契約の日
「ん……。」
ミシェが久しぶりに使った大掛かりな魔法で乱れた息を整えた。
部屋の中は元がとても整理されていたことを微塵も見せないほど散らかっていて、彼女のほかに立っているものはいなかった。
「いたたた」
シューリが部屋の隅で立ち上がる。頭を打ったらしく目に涙をたくさんためて後頭部をさすりながら部屋の惨状を眺める。
ロワが部屋の隅で目を回しているのを横目で確認してからそっぽを向いているミシェに問いかけた。
「なんでもっと早く教えてくれなかったの」
大切なことは何も話そうとしないことを責めるように言ったシューリの視線から逃げるようにミシェは床に目を落とした。
―今回は言ってもらう
そう、この何百年の間で何回目か分からない決心をしたシューリとは裏腹にミシェは小さな声で答えた。
「言っても、何も変わらないわ。」
「そんなの分からないだろ」
否定の言葉に首を振り、頑として自分の方を見ないミシェに拳を握りこんだ。
「僕だってミシェを拾った時のように何も分からない子供じゃないんだ、なんだってそんなに頑ななんだよ」
―僕はいつも君に必要なときに何もすることができない
これまでの様々な出来事が一瞬でフラッシュバックする。
重い空気が部屋の中の二人を覆った。
だって、とミシェは微かな声でつぶやく。
「貴方たちを巻き込みたくない。」
ため息をついてシューリはミシェの方へ床に散らばるものをどけて歩き、彼女の三歩手前で立ち止まった。
―また逃げられた、か
分かりにくいが、少し戸惑った表情の彼女の頬に柔らかく触れる。
「ごめん、急かさないって約束したのに」
ミシェの顔が少しだけ安心したようなものに戻る。
「ううん。ごめんなさい。」
シューリはその表情を彼女の過去がどんなものでも守り続けるという決心が揺らがないよう自分の中に焼き付ける。
足元に散らばる家具や、装飾品を拾いあげ始めた彼を手伝おうとした彼女にすこし離れたところで自分たちの様子を伺っていた人間を指さした。
「ミシェは、あっち」
案の定、忘れていたのだろう、彼女は少し焦って彼のもとに向かい始めた。
―これじゃ、ロワも忘れられてるな。
苦笑して未だ意識が戻らない可哀想なロワに向かい始めた