契約の日
意識が浮上して冷たい大理石の上にうつぶせになったまま俺は目を開いた。ぼやけた視界であたりを見回す。
―ここはどこなんだ??
少し離れたところに立っている二つの人影が目に入る。金色の髪に桃色のドレスを着た人形のような少女とベージュのズボンに白いシャツを着た長身の男だ。
―そうか、俺、勝負に負けたんだ。
ふいにハクは自分が今なぜここににいるのかを思い出した。魔方陣に引き込まれた瞬間の感覚がまだ残っている。
―これからどうなるんだ…
何とか脱出できないか身体を動かそうとした瞬間全身に激痛が走った。小さく弱弱しいうめき声に気づいたのかそのうちの一人がこちらを向く。
「大丈夫?気が付いたみたいで良かった。」
どんなむごい言葉を投げかけられるかと身を固めた彼に降ってきたのは柔らかく暖かい声だった。歩いてきた彼女は12歳くらいの美しいというよりも愛らしいという言葉が似あう少女だった。
彼女は体が動かせないことに気が付いたようで彼を膝の上に抱きかかえる。
「だいぶ魔力を使ったみたいだししばらく体中が痛むと思うわ。今部屋に運ぶから」
「あ、ありがとう」
自分の2倍の大きさがあるハクの下に手を入れてお姫様抱っこをするような形で立ち上がろうとする彼女を後ろで見ていた白銀の髪の男がそれを止めた。
「それは僕がやるから」
「大丈夫、私はそんなにやわじゃないわよ」
彼を押しとどめてなおハクラを抱き上げようとした彼女を遮り彼はなおも言いつのった。
「ほら、ミシェはロワの方を運んでやって」
それに、と彼は笑みを深める。
「ここの掃除もちゃんとやらなきゃだしな」
最後のとどめを刺されたのか彼女は俺をおとなしく彼に引き渡し、上目遣いに睨め付けた。
「わかったわよ。じゃあよろしくね」
ハクの下から手を抜いて彼女は立ち上がる。
「うん。じゃ、頑張ってね~ロワは怒ると怖いから」
「もお!そんなこと言わないでよ。余計怖くなったじゃない!!」
「ごめん、ごめん~」
―こいつが俺の契約者なのか?
全く懲りた様子など見せずに細腕で自分を軽々と抱き上げて背後の開いていた扉から廊下に飛び出た彼をいぶかしげな表情で見上げる。
―俺はこんな弱そうなやつに負けたのか。
視線に気づいたのかこちらの目をじっと見つめる紫色の瞳に見透かされそうな気がして目をそらした。
「ねえ、今君さ僕の事弱そうだって思っただろ」
「え!」
図星をつかれ言葉に詰まるハクを見下ろし彼は口の端をつり上げた。
―こいつ人の心が読めるのか?
「僕はミシェみたいに優しくないから君を気遣ってゆっくりなんて行かないからな~」
「~!!」
俺の声にならない叫びを無視して彼はそのままのスピードで階段を駆け上がる。腕の中の揺れ具合に恐怖をかみ殺した。大きな笑い声を上げながら階段を駆け上がる青年は3階分の階段を駆け上がって急停止した。
「おっとっと」
「うわ!!」
急停止した勢いでハクラの身体は中に飛び出しそのまま数メートル先の床に激突した。
「ごめんな~ちょっと勢い余って落としちゃったよ~」
「おまえ!」
やっと痛みが治まった手足を酷使し、ハクは立ち上がった。
「いや別にわざととかじゃないから~ホント~」
完全に自分を馬鹿にしている目で下から見上げて笑う彼から距離を取る。その時階下から少女が現れた。
「あれ?二人ともどうしたのこんなところに突っ立って?」
「いや~仲良くお話してたんだよ。な?」
「は??」
一瞬訳が分からずに固まったを無視し彼は続ける。
「ところで、まだ自己紹介してなかったよな」
「そういえばそうね」
金色の髪の少女は長い髪を揺らして顔をこちらに向けた。
「え~っと、今更だけどミシェルだよ!!こっちはシューリ」
銀髪の彼はさっきのことなど幻覚だったのかと思える程に優しい笑みを浮かべる。
「で、後で起きてくると思うけどもう一人ロワって言う子がいるから!これからよろしく!」
「は、はぁ、よろしく。俺はハクラだ」
握られた手を振り返しながら奇妙なこの状況に疑問をぶつける。
「これは一体どういう状況なんだ?俺は契約の綱引きに負けてここに連れてこられたはずなんだが」
「あぁ、そのことなら長くなるから食事にしましょう!もう夜ご飯の時間よ」
彼の手を引いて歩き出したミシェはシューリに引き留められた。
「ミシェ、ごめん先いってて。僕は彼に部屋を見せとくから。それにちょっと話したいし」
「え?まぁ今ロワが寝てるから私が作るのに時間係るし良いけど」
ミシェは不思議そうに首をかしげる。
「え、いや俺は後ででいいんだが……」
「いや、遠慮しないで良いのよ。シューリが初対面の人とうち解けるのはそんなに無いことだから、仲良くしてあげてね」
なるべくシューリと一緒に居たくないハクはミシェに助けを求めたが無駄だった。彼の救世主は階下へと消えていった。
「さってっと、ハクラくんって言うんだ~」
全身に鳥肌が立った。鷹に射すくめられたネズミのような感覚に襲われる。
「ここで生きていくために必要な事を一つ教えてあげるよ」
彼はポケットからナイフを取り出して窓から入ってくる月明かりに反射させる。
「ミシェには手を出さないこと」
彼は自分の指先にナイフを押し当てる。紅く落ちていく血が床につくと魔法陣が浮かび上がり中かにこちらを見据える赤い目が二つ現れた。
「変なことしたら。こいつに喰わせる」
ハクは無言の圧力に押しつぶされるような感覚に生唾を飲み込んだ。
「無理なら今喰わせても良いんだ。こいつ最近腹が減ってて機嫌悪いんだよね」
魔法陣の中から聞こえたうなり声におののきながらようやく頷くと魔法陣が消え去った。
「フフッハハハハハハハ…」
「なっ!?」
ハクが力を抜いたとたんに笑い出した彼はその場にうずくまった。
「あー可笑しかった~。本気で驚いてるんだかんな~。それから、僕は人の心は読めないよ?ちょっと勘が鋭いだけ」
ひぃひぃ言いながら腹を抱える彼に何か言い返そうとした言葉が出る前にシューリがもう一度確認するように言う。
「でも、さっきのは本当だから」
その言葉に確かにこもる殺気に硬直するハクを無視して彼は向かって左側の部屋を指さした。
「あれ、君の部屋だから。ちなみに右はミシェね」
硬直状態で頷いたハクを連れ彼は階下へ降りていった。