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ずい分前に書いた話を発掘したので投稿してみます。
完結済みなので定期更新します。
猫の話をする。
ある時期、僕らは猫の後を追いかけるという不思議なことをしていた。
季節は夏休みが明けてしばらく経った頃。秋分の日を迎えて僕が11になり、志乃に追いついたことを覚えているから、長く居座り続けていた夏がようやく去って、代わりにやってきた秋がひっくり返した座布団に正座してくすぐりを話し始めたくらいの時分だ。
その頃、僕らは暇を持てあましていて、お互いの家に行って宿題を片付けた後はぐてーっと寝転がって本を読んだり、見たくもないテレビを流し見したりと、とにかくすることがなかった。
思春期に入り始めた男女がお互いの家を行き来して他にすることがなかったのかといえば、実際、なかったのだ。何せ、僕らは生まれる前からのつき合いだった。つまり両親同士が古くからの親友で、この街に家を買う時も隣り合わせに家を建てた。しかも、お互いに親が共働きでいわゆる鍵っ子だった僕らは物心つかない頃からお互いの家を行き来することなんて当たり前だったし、食事に至っては幼い頃はどちらが自分の家なんだか区別がつかないほどごちそうしごちそうされていた。だから、僕らはお互いに知らないことなんてなかったし、たいていの遊びは飽きるほどやりつくしていた。そして、お互いに遠慮なんかしなかったし、それどころか相手を自分の延長のように考えていたような気さえする。
そんなある日、志乃が猫の話を始めたのだった。
「猫って、死ぬ時どこか行くんだって」
確か、その時志乃はソファーに腰掛けて本読んでいて、僕は寝転がってごろごろしている内にうとうととしていたのだったと思う。それで志乃は眠そうな僕を気を引くために話しかけたのだろう。
「どこかって?」
「誰も知らないところなんだって。この前読んだ本に書いてあったよ」
「ふーん」
「きっと猫の国だね」
その頃の志乃は少しメルヘンチックで、
「僕が前に見たテレビだと猫は犬と同じ動物から進化したんだって。仲間と生きる犬と一人で生きる猫に分かれたんだ。だから、一人で生きる種類の猫は警戒心が強いんだよ。そのせいじゃない」
僕は昔からひねくれていた。
その頃の志乃は何というか、独特というか不思議な感性を持っていた。僕もまぁだいぶ特異な性質を持っていて、おかげで心配した両親に病院へ連れていかれ診察を受けたりもしたらしいのだが、まぁそれはそれとして。
志乃には放浪癖があった。互いの両親と連れだっていったショッピングセンターで迷子になったりだとか、公園ではぐれたりだとか、そんなことが度々あった。とはいっても、それは周りから見ればということであって、志乃自身に自覚はなかったのだと思う。
例えば、春休みが明けてまもなく、短すぎる休業を憂いながら何人かと連れ立って下校していた時のことだ。気が付くと志乃の姿が消えていた。通ってきた道を逆にたどって探していくと、志乃は道端の木陰につっ立って、呆けたように空を見上げていた。それで何をしているのかと問うと、ぽかんと口を開けたまま「桜が咲いてるよ」
と呟くのだ。言葉面だけ見れば要領を得ない答えでも、志乃にとってはそれが紛れもない本心だったのだと思う。
見上げてみれば、抜けるような青空の下、芽吹いたばかりのピンクの花びらがそよそよと風に揺れていた。
そこにあったのは、ただそれだけだった。でも、たったそれだけのことで、志乃の頭はいっぱいになってしまったのだろう。
たぶん、志乃は胸の内に独自の世界を持っていたのだと思う。志乃自身には全く自覚はなかったのだろうが、目にとまったものをすぐに自分の世界の全てにしてしまえるような、そんな恐ろしいほど強い感受性を志乃は持っていたのだ。
その呆けたように桜を見上げていた志乃の姿は、今でも目の奥に焼き付いているような気がする。きっとそれは、それが今では失われてしまったものだからだろう。
と、猫の話だ。
「猫の国ってどんなんだろうね?」
志乃は僕の言葉を完全に無視して話を続けた。
「そりゃ猫の国なんだから人は入れないんじゃない」
猫の国の話を始めてから志乃はまたあの遠い目をし始めていて、僕はまた志乃の悪い癖が出始めたと正直面倒くさくなっていた。
「でも、ついていけば場所はわかると思う」
「ついていくって、猫に?」
こっくりと頷いて志乃はにこやかに微笑んだ。とてもいい思いつきだと言わんばかりだった。
「いいアイデアでしょ?」
しかも、実際に言った。
まぁ現実的に考えて身軽な猫を追いかけることなどできるわけはなかった。だから、少し状況が違えばこの話はここで終わっていたはずなのだ。しかし、都合の悪いことに、あるいは都合のいいことに追いかけることのできる猫がいたのだった。
僕らの家の前には小さな公園があり、その近くを縄張りにしている野良猫で片足の猫がいたのだ。その猫は背中に南国の小島のような白い部分がある黒猫で、前の右足が枝切り鋏で切り落とされたように根元からなかった。事故で失ったのかあるいは病気だったのか、ともかく少なくとも元は誰かの飼い猫だったのではないかと思う。なぜなら傷口が最初からそういう形だったかのように綺麗に丸まっていたからだ。動物病院で処置を受けていなければそうは綺麗に治っていなかっただろうし、そもそも化膿してとうに死んでいたはずだ。そして、元飼い猫だったせいかひどく人懐っこかった。街の中で暮らす猫には警戒心の薄い猫もいるが、その猫は誰彼構わず人を見ると三本足でひょっこりひょっこりと近づいてきて、小さな頭をこすりつけてくるのだ。僕らも前に両親にせがんで餌をあげたことがあった。今思えば徹底的に人間に媚びて餌をねだる、それが障害を持つ野良猫の処世術だったのだろう。そして、僕らが物心つく前に見かけたことがあったのだから、相当老年だったはずだが、これもまた誰かに手入れしてもらっていたのか毛並みも良かった。
条件は揃っていた。片足で毛並みのいい老年の猫。それを追いかける少年少女。まるで絵本の世界だ。
あまりに素晴らしすぎて、僕は大きくあくびをして本格的に寝入ろうと思った。が、それを許す志乃でもなかった。思い込んだら一途、一度決めたら譲らない、その頃はまだそんな性格だった志乃は無理矢理僕を起こして外の世界に連れ出したのだった。
僕らはその猫を勝手にカタアシと名付けた。あまりにあんまりなネーミングではあるが、呼びやすいし語呂も悪くない。それにこれ以上なく的確だった。
カタアシを追いかけるのは実際にやってみると簡単なことではなかった。老年で片足とはいえなかなかに動きは機敏だったし、器用に後ろ足のばねを使ってジャンプしブロック塀に乗ってさえ見せるのだ。それを追いかけるのは容易なことではない。
だが、どういうわけか、時おりカタアシは僕らを待ってくれた。振り返って僕らを見るのだからそうだったとしか思えない。仲間だと思っていたのか、単純に興味深かっただけなのか。そして、カタアシは僕らを待って振り返る時、チシャ猫のようにニタリという風に笑うのだ。それが何だか僕らを導いてくれているようで、僕らはよりカタアシに不思議な親密さを覚えたのだった。
うちの前から路地へ
路地から塀によじ登り電柱をよけてまっすぐ
塀から降りて赤い屋根の家の庭を横切って垣根の隙間を抜け
川沿いの遊歩道の柵の外をそろそろと歩いて
途中東屋で数匹の猫と一休み
空地の背丈まで伸びた草の森をかきわけて
また塀を飛び越えておばさんに餌をもらい
塀と塀の隙間を通ってその先へ
カタアシは僕らのうちの目の前の公園の東屋や茂みを根城にしているらしく、どうやら結局は僕らのうちの近くまで戻ってくるようだった。でも、たいていは途中で見失うか僕らが疲れて追いかけきれなくなるかしてあきらめることになった。追いかけきれなかった時はどちらかの家に行って冷たいものを飲みながら、今度はどうやって追いかけるか話し合った。たとえば、壁の越え方だとか、僕らには通れない道の先回りの仕方だとか。
最初は嫌々つき合っていた僕だったが、途中から僕自身夢中になり始めていた。猫を追いかけまわして塀をよじ登ったり狭い隙間を身体を横にして走り抜けたり、学校以外では身体を動かすことがまずなかった僕にとって外で埃にまみれたり泥だらけになったりして汗を流すのはやってみると存外楽しいことだった。それに猫を追うというのは天気のいい小春日和に近所を散歩する理由にはなかなかに気がきいていたし、何より僕らはとにかく暇を持て余していたのだ。
そして、僕も少しずつ興味がわき始めていた。猫の行く先。そこに本当に猫の国があるだなんて思ってはいなかったが、追いかける先に何かがあるんじゃないかと期待し始めていたのだ。
それは見晴らしの良い高いところだとか、草むらに隠れた猫の集会場だとか、狭い道を抜けた先にいっぱいに広がる夕日だとか。
振り返ってニタリと笑う片足の猫が、僕らの見たことのない場所へ案内してくれるんじゃないかと、僕は期待していたのだ。
今となってはそんな拙い遊びが痛みを伴うほどにひどく懐かしく愛おしい。
僕らは年齢なんて重ねずに、ずっと幼いままで、そんな幸せな追いかけっこをいつまでも続けていれば良かったのに。
でも、もちろん、そうはならなかった。