャド・サンダーバーグ…実物は結構大男だな…」
「オイラを知ってるのかぃ?」
「金髪じゃ…あ、序盤は茶髪なんだっけか。そうそう、知ってるかどうかだけど…気持ち悪いくらい知ってるよ?その構えはお前が唯一使える魔法の"プチボルト"の予備動作ってこともな。」
「プチ…なんだぃ?」
「そっか、お前にとっては"大雷"だったよな。すまんすまん」
「………」
「悪いけど俺は名乗らないから何者か聞くだけ無駄だぞ?えーっと…キャロラインはそこに隠れてるのか。ソフィーも?」
「2人に何の用か聞かせてもらおうかねぃ」
「忠告しにきた。今回はな。」
「忠告ねぃ…」
「今すぐ引き返してライヴァンで1週間待機しろ。簡単だろ?何も今アグリアスに行く必要はない。」
「うん?」
「あー…、まだこっちに進むには……そう、力不足なんだよ。分かるだろ?お前1人で女の子2人を護衛するっても限界があるわけで。」
「オイラが誰か分かってるんじゃないのかぃ?」
「自分の力を過信するタイプだったのかぁ…」
誰なのか、見ることは出来ない。
でも男の声だと分かる。
それから、少し…私の父親に話し方が似てる気がする。
「お前1人じゃアグリアス国内で全滅だって言ってんの。」
「突然現れた見知らぬ男の話をなぜ信じる必要があるんだぃ?」
「あっそ、やっぱりそうなの?どこ行っても男ってのは1回喧嘩しないと分かり合えないって?あぁいいよ、やってやるよ。」
「そんな可哀想なことしたくないねぃ。武器もないし体の大きさも違うというのに」
「それでも兵士かよ、おい。」
衝撃音。弾けるような音は強烈に"肉"を打った証拠。
「キャル…」
「見つかればチャドが動揺する。私達は動いちゃいけない」
チャドが負けてしまったら、私達では相手にならない。
アグリアス霊道は延々と続く一本道…木に身を隠すことは出来ても、何かから逃げるなんてことは無理。
そうこうしてる間にもチャドが苦しむ声と戦闘の音が聞こえる。
「打たれ強いのも分かってる。ほら、斧握れよ。やる気になったろ?心を折って分からせてやるから。」
「……そうかぃ。ならそうしようかねぃ」
「しっかり狙えよ。ブンブン振り回したって俺には当たらない。」
「"大将軍"チャド・サンダーバーグ…いざ」
「へいへい。」
私とソフィーは怯えて体を震わせた。
チャドがその気になってから、とてつもない音量で雷鳴が聞こえて地面が小刻みに揺れてる。
そんな中でもわずかに聞こえた。
「うおおい!やっべ!待て!タンマ!ストップ!」
「はぁぁっ!大斧サンダーボルトよ!雷でこの男を打て!!」
「くっそ!攻撃判定エグい!ス」
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「………………え?」
何が起きたのか、分からない。
ただ、気がついたら、ここは、
「…ふぅ。都合よく起きてくれて助かる。」
「あ、…チャド…!」
私のすぐ隣にソフィーが横たわってる。
チャドは
「あいつはそこ。岩に寄りかからせたんだよ、咄嗟だったから思わずワンパンしちゃってさ。」
「わん…なにそれ」
「いや、いい。それよりも、お前らを狙ってる魔物がいたんだよ。そいつ逃げ足早くて見失ったんだけど…ってグダグダ言ってらんないんだった。大事なことを命の恩人である俺が言うぞ、キャロライン・ストーン。」
「え…」
「お前が行くべきはアグリアスではなくライヴァン。街道まで連れ戻してやったんだからあっちに戻ろうとすんなよ?」
そうだ。
ここはアグリアス霊道ではない。
街道…それどころか、すぐ先に大雲と…ライヴァンが見えている。
「なんで…なんで邪魔するの?」
「邪魔?」
「そもそも誰なの!?…どうして…お母さん…」
「おいおい…落ち着けって。」
「うあぁ!!なんで!どうして!」
「は!?なんでキャロラインから…うわっ!?リンゴか!?」
「いなくなれ!いなくなれ!邪魔するなぁぁ!!」
「っとと!なら俺の言うとおりにしろ!んがっ!」
「うううう!!」
「キャル!キャル!」
ソフィーに押さえられて、ようやく力が抜けた。
黒い布を纏う男はいつの間にか姿を消してた。
そのままソフィーは私を地面に押さえつけて、じっとして。
「キャル、何か怖いよ。大丈夫だから落ち着いて」
「落ち着けない。あの男が私達の邪魔を…」
「いつつ…はっ!2人とも!ケガはないかぃ!?」
私はどうしようもなくって、落ち着くことを強制された。
強制されなくても、そうするしかなかった。
「どちらにせよ1度ライヴァンに行くべきかもねぃ…あんな強い人間に狙われてると知ったら部下を何人か旅の護衛に」
「何があったの?」
「ソフィー嬢、キャル嬢をしっかり押さえててほしいねぃ。…さっきの戦闘、オイラはあの男に負けたんだよねぃ…」
「っ!!」
「キャル。続けて」
「相手は斧を避けるので精一杯だったはず。でも突然人が変わったように身のこなしがねぃ…。あっという間、最後に覚えてるのはオイラのアゴにあの男の踵が落ちてきたことだねぃ」
「チャド。聞かせて。また戦ったら勝てる?それともずっと勝てない?」
「キャル嬢…」
「答えて」
「守ると約束したからねぃ…もう2度とあの男には負けな」
「アグリアスに行こう」
「まだ途中なんだけどねぃ」
「誰か知らないけど邪魔しようとしてるのなら敵だよ。チャドだって敵なら人間だって殺せるでしょ?」
「まったくとんでもない娘に関わってしまったねぃ…」
「あれも魔物かもしれないし。それなら」
「ソフィー嬢。押さえてて」
チャドは小袋を取り出して私に匂いを嗅がせた。
「うっ」
「キャル嬢には少し休んでもらわないとねぃ。その間に2人で旅の用意をライヴァンで…キャル嬢は宿に預けるのがいいねぃ」
/////////////To be continued...




