第1話 謎の腕力
うっそうと生い茂る木々。
その中の一本に寄りかかって腰を下ろし、俺はうなだれていた。
腹減った……。
この森に迷い込んで、丸一日が経っていた。太陽が沈んで、また昇ったから、きっと一日くらい経っているだろう。あてずっぽうだ。
スマホの電波は圏外。
ネットにもつなげないし誰かに連絡を取ることもできない。
「俺はどうしてこんなところにいるんだ……」
最後の記憶では、俺は線路の上で電車にはね飛ばされた。
絶対死んだと思った。
けれど直後、俺は森の中で目を覚ました。
なぜ?
考えてもわからないことを悩んでも仕方ないと思い、俺は顔を上げた。
そのとき、そいつが目の前を横切った。
爬虫類型のモンスター。
体長二十メートルくらいはありそうだ。
二足歩行で、見た目はティラノサウルスに似ている。
けれど恐竜図鑑とかで見たティラノサウルスより、何百倍も強暴そうに見える。
俺は木の後ろにそっと隠れた。
モンスターは俺には目もくれず歩き去ったので、ほっと胸をなでおろす。
そして確信する。
ここは俺が知ってる世界じゃない。いわゆる異世界ってやつだ。
昨日からうすうすそんな気はしていたが、やっぱりそうなんだ。
あんな恐竜みたいなモンスター、俺がいた世界にいるわけがない。
少なくとも日本にはいない。
電車にはね飛ばされたのに生きてたっていうのは、朗報だ。
けれどこのままじゃモンスターのエサになるか、さもなくば餓死するかだ。
食べられそうな果物やキノコはいくつか見つけた。
でも下手に食べると死ぬかもしれない。
俺は野草の知識なんてないから草を食べるのも危険だ。川の水を飲もうかとも思ったけど、腹を壊したら脱水して死ぬのがオチだ。
というわけで、飲まず食わずで頑張っているのだが……。
そろそろ限界が近い。
丸一日食べないだけでこんなにキツイなんて。
ずっと歩き回っているせいかもしれないけど。
モンスターじみた生き物がわんさかいるせいで、一か所にとどまっているのが怖くて、俺はついつい、歩き回ってしまう。
早く人がいるところに行きたい。
「っていうか、人、いるよな? 人間が一人もいない世界ってわけじゃないよな?」
その不安は、開けた視界とともに霧散した。
原っぱに出ると、その真ん中に一人の少女が立っていた。
彼女は見上げるようにして、目の前にいる生物を見つめている。
その生物は亀に似ていた。
背丈が二メートルくらいあるので、俺の知ってる亀とはやはり違う。
大きいわりにおとなしいらしく、少女がくるくると周囲を歩き回りながら見つめているのに、ぜんぜん気にせず原っぱの草を食べている。
「いた……人が、いた……」
俺は安心してその場にへたり込んだ。
よかった。これできっと助かる。
そう思った。
だがすぐに思い直す。
さっき見かけたティラノサウルスみたいなモンスターのことを、彼女に伝えたほうがいい。
あいつはどう見ても肉食モンスターだ。巨大な牙が口に何本も生えていたのが見えた。
だから早く離れたほうがいい、と……。
そのとき、
[ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!]
モンスターの咆哮が、とどろいた。
直後、木々を押し倒すようにして、さっきの恐竜が姿を現す。
女の子と亀みたいな生き物が同時に走り出す。
だが圧倒的な対格差のせいで、ティラノサウルスは一瞬で、女の子に追いついた。
――考える間もなかった。
体が、勝手に動いた。
気づいたら俺は、女の子とティラノサウルスの間に割って入っていた。
あのときと、同じだ。
電車に跳ね飛ばされたときと。
そのときも俺の体は勝手に動いた。
混み合ったホーム――疲れていたのか、よろよろと体を歩いていたおばあさんが、足を踏み外して線路に落ちた。
それが見えた瞬間、もう俺は線路に飛び込んでいた。
直後聞こえたのは、電車のクラクション。ホームからは怒声と悲鳴。
ブレーキの音――。
俺は必死になって、おばあさんの体を引っ張り、線路わきに転がした。
ほんの一秒か二秒だったろう。
だがそれが命取りになった。
俺は、自分が逃げる時間を稼ぐことができなかった。
そうして電車にはねられることになる。
同じだった。まったく同じ。
でも悔いはない。俺はおばあさんを助けられた。
そしていま――俺が犠牲になることで、女の子が逃げる時間を稼げるかもしれない。
だけど、ただぶっ殺されるっていうのは性に合わない。
最後の最後まで、抵抗してやる。
俺は大口を開けて襲い掛かってくるモンスターを見据えると、右腕を振り上げ、思いっきり引いた。
「くらええええええええええええ!!」
そしてモンスターの顔面めがけて、思いっきりストレートを放つ。
俺の拳は、運よくモンスターの鼻先に命中した。
俺は幻視する。自分の腕が、モンスターの頭突きに耐え切れずひしゃげる様子を。
だが、どういうわけかそうならなかった。
[ウギャッ!!]
と、モンスターは短く悲鳴を上げると、サッカーボールみたいに後方に吹っ飛んだ。
「――――へ?」